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小箱のオルゴール  作者: 惟織
ぎっくり背中
32/52

痛みのわけ


 横に()がれた刀身が、鋭い銀の艶をぎらつかせながら襲いかかる。潰れた剣の切っ先が胸元を裂く前に、セラフィナは上体をのけ反らせながら軽やかに退いた。

 その瞬間、雷に打たれたかのような激痛が背中を(むしば)んだ。思わずセラフィナは叫び声をあげ、剣を取り落とす。


「総轄長っ!」


 鋭い痛みが全身を支配し、姿勢を保とうにも力が入らない。

 セラフィナはなす術もなく、ぐらりと固い床に身を打ちつけた。




********




「急性背痛(はいつう)……ですか」


 セラフィナの剣の練習相手をしていたフロレンスが彼女を抱え、一目散に駆けつけた場所は騎士団城の医務室。足を怪我した騎士の包帯を巻き直していた医師を無理やり引きずり、強引に()させたのだ。しかし、彼女を(さいな)む痛みの正体を知って、呆気に取られた。


「要するに『ぎっくり背中』ってわけ」


 こんな軽い症状でいちいち大げさになるなと医師に叱られ、大した病人でもない人間に与えるベッドなどないと()退()けられ、今、セラフィナは執務室の寝台で寝かされている。仰向けは辛いらしく、腹部を下にしてぐでーっと伸びていた。


「いやあ。でもほんとビックリしたよ。いきなり倒れたっていうから、どうしようかと」


 彼女らと同じ二階の鍛錬場で部下達を仕切っていたディナダンも、様子を見る為ここに来ていた。副団長のケンリックと話をしていた彼は、セラフィナが倒れたところを目撃していなかったのだ。だから周りの人間に少しオーバーなまでに脚色された事情を聞かされ、フロレンス以上に彼女を心配していた。原因が大したことのないものだと知った今でも、顔色は若干青い。

 周囲にさんざん迷惑と心配をかけた張本人は、枕に突っ伏してまだ何事かをうじうじと嘆いていた。


「うう……ひっく。痛いです………私はこのまま死ぬんです。そうに決まっています。ふぇ、ひっく……」

「ただの『ぎっくり』で死にますか! 馬鹿なこと言わずに気をしっかり持って下さい!」

「いつになくフロレンスさんが優しい……。ふえぇ………私はきっと死ぬんです……」

「人が気を遣ってやっているというのに何たる言い草ですか!!」


 ………とまあ言葉の応酬は健在である。どんな状態であれ、セラフィナには人を苛立たせられるくらいの元気はあるようだ。


「まあまあフロレンス。落ち着いて。背中に響いちゃうかもよ。おちびちゃんも、骨折とかじゃなくて良かったじゃん」


 あの医師の話によると、セラフィナの背中の痛みは二日程度で治るという、そのあともしばらくは過度な運動を控え、安静にしておくようにとのお達しだ。それだけで済んで、本当に良かった。

 いまだ痛がるセラフィナの頭をディナダンがぽんぽんと撫でる。穏やかな彼の言葉に気勢を()がれ、フロレンスはため息を零した。諸悪の根源である背中に恨みを込めつつ、優しい手つきでさすってやる。


 (はた)から見れば怪しい光景に見えなくもないことをセラフィナにし続けていると、執務室の扉が荒々しく開け放たれた。


「フロー! また道端でうちの連中と啓明教会の奴らが喧嘩してる……って、え? セラフィナ?」


 イグナーツは室内の異様な雰囲気に目を白黒させ、三人を見つめる。青年二人は慌てて、セラフィナから手を離した。痛みにばかり気を取られているセラフィナは、誰にも聞かれることのない泣き言を呟き続けている。はっきり言って不気味である。


 フロレンスは肩を竦め、かいつまんで事情を説明した。


「はあ? ぎっくり背中ぁ?」


 まあ普通はそういう反応をするだろうな、と思う。適度な筋肉量を保っている若い騎士達にとっては、腰や背中の痛みごときでそこまで重症になるなんて信じがたい。

 イグナーツは寝台に近づき、誰に対するでもなく痛みを訴えているセラフィナを見下ろした。


「………そんなに辛いのか」

「ご覧の通り」


 周囲の様子など耳に入る余裕もないらしく、セラフィナは背中の痛みに苦しんでいる。イグナーツがちらりとフロレンスの横顔を盗み見ると、うっすらと口角が吊り上がっているようで……。

 彼は見なかったふりをした。



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