狼と月
二人が新しいスプーンとフォークを持ってきてもらった直後、新しい客が入ってきた。二人組の、どちらも年若く、また驚くほど容姿の整った男女である。青年は、男にしては背が低めで、女の方はゆったりとした服越しからも豊満な胸と健康的な肉体の持ち主であることが分かった。
――――まさか‥‥‥。
「やっぱ頼んでみるもんよねー。半日休暇取りたいって」
「セリニ。何度も言うがアレは頼みではなく脅しだ‥‥‥っと、セラフィナ様?」
狼を想起させる吊り上がった灰青の瞳が、王立騎士団組を捉える。彼の横で、胡桃色の髪をなびかせた美女があっ、と指差した。
「それってリヌスパフェじゃない!? やっだあ、セラフィナちゃんもミーハーねえ」
「ミーハー‥‥。‥‥‥セリニ古臭い」
「何ですって?」
おそろいの白装束に、金糸で刺繍がなされた緋色のストラ。おなじみ、啓明騎士協会の副長・ローエングリン・ティンタジェルとセリニ・メイアルーアである。
二人の軽いいがみ合いをよそに、セラフィナが声をかけた。
「ご存じなんですか?」
「あら。セラフィナちゃんは知ってて来たんじゃないの? もうあたしらのトコじゃ結構有名よ。リヌス礼拝塔を模した、パフェの限界を超えた高さ。あたしも挑戦したくってね、総長から休暇をもぎ取っちゃった!」
どんなもぎ取り方をしたのだろう‥‥。
ローエングリンの浮かない表情から何となく察した男達は、あえて訊こうとはしなかった。
「しかし‥‥‥。例のパフェがそれですか? 凄まじいですね。九人がかりで食べても、まだそれって‥‥」
「いや。俺とダンは参加していないがな」
『限界です‥‥』
椅子にぐったりもたれかかりながら、若い騎士達が軍配を上げる。
ローエングリンは白い肌を一層真っ白くさせ、引きつった表情でセリニに向き直った。
「止めておけセリニ。あんなの、一人で食べられるわけないがだろう」
「何言ってるのよローエン。せっかく半額で食べられる機会なのよ? 諦めちゃうなんて、あたしらは何の為に休暇を取ったのよ」
確かに、パフェを食べたいが為に半日の休みを取ったのだから、その楽しみは並々ならぬものだろう。セリニはハシバミ色の双眸を険しくさせて反論する。ローエングリンも困り顔だが、彼女の身を案じて健気にも応戦した。
二人の言い合いが声高になったところで、セリニが思いついたとばかりに両手を叩いた。
「そうだわ! じゃああの子たちのパフェを手伝いましょうよ! それなら新しく注文しなくて済むし、途中でお腹いっぱいにならないわ! ね、セラフィナちゃん。いいでしょう?」
「ぜひ手伝ってください、セリニさん!」
応えたのはセラフィナではなくディナダンだった。自分が部下達に代わってパフェを食べさせられるよりは、甘味好きな人間に食べてもらいたい。これは完全なる利害の一致ではなかろうか。
彼を筆頭に、騎士達が歓迎の意も込めて首を縦に振った。セリニが嬉しそうに飛び跳ねる。
「いいんだって! 良かったじゃない。ねえローエン。頂きましょうよ」
最後は甘えるような声色で覗き込まれ、さすがのローエングリンもうっと口を閉ざす。
「それに食べきれなくても、ローエンだって手伝ってくれるし」
「はあ!?」
ぐうたらな上司の前以外では冷静な彼が、珍しく過剰に反応した。パフェの甘さが香ってきて、露骨に恵まれた容貌を歪める。
「わたしは辛いものが好きなんだが‥‥‥」
どうやら彼も、イグナーツ達と同じく甘味が苦手らしい。それなのにこんな場所まで付き合わされて、哀れである。
啓明協会とは普段仲の悪い王立騎士団も、こればかりは同情せざるを得ない。
「何水臭いこと言ってんのよ。あたしとあんたの仲でしょう。手伝ってくれるわよね?」
セリニが彼の前に回り込み、ポンと肩に手を添える。傍から見れば愛らしいのであろうが、啓明協会屈指の怪力を誇る彼女は、その握力をローエングリンの肩に食い込ませていた。鈍い痛みと重みが一緒にのしかかるが、持ち前の忍耐力でもって表情がしかめられるのをこらえた。
目の先の甘ったるい塊と彼女を見比べ、ふっと息をつく。
「‥‥‥仕方ないな」
投げやりにも似た呟きに、セリニが勝利の笑みを浮かべたのは言うまでもない。
「うわすっごーい。見て見てローエン。クッキーでできた家よ。食べるのがもったいないわねー」
「‥‥‥‥言いながら食べるのはよそうか」
初っ端から手伝いを強制されたローエングリンは、渋い顔で苦いグレープフルーツばかり選んで食べる。ジャリジャリとグレープフルーツらしくない触感がするのは気のせいだろうか。
ちなみに王立騎士団組は、あたしらに任せて、と胸を張ったセリニに全てをバトンタッチし、代金を残して店を出ている。フロレンスを筆頭とする団長達がこの塊をもう見たくないのと、若い騎士達が満腹状態になったせいだ。ただ一人セラフィナだけは、初めてお金を使えたことに感激していたが。
そのうちローエングリンはスプーンを置き、セリニの食べっぷりを観察し始めた。
一度に食べる量はそれほど多くないのに、みるみるうちに減っていっている。いっそ気持ち良くなるくらいの豪快な減り具合だ。
本当に、彼女の腹はどうなっているのか。昼食も軽く摂ってきたはずなのに。『甘いものは別腹』ということわざは事実なのだろう。
「美味しいわね! クリームの上にアップルパイを乗せてるのが疑問だけど。ほらローエンも食べなさい。手伝うんじゃなかったの?」
「‥‥‥‥わたしから買って出たわけではないんだがな」
のろのろとバニラアイスクリームをすくい、ちびちび舌に溶かしていく。そのうちにもセリニは二口三口とスプーンを往復させ、ついには器の底近くまで制覇した。
「やったー! 達成したわ、いけたわローエン! 楽勝じゃない! 今度は初めから挑戦するわよ!」
「頼むから巻き込まないでくれ‥‥‥」
バニラに引き続き砂糖漬けのナッツが入ったアイスクリームも完食したローエングリンは、口内を満たす甘さを少しでも薄めようと濃いコーヒーを頼んだ。嫌がらせで投入されそうになった角砂糖の嵐を回避し、苦味で舌を癒す。
セリニは満足そうに腹部を撫で、微笑んだ。
「あー。でもありがとうね。付き合ってくれて。ほんと、美味しかったー」
甘ったるいだけの巨大な塊の、どこが美味しかったのか。心底問いただしたくなったが、彼女の幸せな表情を見るとどうでも良くなって。
まあいいか。そう思えてしまうのだから不思議である。
オチがないのはご愛嬌 (こら!)




