全てはここから始まった
「総轄長、総轄長!いつも城に籠もっとかないでさ、リヌスパフェ食いに行きませんか!?」
彼らは開口一番に彼女を誘った。
昼食をほぼ間近に控えた時間帯、数人の若い騎士達がいきなり執務室に押しかけた。最後の書類の一枚にサインしかけたセラフィナの手がびくりと震え、文字が歪む。
セラフィナのドッキリなど勘付けるよしもなく、彼らは自分達の要望を述べ立てていった。
いわく、軽食や酒のつまみを振る舞う『ディース・カフェバール』なる喫茶店が、つい最近になって若い年齢層の客も掴む為、いくつかのスイーツを創作しているということだった。
セラフィナとほぼ同じ年齢層の騎士達は、酒よりも甘味を好む連中だ。そんな彼らが挑戦せんとしている一品が――――
「リヌスパフェ?」
ディース・カフェバールが出した新作スイーツ、リヌスパフェは、テネーレ一の高さを誇るリヌス礼拝塔を模したパフェだという。歴代の教皇が最上階で神に祈りを捧げ続けてきたその塔は、創設されて今年で千年を迎えるらしく、それを記念して店員達が考案したようだ。
「聖職者を連れたら1000クロヌになるんすよ!」
どうやら安くなると訴えたいらしいのだが、定価を知らないセラフィナにとって、それが何を意味するのかよく分からない。どこから突っ込めばいいのやら。
1000クロヌとは結構なお値段だ。一般職の月収が平均して約400クロヌ、家庭の平均的な一日の支出は9クロヌ前後。一か月分の休暇を買い取ってもまだおつりが出る価格だ。稼ぎが良く、跡を継ぐ必要もなく金を持て余している次男以下の商人の子供をターゲットにしているのか。それとも、畏れ多くも教皇のお住まいをパフェと言う形で再現してしまったことに、罪の意識を感じているからなのか。
いずれにせよ、このパフェで売り上げを伸ばそうという気は店になさそうだ。
「あの、賑わっているところすみません。私は聖職者ではなく、修道女なのですが‥‥‥」
「関係ないっすよそんなの!要は神に奉仕してるか、ってことです」
えらく強引な解釈である。
セラフィナは少し思案するように顎に手をかけ、やがてふわっと微笑んだ。
「そうですか。じゃあちょうど仕事も仕上がったところですし、行きましょうか。1000クロヌでしたっけ、私が払いますよ」
「えっ!? いいっすよ総轄長、俺らが誘ったんだから」
「いえ。でも私の方がお給料も高いですし、使う機会もないので、払わせてもらいますよ」
職場の階級が上であればあるほど、払われる給料は高くなる。普通の騎士でもそれなりの額をもらっているが、彼らはまだ駆け出しだ。ベテランの騎士ほど収入があるとは考えられない。
セラフィナもセラフィナで、大聖堂にいた時代はお金と無縁の生活をしていたので、使い方がよく分かっていない。総轄長である手前、騎士団城にこもりっぱなしで市場で私的な買い物などもしないから、殆どを教会に回している。
けれど一度、自分でお金を支払ってみたいという好奇心もあった。そういう意図も含めて言ったのだが、彼らは渋っている。自分達が誘ったのに、払わせるなど畏れ多いと感じているのだろう。
しかし最後には、
『よっしゃあ!!』
と手を叩き合い、腕を取り合い歓喜した。
ディース・カフェバールに行ってきます、と報告したら、不安だからとイグナーツとディナダンも付き添ってきた。総轄長がいるとは言うものの、若い男達が粗相を犯したら手が付けられないだろうと判断してのことだ。
フロレンスにも報告するつもりだったのだが、あいにく彼は宮廷を訪ねる用事があって伝えられなかった。
始めて見る店内に、セラフィナの目が自ずとまたたく。
薄明るい店内に、カウンター席とテーブル席が三つ。こじんまりとしているが、窓際に観葉植物や古い時代を思わせる小物が飾られていて上品な雰囲気を醸し出していた。その空気に中てられてか、外の賑やかさが嘘であるかのように静かだ。年齢層や性別を問わず人気があるのも頷ける。
セラフィナ達八人は入り口近くのテーブル席に腰かけ、団長達は酒を、若い騎士達は件のパフェを注文した。セラフィナが修道女だと言うことも忘れずに。
しかしここは王都。セラフィナを知らない者などいない。店員は快く頷き、注文の品を繰り返した。
「ディナダンさん。お金っていつ払うものなんですか?」
「店を出る時だよ。おちびちゃん、お金を使ってみたい気持ちは分かるけど早まらないで」
彼女の常識のなさには悲しきかな慣れてしまったディナダンは、穏やかな口調で諭す。そうなんですかと納得した彼女は、パフェが来るのを今か今かと待った。
店員が二人がかりで運んできたパフェは、もはやガラスの器の容量など無視した、想像を絶する外観だった。
これでもかと積み上げた生クリームとカスタードクリームの上に、蜂蜜たっぷりの焼き菓子、様々な種類に富んだ果物と多彩な半球型のアイスクリームがてんこ盛りされた、前代未聞のスイーツ。甘味が駄目な人間は見ただけで食欲が減退すること間違いなしである。
甘味が得意でないイグナーツとディナダンも胸焼けがした。
一応、彼らも食べられることは食べられるのだが、見るからに砂糖で歯が溶けそうなお菓子は正直勘弁だ。ここはセラフィナが美味しそうに食べているのを肴にして酒を味わいたい、というのが本心である。
「おー! すっげー!」
「うおおおおっ。燃えてきたー!!」
「‥‥‥うん。あっそう。良かったね、君達」
「‥‥‥‥‥‥」
パフェを運んだ人とは別の店員が、食べやすいように人数分の器を持ってきたのだが、それには目もくれず若い騎士達はパフェにスプーンを伸ばした。セラフィナも彼らにならい、生クリームのついたマドレーヌを摘まむ。
ふんわりとした触感と、まろやかな甘さが口に広がった。焼き菓子と言えばクッキーしか食べたことのないセラフィナは、ふにゃりと相好を崩す。
「んん~! 美味しいです~。イグナーツさん達もどうですか?」
「いらん」
「ありがとうね。でもお兄さんらのお菓子はコレだから」
と、ディナダンが林檎種の注がれたグラスを揺らす。薄い黄金色の水面が緩く波立った。
甘いお菓子は無理なのに、酒ならばいけるのだから不思議だ。二人はなるべく常軌を逸したパフェを視界に入れないようにして、林檎種の風味を味わう。
「うっめ~! このカスタードうっめぇぇっ!!」
「総轄長、ショコラアイスも食べてみてくださいよ! 良い感じっすよ!」
「本当ですか?」
テンションがおかしくなった騎士達にあれやこれやと勧められ、セラフィナも幸せそうな笑顔で頬張っていく。
これほど、お菓子をたっぷり口にしたことはなかった。お菓子を食べる機会すら、年に二回程度しかなかった。何の行事もない日に甘いものを食べるなど、教会の戒律を破ることだと咎められていたのだ。
騎士団に来てから、主に食事に関する決まり事が自由になっている気がする。贅沢なんじゃないかと、心配になってしまうほどに。
物凄いスピードで甘味を消費していく騎士達と、ちまちま丁寧に味わうセラフィナを眺めつつ、団長二人は追加の酒を注文した。




