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小箱のオルゴール  作者: 惟織
(ある意味)涙の子育て奮闘記
10/52

本は文字を紡ぎ出す



 フロレンスから早朝の出来事を聞いた者は、例外なく耳を疑った。

 ――――有り得ない。前代未聞だ。

 成人した人間が、再び生まれた時の姿に戻るなど。そんな魔法みたいなことが起きるわけない。

 そのような彼らの胸中の思いを汲み取ったかのように、フロレンスは低く呟いた。


「ならどうして総轄長がいない」

「お産の直後だからじゃないの?」


 あっけらかんとした言い草である。そしてこの女児を産んだセラフィナのお相手は‥‥言わずもがな。

 もう一度向けられた不審な目を振り払い、フロレンスは女児の脇の下に手を滑り込ませて高々と持ち上げた。


「では質問です。貴方は総轄長ですよね?」

「うぅ!」

「ほら」


 それ見ろと言わんばかりの態度を示すフロレンス。しかしこれまでの様子から判断すれば、赤子は音に反応している。だから同意を求めたり質問したりしても、それらしい反応が返ってくるだけのことであろう。本人は何も意図していない。

 しかし必死に縋るような目でフロレンスが見てくるため、一応二人は納得してやった。


「‥‥‥まあ確かに、着ている服もおちびちゃんと一緒だし、指輪もロザリオもある。そのままちっちゃくなったんだろうね」

「外見と中身が一致したな。いや、それにしては幼すぎるか‥‥?」

「あうぅ?」


 大きくて黒目がちな双眸をぱちぱちとさせて、セラフィナらしき赤ん坊は青年達を見上げた。そして。

 ‥‥ぱあぁぁ!

 先程とは比較にならないほど、破壊力抜群の無垢すぎる笑顔をいっぱいに咲かせた。

 そして、その愛らしい様子を真正面で目撃したディナダンは息を呑み、半瞬後に噴出した。


「ちょおぉぉ!!可愛いよ何この子!お兄さんをそんなに悶えさせたいの!?」

「ダン、戻ってこーい!!」


 イグナーツの叫びもどこ吹く風。耳を通って抜け出てしまう。

 初めて見る青年の豹変ぶりに危険を察知し、フロレンスはすかさず赤ん坊をひしと胸にかき抱いた。今こいつに渡せばやばい、毒牙にかかってしまう‥‥と。

 そこまで見通せてしまうのは、友人という関係を築き上げてきた故か。


「コホン。‥‥‥それでだね、僕は言いたいのは今後の総轄長の処遇についてなんだけど」


 騎士団城は言わずもがな託児所ではない。いくら子供っぽい修道女をトップの座に据えているとはいえ。

 ひとまず落ち着きを取り戻したディナダンはセラフィナを見詰め、ふわりと優しく微笑んだ。あー、と無心に伸ばされた小さな手に、己の指を絡ませる。

 なんて弱々しい腕なのだろう。縋ることしかできない短い手足。

 この子は誰かが助けてやらねば、きっと倒れてしまう。そんなにも弱い存在なのだ。いつものセラフィナに対するものとは違う、『護りたい』――――否、『構いたい』という感情が込み上げる。

 彼は掌にすっぽりと収まる頭を撫でた。


「まあでも、一人じゃ何もできない状態だから、面倒見てあげようよ。どうせずっと続くわけじゃないだろうし」


 それに、幼かりし日のセラフィナを垣間見られる絶好の機会である。沢山愛でてあげようじゃないか。

 そんなディナダンの心の声が聞こえたのか、子持ちの騎士を中心に全員が大きく頷いた。騒ぎを聞きつけてやってきた食堂のおかみや下働きも、大広間の死角に隠れてちゃっかり親指を立てている。

 かくして、やる気に満ち溢れた男達の熱き子育て騒動が幕を開けたのである。



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