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ナイトメア・ブラック 後編

 ぽかぽか陽気のうららかな天気。

 とある教室の一角、授業中にもかかわらず彼はとある作業に熱中していた。

 素材は巷の百円ショップから、知り合いのアングラショップまで軒並み揃えてある。


(この精巧な細工が難しいな。まあ、暗闇ならごまかせるか。うん、いい感じ)


 我ながら惚れ惚れする完成度だ。次いで集めた資料を参考にスプレーで慎重に塗装していく。それも完了。


(よし、完成だ)


 作業が終わると彼の手元には見事な出来栄えの黒馬ナイトメアが存在していた。



 ナイトメア・ブラック 後編



 時刻は午後、六時を少し過ぎた頃。 

 平日にもかかわらず、町田美術館という古びた建物は大変な賑わいをみせていた。シンプルな造りの入り口が開放され、大勢の人々が波を作ってそこに吸い込まれていく。


 そんな光景を見て、湊は感嘆するというか呆れるというか、ちょっぴり複雑な気分を味わっていた。


(カリス目的なら素直に喜ぶべきだろうけど。みんな、男ファンだろうからなぁ)


 そういう気持ちで湊は口を開く。


「こんなに人が来るなんてな。予想外だった」

「そうか? 彼女のファンは普通に多いよ。ファンサイト見てたら他県から来る人もおるみたいやし」


 准が、何を当たり前な、とまるで自分のことみたいに胸を張って答える。


 放課後に准に誘われた湊は二人で町田美術館に来ていたのだが。

 どうせ盗みに行くつもりだ。そう踏んで了承した湊は早くも後悔していた。


「これで彼女の勇姿をバッチリ撮る。燃えてきた、燃えてきたで」


 准はデジカメ片手に準備万端。それでカリスを撮るのだろうか。ゾゾゾと鳥肌が、生理的嫌悪が走る。 何か全神経がすさまじい警告を発していた。


(獲物を盗る前に、俺が野郎に撮られる!)


 撮られる前に盗る。そんなことはおくびにも出さず湊は口を開いた。


「准、そいつがお前の相棒か」

「ああ、これか。親父から借りたんや。これでシャッターチャンスは逃さんで」

「なるほど。あれ? 何か美術館の入り口が騒がしいぞ」

「カリスが現れたんか!」


 准が目を離した一瞬。その隙に湊はデジカメに手を伸ばした。


「……館長やん。オイ」

「館長? ああ、あのタヌキね」


 入り口でカメラに囲まれてアナウンサーからインタビューを受けている中年の男。恰幅がよくタヌキの愛称で親しまれる渡辺館長だ。

 

「あの人も意外にちゃっかりしてるな。美術館を無料で開放してあそこを宣伝してるみたいや」

「俺は客寄せパンダか。あのタヌキ」

「は?」

「あ、いや。やっぱカリスが悪いよな。盗みを予告したんだから」


(ふう、危ねぇ危ねぇ)


「ほら、俺たちも美術館の中を見学しようぜ」

「痛い痛い。あんまし急かすな」


 ごまかすように准を引っ張ると、湊は見学という名の下見に向かった


 †


 美術館に一部屋だけ見学できない部屋があった。ナイトメア・ブラックの展示室だ。

 その場は複数の機動隊員と刑事たちに埋め尽くされ、薄闇が不気味さを演出する。

 そして、宝石を飾るショーウインドウ。周囲には念入りに機動隊たちが配置されている。頭数は揃えたようだ。


(あれが本物のナイトメア・ブラック)


 湊は持ち前の視力を活かしてナイトメア・ブラックを凝視した。

 ダークグレイなボデイカラーを持つブラックオパールのイヤリング。二対のイヤリングからは確かにオーラのような魅力が感じられる。

 情報によれば黒い馬をあしらった見事な意匠が施されていて、それがナイトメアの由来だとか。


悪夢ナイトメアか。誰に対する悪夢だろうな。ケケケ)


「君。そこで何をしている」

「うわ!」


 不覚にも後ろを警備の人に取られた。しかも不気味な忍び笑いを見られた。怪しい。実に怪しい。自分も第三者なら怪しいと感じるだろう。

 ここは自慢の演技力で乗り切るしかない。冷静になれ、冷静に。


「いや、実は男子トイレを探してまして。アハハ」

「なに? 男子トイレだと」


 無理だ。自分でも実に無理のある誤魔化しだと思った。その証拠に相手は湊を睨んで、


「トイレならあっちだ。早く行きたまえ」


(いや、それでいいのか、オイ)


 自分の立場そっちのけで突っ込みたい湊。さすがはあの警部の部下。そう、突っ込みたいのは山々だがここはグッと我慢して。


「ご親切にどうも。助かりました」

「礼はいいから早く行け。怪盗カリスとみなすぞ」

「冗談キツイなぁ」


(マジで)


 湊は苦笑いを残してあわててその場から立ち去った。





 赤い絨毯が続く廊下を歩き、元の見学者コースへと戻る。

 美術館の廊下には人並みが続き、なかなかの盛況ぶりだ。その人並みで手を振る准を見つける。


「よう、准」

「ご苦労さん。どうやった」

「警備はなかなか。昨日も宝石を盗まれたから警察の威信にかけても。ってところだと思う」

「じゃあ、シャッターチャンスは美術館を出ようとする瞬間ってわけやな」

「そういうこと。残念だったな」


(ま、俺にとってはハッピーだけど)


 湊にとっては断然そっちの方が嬉しい。

 准は肩を落として「無理なら外で待とうや。腹も減ったし」と提案してきた。


「悪い。俺、ちょっとトイレ。先に外で待ってろ」

「早よ済ませや」

「うっせえよ。じゃな」


(さてと、配電室はこの廊下を右に曲がった奥。男子トイレはその手前か)

 

 ここからが腕の見せ所だ。ひとつのミスも許されない。

 湊は上着をごそごそと探り――精巧な黒馬の細工を施したイヤリングを取り出した。


 †


 予告一分前。

 警備する各員にも緊張が走る。ぴりぴりと張り詰めた空気だ。

 そんな時でもひとりだけマイペースな者がいた。いかめしい顔と、よれよれのコートがトレードマークの刑事。

 怪盗カリス専任の刑事、橘警部だ。


「ふう、こんな時こそ一服したいもんだな」

「のん気なこと言わないでくださいよ」


 彼はタバコのジェスチャーをして、薄く笑う。部下は呆れ顔で配置についていった。


(まったく。あの一服が俺の集中力を研ぎ澄ますんだよ)


 彼はコートのポケットに手を突っ込み、落ち着かない様子で革靴のつま先をコツコツ鳴らす。

 そんな虫の居所が悪い彼に誰かが話しかけてくる。この美術館の館長だ。


「どれ、警部さん。様子はどうですか」

「これはこれは、館長。これといった変化はありませんよ」


 彼の言うとおりナイトメア・ブラックが展示されたショーケースに異変は見受けられない。

 それより橘は館長に尋ねておきたいことがあった。


「館長。ここは他の部屋とくらべてずいぶん暗いですねぇ。老眼の鳥目にはキツイですよ」

「オパールは乾燥すると亀裂が走ってしまう。だから強い光を避けているんだよ」

「なるほど」

「でも、これではちと暗すぎるのぉ」

「……ちょっと失礼」


 橘は懐からピンク色の携帯を取り出し、どこかに電話をかける。


「おう、配電室、異常はあるか? なに、館長があかりの調整を指示した?」


 すぐに電話を切る。


「館長、説明をお願いします。あれ?」


 右を向いても、左を向いても、前を向いても機動隊員と刑事のみ。館長の姿が見えない。


「刑事さん、何を慌てているのだね」


 後ろ、背後から誰かが話しかけてきた。振り返るとそこには怪訝そうな館長。


「ああ、そっちにいたんですか。改めてお聞きしますが、何で配電室に勝手な指示を」

「配電室。いきなり何かね?」

「――もしかして」


 橘は安物の腕時計をはじかれたように凝視する。短針は七を、長針が五十九分を示していた。


「館長は! 渡辺館長はどこだ!」

「はて? わしならここに」


 館長の言葉を遮るように、全照明がいっせいに消えていく。


(ヤツめ。館長に変装してやがったな)


 機動隊員も突然の出来事にざわめいている。この混乱に乗じて盗る気だ。橘は急いで各員に指示を出していく。


「刑事さん。そんなに慌てずとも盗られやせんて。何しろこの警備じゃ」

「分かりませんよ。相手はあの盗賊ですからな!」

「そうそう、そのとおり♪」


「「なっ!?」」


 ポンという軽快な音と、まるでマジックショーの演出のような煙幕がたちこめる。

 そして、煙の中で煌々と灯る火。ライターの青白い炎と気づくのにさほど時間はかからなかった。


「今日は我がショーへようこそ。まずはこちらをご覧ください」


 とうとう現れた彼女、怪盗カリスは純白の袖から無防備に右掌をかかげた。


「では……ワン、トゥー、スリー!」


 黒馬の細工を施したイヤリング。ショーケースに飾られたはずのナイトメア・ブラックが怪盗カリスの掌に瞬時に現れた。


「や、ヤツを取り押さえろ。宝石を取り戻せ!」 


 大の男たちが一斉にカリスへと突っ込む。それでも彼女は余裕の笑みを崩さない。


「バン♪」


 彼女の手元でいきなり炎が爆発した。彼女を取り押さえようとした機動隊員たちは思わずたたらを踏む。


「驚かせてゴメンね」

「ちくしょう!」


 煙幕は尚も吹き上がり、カリスの姿を捉えられない。

 外部からの進入を防ぐために部屋を閉め切っていたが、それが裏目に出た。橘は部下に窓を開けるように指示する。部屋が換気され、ようやく煙幕は消えた。カリスは……いない。


「け、警部さん。本当にナイトメア・ブラックは盗まれて」

「今から確かめます!」


 橘はショーウインドウに小走りで駆ける。


「な、何じゃこりゃ」


 橘の目に映ったのは真っ白に塗りつぶされたショーウインドウ。そこに黒文字ででかでかと”ハートマーク”が描かれている。

 十中八九カリスの仕業だ。しかし、これでは宝石の無事を確かめられない。


「ああ、やはり盗まれて」


 館長は力なく頭をたれる。なまじ体格がいいだけに深い悲壮感が伝わってきた。

 橘は仕方なく部下に指示してショーウインドウを開けさせる。

 予想を裏切り、中央の台座に鎮座しているのは。


「おお、館長。ナイトメア・ブラックは無事ですぞ」


 橘が大事そうに持つのは確かにブラックオパールを埋め込んだイヤリング。


「ほ、本物か。どれ、貸してみなさい。私が鑑定しよう」

「ええ。ぜひ」


 偽者で捜査をかく乱するのはカリスの常套手段だ。さして疑問を抱かず館長に手渡す。

 館長は橘にはよく分からない専門の器具で鑑定を始めた。それを見ていた橘に部下が声をかける。


「警部。ちょっと」

「ん? ああ」

「どうかしたのかね?」

「いえ、気にせず鑑定を続けてください」


 館長をその場に残して部下の下に駆けつける。


「警部。これを見てください」


 部下が指差したのは部屋の目立たない死角。そこに誰かが倒れていた。

 

「いったい誰が。って、なにーーーーーー!!」

「これ――渡辺館長ですよね。どう見ても」


 彼の言うとおり、目を回して倒れているのは館長だ。この顔と体格は彼以外にありえない。


「どういうことだ。あ、いないぞ!」


 振り返ると館長が蜃気楼のように忽然と消え失せていた。


 となると、さっきの館長は偽者カリス? そういえば最初の館長カリスは自分を警部さんと呼び、後から来た館長は刑事さんと呼んでいた。


「あ、あのクソアマーーーー!!」


 橘はある意味で恒例行事となった。ある不躾な彼の部下曰く『負け犬の遠吠え』を上げた。




「今頃、警部はキャンキャン吠えてんだろうな。ケケケ」


 湊は国道の脇にある並木道を笑みを浮かべて歩く。

 手元には戦利品のナイトメア・ブラック。まるで吸い込まれそうな黒い輝き。怪しげな魅力を持つ。

 湊にとっては無用の長物になってしまったけれど。もっと違う形で出会えば素直に魅了されていただろう。


「結局、これも目当ての宝石じゃなかったな。さっさとタヌキに返さないと。このままじゃ、あのタヌキにとっての悪夢だぜ」


 それではさすがに可愛そうになってくる。あの美術館は好きなのだ。館長もふくめて。

 湊は黙ってナイトメア・ブラックを包んだハンカチを服に入れる。

 

「渡辺館長、今夜の心境はいかがですか」

「年甲斐もなく緊張していますよ。ホッホッホ」


「ん?」


 聞き覚えのあるだみ声だ。うわさをすれば何とやら。湊は歩みを止める。

 とある電気店のテレビがいっせいに流れる同じインタビュー。インタビューを受けるのは例の館長。


(ああ、あの時の)


 准と美術館に来た時、館長がインタビュアーに囲まれていたからそれだろう。


「今夜の意気込みはどうですか。渡辺館長」

「いやー、意気込みなどと。私に出来る事はありませんし。それに」

「それに?」

「あのコソドロにはむしろ感謝してますよ。彼女もせいぜい客寄せパンダぐらいには活躍してほしいものですな。アッハッハ」

「これが町田美術館で撮影された予告前の映像です。直後、怪盗カリスに宝石を盗まれるわけですが。館長もショックで気を失ったとの情報が」


「……ハハハ」


 END









 蛇足♪


「誰か忘れてる気がすっけど。ま、いっか」


 町田美術館、本館。


「ぎいやああああああ!!」


 美術館の一角でひとりの少年が大音量の悲鳴で叫んでいた。


「どうしてデジカメのメモリースティックが忽然と消え失せとるんや」


 美術館前で湊を待っていた准は絶好のチャンスをつかんでいた。そう、目の前に怪盗カリスが現れたのだ。

 美術館の窓を破って現れたカリスは、もしかすれば准の気のせいかもしれないが、カメラを向ける准にウインクしたと思う。准は本気で感動した。なのに。貴重なウインクシーンだったのに。


「そういえば撮った時、いつもと感覚が違った。嬉しくて気にせんかったけど。嘘やろ、ありえんて、こんなの悪夢や!!」


 END?

<あとがき>

 この作品、ただ短編が書きたくて仕上げたモンッス(長くて、前後編に分割したけど)ガキの頃から怪盗モノ(怪盗ルパン、怪盗キッド、果ては神風怪盗ジャンヌまで)が大好きだったんで。それをラブコメ調で書きました。まあ、未熟なので”所々あれ? これどこかで見たぞ”みたいなシーンが多々あるでしょう。すんません、精進します。


 この作品を読んだ貴方の貴重な感想、批評。我がチキンハートは戦々恐々しながら待ってます。

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