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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

召喚系ファンタジー

英雄

書いてて泣いてました。

すこしでも誰かを救える話だったらいいと思います




「……、だ」


じゃ、りり


 身体が動かない。血が足りない。目眩がひどい。相棒だった剣はどこかに飛ばされ、誇りである最高の防具は、いまや金属のかたまりとなり自分の動きを大地に縫いとめる鎖にしかならない。

 気力を振り絞っても、指先が血の混じる泥のような土をわずかに集めただけ。


「……ま、だ」



 それでも。



「……ぅ、な……。……て、ぃぃ………!!」



 ほかの誰でもない俺が、それでも、それだからこそ、立ち上がらねばならない。




「やめ…ろ………!!」



 あのだれよりもうつくしく哀しい『唄』をとめられるのは、己だけだから。

 あのなによりもうつくしく哀しい『舞』をとめられるのは、己だけだから。
























 彼らは、異世界から無理やり召喚され、そして隷属の証を刻まれた世界の、国の、人の、高貴な『奴隷』だった。

 彼らは、異世界で両親を、親友を、親戚を、居場所を、言葉を、文化を、すべてを奪われて召喚された、表向きは『勇者』として崇められ、魔王退治などといいながら実質人身御供として責任を背負わされた、哀しい人たちだった。

 彼らは、元々両親は事故で死に、親しい友もいない、互いだけが真実家族であり、きょうだいなのだと笑っていたが、その瞳に確かな絶望がよぎったのは、俺の気のせいだったろうか。

 ともかく彼らは『勇者』として海を隔てたはるか南の暗黒大陸『魔族帝国』の元へ旅立ち、その際、実力がある分厄介者であった俺と、部下数人も同行することになった。


 彼らと共に過ごしたのは、年月で言えば十年にも満たない。

 その道中、世界を見回っていく中でさまざまな意見を交換したり、時に肉体言語で語り合ったこともあるが、剣を捨て平和に豊かになった世界で生きてきたという彼らの視点はいつも斬新で、非常識でもあったが、だからこそ非常に有意義な知識ばかりだった。

 水の枯れた井戸を別の場所から掘って地下水を汲み上げたり、特産がない過疎村を回ってはこれはこうしてと自ら指導しては『あいすくりぃむ』やら『けぇき』やら…ああ、『そぉば』や『しょーゆ』などもあったな、そうしたものをあの細い荒れていない指先で器用に作っていたし、嫌な匂いを放って近づきたくなかった近くの湧き湯を引っ張ってきて『オンセン』を作ったこともあったな。

 ともかく、彼らと共にいて、騒ぎのない日はなかった気がする。むしろ災難が引き寄せられてくるというか。


 ま、まあ、そんなことを今言っても仕方がない。


 そんな彼らに同行しているうちに、世界は、人々は、少しずつ笑顔に変わっていった。

 彼らには、恐れ多いほどの魔力があった。魔術の才も、剣の才も、天賦といっていいほど強くあった。


 けれど、真実必要なのはそんなものではないと、目からうろこがこぼれるほどの衝撃で、俺は理解した。


 嗚呼(ああ)、王族は、近衛は、騎士は、兵士は、文官は、すべての人たちが、どうして彼らを真正面から見なかったのだ。

 嗚呼(ああ)、どうして彼らを使い勝手の良い道具(ゆうしゃ)として送り出したのか。



 彼らはただ、ただのひととして生きているだけ、だというのに。



 数年の月日を経てようやく渡れた暗黒大陸は、予想に反してとても平和だった。

 長い船旅でよろよろにくたびれた俺たちを、国の民たちは人間だというのに親切に対応してくれた。なんでも、漂流してようやく流れ着いた旅人、のように見えたらしい。

 たしかに、装備はいい感じになじんでいたし、身体も貴重品である水を使えなかったから垢と塩だらけだ。勘違いしても仕方がない。

 出鼻をくじかれて拍子抜けした俺たちは、彼らの提案で、いっそ観光してみることになった。

 この国が真実悪いのならば攻め滅ぼす。けれど、欲にまみれた誰かのせいでむりやり悪とされているならこの国の味方になろう、と。


 その意見には全員がうなずいた。


 この数年、のほほんと旅していたわけではない。

 魔族がやったという事件は大半が人間の貴族や長の狂言であることがわかったし、中には国が絡んでいることも知っている。

 また、魔族がらみの事件は、おおよそが人間に家族を殺された、犯され狂わされた挙句…などという、やはり根本は人間が多い。

 確かに殺したいから殺す、という魔族もいないではなかったが、ごくごく少数派であり、大半は森の奥深くで姿を隠しながら生きているか、この暗黒大陸に渡るという。

 できることなら同盟を、できなければ無関心にはしたい。と語る彼らに種族関係なく賛同するものもぽつぽつと現れ、同行はできないがこれくらいは、と許可証や異種族への手紙などを出してくれるところもあった。


 彼らの協力なしには、ここまで来られなかったろう。


 そして警戒はしつつ歩いた帝国は、資源も緑も豊富でうつくしい、まるで楽園のような場所だった。

 住民たちの中には人間もいて、話を聞くと、奴隷だったり生贄だったりで海に投げ捨てられここに打ち上げられて助けてもらったという者ばかり。

 中には自ら密航してきたと豪快に笑う人もいたが、まあ、変わり者はどこにもいる、ということだろう。

 その中、風の精霊やこれまでの伝手(つて)を使って調べたところ、やはり人間の、しかも国王やその側近の欲によって引き起こされたものだった。

 未知の大陸から仕入れられる多くの金銀財宝、見たこともない果物、魚、肉、香や化粧品。

 もっとほしい、とまあ人間特有の強欲によって船を襲ったらしい。

 人間たちから命からがら逃げて以来、船は送っていないらしい。事実売りになど行かなくてもここは生きていくには十分なのだから。

 戦艦が来ることもあるそうだが、複雑な海域は慣れなければあっさりと沈むに決まっている。

 俺たちとて仲良くなった挙句姿隠しの魔術(人間の姿に変わる)までかけて追いかけてきたダークエルフの案内がなければ海の藻屑になっていただろうことを鑑みればさもありなん。

 そういったことが真実だと確定したとき、彼らは言った。居場所は自分たちにはない、役目を終えたときにはここで住みたいと。

 ぎゅ、と唇をかみ締めてこちらを見るその強い意思に、なら俺も共に住もう、と言い返せば、目を見開いて驚いていた。失礼な。俺とてここを気に入っている。大体、お前らに付き合っていれば少しは頭も柔らかくなるさ、とおどければ部下達も賛同するものだから、彼らが笑うなかで流した涙は、見ない振りをした。


 数日後、魔王に会って、話をした。無論、武器も鎧もすべて預けた上で。

 魔王は、とても気さくな人柄で、そしてやはり敵には容赦しない人物だった。けれどその反面、受け入れれば護りきってくれるという安心感もあった。


 ほんの、1ヶ月間の滞在でも、得たものは多かった。


 国に帰れば、いたわる言葉を発しながらも目を血走らせる上司や王族や貴族に、諦観しか浮かばなかった。


 とにかく、同盟、あるいは無関心であればこちらに攻撃しない旨を書いた魔王直筆の書状を渡す。万が一の場合を考えて精巧に作られたコピーだ。

 渡された書状を読んだ彼らの反応はさまざまであったが、やはりあの大陸を攻めるための口実がほしかったのだろう。がっかりとそれとなく肩を落とす者が多かった。


 心の底から自分たちは訴えた。そしてあきらめてほしいと願った。あの楽園を荒らしてほしくないと。


 けれど、最悪の自体は起こってしまった。


 最初に、ヒステリックな叫びをあげて扇をたたきつけたのは、いつもやさしく微笑んでいた王妃だった。

 あそこにはとてもよい化粧品やきれいな宝石があるのにどうしてもって帰ってこなかったのよ、と。

 ついで怒り狂った王は、あそこは宝の山なのだぞ、と叫び。

 貴族たちは魔族など人ではないのだからさっさと殺してしまえばいいものを、兵士の換えなど国民から集めればいくらでもいるのだからごり押しで殲滅してしまえと叫んだ。

 捕らえよ、と命令された近衛が眉をひそめ、けれど私たちを拘束しようとこちらに向かってくる。

 罪状は、王の命令を無視した、というもの。


 ばかばかしくて笑いもでなかった。

 けれど、おめおめとつかまればそのまま死刑台一直線は間違いない。

 しかし、なにもせずに逃げれば国家反逆罪として指名手配され、たとえ帝国まで逃げてもそれを口実に攻めてくることだろう。


 だからこそ、使いたくはなかった秘策を使った。

 彼らから、備えあれば憂いなし、と手渡されたのは、過去に起こった出来事を声や音や映像までも記録していつでも好きなときにもう一度繰り返せるという『でじきゃめ』という道具の『ぼつぁん』を押した。


 そして、城のどまん前にそのときの映像がそっくりそのまま再生された。


 それを視た庶民や何も知らなかった下級貴族や、使い捨ての徴兵として命を散らしていった兵士の遺族たちが一斉に城の前へ集まり、抗議を始めたのである。

 慌てふためいたのは王城の王族や貴族たち。近衛たちも戸惑いを隠せず足を止める。

 その隙を突いて、彼らと共に暗黒大陸へ『転移』した。


 最後に一言『これが、俺たちが命を削って愛し仕えていた国の実情だ』と言い残して。


 帝国に着いた俺たちはよほど酷い顔色をしていたのだろう。心優しい民がわらわらと来てはどうしたどうした大丈夫か、と肩や背中を叩いてくれたり、なんとなく予想はついているのだろう元奴隷や元兵士の人間たちも何も言わず肩に手を置いて慰めてくれた。

 やがて俺たちは魔王直々に迎えられて城でしばらく静養することになった。

 同時に、人間の大陸からにすんでいた異種族は速やかにこちらへ呼び寄せ、捕まっているのならば保護して転移させ、数ヵ月後には、あちらの大陸には人間しかいなくなった。


 また数年、月日を重ねて穏やかな気持ちで過ごせるようになったころ、人間の大陸が動乱にうごめいていることを知る。

 自分は正直かかわりたくないと思ったが、世界のバランスが崩れそうだと、少しだけ視てくると言った彼らについていき、そして、あまりにも酷い惨状に、息を呑んだ。


 詳しい描写はしたくない。今でもありありと脳裏に焼きついたそれらはきっと、言葉でも文字でも決して理解できない地獄であったから。


 その中、彼らは必死に巻き込まれた平民や、少なくとも戦争を良しとしない貴族たちと共に尽力していた。

 俺たちもすこしは手伝えただろうか。


 しかしどれほど手を尽くしても、世界のゆがみは止まらなかったと、彼らは沈んだ表情で言った。

 俺は、もういい、お前たちはがんばったとしょんぼりと落ちた薄い肩を叩いたが、彼らの瞳にすこし不安がよぎったのを覚えている。

 それは、魔族帝国に住みたいといったときの瞳にそっくりだったから。



 懸念は、現実となる。

 警戒しつつ傍にいたというのに、いつの間にか宿屋から移転しており、その行方を捜すもさっぱり。

 それでも、走り回って執念で手に入れた行き先は、なんと一番の激戦区。

 しかも、世界のゆがみが一番酷い場所。常人ならば近づいただけで身体がねじ切れられて絶命する、激戦区でありながら誰も近づかない箇所。




 あんなとこ行けるかと顔を引きつらせて首を振る、むりやりついてきた変装中の魔王の首根っこをつかんで俺ひとりだけでいいからとにかく転移させろと脅…『お願い』したのは数時間前のことだ。



 魔王がびっしょりと汗をかきながらつなげてくれた、歪んだ空間越しに見える彼らは、命を文字通り削り、余りある魔力をゆがみに注いで世界を元通りに戻そうとしていた。



 ふざけるなと、叫べるものなら叫んでいた。

 なぜ、やっと成年といっていい年頃の子供たちがあんな過酷な定めを背負わなくてはならない。

 あの『子供』は、どれほど力あろうと、自分たちが護るべき存在だ

 この世界のツケは、この世界が支払わねばならないものだ。



 あまりに強大な力に恐れを抱く本能を、多少体はなまってもいまだ衰えない意思で叱り付けて、世界のゆがみの中に突入した。














 結果が、今のこの状況というわけだ。なんとまあ情けない。

 瞳を潤ませ、心配そうに見ながらも決して『唄』を『舞』をとめない彼らに、相変わらず頑固だと内心毒づいて、指先に力をこめる。


 これでも、昔はただひとり、たたき上げで入った騎士の中でもっとも厄介な部下を任され、そして叩きなおしてはしつけてきた身だ。

 この程度(・・・・)で根をあげるのか。この俺が(・・・・)


 馬鹿を言うな(・・・・・・)!!


 あんな、まだ未来ある『子供』に犠牲を強いるほど小さくなった覚えはない。

 あんな、まだ未熟すぎる『子供』に、世界を護られるほど弱くなった覚えはない。


 まだだ。まだ、これから多くのことを教えると決めていたんだ。


 そうだ。まだお前たちの知らないことがあるんだ。

 城下町の下町に住んでいる人嫌いの偏屈な爺も、口うるさい商人の婆も、頑固な職人が作る色とりどりの飴やすこし粉っぽくて懐かしいルルー(ドーナツみたいなもの)も食ってないだろう?

 深い谷にある、領主からも忘れ去られて戦乱に巻き込まれていない俺の故郷にいるドガウ(牛みたいなもの)の乳絞りは量が多いから、きっとびっくりするだろう。まだ現役だばか息子と殴ってくるくそ親父やあらあらと笑いながらも止めはしない母さんにも会いたいといっていただろう。

 結婚した部下にはもうすぐ子供が生まれて、すこしでいいから抱かせてくれと言っていたじゃないか。

 浴びるほど酒を飲んで、ぐでんぐでんに酔ったこともないだろう。

 フォース(カードゲーム)だってグルーン(将棋やチェスの一種)だって負け続きで、絶対あんたに勝ってやるといっていただろう。まだ勝負はついてないんだぞ。

 お前たちが知るたくさんのうまい料理も教えてきってもらえないし、そうだ、香辛料の使い方だってもっと広いことを知らなかったんだ。


 ほかにもたくさん、お前たちに教えてないし、教わってもいないじゃないか。


 まだお前たちは恋もしていないだろう。

 まだお前たちは生きているべきだろう。

 まだお前たちは幸せになっていないだろう。



 そうだ、だから絶対に、止めなければ。

 なんて危険なことをしたんだと、尻を叩いて、拳骨を落としてやらなければ。



 だから動けよ俺の身体!!

 今ここでその根性見せてやれ!!



 まだ、この世界は終わっていないことを魅せつけろ!!!



 動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けうごけうごけうごけうごけぇぇぇぇええええ!!



 限界を超えた身体は時折ブチ、だのゴリ、だの嫌な音がするが、麻痺しているのか痛みは感じない。

 邪魔な鎧はしびれる指では無理だったので予備の短刀で隙間の皮を切り裂いてがしゃがしゃと落とした。随分軽い。これなら歩くぐらいはできる。

 びちゃり、と血にまみれた足の裏が粘ついたものの、そちらの感覚も消えてきたので気にならない。


 先に『唄』をとめた阿呆が止まれと叫んだが、うるさいと一喝。すぐにそっちに行って本気で殴ってやる。


 一歩動かすだけで体中をねじ切られるような、不快な感覚があちこちを中心に響くが、それがどうした(・・・・・・・)


 もう一歩、一歩と歩みを進める。

 身体にのしかかるゆがみを気力と根性と意思だけで押しのけ、ただではすまないながらも確かに近づいていく。

 『舞』をぎこちなく続ける馬鹿が、俺の右膝がゆがみに『喰』われたのを視て顔色を変え、ついに『舞』を止めた。


 馬鹿と阿呆が真っ青になってこっちに走ってくる。しりもちをつくように崩れ落ちた俺の身体を支え、せっかくのきれいな顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら同時に治癒をかけながら、どうして、こんな危険なところに、きちゃだめ、すぐ返すから、とたわけたことを抜かしたので、動かない腕が反射的に馬鹿と阿呆の頭を殴っていた。

 涙は止まったが、きょとんとした顔でこちらを見るものだから、頭を抱えたくなった俺は正常じゃないのかといいたくなる。


「お、い……こ…んの、馬鹿、に、阿呆。……はっ……耳ぃ、かっぽじ、って……よぉく、聞け……よ……」


 しゃべるな、怪我が、とあわてた声が同時にふたつ。


 ひねくれた性格の、けれどとてもやさしい、ふたりきりのきょうだい。


 血は繋がっていない。たった数年しか付き合いの無い。けれどそれでも誰より深いつながりをもっていると自負できるほどの強い絆に繋がれた、俺の、たった、ふたりだけの、



「……お…まぇらはっ……俺の………おれ、の…『バカ…ガキどもっ』……だ……!!」



 目眩は酷いものの寒気がだいぶ遠ざかった。彼らが全力で治癒を掛けてくれているのだろう。

 まだちかちかする視界で馬鹿と阿呆の顔を見ると、額に汗がにじんでいた。


 血まみれの手で拭ってやっても薄い赤がまたついただけだが、馬鹿も阿呆も、うれしそうに泣きながら、


「「……『おとうさん』」」


 その笑みは、一番しあわせそうな笑顔だった。



 ああ、よかった。

 このふたりを失わなかった。

 俺は、間に合ったんだ。



 ほっとして、その瞬間意識が飛んだ。













 俺が再び起きたときには、すべては終わっていた。

 人間たちは文化も家も無くし、数を激減させたため、魔族のなかにまぎれて生きていくことになった。

 魔族たちは生き残った人間たちの中でも貴族でありながらその地位を捨てたというリーダー格と会談の場を設け、その中で魔族と共に生きていく術を模索していくという。

 部下達は俺と目が合った瞬間男泣きして大変だった。

 城中に響かんばかりの泣き声は俺を心配していたというメイドや医者の人たちが駆けつけ、俺が呆れ顔で部下をなだめているところを見て叫びそれにつられてなんだなんだと………苦笑気味の魔王に止められなかったらと思うとぞっとする。


 一番真っ先に彼らの行方を聞いたが、どんなに手を尽くして探しても、見つからなかったと気まずそうに言われた。

 もしかしたらゆがみに引きずられて過去か、未来か、どこかの異世界か、現在でもどの場所にいるかさっぱりだという。これが本当のお手上げというやつか。

 それは仕方ないと思う。あのゆがみは、俺がこうして戻ったこと自体奇跡みたいなもんだったからな。


 魔王は俺と数分話しただけであわただしく出て行った。やはり相当忙しいらしい。


 俺は。

 俺の右膝は、いかな彼らとて治せなかったらしい。それでも処置は完璧で、義足をつければ前ほどの動きではなくとも、鍛錬すればかなりのものになると医者に言われたので、義足をつけることにした。

ただ、感覚があまりないため馴染みずらく、結構大変だったが、まあ命があっただけ御の字だ。

 せっせと足を動かし、時には手伝いがてら情報収集をしたりと忙しくすれば、数ヶ月などあっという間に過ぎていった。













 皮鎧の不具合はなし、腰のロングソードも…よし、マントは穴が開いてないし、背嚢(ある程度荷物を収縮および軽量化して持ち運べるバックパック)には1ヶ月分の水と食料とナイフにテントに火打石に鍋とヘラと香辛料と…ああ、マントはもう一枚持っていくべきだな。おっと予備の義足忘れてた。あとは魔物よけの結界石と虫除けの香木と…。


 ん?なんだこの袋。こんなの入れてたか?


 ………あの馬鹿どもが。餞別はいらんっつーのにいらねぇお節介を………。


「ま、もらってやるか」


 ぢゃり、となかなか重みのある皮袋を背嚢に放り込み、金属底のブーツの紐をぎゅっと締めてざっと全身を確かめる。

 ゆがみを通った影響からか、肌と髪が真っ白になってしまったので多少目立つだろうが、まあ一般的な冒険者の範疇だろう。


 さて、と。


 いってらっしゃいませ、とかなり早い時間帯だというのにふわりと微笑んでいるメイドや執事や、街では早起きの老人や仕入れのためだろう大きな箱を担いでいる青年や、港ではまってましたといわんばかりの漁師たちが小型ながらも随分しっかりとした船を用意してくれた。

 操縦してくれるのは術を解いてありのままの姿になったダークエルフ。

 いってこい、たまには帰って来いよ、土産よろしくー、へたくそな運転で船ひっくり返すなよ、などなど好き勝手な声援に手を振りかえして、そんな運転下手じゃない、とむくれているダークエルフの頭を小突いた。



 大陸がだいぶ遠くかすむころ、まずどこ行く?と問いかけてくるのに、とりあえずあいつらに会えたところ、と場所も指定してやると引きつった顔で了解、とため息が返ってきた。

 あそこ今ゆがみはおさまってっけどちょー大変なんだぜ、気をつけろよおっさん、と俺より年上のくせにのたまいやがるので拳骨で返すとぎゃあぎゃあわめいてうるさかったので無視して船室に下りた。更ににぎやかになった気がするが、まあ気のせいだろう。


 背嚢を置き、結構寝心地のよい寝台に横になる。マメに休まないと義足はすぐに壊れてしまう。医者と義足を作ってくれた技工士に言わせるとあんたの使い方が悪いんだ、らしいが。

 目は覚めていたが、横になって目をつぶるだけでも随分違う。




「会ったら、拳骨とぐりぐりと尻たたき百回してやる」




 きっとあいつらは、いたいいたいいたいごめんなさいぃぃいいと泣きながら言って、それから、





「「『おとうさん』」」





 きっとまたあの笑顔で笑ってくれるはずだ。

 なんたって、俺の『子供』なんだからな。




 END

彼らはその後会えるのか、それとも会えないままなのか。

それはきっとあなたたちの心が知っている。








10月20日加筆修正。『藻屑』を『モズク』と書いていた………orz

12月19日、誤字脱字を一応訂正。まだあったらこっそり直しておきます。


読んでいただいてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あくまで召喚側の主人公が責任を取る形になっているところ。 [一言] 悪い奴はいろいろいるが、 散々悪い国を作って他人のせいにしている施政者は反乱されるべくしてされたのだと。
[一言] 物語が書かれなければならない必然性を感じました。 文章に求心力があります。 脆い人の身だからこそ強い意志が宿っている。主人公にそのたくましさを見ました。 ありがとうございます。
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