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月に泣く

作者: 七緒湖李

長い、長い間僕はそこにいた。

この家が空き家になるずっと前からこの屋根裏部屋に。

それがいつからだったかなんて重要じゃない。

人に愛され遊んでもらえればそれで僕は幸せなんだ。

だって僕は張子の首振り虎だから。

玩具は人に遊んでもらうことが生きてる証なんだよ。


なのにもう何年も、いいやもしかすると何十年もここにいる。

最後に人を見たのはいつだろう?

この家の住人は引っ越してしまったけど、僕は不要な物として置き去りにされた。

床にひっくり返ったまま、屋根裏の天窓から外の景色を眺め続けている。


知ってるかい?

季節によって空の色は違うんだよ。

大空は無限のキャンバスになって様々な色彩を僕に見せてくれる。

僕が何よりも好きなのはお月様とお星様が夜空で微笑んでいるときなんだ。

でも横向きに星空を見るよりやっぱり昔のように正面から見てみたい。


少し起き上がる努力をしてみようか。

人の手を借りないと動けない僕だけど、もしかしたら奇跡が起きるかもしれないじゃないか。


でも・・・・・・。

うんうんと体をゆすろうとしたけど何時間頑張っても無駄だった。


それからしばらくすると、満月が空を泳いでちょうど天窓から月光が差し込んだ。

ねぇまん丸お月様。

お日様のせいで色褪せた体が朽ちる前に、僕は動けるようになりたいよ。

そしたらあなたをそんな狭い窓からじゃなく見つめることができるじゃないか。

僕で遊んでくれる人を探しにいけるじゃないか。


天窓の向こうに浮かぶお月様の横を星が流れた。

一瞬で消える流れ星に泣けてくる。

僕ももうすぐ消えてしまうのかな?

そう思うと浮かんだ涙はポロポロと流れていく。


・・・・・・あれ?僕どうして泣けるんだろう?


試しにエイと四肢を伸ばしてみたら、フカフカの毛皮に覆われた前足が見えた。

チョイチョイと右前足をふってみると毛皮の右足も動く。


これ、僕の足?・・・・・・もしかして、僕動ける!?


体を反転させて僕はしっかりと立ち上がった。

ワォ!本当に奇跡が起こった!

僕は本物の虎になっていた。


足の裏には肉球がフニフニしてて、長い尻尾をパタパタ振ることだってできるんだ!

天井の高さからして、思ったより体が小さいみたいだけど、元は手のひらサイズの張子だもの。

この際、ミニマムなのは目をつぶろう。


僕は嬉しくて屋根裏中を跳ね回り、はしゃぎすぎて目が回ってしまった。

オエ・・・・・・気持ち悪い。

そこでやっと少し落ち着いて、天窓の向こう、遠くに輝くお月様を見上げる。


ありがとう、お月様。

それとも願いを叶えてくれたのはお星様?


いまから外に出てみよう。

そしたらもっとよく夜空を見つめられる。

ボロ家を飛び出すと、大きくて丸いお月様が美しく僕を照らしてくれた。

そして無数のお星様が天を彩る。

こんなにもお月様が輝いているのに、お星様もなんてきれいに見えるんだろう。

うっとりと空を見上げる僕のヒゲを、風が揺らしたことで僕は視線を大地に向けた。


そのとたん僕の瞳いっぱいに花の世界が広がった。


『百花繚乱』


それが一番ふさわしいかもしれない。

花の甘い香りが鼻孔をくすぐり、耳をすませば小川のせせらぎが聞こえた。

地平では天の川の瞬きがまるで花に流れこんでいるように見える。


月光を受けて青白くうかびあがるその景色は、言葉を忘れるくらい精美で僕は動くことを忘れて見惚れつづけた。





僕はここではない別の場所でお土産の郷土玩具として売られていた。

買ってくれたのは初老の夫婦だった。

孫のお土産にって。

だけど僕は張子の玩具だから、ユラユラと首を振るしか能がない。

だからすぐにあきられて小さな箱に押し込められ、屋根裏にしまわれた。




引越しの数日前。

屋根裏を調べにきた子供たちはとても大きくなっていた。

わくわくと箱を手にしたけど、開けたらすぐにつまらなさそうに僕を床に捨てた。




きっと僕はこの家に必要じゃなかったんだね。

そのときにやっと悟ったよ。


だけど本当は・・・・・・。

部屋の隅にでもいいから僕を置いて、ときどき頭をつついてくれるだけでよかったんだ。

間抜けに頭を振り続ける僕を見て、ちょっとでも笑ってくれたら嬉しかったんだ。



僕はなんのために生まれてきたんだろう。



屋根裏でただぼんやり天窓の向こうを眺め続けてるだけじゃ答えはでなかった。

でも今夜このすばらしい景色を見れて、長い間を独りきりで過ごした寂しさも慰められた気がする。


生まれて初めて知ったよ。

世界はとても美しいんだって。


ああだけど。

この気持ちを伝える相手が僕には思い浮かばない。




・・・・・・それが一番悲しい。




僕の目からポトリと涙が落ちた。





* * *





ショベルカーが屋根を叩いたとたん、バリバリと大きな音を響かせて屋根のほとんどが崩れ落ちた。


「あれま、こいつはだいぶんガタがきてたなあ。梁も大黒柱も腐ってんじゃないか?」

ショベルカーを操っていた作業員がヘルメットを持ち上げ二階を見上げた。

「こうヤワくなってりゃ、もう2,3回ぶった叩けば簡単に壊れてくれるな」


屋根のなくなった屋根裏部屋に、瓦の下敷きになった張子の虎があった。

虎の目に朝露が光る。


道路を挟んだ向かいの家で、騒音を避けるようにピシャリと窓が閉められた。

掘削用のショベルが持ち上がり、轟音とともに家は崩れて色褪せた張子も瓦礫に消えた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 哀しくて優しくて切なくて、とてもいいお話でした。 張子の虎はだれも恨んでいないんだろうな。そう思うと、なおさら切なくなりました。 素敵なお話をありがとうございました。
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