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世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。  作者: 桜塚あお華


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第24話 仕えるものは、何か

 その夜、エルヴァーン家の屋敷には静かな風が吹いていた。

 セリア、レイリア、ゼロス――三人での作戦会議を終えた後のことだった。

 伝えられた情報――魔族のリリスがアークフェン王国によって拘束され、【魔力の抽出】という非人道的な実験に利用されているという事実は、あまりに重い。

 ゼロスはバルコニーに出て、無言で夜空を仰いでいた。

 月は丸く、静かに高く昇っていた。


(……本当に、自分は正しい道を歩いているのだろうか)


 隣国が、魔族をただの【資源】として扱っている。

 目の前の真実は彼の中にあった【騎士道】の輪郭を静かに崩していく。


 彼が剣を捧げたものは、本当に【正義】だったのか。

 それとも、盲信にすぎなかったのか?


「……結構悩んでるっぽい顔してますね。ゼロス様」


 不意に背後からかけられた声に、肩がわずかに跳ねる。振り返れば、月光を背にしたレイリアが立っていた。

 いつもの、どこか気だるげな雰囲気を纏っていながらも、瞳は真っ直ぐに彼を見つめていた。


「なんとなく……そんな気がしたから。月も綺麗だし、ね」


 彼女はゼロスの隣に並び、手すりにもたれた。

 さらりとした髪が風に揺れる。

 その横顔を、月光が優しくなぞっていた。

 ゼロスは、しばらく沈黙してから小さく呟く。


「……仕えるというのは、こうも曖昧なものだったのかと……少し、考えていました」

「曖昧?」


 レイリアが首を傾げると、ゼロスは低く息を吐いた。


「国に仕える。主君に忠義を尽くす。嘗ての私はそれが全てだと思っていた……けれど、今はわからない。何を守るために剣を振るうべきか、その境界が……」


 迷い。それは確かにゼロスの中にあった。

 レイリアはしばらく彼を見つめて、ぽつりと言った。


「……私もさ、似たようなものだよ」


 ゼロスが視線を向けると、彼女は手すりに顎を乗せて、空を見上げていた。


「拳を振るうのは、昔から変わらない。でも、誰のために振るうのかって……今でも、時々わかんなくなる」


 ぽんぽんと、拳で自分の胸を叩くように。


「戦う理由って、強くなるためでも、誰かのためでもあったはずなのに。最近は、ただ【壊したい】って思う相手が増えてきちゃってさ……例えば……アークフェンとか」

「……それは、怒っているということですか?」

「多分ね。あの国にはいろいろ縛られたし、うんざりもした。けど、それでも……本当に壊していいのかって悩む時もある」


 その声は淡々としていたが、芯に熱を秘めていた。

 ゼロスは、月の光を受けた彼女の表情をじっと見つめる。

 強くて、真っ直ぐで――そして、不器用。


「……不思議ですね」

「なにが?」

「あなたと話すと、少しだけ……答えが見えてくる気がするのです」

「……それって褒めてる?」

「……さあ。どうでしょう」

「またごまかした」


 レイリアは小さく笑った。


「でも、ありがと。ゼロス様が迷ってるなら、私、ちょっとだけヒントあげるよ」

「ヒント?」

「うん。もしも――【仕える】って言葉が重すぎるなら、【並んで戦う】って考えてみて」


 ゼロスは目を見開く。


「隣に並んで、共に拳を振るう。それが騎士でも、魔族でも関係ない。守りたいって思ったなら迷わず戦えばいい。少なくとも私は……」


 レイリアは、ゼロスの方に向き直って、柔らかく言った。


「あなたのこと、嫌いじゃないから」


 レイリアは静かに笑った瞬間、ゼロスは一瞬、言葉を失った。

 その笑みは戦場で見せるどの顔よりも穏やかで、優しかった。

 風が吹き抜ける――夜の空に、雲がひとすじ流れていく。


「……ありがとう、レイリア様」

「うん……じゃ、おやすみ」


 レイリアは小さく手を振ると、軽い足取りで廊下へ戻っていく。

 その後ろ姿を、ゼロスはしばらく見つめ続けていた。


(【並んで戦う】か……)


 彼の中にあった騎士としての価値観が、静かに変わりはじめていた。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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