第11話 覚悟だニャン♡
「皆さん、ご覧ください。
ここ、猫ヶ原工業地帯に、突如、ナメクジの怪獣が現れました。
近隣住民は速やかに避難してください!
繰り返します。
皆さん、速やかに避難してください!」
その映像には数百メートルもあろうかという一つ目のナメクジが映し出されていた。
ヘルメットを被った新人女子アナが、現場近くでマイク片手に必死に叫んでいる。
まずはあなたが今すぐ逃げなさい、と言いたい。
かわいそうに、上層部の命令で命を懸けさせられているのだ。
こんなときにまで視聴率至上主義である。
「ナメナメクジクジッ!
ナメクジクジクジ~ッ!」
バッゴーンッ!
空から落とされ、怒り狂い暴れるナメクジ怪獣。
爆発の破片がテレビクルーと女子アナを襲う。
「ギャーッ!」
万事休す……
その瞬間……
ルージュが、【猫ニャンステッキ】を向けた。
「ラブリーシールド!」
ルージュが叫ぶと【猫ニャンステッキ】の先からピンク色のハートがポヨヨンと打ち出され、テレビクルーと女子アナを包み込んだ。
ハートが衝撃を吸収して、おバカ報道陣は無傷であった。
「危なかったわね」
スタッ
そう呟き、ルージュは女子アナたちの横に着地すると、キリッと彼女たちを睨みつけた。
「あなたたち、何考えているの?
上の命令だか何だか知らないけれど、こんなところに来たら危険だってことは、子供でもわかるでしょう!」
ルージュの怒りは収まらない。
次に、女子アナからマイクを取り上げると、カメラに向かって怒鳴り始めた。
「安全な場所でふんぞり返ってるお偉いさんたち!
そんなに視聴率が欲しいなら、あんたたちが現場に来なさい!
社員や協力会社はあんたたちの道具じゃないのよ!」
当然、【猫ニャンスーツ】のお陰で、ルージュの顔にはモザイクがかかっているのだが、その怒りは十分に伝わるものであった。
「まあ、こんなことを平気でさせる輩が、反省するとは思えないけどね……
それと、あんたたち!
二度は助けないわよ!
私たちにも余裕はないの!
わかったら、とっととこの場を離れなさい!」
「ルージュ~ッ!」
スタッ
「ノアールちゃん」
「報道陣は大丈夫だったみたいね。
やっぱルージュは凄いね。
私なんて足がすくんで動けなかったもんね」
「私も恐怖心でいっぱいだったわよ。
でも、危ないって思ったら、つい動いちゃったのよね」
「さすがだわ」
「おバカ報道陣の行いが、固まって動けなかった私の緊張を、解いてくれたってのは皮肉なもんだけどね」
ルージュはチラッと横にいる報道陣に視線を向けながら言った。
相変わらず空気を読まず、テレビクルーは、こちらにカメラを向けている。
「ちょっと、あんたたちいい加減にしなさいよ。
さあ、すぐにここを離れるのよ」
「いや、我々は報道陣としての責務が……」
ドッゴーンッ!
カメラマンが無責任な使命感を口走った瞬間、再び爆発した球形タンクの破片がこちらを襲った。
「危ない!」
咄嗟に私とルージュは両手を広げ盾となる。
「グハッ」
「ガハッ」
テレビクルーの機材トラックは横転し、カメラも道路脇に吹き飛んでいる。
幸い、テレビクルーに死者はいないようではある。
そして……
私には、軽い破片が体をかすめただけだったのだが……
「キャー、ルージュ!
ひどい怪我!」
そこには、鉄パイプが左肩に刺さり、血を流しながら、ひざまづくルージュの姿があった。
「大丈夫よこれぐらい……」
ルージュは鉄パイプを右手に握り、ズバッと手前に引き抜いた。
「ググッ……」
「ちょっとルージュ!
こんなときは抜いちゃいけないのよ。
抜いたりしたら、そこから血が吹き出しちゃうじゃないのよ!
傷口を固定して、すぐにお医者さんにいかなきゃ!
ほら、言わんこっちゃない。
血がどんどん溢れてきたじゃないのさ!」
「だって、こんなもの刺さったままじゃ戦えないじゃない」
こんなになってまでこの人は……
ルージュの左肩からは止めどなく血が滴り落ちてくる。
私はハンカチを取り出し、ルージュの傷口を強く縛った。
「ハァハァハァ……
ねえ、あんたたち……」
肩で息をしながらルージュはテレビクルーに向き直った。
「特に、さっき責務がなんだとか言いかけたカメラマン!
あんたの言う責務ってのは、結局のところ、自分の欲求を満たすための甘えなのよ。
行っちゃダメだって言われてんのに、報道の自由だとか何だとか言って、無防備で紛争地域に行き、テロ組織に掴まって、日本の税金を大量に使って助けださるたバカと一緒。
自分の身も自分で守れないヤツが、義務を果たさず、権利ばっかり主張するんじゃないわよ!」
「あなたたち!
私もこれ以上は黙ってないわよ。
あなたたちの軽薄な行動で、仲間が傷ついたの。
これ以上ここに居座るってんなら、怪獣にやられる前に、私があなたたちをぶっ飛ばすわよ!」
傷ついたルージュを見て、私もテレビクルーたちに怒りが湧いてきた。
「ごめんなさい」
女子アナは深々と頭を下げた。
「で、でも……」
カメラマンはまだ何かを言おうとしている。
ここまで来たら、その信念たるや尊敬に値する。
もちろんこれは皮肉である。
救いようのない大バカ者である。
「私の軽があっちに停めてあるから、早くこの場を離れましょう」
女子アナはもう一度、ペコリと頭を下げると、他のクルーたちと一緒に、カメラマンを引きずって、やっとこの場を離れて行った。
「ねえ、フウテンとヤマトちゃん。
今の状況をどう見るかしら?」
「「……」」
「そうよね。
勝率は限りなく0ね」
「「……」」
「それじゃあ、フウテンに聞くわ。
相打ちなら?」
フウテンは俯いていた顔を上げ、ゆっくりとルージュの顔を見た。
「……それならば……ひょっとしたら……少しぐらいは……」
「やっぱりそうなるわよね。
フーッ」
ルージュは大きく息を吐き、天を見上げた。
「あれをやるのかい?」
「ええ、あれしかないわ。
ごめん、フウテン……」
「今さら何を言ってるんだよ。
キミの無茶は今に始まったことじゃないさ」
ルージュとフウテンはニヤリと笑った。
「と、言うわけだから、ノアールちゃんとヤマトちゃんは今のうちに逃げなさい」
「とういうこと?
話が全く見えないんだけど?」
「私とフウテンの、とっておきの必殺技を使うってことよ。
周りに人がいたら、危なくて使えない技なの。
たとえ、【猫ニャンスーツ】を着ていたとしてもね」
「死んだりしないよね……」
私は不安になり、小さな声でルージュに尋ねた。
「……」
「どうして答えないの?」
「ノアールちゃん……
いえ、雪乃ちゃん……
ここ数日間、ほんとに楽しかったわ。
あとのことはよろしく頼んだわよ!」
そう言葉を残し、ルージュとフウテンはナメクジ怪獣目がけて突進していった。
「ルージュ……
いやよ……
マッキーッ!」
私は精一杯に腕を伸ばしたが、走り去る背中に届くことはなかった。




