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異世界ドタバタ☆ファンタジー〈魔竜とゆかいな仲間たち〉

ようこそ、『異世界ドタバタ☆ファンタジー〈魔竜とゆかいな仲間たち〉』の世界へ!


この物語は、ひょんなことから異世界へ飛ばされてしまった高校生・伊藤タケルと、控えめだけど芯の強い少女・リリ、そして……おてんばセクシー姫のエリーナと、かわいすぎる(でもチート級に強い)魔竜ガルちゃんが織りなす、ドタバタ珍道中です。


笑ってツッコんで、時には胸が高鳴って、でも基本は「なんだこれー!」と叫びながらページをめくっていただければ本望です。

作者としては、シリアスな展開もほんのちょっとだけ用意していますが、最後にはきっと笑顔になれるはず。


さあ、魔竜とゆかいな仲間たちのハチャメチャ冒険譚の幕開けです!

 

 第1話 【転生勇者、竹ざおを買う】



 ——ガシャーン!

 ブレーキ音とともに、トラックのライトが迫り視界が真っ白に染まった。


 次に目を開けたとき、伊藤タケルは天井の高い石造りの広間に寝かされていた。

 まわりには鎧の兵士、正面には立派なひげをたくわえた王様。そしてその玉座の隣の椅子は空席のまま、白い布で覆われていた。


「おお、目を覚ましたか、勇者タケルよ!」


 ……勇者?


 タケルは高校二年生、サッカー部の落ちこぼれ、そして絶賛進路迷子のただの人間である。勇者という肩書きに心当たりはまったくなかった。


「いきなり何を……」


「姫を、わが愛娘エリーナを救ってほしいのじゃ! 魔竜ガルドラスにさらわれ、いまや北の洞窟に囚われておる!」


 ああ、なるほど。

 タケルは心の中で頭を抱えた。

 ——これ、絶対どこかで見た展開だ。


 ゲームのチュートリアルそのままじゃないか。


 とはいえ、王様の目は真剣で、兵士たちもこちらを期待のまなざしで見ている。逃げ場はない。


「……わかりました。できるだけ頑張ってみます」


 気づけば口が勝手にそう答えていた。


 ——その瞬間、王様は立ち上がり、両手を広げた。


「おお! ありがたい! 勇者タケルよ、どうかこの国と姫を救ってくれ!」


 そして差し出されたのは……袋に入った少量の金貨。


 報酬じゃなく、旅立ち資金らしい。


 タケルはお城を出ると、まずは城下町の賑わう広場へと向かった。石畳の道、活気ある露店、どこかで聴いたことのあるような陽気な笛の音。

 完全にRPGの世界そのものだった。


 ◇


 まず立ち寄ったのは「武器屋」。

 木の看板には剣の絵が描かれている。


「へい、いらっしゃい! 旅立ちかい? だったら武器が必要だろ!」


 店主はひげ面の陽気な男だった。並んだ品を見て、タケルは目を細める。


 銅のつるぎ 300G


 棍棒 100G


 竹ざお 10G


 ……見覚えのあるラインナップ。


 タケルの手持ちは金貨50枚、つまり50G。

 必然的に選択肢はひとつだった。


「じゃあ……竹ざおで」


「まいど!」


 手渡されたのは、本当にただの竹の棒だった。重さはちょっとしたほうきくらい。

 心の中でツッコミを入れる。


 ——これでモンスターと戦えって、正気か。


 続いて「道具屋」へ。

 こちらもまた、棚に整然と並ぶ品が見覚えありすぎる。


 やくそう 8G


 どくけし草 10G


 まほうの水 25G


 とりあえず、やくそうを五つ購入。

 袋の中で、乾いた葉の匂いが漂う。


「ありがとよ! 勇者さん、気をつけてな!」


 店主の言葉に軽く会釈して、タケルは町の門へ向かった。


 青い空、広がる草原。

 心臓が高鳴る。


「……マジか。本当に始まるのかよ」


 竹ざおを握り直し、タケルは一歩を踏み出した。

 異世界勇者の冒険が、今ここから始まる——。



 城下町の門を抜けた瞬間、伊藤タケルの目に広がったのは、見渡すかぎりの草原だった。

 青空の下、風に揺れる草の匂い。鳥の声。——まるで絵本の中に飛び込んだような光景だった。


「……すげぇ、本物のファンタジー世界」


 竹ざおを握りながら、タケルは感嘆とも不安ともつかない息をもらした。


 だが同時に胸の奥に、ずしりとした重みもある。


 ——俺、死んだのか? 本当に?

 ——あの時……トラックのライトが……。


 意識がかすんでいく直前、確かに誰かの名を叫んだ。


「……リリ」


 口から自然にその名前がこぼれる。


 鈴木凜々。

 同じクラスで、最近ようやく付き合い始めたばかりの女の子。

 黒髪を肩まで垂らし、控えめだけど笑顔が可愛い子だ。部活帰りに駅まで一緒に歩いたり、放課後にファストフードで勉強したり。

 あの小さな日常が、急に愛おしくてたまらなかった。


「俺……戻れるのか?」


 いくら王様に姫を助けろと言われても、タケルにとって本当に大事なのは、リリのもとに帰ることだった。

 もし本当に死んでしまったのだとしたら、彼女を置いてきてしまったことになる。


「なんとか……方法を探さないと」


 拳を握りしめた、その時だった。


 草むらの向こうで「ぷるん」と水風船を揺らしたような音が響いた。


「……え?」


 タケルが目を凝らすと、青く透き通ったゼリー状の生物が、ぴょん、と跳ねながらこちらへ近づいてきた。

 丸い体に愛嬌のある瞳、にゅっとした口元。


 どう見てもゲームで見覚えのある某スライム的存在だった。


「おいおい、マジかよ……。俺、チュートリアル戦闘突入?」


 笑うしかなかった。

 だが次の瞬間——


「ぴぎゅるるるっ!」


 スライムが突然飛びかかってきた。

 体当たりを食らったタケルは、腹に鈍い衝撃を受けて転げ回る。


「ぐはっ!? いってぇえええっ!」


 痛い。リアルに痛い。

 ゲームじゃなく現実だった。衝撃で呼吸が詰まるほど。


 竹ざおを必死に構える。


「ふざけんなよ……! 俺はまだ死ねねえんだ!」


 勢いで振り下ろした竹ざおが、スライムの体を突き抜ける。

 ぬるりとした感触。竹の棒がゼリーを押し潰すように沈み、ぷるぷる震えながらも弾き返される。


「おえっ、キモッ……!」


 必死に連続で叩く。スライムは「ぴぎゅるる!」と鳴き声を上げながら後退。

 そして最後の一撃を喰らった瞬間、体がぐにゃりと崩れ、青い液体に溶けるように消えていった。


 残ったのは、きらりと光る小さな青い結晶だけ。


「……勝ったのか、俺?」


 タケルはその場にへたり込み、荒い息を吐いた。

 額から汗が流れる。

 初めての戦い。命のやり取り。ゲームなら笑って済むけど、ここでは腹にまだ鈍痛が残っている。


 だが同時に、胸の奥にかすかな熱が広がっていた。


「やれる……のか? 俺でも」


 竹ざおを見つめ、手を握り直す。


 その瞬間、思考がまた現代に戻る。


 ——リリはどうしてるだろう。

 ——俺が突然消えて、泣いてないか。

 ——親は? 友達は?


「……絶対に戻る。戻って……リリに、ただいまって言うんだ」


 タケルは結晶を拾い上げ、立ち上がった。

 草原の向こうには、まだまだ冒険が広がっている。


 その冒険のどこかに、現代へ戻る手がかりがあるはずだ。


「待ってろよ、リリ……!」


 夕陽に染まる草原を、タケルは歩き出した。

 竹ざおを握る手に力を込めながら。



 伊藤タケルがいなくなったその日から、鈴木凜々(リリ)の心は真っ暗な霧の中にいた。


 高校二年の放課後、待ち合わせしていた駅前に彼は来なかった。

 既読はつかず、電話もつながらない。翌日になっても姿はなく、ニュースでは「高校生の交通事故」という言葉がちらりと流れた。


「……タケルくん」


 布団の中、両手をぎゅっと握りしめる。

 リリはもともと人前に出るのが得意ではなく、クラスでも目立たない存在だった。そんな彼女に笑いかけ、気さくに話しかけてきたのがタケルだった。

 ほんの少しの勇気を出して、「私と付き合ってみる?」と口にしたとき、タケルは驚いた顔をしたあと、すぐに笑って「いいよ」と言ってくれた。


 その日々が、あっけなく途切れてしまった。


 ……そして、その夜。


 リリは夢を見た。


 月明かりに照らされた草原。

 どこか異国のような、不思議な世界。


 その中央に、彼が立っていた。


「……リリ?」


 振り向いたタケルは、確かに伊藤タケルだった。制服ではなく、見慣れない服装。手には竹の棒を握っている。


「タケル、くん……? 本当に……?」


 リリの声は震えていた。夢だとわかっていても、涙があふれる。


「うん……俺だよ。生きてる。死んでない。けど、ちょっと……ややこしいことになってて」


 タケルは頭をかきながら苦笑した。

 そして、自分が「王様に頼まれて姫を助ける冒険に出たこと」「スライムみたいなモンスターと戦ったこと」を説明した。


「は……はあ?」


 リリは目をぱちぱちさせた。

 ゲームみたいな話で、信じられない。

 けれど、目の前のタケルは確かに本物で、声も仕草も知っている人そのものだった。


「戻れる方法、探してる。絶対に帰るから。だから……待っててくれ」


 その言葉に、リリの胸が熱くなる。


「……うん。……待つよ。私、待ってる」


 彼の手に触れようと伸ばした指は、空気をすり抜ける。

 触れられない。夢だから。


「大丈夫。夢でも繋がってるなら、きっと方法がある」


 タケルは力強く笑った。

 それだけで、リリの不安はほんの少し和らいだ。


 目を覚ましたとき、リリは涙で枕を濡らしていた。

 でも、胸の奥には小さな灯がともっていた。


「タケルくん……絶対、戻ってきてね」


 彼を信じる力だけが、彼女を支えていた。



 草原を歩き続けて半日。

 伊藤タケルは足の疲れを覚えつつも、ようやく小さな村にたどり着いた。


 木の柵に囲まれ、藁葺き屋根の家々が並んでいる。どこか牧歌的で、懐かしい雰囲気すらあった。


「おお、旅の方か。どうか助けてくだされ!」


 村の入口で、腰の曲がった老人に呼び止められた。

 事情を聞けば、どうやら「畑を荒らすオオネズミ」が夜な夜な出没し、作物を食い荒らしているという。


 タケルは頭を抱える。


「……これ、完全にサブクエストだよな」


 姫を助けるどころか、ネズミ退治。ゲーム的すぎて笑えてくる。

 だが、ここで断ったら村人は困るだろう。何より、現代に戻る手がかりは「人と関わって行動する」ことの先にある気がした。


「わかりました。やってみます」


 タケルがそう答えると、老人は涙ぐんで何度も頭を下げた。


 その夜。


 タケルは畑に潜んでいた。

 月明かりの下、竹ざおを握りしめ、じっと息を殺す。


 しばらくして——。


「キィ……キィィッ!」


 闇の中から現れたのは、犬ほどの大きさの巨大なネズミだった。赤く濁った目をぎらつかせ、畑の野菜を食いちぎっている。


「……デカッ!?」


 思わず声が漏れた瞬間、オオネズミがこちらに振り向いた。

 次の瞬間、飛びかかってくる。


「うおっ!」


 タケルは咄嗟に竹ざおで受け止める。火花のように衝撃が走り、腕が痺れる。

 必死に横へ転がり、やくそうで傷を塞ぎながら反撃の隙をうかがう。


「……俺は帰るんだ! リリのとこに!」


 気合を込めて竹ざおを振り下ろす。

 オオネズミの頭に命中し、鈍い音とともに動きが止まる。

 最後に鋭い悲鳴を上げると、その巨体は崩れ落ちた。


 タケルはその場に膝をつき、肩で息をする。


「……やった。俺でも……やれるんだ」


 ふと夜空を見上げると、星々が瞬いていた。

 遠いけれど、どこか現代の空とも繋がっている気がした。



 その夜、タケルは夢を見た。


 夢の中に広がるのは、白くぼんやりとした空間。

 そこに彼女がいた。


「……リリ」


 振り向いた凜々は、相変わらずおとなしい瞳でこちらを見つめていた。

 けれど、その頬には涙の跡があった。


「タケルくん……本当に、生きてるの?」


「ああ。まだこっちの世界で戦ってる。今日は、オオネズミ退治をしたんだ」


「ネズミ……」

 リリは小さく笑う。

「なんか……タケルくんらしいね。昔から、誰かに頼まれると断れなかった」


 その笑顔に、タケルの胸がじんと熱くなる。

 彼女の声を、仕草を、もう一度こうして見られることが、どれほど嬉しいか。


「戻る方法は、まだ見つからない。でも……絶対に帰る。帰って、もう一度お前と……」


 言葉が途切れる。

 リリは俯いて、小さな声で呟いた。


「……待ってるよ。待つから。だから、無茶はしないで」


 触れようと伸ばしたタケルの手と、リリの手が、夢の中で一瞬だけ重なった気がした。


 目覚めたとき、タケルは胸に強い決意を抱いていた。

 この世界を生き抜き、必ず戻る。

 そのためなら、どんな敵だって倒してみせる。


「待ってろよ、リリ」


 竹ざおを握りしめ、タケルは再び歩き出した。


 村を発って三日。

 伊藤タケルはついに、北の洞窟の前に立っていた。


 岩山を削ったような入口からは冷たい風が吹き出し、奥の暗闇からは低いうなり声が響いてくる。

 胸の奥が震えた。


「……ここに、姫が」


 王様が言っていた「魔竜ガルドラス」の棲み処。

 リリとの夢の中で「必ず帰る」と誓ったタケルは、今度こそ自分の役割を果たさなければならないと感じていた。


 洞窟の中は湿っていて、コウモリが天井を飛び回っていた。

 時折、影の中から牙をむいたモンスターが飛び出す。狼のような獣、コウモリのような魔物。


「くっそ……! 数が多い!」


 竹ざおは既にぼろぼろになり、何度も体をかすめる爪に血を流した。

 だが、やくそうで応急処置をしながら奥へと進む。


 そして、最奥の広間でそれを見た。


 巨大な鎖が壁に食い込み、その先には女性が囚われていた痕跡。

 そこに姫の衣装の切れ端が落ちている。


「やっぱり……ここに」


 タケルが駆け寄ろうとした瞬間、奥の闇で何かが蠢いた。


 ——ズシン。

 ——ズシン。


 床が揺れ、息を呑む。


 現れたのは、炎のように赤い瞳をした巨大な影だった。

 長い首、鋭い牙、広がる翼。


「……竜」


 その威圧感に、体が凍りつく。

 竹ざおを握る手が震える。

 勝てるはずがない。今の自分では。


 竜が吠えた瞬間、爆風のような息が広間を吹き抜け、タケルは岩壁に叩きつけられた。


「うわっ……ぐっ……!」


 視界が揺れ、血の味が口に広がる。

 必死に這い上がりながら、ただ一つ思った。


 ——死ねない。戻るんだ。リリのところに。


 その頃、現代のリリは眠りの中で激しく胸を押さえていた。


 夢の中に、タケルの苦痛と恐怖が流れ込んでくる。

 助けたい、けれど手が届かない。


「タケルくん……!」


 その瞬間、彼女の胸の奥から光があふれた。


 白い空間の中に、古びた扉が立ち現れる。

 扉には複雑な文様が刻まれ、淡く輝いていた。


 リリは直感した。


 ——これが「異世界へ繋がる扉」だ。

 ——タケルくんのところに行ける。


 震える手で取っ手に触れる。冷たい感触が伝わり、扉が音を立てて開いた。


 洞窟の奥で、竜に追い詰められるタケル。

 その背後に、突如として白い光の扉が開いた。


「え……?」


 光の中から現れたのは、見慣れた制服姿の少女だった。


「タケルくん!」


 リリだった。

 夢の中だけでしか会えなかった彼女が、そこに立っていた。


「リリ……! 本当に……来たのか!?」


 タケルの目から涙があふれる。

 竜の咆哮が響く中、二人は必死に手を取り合った。


 そして扉の光に包まれ、二人は洞窟から消え去った。


 次に目を開けたとき、そこは現代日本のタケルの部屋だった。

 机の上には、いつも通りの教科書。窓の外には夕焼けの街並み。


「……戻ってきた、のか?」


 タケルとリリは互いに抱き合い、声にならないほど泣いた。


 だが、タケルの心には残っていた。

 あの洞窟に囚われた姫。竜の影。

 放っておいていいのか——?


 胸の奥で小さな火が再び灯る。



 あの洞窟で竜に追い詰められた瞬間、リリが「夢の扉」を開いてくれた。

 気がつけば、タケルは自分の部屋のベッドに横たわっていた。

 隣には、制服姿のリリ。


 二人はただ抱き合い、言葉もなく泣いた。

 異世界の土と血の匂いがまだ残っている気がして、現実感が追いつかない。


 けれど窓の外の夕焼けや、遠くに聞こえる商店街のざわめきが確かに「日常」だった。



 翌朝。

 タケルとリリは、いつもの高校に通っていた。


 正門をくぐった瞬間、タケルは深呼吸をする。

 制服姿の生徒たち、チャイムの音、部活の掛け声。

 それが妙に眩しく感じられた。


「……なんか、全部が懐かしい」

 思わず漏らすと、横を歩くリリが小さく笑う。


「まだ二、三日しか経ってないよ。でも……すごく長かった気がするね」


 彼女の声はかすかに震えていた。

 異世界での出来事が夢ではなく、確かに現実だった証拠だ。


 教室に入ると、クラスメイトたちが騒がしく迎えてくれた。


「おー! タケル、生きてたのか!」

「なんだよ、サボってただけじゃね?」


 冗談まじりの声に、タケルは苦笑する。

 事故に遭ったとか、行方不明だったとか、真実を説明できるはずがなかった。


 一方でリリは相変わらず教室の隅でおとなしく席につく。

 もともと人前では目立たず、話す相手も少ない。

 けれどタケルは、彼女がそこにいるだけで胸がじんと熱くなった。


 授業が始まる。

 窓の外から差し込む光が黒板を照らし、先生の声が単調に響く。

 タケルはノートを取りながら、ふと隣の列のリリを見やった。


 その瞬間——。


 彼女もまた、こちらを見ていた。


 目と目が合う。

 慌ててノートに視線を落とそうとするリリ。

 けれど、ほんの一瞬だけ、彼女の唇が小さく笑みに変わった。


 タケルも同じように、口元だけで応える。


 誰にも気づかれない、二人だけの合図。

 胸がくすぐったく、あたたかい。


 放課後。


 下駄箱で靴を履き替えるとき、タケルは小声で囁いた。


「今日……帰り、一緒に行かない?」


 リリは一瞬戸惑ったように目を丸くしたが、すぐに小さくうなずいた。


 並んで歩く駅までの道。

 沈む夕陽に二人の影が長く伸びる。


 人通りが多くて手をつなぐことはできない。

 けれど、ときおり視線が合い、そのたびにリリが恥ずかしそうにうつむく。


 その姿が、タケルにはたまらなく愛おしかった。


 電車を待つホームで、タケルはぽつりと呟いた。


「……こうして戻ってきて、お前と一緒に歩けるのが……すごく幸せだ」


 リリは少し驚いたようにタケルを見つめ、それから頬を赤らめて笑った。


「……私も。タケルくんとまた会えて、本当に……嬉しい」


 電車が入ってくる音に会話はかき消されたけれど、その笑顔だけで十分だった。


 日常が戻った。

 教室で交わす視線、放課後の帰り道。

 何気ないひとつひとつが、宝物のように大切に思えた。


 だが——。


 タケルの心の奥底では、あの竜の影と、鎖につながれた姫の面影が消えなかった。

 リリもまた、夢の中で「助けて」という声を耳にするようになっていた。


 やがて二人は悟る。

 これは終わりではない。むしろ、始まりなのだと。


 第3話 ふたりの距離


 現代に戻ってから数日。

 タケルとリリは、以前よりも自然に一緒にいることが増えていた。


 教室では、相変わらずリリは大人しくノートを取っている。

 タケルは何度も視線をそっと送り、そのたびに彼女と目が合い、小さな笑みを交わした。

 周囲のクラスメイトには気づかれない、二人だけの秘密。


 ——それだけで、胸がじんとあたたかくなる。


 放課後。


「ねえ、タケルくん……寄り道してもいい?」


 リリが珍しく自分から提案してきた。

 小さな声で、少し照れくさそうに。


「もちろん。どこ行きたい?」


「……本屋さん。新しいノートが欲しくて」


 それだけの理由なのに、タケルの心臓は妙に高鳴った。


 本屋へ向かう途中。

 夕陽が差し込む商店街は、学生や買い物客で賑わっていた。


 リリはいつもよりゆっくりと歩き、タケルの隣に小さな歩幅を合わせている。

 すれ違う人にぶつかりそうになると、タケルが自然に腕を伸ばし、そっと肩を守った。


「あ……ありがとう」


 頬を赤くして俯くリリ。

 それを見て、タケルも耳まで熱くなる。


 本屋では、文具コーナーでリリがノートを選んでいた。


「どれがいいかな……?」


 並んだ色とりどりの表紙を前に、彼女は迷っている。

 タケルは何気なく青い表紙のノートを手に取り、差し出した。


「これとか、リリっぽい」


 リリは驚いた顔でタケルを見つめ、それから小さく笑った。


「……じゃあ、それにする」


 ただそれだけのやり取りなのに、二人の心はどこか近づいていた。


 帰り道、住宅街を歩いていると、風が冷たくなってきた。


 リリは小さなくしゃみをして、袖をすり合わせる。


「寒い?」


「ちょっと……」


 タケルは迷った末、勇気を振り絞って自分の上着を差し出した。


「ほら、着ろよ。俺、平気だから」


「えっ……でも」


「いいから」


 タケルの真剣な顔に、リリは観念したようにそっと受け取る。

 少し大きすぎる制服のブレザーに包まれ、彼女は照れ隠しのように小さく笑った。


「……ありがと。あったかい」


 その笑顔を見て、タケルの胸は高鳴りっぱなしだった。


 駅前に着くと、二人はしばらく無言で立っていた。

 電車を待つ人々のざわめきの中で、自分たちだけが小さな世界にいるように感じられる。


 やがてリリが、勇気を出したようにぽつりと呟いた。


「……タケルくんと一緒にいると、安心するんだ」


 その言葉は、彼女にしては大きな告白だった。


 タケルは一瞬言葉を失ったが、真剣にうなずいた。


「俺も。リリがいてくれると、頑張れる」


 二人の視線が重なる。

 触れそうで触れない距離。

 誰かが見ているかもしれないから、手をつなぐことはできない。


 けれど——その一瞬の微笑みだけで十分だった。


 家に帰ったあと、タケルはベッドに横たわりながら天井を見つめていた。

 リリといると、現実世界がすごく大切に思える。

 守りたい、失いたくないと心から思う。


 だが同時に、あの異世界で見た姫の姿がどうしても頭を離れなかった。

 竜の影の中で、鎖に繋がれていた少女。


「……リリがいてくれても、あの姫を見捨てられない」


 胸の奥に芽生えた葛藤を抱えたまま、タケルは目を閉じた。


 その夜、夢の中でリリと再び会う。

 二人はただ静かに寄り添い、何も言わずに夜空を見上げた。

 恋と使命が、少しずつ絡み合っていくのを感じながら——。



 それは、リリが夢の中で聞いた声から始まった。


 ——たすけて。

 ——わたしを、わすれないで。


 暗闇の中に差し込む光の向こう、か細い声が必死に訴えていた。

 振り返ると、そこには鎖につながれた姫の姿。

 うつむきながらも、確かにリリを見つめている。


「……あの子が、まだ……」


 目覚めたとき、リリは胸が締めつけられるように苦しかった。

 現実に戻って安心していたはずなのに、心は放っておけなかった。



 数日後。放課後の教室。


 窓の外は夕焼けに染まり、教室にはタケルとリリしか残っていなかった。

 リリは机の上に両手を置き、深く息を吸った。


「……タケルくん。私……姫さまの声を、聞いたの」


「え……?」


「夢の中で。あの洞窟で見たままの姿で、『助けて』って……」


 タケルは言葉を失った。

 心の奥底に閉じ込めていた記憶。

 姫を見捨てて現代に戻ったことへの後ろめたさ。

 それをリリが、同じように感じていた。


 しばらく沈黙が流れた。

 窓の外からはグラウンドの部活の掛け声が聞こえる。

 それが、まるで別の世界の出来事のように遠かった。


「……俺も思ってたんだ」

 タケルはようやく声を出した。

「姫を……あのまま放っておいていいのかって。俺たちだけ戻ってきて……」


 言葉は途切れ、喉の奥が熱くなる。


 リリは小さく首を振った。

「……私も同じこと思ってた…タケルくんが行ったら、私も一緒に行く」


 その一言は、静かでありながら力強かった。


 タケルは驚いて彼女を見た。

 リリは恥ずかしそうに頬を染め、それでも真っすぐな瞳で見返してくる。


「私、タケルくんがいない世界なんて……考えられない」


 胸が強く打ち、息が詰まりそうになった。


「……リリ……」


 タケルは机越しに彼女の手を取った。

 その瞬間、リリの肩が小さく震えた。

 けれど逃げようとはしない。むしろ、そっと握り返してきた。


 二人の間に流れる沈黙は、どんな言葉よりも確かな決意だった。


 その夜。


 リリは夢の中で再び扉の前に立っていた。

 あの白く輝く「夢の扉」。

 今度はひとりではない。隣にはタケルがいた。


「行こう、リリ」

「……うん」


 手を取り合い、二人は扉を押し開けた。


 まばゆい光が広がり、冷たい風が頬を打つ。

 次に目を開けたとき、そこは見覚えのある異世界の草原だった。


 夕焼けの空。遠くにかすむ城の影。

 そして風に揺れる草の匂い。


「……帰ってきたんだ」


 タケルの呟きに、リリは強くうなずいた。


 二人は互いの手を離さぬまま、まだ見ぬ冒険の先へと歩き出した。



 異世界へ戻ったタケルとリリは、決意を胸に、再び北の洞窟へ向かっていた。


 あの竜の影が待つ場所。

 今度こそ逃げずに向き合うために。


「タケルくん……大丈夫?」

 リリが隣で不安そうに問いかける。


「大丈夫。今度は二人だからな」

 タケルは竹ざおから銅の剣に持ち替え、決意をにじませた。


 洞窟に入ると、やはりあの低い咆哮が響いた。

 炎のような赤い瞳。翼を広げた魔竜ガルドラスが姿を現す。


「グオォォォォ!」


 闇のブレスが放たれ、床石が黒く焼き焦げる。

 タケルは剣を構え、リリは必死に祈るように声を上げた。


「タケルくん、気をつけて!」


 戦闘は始まるかと思われた——そのとき。


「待って、ガルちゃん!」


 鋭い声が洞窟に響き渡った。

 タケルとリリは驚き、竜もぴたりと動きを止める。


 奥から姿を現したのは、鎖に繋がれたはずの姫だった。

 黄金の髪を振り乱し、華やかなドレスを引きずりながらも、瞳には強い光を宿している。


「エ、エリーナ姫……!?」


 タケルは思わず声を上げた。


 姫は胸を張って宣言する。


「私は囚われの身なんかじゃない! 王宮の退屈なしきたりなんてうんざり!

 だから、ガルちゃんと一緒に逃げてきたの!」


 タケルもリリも目を丸くした。

 ガルドラス——いや、「ガルちゃん」と呼ばれた黒竜は、ふてぶてしい声で唸った。


「グルル……人間ども、知らなかっただろう? 姫は自分の意思でここに来ていたんだ」


 リリが呆然とつぶやく。

「……じゃあ、あの鎖は……」


 姫は悪戯っぽく笑った。

「演技よ。王宮から“救出部隊”が来るたびに、わたしは囚われのフリをして、ガルちゃんが『ダークブレス!』って追い払ってきたの」


「グオオオオ!」

 ガルちゃんが誇らしげに胸を張る。


「……えぇぇぇ!?」

 タケルとリリは同時に叫んだ。


 必死に姫を救おうと戦い続けたのは、一体なんだったのか。

 けれど姫はそんな二人を見て、にこりと笑った。


「でも、ちょうどよかった。あなたたち、強そうね! 一緒に魔王を倒しに行かない?」


「え、えええ!?」


「わたし、もう王宮に戻る気はないの。だって窮屈なんだもん。

 自由に生きたいし、ガルちゃんとだってずっと一緒にいたい!

 それに、魔王を倒せばきっと、世界ももっと面白くなるでしょ?」


 リリは目を瞬かせながら、タケルを見た。

 タケルは深いため息をつき、それから苦笑する。


「……もう、めちゃくちゃだな」


「でも……姫さま、すごく真剣みたい」

 リリは少し微笑んだ。


 姫と竜。奇妙なコンビ。

 そして、勇者タケルとリリ。


 思いがけない仲間たちとの出会いが、新たな冒険の幕開けを告げていた。


 第2話 おてんば姫とちび竜ガルちゃん


 洞窟から出てきた一行は、すっかり夜になった草原を歩いていた。

 月明かりの下、姫と竜が並んで歩く光景は、タケルにとってまだ現実味が薄かった。


「いや……どう考えても、おかしいだろ……」

 タケルが思わず呟く。


「なにがおかしいのよ?」

 エリーナ姫が振り返る。勝気な笑みを浮かべながら。


「いや、囚われてたはずの姫が“自分の意思で逃げてました”って……」


「演技だって言ったでしょ? わたし、演技得意なのよ♪」


「そういう問題じゃ……」


「グルルッ」

 隣で黒竜ガルちゃんが低く唸った。


 ——が、次の瞬間。


 その体がみるみる縮んでいき、猫ほどの大きさになってしまった。

 ちょこんと草の上に座り、翼をパタパタさせて「キュルン」とした瞳でこちらを見上げる。


「……えっ」

 タケルとリリは思わず絶句した。


「ふふーん、かわいいでしょ?」

 エリーナが胸を張る。

「ガルちゃんは普段はちび竜モード。これなら人里でも目立たないの!」


「ニャァ……じゃなかった、グルゥ」

 ガルちゃんはなぜか猫みたいに鳴きながら、リリの足元をぐるぐる回った。


「わっ……か、かわいい……!」

 リリがしゃがんで抱き上げると、ガルちゃんはうっとりした顔で彼女の腕に収まる。

 小さな翼をパタパタさせ、ゴロゴロと喉を鳴らすような音まで出していた。


「……あの恐怖のダークブレス吐いてた竜が……」

 タケルは信じられないという顔で呟いた。


「でも!」

 エリーナが腰に手を当て、ぐいっと胸を張る。

「本気を出せば、こんなに強いんだから!」


 姫が指を鳴らすと、ガルちゃんはふわりとリリの腕から抜け出し、夜空に舞い上がった。

 そして次の瞬間、黒い霧をまといながら巨大化していく。


 翼は夜空を覆い、咆哮は大地を震わせた。

 さっきまでの「ちび竜」とは比べ物にならない、威厳ある魔竜ガルドラスの姿がそこにあった。


「グオオオオオオ!」


 リリは思わずタケルの袖をぎゅっと掴む。

「……さっきまで、あんなにかわいかったのに……」


「ギャップありすぎるだろ!」

 タケルが頭を抱える。


 ガルちゃんは大きな翼を広げ、ふっと身を低くした。

 まるで「乗れ」と言わんばかりだ。


「え、ちょっと待って……!」

 タケルが慌てる。

「人に見られたら大騒ぎになるぞ!」


「大丈夫よ、こんな夜中だもの!」

 エリーナはためらいなく竜の背に飛び乗った。

 リリの手を取って引き上げようとする。


「リリちゃんも早く!」


「え、ええっ!? でも……」


「ほらタケルも!」


「俺まで!?」


 抵抗する暇もなく、三人はあっという間に魔竜の背に乗せられていた。


 ガルちゃんが翼をはためかせる。

 風がうなり、体が持ち上がる。


 草原がどんどん遠ざかり、夜の世界を見下ろす。

 星空と月明かり、そして雲海。


「すごい……!」

 リリは思わず声を上げた。

 髪が風に踊り、頬が赤らむ。


 タケルは心臓が高鳴るのを感じながら、リリの肩を支えた。

 彼女が落ちないように。

 ただ、それ以上に——隣にいる彼女が眩しすぎた。


 一方のエリーナはというと、背中に乗ったまま大はしゃぎしていた。


「ひゃっほー! やっぱりガルちゃん最高! 自由って感じ!」


「グルル……」

 ガルちゃんが低く唸る。


「え、なに? また説教? “人目につくからほどほどにしろ”って?」


「グルッ」


「うるさーい! いいじゃない、誰にも見つかってないんだから!」


 ガルちゃんが呆れたようにため息をつき、翼をひと振り。

 エリーナはバランスを崩して「きゃっ」と叫び、タケルにしがみついた。


「ちょ、ちょっと!?」

 タケルが慌てふためく。


「わー、タケル、意外と筋肉あるじゃない! いい体してるじゃないの~」

 エリーナはケラケラ笑う。


「お、お姫さま……!」

 リリが真っ赤になって慌てる。


 ガルちゃんが再び「グルルル……」と低く唸った。

 その目は完全に「ツッコミ役」のそれだった。


 こうして、一行は奇妙な笑い声と咆哮に包まれながら、夜空を翔けた。

 気づけばタケルの胸の奥にも、少しずつ新しい絆が芽生えていた。



 翌朝。

 一行はようやく街にたどり着いた。


 夜空を竜の背で飛んだ感動も束の間、タケルは胸の奥にひっかかるものを感じていた。

 ——王宮は、エリーナ姫を必死に探しているはず。

 見つかれば大騒ぎになる。


「エリーナ姫、やっぱり王宮に戻った方が……」

 恐る恐る切り出すタケルに、エリーナは即答した。


「嫌よ」


 その瞳はまっすぐだった。

「もうあんな退屈な生活、うんざり。作法も礼儀も全部押し付けられて、誰かが決めた道を歩くだけなんて、わたしの人生じゃないわ」


 言葉には迷いがなかった。

 リリは少し驚いた顔で、けれどどこか羨ましそうに姫を見つめた。


「だから……わたしは、この旅を続ける。魔王を倒すまでね」


 小さなガルちゃんが、肩にちょこんと乗って補足する。

「ったく……コイツ、王宮の人間が迎えに来ても“演技”して追い返してたんだぜ。

 本気で自由になりたくて、俺と組んで逃げ出したんだ」


 タケルは深く息をついた。

「……わかった。姫さまがそう決めたなら、俺たちは仲間として一緒に行く」


 その瞬間、エリーナの顔に花が咲いたような笑みが広がる。


 街の広場は今日もにぎわっていた。

 道具屋、武器屋、屋台……そして奥には、見慣れない「スロット屋」まである。


「ねぇねぇタケル! あれ、やってみたい!」

 エリーナが指差す先は、きらびやかに光るスロットマシン。


「……まさかギャンブル好きなのか?」


「だって、景品に『あぶない水着』ってあるじゃない!」


「はぁ!? なんでそんなもん欲しがるんだよ!」

 タケルが真っ赤になって叫ぶ。


「いいじゃない、冒険は自由よ! 着たい服を着る!」


 リリが顔を真っ赤にして小声で呟く。

「……そんなの、恥ずかしくて着られるわけ……」


 エリーナはコインを握りしめ、勢いよくスロットを回した。

「いっけぇぇぇぇ!」


 カランカランカラン……ガチャン!


 なんと一発で大当たり。


「やったぁぁぁぁぁ!!!」


 周囲がどよめく中、エリーナは飛び上がり、勢いそのままタケルに抱きついた。


「タケル〜っ! 見て見て! わたし、当てちゃった!」


「うわっ!? ちょっ……!」


 ムニュ、とタケルの顔は思いきりエリーナの胸元に埋まった。

 柔らかさと甘い香りが鼻腔を刺激し、頭が真っ白になる。


「な、な……っ!」

 タケルの耳まで真っ赤に染まった。


「タケルくん……!!」

 リリの低い声が背後から響いた。


「ち、ちがっ……これは事故でっ……!」

 慌てふためくタケルに、リリは目に涙を浮かべながら小さな拳でポカポカと背中に殴りかかった。


「バカ! タケルのバカっ! どうしてそうやって……!」


「いてっ! いててっ! ほんとに違うんだってば!」


「ふふふ〜ん♪」

 エリーナは勝ち誇った顔で、手に入れた「あぶない水着」をひらひらと掲げた。


「まったく……お前ら、見てらんねぇな」

 ガルちゃんが人語でぼやく。

「姫、お前はお前でタケルにベタベタすんな。リリが泣くだろ」


「えぇ〜? だって、タケルがかわいい反応するから面白いんだもん」

 エリーナはにやにや笑う。


「面白がるな!」

 タケルとリリが同時にツッコミ。


 結局、その場はドタバタの笑いに包まれた。

 だが胸の奥では、それぞれに違う感情が芽生えていた。


 ——エリーナは自由を求めて笑う。

 ——リリは心配と嫉妬で揺れる。

 ——タケルは二人の間で、心臓が落ち着かない。


 そしてガルちゃんだけが冷静に、肩の上でため息をついていた。


「はぁ……俺がいなかったら、このパーティすぐに空中分解だな」



 街の装備屋の奥には「衣装ブティック」と書かれた不思議な店があった。

 冒険者用の防具だけでなく、華やかなドレスや舞台衣装まで揃っている。


「わぁ……すごい……!」

 リリの目がきらきらと輝く。


「せっかくだから装備を新調しよう!」

 エリーナが勢いよく扉を押し開けた。


 中は色とりどりの布地とマネキンでいっぱいだった。

 エリーナは迷わず棚から衣装を引っ張り出しては、リリに次々と手渡す。


「はいっ、これ試して! 絶対似合うから!」


「えっ、えぇ!? わ、わたし……こういうの着慣れてないのに……!」


「大丈夫大丈夫! タケルもきっと目が釘付けよ!」


「ちょっ……エリーナ姫っ……!」

 タケルは顔を真っ赤にして手を振った。


 やがて更衣室のカーテンがそっと開いた。

 そこに立っていたリリは——鮮やかなミニスカート風の冒険ドレスに身を包んでいた。


 膝上まで広がるスカート。胸元は控えめながらも可愛らしいリボンが飾られている。

 普段のおとなしい雰囲気とはまるで違う、まるで舞台に立つアイドルのような姿。


「ど、どうかな……? 似合ってる……?」


 リリが恥ずかしそうにスカートの裾をつまんで立っている姿に、タケルは息を呑んだ。


「……っ!」

 心臓が跳ねる。


「す、すごく……似合ってる……!」


「ほん、ほんとに……?」

 リリの頬がりんごのように赤く染まる。

 思わず視線を逸らそうとしたその瞬間——スカートの裾がふわりと揺れ、タケルの視界に“危ういもの”がちらり。


「うわっ!?」

 思わず後ろを向いたタケルの耳まで真っ赤になった。


「……タケルくん? なんでそんなに慌ててるの?」

 リリが怪訝そうに首をかしげる。


「な、なんでもないっ! なんでもないからっ!」


「ふっふっふ〜!」

 そこへ割り込んできたのは、エリーナだった。


 両手に抱えているのは、スロットで手に入れた例の景品——“あぶない水着”。


「ついにこの時が来たわね!」


「え、姫、それ……!」

 タケルが青ざめる。


 更衣室にエリーナが入って着替えだした。


「さぁ、ご覧あれっ!」


 ばーん、と勢いよくカーテンを開け、登場したエリーナの姿は——。


 肌を覆う布地があまりに少なく、形も大胆すぎる水着。

 引き締まった腰と長い脚、そしてスタイル抜群の身体のラインが、いやでも目に飛び込んでくる。


「ど、どう!? 完璧でしょ!?」


「か、完璧すぎるだろぉぉぉっ!!」

 タケルが叫んで顔を覆う。


「お前さぁぁぁ!!!」

 肩に乗っていた小型ガルちゃんが全力でツッコミを入れた。

「そんな格好で街歩いたら即捕まるわ! てか冒険どころじゃねーだろ!」


「えぇ〜? せっかく当てたのに〜!」

 エリーナは頬をふくらませる。


「違うだろ!? そういう問題じゃねーだろ!?」


 リリはあまりの露出度に目を覆い、タケルは視線のやり場に困って真っ赤に固まっていた。


「ちょ、ちょっとタケル!? なんでそんなに赤いの!? 見てたでしょ!?」

 リリが怒りで頬を膨らませ、タケルをポカポカ叩く。


「ち、違うっ! 見てないっ! 見てないからっ!」


「見てたじゃない!!」ポカポカポカッ!


「見てねーって!!!」


「どっちでもいいけど!」

 ガルちゃんがため息をついた。

「もう少し普通の装備にしろや!」


 最終的に——エリーナは露出を抑えた「ミニスカ冒険衣装」に落ち着いた。

 それでも肩や太ももは大胆に出ており、彼女のスタイルの良さは隠しきれない。


「はぁ……結局、かわいさとセクシーさは両立しちゃうのよね〜」

 エリーナがウインクする。


 タケルはまたも顔を真っ赤にして、頭を抱えるしかなかった。

 その横でリリは「タケルくん……見すぎないでよ……」と小声で呟いている。


 こうして、仲間たちの新しい装いは決まった。

 ドタバタと笑いに包まれながらも、旅は次のステージへ進もうとしていた。



 旅立ちを前に、一行は町外れにある「転職のほこら」へとやって来ていた。


 石造りの神殿のような建物。中には厳かな雰囲気が漂っており、冒険者たちが列を作って順番を待っている。


「わぁ……すごい人……!」

 リリは少し緊張した声を漏らす。


「そりゃそうだろ。肩書が“町人”とか“農夫”じゃ魔王討伐に行けねぇしな」


 ガルちゃんがちび竜の姿で肩に乗り、少年っぽい口調でつぶやく。

 つぶらな瞳をキュルンと光らせながら喋るその姿に、周囲の子どもが「かわいいー!」と声を上げて群がってきた。


「うおっ!? おいガキんちょ、触るな! 俺は魔竜だぞ!? 魔竜!」


「かわいいドラゴンさんだー!」

 子どもたちは容赦なくガルちゃんを抱きしめ、なでまわす。


「ぐえぇぇぇ……俺は恐怖の存在なんだってば……!」

 キュルンとした目を潤ませながら、必死でバタバタするガルちゃん。

 その様子にエリーナは大笑いしていた。


「ガルちゃん、人気者じゃない!」


「笑い事じゃねぇぇ!」


 ようやく順番が回ってきて、神官が一人ひとりの前に立つ。

 まずはタケル。


「汝の肩書は——すでに“勇者”」

 神官は荘厳に告げる。

「そなたはそのままでよい」


「……え、俺って勇者確定なの?」

 タケルが首をかしげる。


「当たり前じゃない! 主人公なんだから!」

 エリーナがあっさり言い切る。


「そ、そういうものなのか……」

 タケルは苦笑するしかなかった。


 次はリリ。

 神官が目を閉じて彼女を見定める。


「汝は——清き心を持ち、仲間を癒す力を求める者」

「その心、僧侶にふさわしい」


「僧侶……!」

 リリは両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

 その瞳には不安と同時に、強い決意も宿っている。


「わ、わたし……がんばります。みんなのために」


 タケルはそんな彼女を見て、胸が温かくなるのを感じた。

 自分を支えてくれる大切な存在——リリが隣にいることが、勇気につながる。


 そして最後はエリーナ姫。


「汝は——その強き気迫、体を武器とする者」

「その心、武闘家にふさわしい」


「よっしゃぁぁぁぁっ!」

 エリーナが大声を上げ、拳を振り上げる。


「これでわたしも戦えるんだ! ドレスなんてもう脱ぎ捨ててやる!」


「おい、ここで脱ぐなよ!」

 タケルが慌てて止める。


「ふふん、武闘家の衣装ならもっと動きやすい格好よ!」

 そう言ってエリーナは早速、布地の少ない格闘服に着替えて登場した。

 露出度高めのミニスカ風道着に身を包み、腰に拳を当ててにやりと笑う。


「どう? 似合うでしょ!」


 タケルは顔を真っ赤にして視線を逸らした。

「……ま、まぁ……強そうには見える……」


「強そう“だけ”? もっとちゃんと褒めなさいよ〜」

 エリーナはわざとタケルに身を寄せて、からかうように微笑んだ。


「はいはい、いちゃついてる場合かよ」

 ガルちゃんが尻尾をぱたぱたさせながらツッコミを入れる。

「とにかく、これで勇者・僧侶・武闘家・魔竜のパーティ完成ってわけだ」


「魔竜……」

 リリが小さく笑った。

「でも今は、かわいいちび竜さんにしか見えないよ」


「うるせぇ! 俺は本気出せば世界を震わせる存在なんだぞ!?」

 ガルちゃんはキュルンとした瞳をさらに大きく輝かせながら叫んだ。

 そのかわいさに、再び周囲から「かわいいー!」と声があがり、ガルちゃんは再度子どもたちに捕まってしまう。


「ぐああぁぁぁぁっ! 離せぇぇぇぇ!」


 こうして勇者一行は、ようやく「正式な冒険者」としての肩書を得た。

 町を発つ準備を整えながら、タケルは仲間たちの顔を順に見やった。


 自由を求めて笑うエリーナ。

 支え合おうと決意したリリ。

 そして、キュルンかわいいけど実は恐ろしい魔竜ガルちゃん。


「……なんか、にぎやかな旅になりそうだな」


 タケルは小さく笑った。

 その背中に、もう迷いはなかった。


 勇者パーティの新たな冒険が、いま始まろうとしていた。




 第2話 【温泉宿の夜】



 魔王討伐に向けて歩き続けていた勇者一行は、峠を越えた小さな温泉町にたどり着いた。

 街道の灯りが揺らめき、ほこらしげに「美肌の湯」と書かれたのれんが風に揺れる。


「ねぇねぇ、今日こそは宿に泊まりましょうよ!」

 エリーナ姫が指をさして叫んだ。


「え、でも宿代……」とタケルが財布を覗くと、中身は心許ない銅貨数枚。


「心配ご無用!」


 エリーナが懐から金の袋を取り出し、どんと置く。

「王宮から拝借してきた資金があるじゃない!」


「……つまり盗んできたんじゃ……」

「借りただけよ! 返すつもりはないけど!」


 ガルちゃんがちび竜の姿で翼をパタパタしながら、横から突っ込んだ。

「それを人間は“盗む”って言うんだぞ!」


 そんな掛け合いをしつつ、一行は温泉付きの豪華な宿へと足を踏み入れた。


 夜。


 エリーナは湯上り用の浴衣を軽くはだけ、堂々とした姿で女湯へ。

 その後ろを、タオルで体を隠しながら小走りに追うリリの姿があった。


「わ、わたし……こういうの慣れてなくて……」

「何を恥ずかしがってるのよ、リリ! 温泉は堂々と楽しむものよ!」


 湯気に包まれた湯船で、エリーナは胸までざぶんと沈んだあと、両腕を広げて「ふぁぁ〜〜!」と声を上げる。

 その姿は健康的で、隠す気ゼロ。


 一方のリリは、胸の前でタオルをぎゅっと抱え、隅のほうでちょこんと湯に浸かる。

 頬は真っ赤で、目はきょろきょろと泳ぎっぱなし。


「まったく、もっとリラックスしなさいって!」

「で、でも……」

 露天風呂からは月がよく見え、湯けむりが幻想的に漂っている。


「ふぅ〜〜! 最高!」

 湯に浸かったエリーナは伸びをして、豊かな胸を惜しげもなくさらす。


「エ、エリーナ姫……すごい大胆……」

 リリは、頬を真っ赤に染めて視線を逸らした。

 だが、彼女自身も意外とグラマラスな体型である。


 そのとき——。


「ふぅ……いい湯だな……」

 そんなふたりの間に、ざぱんと水音がした。

 タケルが湯に浸かりながらのんびり顔を出したのだ。


「ん? あれ、なんでタケルがこっちに……!?」


「えっ!? タケル!?」「なにしてんのよ勇者っ!?」


「え、え、ええぇぇぇ!? ここ混浴ぅ!?」


「ここ!、混浴だったの!? 湯気で分からなかった!」

 気づけば、タケルが何も知らずに湯船に浸かっていたのだ。


 リリは「きゃあっ!」と声を上げて慌てて立ち上がった。

 その瞬間——タオルがずるりと落ち、月明かりの差し込む湯気の中で、リリの白い肌と意外なほど豊かな胸のラインが露わになる。


 タケルの目は釘付けになり、脳裏にその姿が鮮明に焼き付いてしまった。

 リリは慌ててタオルを掴み直し、湯にしゃがみ込んだが、顔は真っ赤。


「み、見ないでくださいっ……!」

「ご、ごめん!! 俺、ほんとに知らなくて……!!」


 エリーナは湯を叩いて爆笑していた。

「タケル、鼻血出るんじゃない? ぷははっ!」


「で、出ねぇよっ!!」

 エリーナはケラケラ笑い、リリは湯をばしゃばしゃかけて大慌て。


 タケルは顔を真っ赤にして「す、すまんーーっ!」と叫んで飛び出していった。

 そう叫びながらも、タケルは視線を泳がせ、心臓の鼓動が早くなるのを止められなかった。



 入浴後、一行は広間に並べられた夕食の膳に座った。

 ずらりと並ぶ刺身、山菜料理、温泉名物の煮込み鍋。


「うわぁ……豪華すぎる……」

 先ほどの出来事に赤くなりながらも、リリは思わず目を輝かせた。


「だから言ったでしょ? お金の心配なんて無用よ!」

 エリーナは胸を張って笑う。


「それ、やっぱり盗んだ金……」

「借りただけっ!」


 タケルは箸を動かしながらも、頭の片隅に温泉での光景がちらついて仕方がなかった。

 ——タオルを落として慌てるリリの姿。

 ——控えめだと思っていた彼女の、意外なまでに女性らしい体つき。


(や、やばい……思い出すな俺! 鼻血出る……っ)


 必死にご飯をかき込むタケルの様子を見て、リリは首をかしげる。

「……タケルくん? どうかしたの?」


「な、なんでもないっ!」


「やっぱり鼻血寸前だな」

 ガルちゃんが膳の上でちび竜の姿で丸くなりながらボソリと呟き、場は大爆笑に包まれた。


 こうして、旅の疲れを癒した一夜。

 だがこの温泉宿の夜が、次なる大きな展開——夢の扉を巡る冒険の幕開けになることを、タケルもリリもまだ知らなかった。



 温泉宿での夜。

 たらふく食べて、湯に癒やされ、部屋に戻ったタケルたちは、ふかふかの布団に横になっていた。


 ガルちゃんはちび竜の姿でちゃっかり布団に丸まり「今日はもう寝る」とすやすや寝息を立てている。

 エリーナは「まだお酒ほしいなぁ」などと呟きながらも、やがて寝息を立て始めた。


 静かな夜の帳が降り、タケルもいつしかまぶたを閉じた。


 夢の中で。


 気づけばタケルは、草原の真ん中に立っていた。

 月明かりに照らされた光景。

 そして、その隣に——リリが立っていた。


「……タケルくん」

 リリは小さく微笑む。夢の中では、現実よりもずっと澄んだ表情をしていた。


「リリ……? 夢で会ってるのか」

「うん。前にもここで話したよね。……不思議なんだけど、私、この場所ならタケルくんと繋がれるみたい」


 リリは足元を見つめ、ためらいながら続けた。


「そしてね……この前、気づいたの。私、この夢の中に“扉”を生み出せるの」


 彼女がそっと指を伸ばすと、目の前の空間に淡い光が走り、やがて大きな扉の形を描いた。

 その扉は、現実の世界へと続いているかのように、向こう側に街の灯りや見慣れた景色を映し出していた。


「これが……夢の扉……?」

 タケルは息をのんだ。


「うん。試してみてはいないけど……きっと、この扉を通れば現実に戻れる。……そう思うの」



 タケルはしばらく黙り込み、やがて小さく呟いた。


「……帰れるなら、一度は戻って確かめたい」


 リリが顔を上げる。


「やっぱり……そう思う?」


「あぁ。俺たち、現実に残してきたものがある。学校、家族……。それに——」

 タケルは言い淀み、赤くなった頬を隠すように顔をそむけた。


「それに、リリと……ちゃんと過ごしたい時間もあったから」


 リリの胸がじんと熱くなる。

 夢の中でだからか、タケルの言葉がまっすぐに響いてくる。


「……私も。タケルくんと過ごす日常、大切に思ってる。だから……戻ろう。少しの間だけでも」


 二人は扉の前で向き合い、小さく頷き合った。



 そのとき。

 後ろの茂みから「くくっ……」と笑い声が漏れた。


「え……?」

 二人が振り返ると、そこには……茂みから顔を出しているエリーナの姿があった。


「な〜んだ、そんな秘密話してたのね! こそこそ二人だけで夢の中なんてずるいじゃない!」


「えっ!? 姫!? どうしてここに!?」

「夢よ夢! 私だって勇者の夢におじゃまするくらいできるんだから!」


「できるんだ……」

 タケルとリリが同時にずっこける。


 さらに、その足元からひょこっとガルちゃんの顔も出てきた。

「むにゃ……なんだよここ……。あぁ夢か……って、何勝手に楽しそうなことしてんだよぉ!」


 二人は慌てて扉を閉じるように手を伸ばしたが、光の扉は消えきらず、エリーナは好奇心いっぱいの目で輝いていた。


「ふ〜ん……現実の世界に帰れる、か。面白そうじゃない。私も連れて行きなさいよ!」


「ダメです!!」

 リリが思わず大声を上げ、顔を真っ赤にして叫ぶ。


 だがエリーナはにやりと笑うだけだった。

「しめしめ……」


 こうして、秘密にするはずだった「夢の扉」の存在は、あっさりエリーナとガルちゃんに知られてしまったのだった。


「エリーナ姫…俺たち、ちょっとのあいだだけ現実の世界に戻るから…」

 タケルとリリは手を取り合い、扉へ近づいたそのとき。


「待ちなさ〜いっ!」


「えっ!?」

 扉の背後からドカーンと強烈な蹴りが入り、扉が勢いよく開け放たれた。


「わぁぁぁぁ!?」「キャァァァ!?」


 タケルとリリは光に吸い込まれ、その後ろから飛び込んできたのは、ミニスカ武闘家衣装のエリーナ姫。

 その腕に抱えられ、必死にじたばたしているのは、ちび竜姿のガルちゃんだった。


「なんで来ちゃうんですかぁぁぁ!」

「面白そうだからに決まってるでしょ!」


 光に包まれ、四人は現実世界へと突入した——。



「……ここは……?」

 目を開けると、タケルの見慣れた自室。

 制服に戻ったタケルとリリは顔を見合わせる。


「も、戻ってこれたんだ……!」

「……ほんとに……」


 だが、喜ぶ間もなく視界に飛び込んできたのは——ベッドの上で大の字になり、にやにや笑っているエリーナだった。


「へぇぇ! これがタケルの部屋ね! 絵画(ポスター)とか本(漫画)とか散らかってるけど、意外とかわいいじゃない!」


「勝手に物色するなっ!」

 タケルは慌てて隠そうとするが、エリーナは机の上のラノベやゲームを手に取っては興味津々。


「なにこれ、“勇者学園ラブコメ編”? へぇぇ〜!」


「よせぇぇぇ!」

 タケルの顔は耳まで真っ赤になっていた。



 一方のガルちゃんは、机の上に座らされていた。

「おいおい……どうするんだよ、この世界じゃ俺の姿目立ちすぎだろ!」


 タケルは考え込み、やがて手に取ったのはクマのぬいぐるみ用のリボンだった。

「……ガルちゃん、今日から“ぬいぐるみ”のフリしてくれ」


「はぁぁ!? 俺は恐怖の魔竜だぞ!?」

「キュルン目で喋るドラゴンが目立たないわけないだろ! 頼むから大人しくしててくれ!」


 しぶしぶ首にリボンを巻かれたガルちゃん。

「……ぐぬぬ、屈辱だ……。でもまぁ……かわいいって言われるのも悪くねぇか……?」

 妙にまんざらでもなさそうに、キュルンと目を輝かせていた。



 翌朝。

 学校に行くタケルと通学路で合流したリリにくっついて、エリーナとガルちゃんもついて行く。


「わぁぁ! なにこの箱! 勝手に走ってる!」

 エリーナが道路を走るバスを見て大はしゃぎ。


「電車!? 動くお城!? すっごーい!」

 ホームに並ぶ人々の視線を浴びながら、エリーナは窓にへばりついて大騒ぎ。


 タケルは必死に止める。

「おい! 静かにしてくれよ! こっちは通学中なんだ!」


「だって楽しいんだもん!」


 さらに、コンビニに入れば——。

「えっ!? お菓子が山ほど並んでる! この世界、宝の山じゃない!」

 雑誌コーナーに突撃すれば——。

「なにこの水着グラビア……! 私も撮影してみたい!」


「やめてくれぇぇぇ!」

 タケルは頭を抱えるばかり。



 放課後。

 タケルとリリが帰宅すると、テレビから緊急ニュースが流れていた。


『——駅前で痴漢を取り押さえた謎の美女! ミニスカ武闘家風の衣装で颯爽と登場!』


 映し出されたのは、堂々と記者のマイクに答えるエリーナの姿だった。


『わたしはエリーナ! 弱きを助けるのが私の流儀よ! この街の治安は、わたしに任せなさい!』


「うわあああああ!!」

 タケルとリリは同時に頭を抱える。


「エリーナ姫ぇぇぇぇ!!!」


 ガルちゃんはぬいぐるみポーズでソファに座りながら、ボソッとつぶやいた。

「……目立ちすぎだろ、姫」


 こうして、勇者一行の現実世界大暴走が始まった。

 タケルとリリの心配をよそに、エリーナ姫の好奇心は止まる気配を見せなかった。



「やばい……完全にやばいぞ……」

 タケルは額を押さえながらリモコンを握りしめた。


 テレビにはまだエリーナの姿が映っている。

 堂々とインタビューに答える彼女は、街行く人々の話題をさらっていた。


『謎の美少女ヒーローが出現! その名も“武闘姫エリーナ”!』


「な、なんで名前まで……!?」

「本人が勝手に名乗ったからでしょ……」

 リリが小さくため息をつく。


 その横で、ぬいぐるみポーズを決めたガルちゃんが、じとーっと目を細めた。

「……ったく。ここまで派手にやらかしたら、もう街を歩けば即バレだな」



 次の日。

 タケルとリリは、エリーナをなんとか家に留めようとしたが——。


「ふっふ〜ん♪」

 彼女はすでにミニスカ武闘家衣装のまま、颯爽と商店街を歩いていた。


「ちょっ……エリーナ姫!? 目立ちすぎだって!」

「だって、せっかくの“異世界旅行”よ? 遊ばなきゃ損じゃない!」


 するとすぐに——。


「あっ! ニュースの人だ!」

「ほんとにいた! “武闘姫エリーナ”!」


 人々がざわめき、スマホを向ける。

 一瞬で人だかりができ、あっという間に小さな撮影会状態になってしまった。


「きゃー! ポーズして!」

「こっち向いてー!」


「え? こう? こうかしら?」

 エリーナは得意げに片足をあげてキックポーズを決め、胸を張る。


「ぎゃああああああ! やめろってぇぇぇぇ!」

 タケルは必死に両手を広げて隠そうとするが、完全に焼け石に水だった。


「……」

 人だかりの中で、リリはむすっとした顔をしていた。


(……みんなの視線、エリーナ姫に集中してる……)

(しかも、あんな堂々とスタイル見せつけて……!)


「タケルくん!」

「えっ、なに?」

「……わ、私もポーズする!」


 そう言うと、リリはぎこちなく両手を腰にあて、小さく決めポーズを取った。

 しかし——。


「か、かわいい! そっちの子も最高!」

「清楚系だ! いや、むしろ隠れ人気出そう!」


 歓声が飛び交い、リリの頬は一気に真っ赤になった。


「ち、違うの! 私、そんなつもりじゃ……!」

 ポカ!ポカ!とタケルの腕を叩きながら、半泣きで抗議する。

「タケルくんのせいだからねっ!」

「お、俺なにもしてないのにぃぃぃ!」



 その様子を、リュックに詰められたガルちゃんが小声でぼやく。

「……なぁ勇者。お前のパーティ、ギャグ漫画か何かなのか?」


「ほんとそれぇぇぇ!」

 タケルは泣きそうな声で叫んだ。


 夜。


 タケルの家に戻ると、再びテレビが騒がしい。


『本日、商店街に現れた“武闘姫エリーナ”。人々に愛想を振りまく姿がこちらです!』


 画面には、満面の笑みでポーズを決めるエリーナと、その後ろで必死に隠そうとするタケル、真っ赤になったリリの姿まで映っていた。


「……完全にバレた……」

 タケルは畳に突っ伏した。


「いいじゃない! 人気者になるのって気持ちいいわね!」

 エリーナは満足げに笑い、鼻を高くする。


「わ、私はもう外歩けないよぉ……」

 リリは部屋の片隅で、ぷるぷる震えていた。


 ガルちゃんはというと、ぬいぐるみのポーズをとったまま冷ややかにひとこと。

「勇者よ……この調子じゃ、現代を救うことになるんじゃねぇか?」


 こうして“武闘姫エリーナ”の名は、現実の街でどんどん広まっていくのだった——。



「はぁぁぁ……今日もやらかした……」


 夕暮れのタケルの部屋。

 ベッドに突っ伏すタケルの横で、リリもぐったり座り込んでいた。


 商店街で大人気になったエリーナは、テレビでもネットでも話題の中心。

「謎の美少女武闘家が現れた!」と大騒ぎになり、クラスでも噂になっている。


「……これ以上目立ったら、本当にまずいよ」

 リリの声は小さく震えていた。

「うちのお父さんだってテレビ見てるんだし……タケルくんのお母さんだって……」


 タケルは大きくうなずいた。

「そうだな。俺たちだけじゃなく、家族まで巻き込まれるかもしれない」


 二人の顔に緊張が走る。



「なに落ち込んでるの? あれだけ人に囲まれるなんて最高じゃない!」


 エリーナはちゃっかりタケルの部屋のクッションに腰を下ろし、雑誌をパラパラめくりながら笑っている。


「武闘姫エリーナ! 現代の救世主! ふふふ、いい響きじゃない!」


「よくない!」

 タケルとリリは声をそろえて叫んだ。


「冗談じゃないですよ! このままだと大騒ぎどころか……捕まるかもしれないんですから!」

 リリの珍しく強い声に、エリーナも一瞬目を丸くした。



「勇者。俺から見ても、姫をこの世界に置いとくのは危険すぎるな」

 机の上でぬいぐるみポーズを取っていたガルちゃんが口を開いた。


「魔竜が目立たないように必死でぬいぐるみ扱いされてんだ。姫がこれ以上騒ぎを起こしたら……」


「……」

 エリーナの笑みが、ほんの少しだけ曇った。



「エリーナ姫」

 タケルは真剣な目で姫を見つめた。


「俺とリリは、明日の夜に夢の扉を開く。そこで……元の世界に戻る」


「……え?」

 エリーナは唇を噛んだ。


「この世界は、俺たちの日常だ。ここで生きてる家族や友達もいる。俺とリリのせいで、この世界を乱したくないんだ」


 リリも小さく頷く。

「……姫さま。楽しかったけど……これ以上は、危ないです」


 しばしの沈黙。


 やがて、エリーナは勢いよく立ち上がった。

「わかったわよ! 明日の夜ね! それまでに、この世界でできること全部やってやるんだから!」


「やるんかい!」

 タケルとリリの同時ツッコミに、ガルちゃんがクスッと笑った。



 その夜。それぞれが眠りにつき同じ夢を見る。

 リリがまばゆい光を放つ夢の扉を出現させる。


 タケル、リリ、エリーナ、ガルちゃんは夢の扉の前に立っていた。


「……結局、最後まで自由だったな」

 タケルは苦笑する。


「当たり前でしょ! 私は王宮の窮屈なしきたりから逃げてきたんだから。自由に生きなきゃ意味ないわ」

 エリーナは胸を張った。


「でもね……」

 リリがそっと言葉を重ねる。

「姫さまが一緒なら、魔王だってきっと倒せると思う。……だから、これからも一緒にいてください」


 その一言に、エリーナは目を丸くし——ふっと柔らかく笑った。


「しょうがないわね。リリ、あんたって本当に可愛いわ」



「さぁ、行こう!」

 タケルが力強く言う。


 四人は手を取り合い、まばゆい光に包まれる。


 扉の向こうに広がるのは、再び異世界の大地。

 魔王討伐の旅が、ここから本格的に始まろうとしていた。




 第3話 【冒険再開】




「よし……改めて、冒険再開だ!」


 異世界に戻ったタケルは、リリとエリーナ、そして小型化してちょこんと浮いているガルちゃんを前に、気合いを入れた。


「勇者、僧侶、武闘家、そしてペットの——」

「誰がペットじゃい!!!」


 即座にガルちゃんが翼でバシッとタケルの頭を叩いた。


「ぐはっ!?」

「俺は誇り高き魔竜ガルドラスだぞ!? ペット呼ばわりしたら丸焼きにすんぞコラ!」

「ご、ごめんって!つい言いやすくて!」


 リリがくすっと笑い、エリーナは腰に手を当てて大笑い。


「ふふっ、ペットってぴったりだと思ったんだけど!」

「姫ぇぇぇ!!!」



「でもさ、俺たち、どのくらい強いんだろう?」

 タケルの問いに、リリが魔法でステータスを表示する。


【勇者タケル Lv3】

【僧侶リリ Lv3】

【武闘家エリーナ Lv3】


「……全員レベル3かぁ」

「低っ!!」

 エリーナがズッコケる。


「そりゃ、魔王に挑む前にまず雑魚で鍛えないとね」

 リリが真面目に言った。


「よし、あっちにスライムみたいなのがいるぞ!」

 タケルが指差す先には、ぴょんぴょん跳ねる青いモンスター。

「ブルースライムだ! ちょうどいい相手だ!」



「じゃあ私が先陣切るわ!」

 エリーナが拳を構えて突っ込む。


「リリは回復よろしく!」

「わ、わかりました!」


 勇ましい掛け声が草原に響く——はずだった。


「……あー、もう見てらんねぇ」

 ガルちゃんがため息をつくと、次の瞬間。


 眩い黒い炎が広がった。


「うおおおおお!?」

 タケルたちは思わず目を覆う。


 そこに現れたのは、巨大な魔竜ガルドラス!

 翼を広げ、口から漆黒のダークブレスを放つ。


「ピギャアアア!!!」

 ブルースライムの群れは、一瞬で蒸発した。



「……え?」

「一掃……されちゃった……」

「戦闘……終わった……?」


 三人は呆然。


「お前ら、こんなのに手こずってどうするんだよ。雑魚は一瞬で片付けんだよ」

 ドヤ顔の魔竜。


「おいおいおい!!!」

 タケルが叫ぶ。

「チートすぎんだろ!? 俺たちの経験値稼ぎどこ行ったんだよ!」


 リリも半泣き。

「わ、わたしたちの出番……なかったです……」

 エリーナは悔しそうに拳を握る。

「くっそー! 私の武闘家デビューが!」



 しかし次の瞬間。

 三人の身体が光に包まれる。


【勇者タケル Lv3 → Lv5】

【僧侶リリ Lv3 → Lv5】

【武闘家エリーナ Lv3 → Lv5】


「えっ!? いきなり2レベルも上がった!?」

「さすが魔竜のブレス……経験値効率チートすぎる……」


 タケルは頭を抱えた。

「こんなん、ゲームなら即BAN案件だぞ……」


「BANてなによ?」

 エリーナが首をかしげる。

「……いや、こっちの世界の話だから気にしなくていい……」



「わかっただろ?」

 巨大化から縮んで猫サイズに戻ったガルちゃんが、翼をパタパタさせる。


「お前らのレベル上げなんざチマチマやってらんねぇんだよ。もっと強い敵がいる場所に行こうぜ」


「もっと強い敵……?」

「例えば……影の戦士とか、よろいの戦士とか! 戦場ならゴロゴロいるぜ!」


「……おいおい、それ魔王軍の精鋭じゃんか!」

 タケルが青ざめるが——。


「行っちゃえ行っちゃえ!」

 エリーナがノリノリで言い、リリは「えぇぇぇぇ……」と困惑。


「よし、決まりだ!」

 ガルちゃんは再び巨大化。


「乗れ!」


「おおおおお! レベル5で早すぎるだろ!」

「きゃあああ! すごい!」

「ま、待って心の準備が……!」


 三人は大きな背中にしがみつき、魔竜は大空へ舞い上がった。



 草原を越え、山を越え、遠くに黒い煙が立ち上る戦場が見えてきた。

 鎧の兵士や影の戦士たちがうごめくその地へ、ガルドラスは翼をはためかせ突っ込んでいく。


「……いよいよ、魔王討伐の旅が本格的に始まるな」

 タケルは風を受けながら小さくつぶやいた。


 だがその直後。


「ガルちゃん、またブレスで一掃して!」

「了解!」


 ドゴオオォォォン!!!


「いやチートすぎるだろおおおおお!!!」

 勇者タケルの叫びが、空に響いた。



 影の戦士やよろいの戦士がブレスで一掃された戦場を後にし、一行は大空を駆け抜けた。

 やがて眼下に現れたのは、そびえ立つ山々を背にした巨大な城塞都市。


「おおっ! あれがマウンテンシティーか!」

 タケルは興奮気味に指をさした。


「……すごい! お城みたいです!」

 リリは目を輝かせる。


「ふん、でも門が閉じられてるわね。どうする?」

 エリーナは腰に手を当て、どや顔。


 だがガルちゃんが地上に着陸して、小型化してエリーナの肩に乗り、ポツリと言った。

「門番が厄介なんだよ。あの街を守ってるモンスター、“マウンテン”にな」



 近づいていくと——。

 城門の前に、岩でできた巨人が仁王立ちしていた。


「な、なんだあれ……」

「岩の巨人……!」

「でっかぁ……!」


 高さは十数メートル。まさに山のようにそびえる姿。


『ここから先は通さぬ』

 低い声が大地を震わせる。


「かっけぇぇ! まさに城塞都市を守る門番!」

 タケルはテンションが上がった。


「よし! ここは私に任せなさい!」

 エリーナは気合い十分で拳を握りしめる。


  武闘家エリーナ VS マウンテン。


「くらえぇぇぇ! 秘技・ミラクル回し蹴り!」


 エリーナの脚が唸りをあげる!

 が、


 ゴンッ!


「いったぁぁぁい!!!」

 岩の表面の、ほんのカケラすら削れない。


『小虫め……』

 マウンテンの足がドスンと振り下ろされ、地面が揺れる。

「きゃああああ!」

 エリーナは吹っ飛ばされ、タケルにキャッチされる。


「だ、大丈夫か!?」

「うぅ……痛い……」


  僧侶リリの挑戦。


「ま、まだ私がいます!」

 リリが両手をかざし、光を放った。


「ホーリーライト!」


 ピカーッ!


 しかし、マウンテンの表面に反射してただのサーチライト状態。


「うわぁぁ、ぜんぜん効いてません!」

「まぶしいだけだぞ!」


  勇者タケルの挑戦。


「くっ……! なら俺が!」

 タケルが銅の剣を構えて突っ込む。


「勇者タケル、渾身の一撃ぃぃぃ!」


 ズバァッ!


 キンッ……カンッ……


 ただのカンカン音。


「……歯が立たねぇ……」

 銅の剣の刃先がポロッと欠ける。


「ど、銅の剣が〜〜〜!!」

 リリが青ざめる。


  ガルちゃん参上。


「ったく、お前ら見てらんねぇな」

 小型のガルちゃんがため息をついた。


「出番か……?」

「出番だな……!」

 三人が同時にうなずく。


「よっしゃああああ!!!」

 ガルちゃんは一気に巨大化。

 漆黒の翼を広げ、天空を覆う魔竜ガルドラスの姿となる。


「くらえええええ! ダークブレスッ!!!」


 ドゴオオオオオオ!!!


 轟音と共に黒炎が広がり、マウンテンは岩の巨体ごと吹き飛んだ。

 残ったのは黒焦げの岩屑だけ。


「お、おいおい……」

「一瞬で終わっちゃいました……」

「……あんなに頑張った私の立場は?」

 エリーナが涙目で言う。


「いやいや! やっぱガルちゃん頼もしすぎるわ!」

 エリーナが笑って肩を叩くと、ガルちゃんはドヤ顔。


「だろぉ? 俺様がいれば百人力だぜ!」



 こうして門番を突破し、一行は無事にマウンテンシティーへ入城。


 だがタケルは心の中でつぶやいていた。

「……これ、俺たち、完全にガルちゃんの付き人パーティじゃねぇか……」


 リリもうつむきながら同じことを思っていた。

「……チート竜さまのお供、ですね……」


 エリーナだけは拳を握って叫ぶ。

「次こそは私の出番よぉぉぉ!!!」


 その声が、城塞都市にこだました。



 重厚な石壁と大きな塔を備えたマウンテンシティー。

 街に入った瞬間、タケルたちはその活気に圧倒された。


「うわぁ……すごい人の数……!」

 リリは目を丸くし、辺りを見回す。


「市場もにぎやかだし、酒場からは歌声……ふふっ、こういう雰囲気嫌いじゃないわ!」

 エリーナはウキウキと先頭を歩き出す。


「おい姫、まずは宿屋探すのが先だろ。お前は寄り道するとロクなことにならん」

 ガルちゃん(小型モード)が釘を刺す。


「うるさいわね! 私は自由なの!」

「ほら出た、自由病」

「病って言うな!」



 ようやく見つけた宿屋に入ると、宿の主人が申し訳なさそうに言った。


「すまんのう、今夜は部屋が混んでて……残りはダブルベッドのお部屋だけじゃ」


「だ、ダブルベッド!?」

 リリの顔が真っ赤になる。


「おぉ、なんか甘酸っぱい展開来たな!」

 エリーナがニヤリ。


「おい姫、ニヤニヤすんな!」

 タケルが慌てるが、結局その部屋で泊まることに。


 夜、ぎゅうぎゅう詰めのベッド。

 タケルが真ん中、右にリリ、左にエリーナ。

 足元にはガルちゃん(ぬいぐるみ風)。


「な、なんで俺が真ん中なんだよぉ……」

「ゆ…勇者だから…」

「そうそう! あんた勇者でしょ、しっかり守りなさい!」


 両サイドから密着され、タケルは顔が真っ赤。


 ガルちゃんが小声で突っ込む。

「おい勇者、鼻血出すなよ」

「出してない!」



 翌朝、武器屋に立ち寄る。


「おおっ! ファイヤーソード! ミラーシールド!」

 タケルの目が輝いた。


「買っちゃいなさいよ、勇者らしく!」

 エリーナに背中を押され、タケルはついに購入。

「……うおお、めっちゃかっけぇぇ!」

 剣を振ると、刀身に炎が走り、店内がどよめいた。


 続いてリリは防具屋で光のローブを購入。

「わぁ……神聖な雰囲気……これなら守ってくれる気がします」


 するとエリーナが、なぜか怪しい笑顔で寄ってきた。

「ねえリリ、この“あぶない水着”も一緒に着けなさい」


「え!? な、なんでですか!?」

「重ね着すれば守備力が大幅アップするのよ!」

「ほんとですか……? で、でも……」


「ほらほら〜、勇者だって見たいでしょ?」

「み、見たくない! 見たくないぞ!?」

(※顔は真っ赤)


 結局、リリは渋々と水着をローブの下に着込むことに。

 立ち上がった瞬間、裾の隙間から一瞬布地がちらり。


「っっ!!」

 タケルの頭に警報音が鳴り響いた。

「やばい、これマジで直視できん……!」


「……勇者、動揺しすぎ」

 ガルちゃんが呆れたようにため息をつく。



 その夜、一行は酒場で情報収集。


「大魔王ゲドーはすべてが謎に包まれている、四天王もいるって噂じゃ」


「魔王の城へ行くには、虹の架け橋をかけねぇとだめだ」

「岬に古代の祭壇があってよ、その鍵になる、『虹の涙』っちゅうアイテムが必要なんだ」


 酒場の客たちが口々に語った。


「大魔王ゲドーか…ふーん、なるほど……つまりそのアイテムを探さなきゃいけないのね」

 エリーナが真剣な表情になる。


「でもよ、そんなのどこにあるんだ?」

 タケルが首をかしげると、リリが小声でつぶやいた。


「……きっと、この街から東の古代遺跡に……」


「よし、次の目的地決まりね!」

 エリーナが拳を握りしめる。



 そこへガルちゃんが、ぴょんとテーブルに飛び乗った。


「つーかさ、虹の橋とかめんどくせぇな。俺が飛べば一発だろ?」


 酒場の全員がズッコケる。


「いやいやいや!!」

「それ言っちゃおしまいでしょ!!」

「完全にチート攻略じゃないの!」


 大爆笑とツッコミに包まれ、マウンテンシティーの夜は更けていった。






 第4話 【古代遺跡と虹の涙】




 東の平原を抜け、深い森を越えた先。

 そこに現れたのは、苔むした石の柱と崩れ落ちた祭壇——古代遺跡だった。


「ここが……虹の涙が眠るという遺跡……」

 リリは両手を胸の前で組み、神妙に呟いた。


「雰囲気あるじゃん! なんかいかにもボスが出そうよね!」

 エリーナは楽しそうに拳を握る。


「楽しそうに言うなよ……」

 タケルは苦笑しつつも、背筋を伸ばした。

 ここからは、いつものドタバタじゃすまない。


「ふん、俺は観戦役だ。お前ら、どこまでやれるか試してやる」

 ガルちゃんは小型のまま石像の上に陣取り、腕組みして見下ろした。



 暗い石の回廊を進むと、足元からぬるりと音がした。

 次の瞬間、巨大な青い塊がぬるんとせり上がる。


「な、なんだあのデカさ!?」

「ビッグブルースライムだ!」


 通常のスライムの十倍はある大きさ。跳ねるたびに床が揺れる。


「よし、いくぞ!」

 タケルがファイヤーソードを構える。


 ゴオッ! 一閃と共に炎が走り、青い粘体を切り裂く。

 エリーナの回し蹴りが追撃し、リリの「ホーリーライト」が焼き付く。


 やがてビッグブルースライムは「ぼよんっ」と跳ねたまま砕け散り、消え去った。


「ふぅ……強敵ってほどでもなかったな」

「でも、油断は禁物ですよ」

 リリの慎重な声に、タケルもうなずく。



 さらに奥へと進むと、突如現れたのは銀色に光る巨大スライム。


「な、なんだアレ!? 銀色に光ってる!?」

「め、メタルビッグスライムよっ!! めったに出ない超レア!」

 エリーナが叫ぶ。


「うおおお! 絶対倒すぞ! 経験値うまうまだろ!」

 タケルとエリーナが飛びかかるが——


 ダダダダダッ!!!


 すさまじい速さで逃げていった。


「……」

「……」

「……」


「おまえら、まさか期待してたんじゃねぇだろうな」

 ガルちゃんが石像の上から鼻で笑う。

「くっ……逃げ足早すぎんだよ!」

 タケルは悔しそうに剣を収めた。



 そして最深部。

 祭壇の奥に、虹色に輝く涙型の宝玉が安置されていた。


「……あれが“虹の涙”!」

 リリが声をあげる。


 だが、その宝玉を覆うように影が動いた。

 ずるりと姿を現すのは、緑の鱗を持つ巨竜——グリーンドラゴン!


『我が宝を奪わんとする者よ……許さぬ!』


「でたぁぁぁ! ドラゴンだ!!」

 タケルの背筋に冷たいものが走る。


「さあ、腕試しね!」

 エリーナは拳を構えた。


「……頑張ってください、私、全力で支えます!」

 リリが杖を握り締めた。


「おう、いいぞ! 竜vs竜じゃなくて、人間どもが勝てるとこ見せてみろ!」

 ガルちゃんは高みの見物。



 グリーンドラゴンのブレスがうなりをあげた。

「ぐっ……!」

 タケルはミラーシールドで反射するが、衝撃に腕がしびれる。


「秘技! 連撃乱舞ぅぅ!!」

 エリーナの拳と蹴りが鱗に食い込む。

「グオオオッ!」ドラゴンがよろめく。


「ヒール! ヒール! タケルくん、エリーナさん!」

 リリは大忙しで回復魔法を連発。汗が頬を流れる。


「ありがとリリ! お前の回復がなかったら死んでた!」

「だ、大丈夫です! まだ……やれます!」


 タケルの剣が炎をまとい、ドラゴンの胸を切り裂く。

 その隙をエリーナが突き、ついに巨体が地響きを立てて崩れ落ちた。


「……やった……勝った……!」

 タケルが剣を地面につき、息を荒げる。


「すごい……私たち、本当にドラゴンを……」

 リリの目に涙がにじむ。


「おー、やるじゃねぇか!」

 ガルちゃんが翼をパタパタさせて褒める。

「見直したぜ、人間ども」


 戦いの報酬は絶大だった。

 三人の身体に光が宿り、力が一気に高まっていく。


「おいおい……いきなりレベル35だぞ!?」

 タケルが驚く。


「ふふん! 私たち最強じゃない!」

 エリーナは満面の笑みを浮かべた。



 リリが急階段を上り祭壇に近づき、「虹の涙」を手に取る。

 淡い光が部屋全体を包み込む。


「これが……虹の架け橋をかける力の源……」

 リリがそっと両手で抱える。


 その時、下から見上げていたタケルの目が、ふとリリに吸い寄せられた。

 光のローブが戦闘で乱れ、ミニスカートからちらりと布地がのぞいていた。


「……っ!!!」

 タケルの脳裏に焼きつき、思考が止まる。


「た、タケルくんっ!? ど、どこ見てるんですかっ!?」

 リリの顔が真っ赤に染まる。


「い、いやっ! そのっ……!」

(ヤバい! これ完全に見えてた!)


「おい勇者、心臓に剣でも刺されたか? 顔真っ赤だぞ」

 ガルちゃんが容赦なく突っ込む。


「……うぅ……わたし、意外とミニスカだったんですね……」

 リリは恥ずかしそうに裾を押さえた。

「でも大丈夫です、あぶない水着を下に装備してたので…」

「……っ……」

 タケルは鼻血をこらえるのに必死だった。


 古代遺跡を後にした一行。


「これで虹の橋をかける準備ができたわね!」

 エリーナが拳を握りしめる。


「魔王の島へ行ける日も近い……」

 タケルは力強くうなずいた。


 だが、心臓の鼓動は戦いの余韻だけではなかった。

 リリの横顔をちらりと見て、タケルはごまかすように前を向く。


 ガルちゃんがぼそっと呟いた。

「……ま、戦いよりラブコメのほうが大変そうだな」



 大海原を望む断崖絶壁の岬。



 タケルたちは「虹の涙」を掲げ、儀式を始めようとしていた。


「さぁ……これで魔王の島へ架け橋を……!」

 リリは両手で宝玉を抱え、祈るように目を閉じる。


「ドキドキするわね! いよいよクライマックスよ!」

 エリーナは拳を握り、気合十分。


「……なんかフラグ立ってる気しかしねぇな」

 ガルちゃんは肩にちょこんと乗ってため息をつく。



 その時、空が裂けた。

 黒い翼を持つ騎士たちが数騎、空から急襲してきた。


「魔王軍の刺客……!」

 タケルが剣を構える。


『虹の涙は我らが奪う!』

 敵の声が響き、弓矢と魔法の雨が降り注ぐ。


「くっ……守りきれない!」

 リリが必死に防御魔法を展開する。


「なら……行くしかないな!」

 ガルちゃんが大きく羽ばたき、巨大化する。


「さぁ、乗れ! 俺様の背に!」

 タケル、リリ、エリーナは魔竜ガルドラスの背に飛び乗った。



 漆黒の翼が空を裂き、島に向かって飛び立つ。


「すごい……きゃあああああ飛んでる……!」

 リリは息をのむ。


「ふふん! 虹の涙なんかいらなかったのよ!」

 エリーナは勝ち誇ったように叫んだ。


「おい! 言っちゃったよ!!」

 タケルが突っ込みを入れる。



 しかし魔王軍の刺客はしつこく追ってきた。

 漆黒の騎士が背後から突撃してくる。


「タケル! 来るわ!」

「任せろ!」


 タケルは背から身を乗り出し、剣を振るって応戦。

 炎の刃が敵を切り裂くが——


「うわあああ!!」

 バランスを崩し、タケルが落下してしまった。


「タケルくんっ!!!」

 リリの悲鳴が響く。



「任せなさいっ!」

 エリーナが迷わず飛び込む。


 風を裂き、落ちていくタケルを抱きとめた——その瞬間。


「んぐっ!?!?」


 タケルの顔は、エリーナのたわわな胸の谷間に埋まった。


「うおおおおお!? やわらかっ!! なんだこれ!? 俺、死んだのか!? 天国か!?!?」

 タケルの心の叫びが炸裂する。


「ちょ、ちょっと! どこに顔埋めてんのよっ!!」

 エリーナが真っ赤になりながら怒鳴る。


 魔竜ガルドラスも急降下して、落ちて行く二人を背でキャッチ。


「タケルくんの、バカぁぁぁぁ!!」

 リリが涙目でタケルの背中をポカポカ殴る。


「ちょ、痛っ、リリ!? 違うんだ! 俺が好きでやったわけじゃ……!」

「言い訳禁止っ!!!」


「お前ら空中で痴話げんかすんな!!!」

 ガルちゃんがブチ切れ気味に突っ込んだ。



 その隙を狙って刺客たちが迫る。


『逃がすな! 虹の涙を奪え!』


「……もう我慢ならん!」

 ガルちゃんの瞳が赤く光る。


「ダァァァークブレスッ!!!」


 ドゴオオオオオオ!!!

 空を埋め尽くす漆黒の炎が広がり、刺客の軍勢を一掃した。


「ひぃぃぃ……チートだぁぁ……」

 タケルは青ざめる。


「ほらな、虹の涙なんて最初から必要なかったんだよ!」

 ガルちゃんがドヤ顔。


「虹の涙!意味ねぇーーー!!!」

 三人が同時に総ツッコミした。



 嵐のような戦闘を終え、一行は魔王の島を目の前にした。


「……いよいよ、魔王との決戦が始まるんですね」

 リリが真剣な表情でつぶやく。


「そうね……でも、タケルの顔がまた赤いのはどうしてかしら?」

 エリーナがニヤリ。


「ち、違う!! 何も考えてない!!!」

 タケルは必死に否定するが、脳裏にはあの柔らかさが鮮明に蘇っていた。


「(や、やばい……絶対忘れられねぇ……)」


「勇者、戦う前に心臓止まるんじゃねぇの?」

 ガルちゃんの冷ややかなツッコミが飛ぶ。


 ドタバタのまま、魔王決戦の舞台へ——!





 第5話 【魔王城突入】




 海を渡り、漆黒の大地にそびえ立つ魔王城。

 数百メートルはあろうかという石造りの城壁は、長い年月に風雨を浴び、どこか朽ち果てたようにも見える。


「……あれ? 敵兵の見張りとか、いないんですけど」

 リリが首をかしげる。


「ふつう、門の前に門番とかいるだろ。『魔王の城に入るには通行料1万ゴールド!』とか言ってきそうなのに」

 タケルが剣を抜きつつ、軽口を叩く。


「わたしのイメージだと、炎を吐く魔物とか、魔界の騎士団がずらりと並んでる感じだったのに……」

 エリーナが不満そうに唇を尖らせた。


「……逆に不気味だよな。もしかして、これも罠じゃねぇのか?」

 肩に乗った小型ガルちゃんが、耳をピクピクさせて低くつぶやく。


「罠なら歓迎よ。叩き壊せばいいんだから!」

 エリーナが腰に手をあてて豪快に笑う。


「やれやれ……」とタケルは苦笑いしつつ、重厚な両開きの扉を押し開けた。


 静まり返る城内。


 中は薄暗く、広大な石造りのホール。

 赤い絨毯が玉座までまっすぐ伸びているが、そこにも誰もいない。


「……え、マジで無人?」

「どこかから覗かれてるんじゃ……」

 リリが不安げにタケルの袖をぎゅっとつかむ。


「ふっ、無人の城。これこそラスボス前あるあるね!」

 エリーナは胸を張る。


「なんだよその『お決まりパターン』解説……」

 タケルが苦笑いする。


 彼らは慎重に奥へと進んでいった。


 玉座の間にて。


 広間の最奥、威厳あるはずの玉座がただ静かに鎮座していた。

 だが背後の壁には何もなく、ただ石が積まれているだけ。


「ここが……魔王の席?」

 リリが息をのむ。


「よっしゃ、座ってみようぜ!」


「ちょ、勇者がそんなことしていいの!?」

「いやいや、絶対こういうの、隠し通路とか出てくるんだよ!」


 玉座にタケルが恐る恐る腰を下ろすと――


 ガガガガガガ……!!


 重厚な石の仕掛けが動き出し、玉座の下がズズズとスライドした。

 黒い影をたたえた階段が、ずぅん、と口を開けるように現れる。


「おおお……やっぱり玉座の下に隠し階段!お約束だな!」

 エリーナが目を輝かせる。


「いや、そんなにテンション高く言うとシリアス感なくなるから……」タケルが苦笑。


 だが次の瞬間――


 ドドドドドドドド……ッ!!!


 地鳴りが城全体を震わせ、壁の燭台がガタガタと揺れた。

 リリが「きゃっ!」とタケルの袖を掴む。


 そして、地下の闇から、ぞっとするほど恐ろしい声が響き渡った。


「よくぞここまでたどりついた……尊敬に値する……我が名は……大魔王ゲドーー!! ……なのか?」


「なのか!?って自信なさげかよ!」タケル、即ツッコミ。


 声はさらに地響きのように続く。

「これ以上進めば……お前たちの命はない……のか?」


「語尾で迷うなああ!」エリーナもツッコむ。


 大魔王ゲドーは恐ろしい声でなおも続ける。

「ここで引き返せば……命だけは助けてくれ」


「ぷっ…日本語おかしいですっ!」リリが思わず吹き出す。


 その瞬間――


 キイイイイイーーーーーーン!!!


 おぞましい音が響き渡り、一同が耳を塞いで悲鳴を上げた。


「うわあああ!?」

「なんだこの音!?耳が割れる!」


 直後、声の主が慌てたように言った。

「エ、エコーかけすぎだ……ボケッ!」

「す、すいません…ゲドー様!」


「おい!カラオケマイクか!!」タケルの全力ツッコミが玉座の間に響いた。


 しん……と静寂。


 ポツリとタケルが呟く。

「カラオケでエコーかけすぎると、ああやってキイイイーンってなるんだよな……」


「カラオケ?なんだそれ……」エリーナが首をかしげる。

「えっ……あ……いや、こっちの世界の話!気にすんな!」タケル、慌ててごまかす。


 リリは顔を赤らめながら、くすっと笑った。

「タケルくん……緊張感ゼロ……」


「お、お前らがツッコみすぎるからだろーーー!!」


 玉座の間に勇者一行と大魔王の声が交錯し、

 緊迫感ゼロのまま、地下五十階へと続く階段が待ち受けていた――。


 階段を下りると、湿った空気と闇が広がっていた。

 壁に松明が灯り、果てしなく続く下り道。


「地下……どれくらいあるのかしら」

 リリが不安げにつぶやく。


「知れてるさ、せいぜい10階くらい……」

 タケルが軽く言った瞬間、ガルちゃんが壁にかけられた古びた石板を指さした。


 《ここから地下50階》


「ごじゅ……じゅっかい!?」

 リリが真っ青になる。


「お約束にもほどがあるだろコレェ!」

 タケルが崩れ落ちる。


「いいじゃない! 燃えるじゃない!」

 エリーナは目を輝かせて拳を握る。


「いや、姫……あんた燃えすぎ」

 ガルちゃんが冷ややかにツッコんだ。


 進むほどに、定番トラップのオンパレードが待ち受けていた。


 ゴロゴロと転がる巨大岩に追われ、必死に逃げる。


 ループする回廊に迷い込み、同じ部屋をぐるぐる回る。


 不意の落とし穴でタケルが真っ逆さまに落下した。

 リリが咄嗟に手を伸ばしタケルの落下を食い止める。


「きゃっ……タ、タケルくん重い……!」

「ごめんリリっ! 俺の体重と愛の重みがぁ!」

「黙って!」


「……いやあんたら漫才してる場合じゃねぇ!」

 ガルちゃんが上から怒鳴る。



 地下30階あたりまで来た頃には、全員の顔が疲労でぐったりしていた。


「も、もう……回復魔法が打てない……」

 リリが額の汗をぬぐう。


「私も技を使いすぎて、腕がプルプルするわ……」

 エリーナもさすがに弱音を漏らす。


「くそ……まさかMP切れになるとはな」

 タケルも苦笑い。


「ちょっと待て、帰り方わかってんのか?」

 ガルちゃんが鋭く問う。


 沈黙。


「……」

「……」

「……」


「ダンジョン脱出呪文……覚えてない」

 タケルがぼそっと答える。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 一同の絶叫が地下に響いた。


 こうして、地下迷宮の出口を見失った勇者一行。

 ガルちゃんが「強引に脱出だ!」と巨大化を提案するのは、もう少し先の話である——。



 タケルたちは、地下30階の薄暗い通路に肩を寄せ合って座り込んでいた。

 リリは杖を抱えたままぐったりし、エリーナは床に寝転がり、タケルは壁に寄りかかって目を閉じている。


「はぁ……MPゼロって、こんなに虚しいんだね……」

 リリの声はか細い。


「勇者って……もっとこう……ズバババーン!って強いと思ってたのに……現実はこれかぁ……」

 エリーナもぐったり。


「なんかもう、全クリ前にセーブデータ消えたみたいな気分……」

 タケルが天を仰いでため息をつく。


「いや、冷静に笑ってる場合じゃねぇだろ!」

 ガルちゃんが一喝する。



「もうこうなったら……俺が強引に脱出するしかねぇ」


 ガルちゃんはすっくと立ち上がり、翼をバサバサ動かした。


「お、おまえ……まさか……」

 タケルが目を丸くする。


「そうだ。俺が本気を出して、真っ直ぐ地上まで突き抜ける! ドラゴンの底力、見せてやるぜ!」


「え、えぇぇぇ!? ここ地下30階よ!? 崩れるんじゃ……!」

 リリが慌てる。


「瓦礫が降ってきたら……タケル、あんたが防いでくれ」

「ちょ、ムチャ言うなぁぁぁぁ!」


 だが決意の光を宿したガルちゃんの目は、本気だった。



「いっくぜぇぇぇぇ!!!」


 その瞬間、ガルちゃんの小さな体が黒い光に包まれ——


 ドォォォン!!!


 洞窟を震わせるほどの巨体、50メートル級の魔竜ガルドラスが姿を現した!

 漆黒の鱗が闇に光り、瞳は赤く燃え上がる。


「ひゃああああ! でっか!!」

 リリが悲鳴を上げる。


「やっぱり何度見ても迫力あるわね……!」

 エリーナは興奮気味に拳を握った。


「おいおいおい、天井低いんだけどぉぉぉ!」

 タケルが叫ぶ。


「いっけぇぇぇぇぇぇッ!!!」


 ガルドラスは天井に向かって巨大な爪を振り上げ、瓦礫を砕きながら突進する。

 ガラガラガラガラ!!!

 大量の石や岩が崩れ落ちてくる。


「タケルぅぅぅ! 防御ぅぅぅ!」

 エリーナの声に押され、タケルは剣を振りかざした。


「くっそぉぉ! ファイア・ソォォォドォォッ!」


 火花を散らしながら崩れ落ちる瓦礫を次々と弾き飛ばす。

 リリは必死に防御魔法を張り、エリーナはタケルの背にぴったりとついて補助を入れる。


「ぎゃーーー!! 髪に土がっ! もう最悪!」

「姫、悲鳴が庶民的すぎる!」

「うっさいタケル!」



「喰らえぇぇぇぇ! ダークブレス!!!」


 ガルドラスが天井に向かって漆黒の炎を吐き出す。

 ドゴォォォォォォォ!!!

 闇のエネルギーが天を貫き、石を焼き砕き、ついには空が見えた。


「ひゃああああ! ほんとに外が見えた!」

 リリの目が輝く。


「やっぱりチートだわ、ガルちゃん……!」

 エリーナが感嘆する。


「おい! このまま飛び出すぞ! しっかりつかまれぇぇ!」



 ドゴォォォォン!!!


 魔竜ガルドラスがその巨体で突き抜け、城の上空へ飛び出す。

 瓦礫が吹き飛び、黒煙が立ち昇る。


「い、生きてるぅぅぅぅぅぅ!!」

 タケルが涙目で叫ぶ。


「すごい! まさに伝説の大脱出!」

 リリが胸に手を当てて感激する。


「ふふん! これが私のガルちゃんよ!」

 エリーナが誇らしげに笑った。


「おい勝手に所有権主張すんな!」

 タケルがツッコミを入れる。



 ガルドラスは巨大な翼で空を滑り、海を挟んだ隣の大地へと向かった。

 そこにあったのは、黄金の装飾が眩しい立派な城。


「おっ、あそこに城があるじゃねぇか! 休憩してこうぜ!」

「お、おい……なんか見覚えあるんだけど……」

 タケルが青ざめる。


 ズドォォォォォン!!!


 ガルドラスがそのまま城の中庭に着陸。

 地面が揺れ、城の鐘がガランガランと鳴り響いた。


「ま、魔竜だぁぁぁ!!」

「姫をさらったドラゴンが戻ってきたぞぉぉぉ!」

 城の兵士たちが大混乱に陥る。



 魔竜ガルドラスは疲れ切り、ぬいぐるみサイズに縮小。

 タケルの腕にぽすんと落ちる。


「……おつかれ……」

「寝るなぁぁぁぁ!」


 エリーナは真っ青になり、兵士たちに囲まれながら口をパクパクさせる。


「え、えっと……これは……その……えへへ?」

「笑って誤魔化すなぁぁぁ!」

 タケルとリリが同時に突っ込む。


 こうして、勇者一行はまたしても新たな大騒動の渦に巻き込まれていくのだった——。



 王宮の中庭に突っ込んだ一行。


 しかし肝心の魔竜ガルドラスは、タケルの腕にぬいぐるみの姿で落ちたかと思うと、プシュゥゥと黒い煙に包まれて消えてしまった。


「えっ!? ガルちゃん!? どこ行ったの!?」

 リリが慌てて辺りを見回す。


「おいおいおい……消えたって……ありえねぇだろ……」

 タケルが青ざめる。


「やっばーーー!!!」

 エリーナが頭を抱え、あせりまくる。


 そこに兵士たちが雪崩れ込み、一斉に槍を構えた。


「魔竜はどこへ行った!?」

「姫をさらった悪魔め、姿をくらませたか!」


「ち、ちがうのよ! ガルちゃんは悪い子じゃ……あっ、やべ、口滑った!」

 エリーナが自滅。



 そんな混乱の中、重厚な扉が開き、立派な髭を蓄えた国王が玉座の間から現れた。


「……エリーナ!」

 王は目を見開き、両手を広げる。


「父上!」

「よくぞ、よくぞ無事に戻ってきた!」


 王はエリーナを強く抱きしめ、涙を流す。


「さらわれてから幾月……わしはもう二度と会えぬかと……!」


「う、うん……まぁ、その……戻ってきちゃった!」

 エリーナは引きつった笑顔で返す。


 そして国王の視線が、タケルとリリに移った。



「おお……お主、勇者タケルか!?」

 王がタケルに歩み寄り、力強く手を握った。


「は? え? あ、はい……」

 タケルはぽかんと口を開ける。


「そなたが姫を魔竜の手から救い出したのだな! 感謝するぞ!」


「え、えぇ!? ちょっと、それ誤解で……」

 タケルは慌てて否定しようとするが、周囲の兵士や家臣たちはすでに拍手喝采。


「勇者タケル! エリーナ姫を救った英雄!」

「万歳! 万歳!」


「いやいやいや、待て待て待てぇぇぇぇ!!!」

 タケルのツッコミが虚しく響く。



 王は感極まったようにタケルの肩を叩き、にやりと笑った。


「勇者タケルよ……わしからの願いを聞いてくれるか」


「え? は、はい……?」

 タケルは嫌な予感しかしない。


「どうかエリーナの婿となってくれ!」


「ぶぅぅぅぅぅっ!?!?」

 タケルは盛大に噴き出した。


「ちょっ……ちょちょちょちょっと父上!? なに言ってんの!?」

 エリーナも顔を真っ赤にして叫ぶ。


「え……え……タケルくんが、エリーナ姫の……?」

 リリの顔がみるみる青ざめていく。



「ま、待ってください! 俺にはリリがいます! 彼女が……大切なんです!」

 タケルは必死に訴えた。


 その言葉に、リリの頬が赤く染まり、潤んだ瞳でタケルを見つめる。


「タケルくん……」


「ふむ、なるほど……」

 国王は腕を組んでうなずいた。


「だが問題ない。この国の法律では一夫多妻制が認められておる」


「えええええええええええぇぇぇ!?!?!?」

 タケルとリリが同時に絶叫。


「よって、エリーナとリリ、その両方を妻として迎えることを許そう!」

 王は高らかに宣言した。


「ちょっと父上ぇぇぇぇ! わたしの気持ちは!? ……いや、まぁタケルなら悪くはないけど!」

 エリーナがしれっと赤面。


「タケルくん……本当に……わ、私と、結婚……?」

 リリはしどろもどろで顔を真っ赤にする。


「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ! 俺の意思どこ行ったぁぁぁぁ!」

 タケルは頭を抱えた。



「よし! 宴だ!」

 王の一声で大広間は騒然となり、料理と酒が並び始めた。


「ええええええ!? ちょっと待って!? 展開早すぎでしょ!?」

 タケルが半狂乱で叫ぶ。


「勇者タケル! 英雄タケル! 我らが新しき王婿!」

「姫も無事戻られた! これ以上の吉報はない!」

 兵士も民衆も大盛り上がり。


 そして翌日——。


「では、勇者タケル。エリーナとリリ、両名を妻として迎えることを誓うか?」


「どぉぉぉぉなってるんだーーー!!!」

 タケルの悲鳴が王宮に響き渡った。



「……なんで、俺、タキシード着てるんだぁぁぁーーー!!!」


 鏡に映る自分を見てタケルは頭を抱えた。

 胸元に白いシャツ、黒のジャケット、蝶ネクタイ。まごうことなき結婚式仕様。


「ふふん、似合ってるじゃない」

 横で腕を組んだエリーナが、堂々とウエディングドレス姿で微笑んでいる。


 ドレスは背中が大きく開き、胸の谷間まで強調されるデザイン。彼女自身も「スタイル見せつけて何が悪いの」と言わんばかりだ。


 そして——。


「え、えっと……ど、どうかな……?」


 リリも純白のドレスを身にまとい、恥ずかしそうに両手を胸の前で組んでいた。

 フリルがふわりと広がり、清楚さと可憐さがあふれ出す。


 タケルの脳内は一瞬フリーズ。


(な、なんだこの二人の破壊力……!目が、目がぁぁ……!)



 盛大な音楽が鳴り響き、王宮の大聖堂に人々が詰めかける。

 王様が壇上に立ち、朗々と声を張り上げた。


「では、勇者タケル。もう一度聞くぞ」


 会場が静まり返る。

 タケルの額からは、だらだらと冷や汗が流れる。


「エリーナとリリ、両名を妻として迎えることを誓うか?」


 目の前に、なぜかゲーム画面のような選択肢が浮かんだ。



【はい】

【いいえ】


(……いやいやいや! なんだこのRPGシステム!?)

 タケルは迷わず「いいえ」を選んだ。


「そんなこと言うでない」

 王様が微笑む。


「ではもう一度聞く。勇者タケル。エリーナとリリ、両名を妻として迎えることを誓うか?」


【はい】

【いいえ】


「……っ!? ループ!?!?!?」

 タケルは絶叫した。


 再び「いいえ」を選ぶ。


「そんなこと言うでない」

 王様はまるで録音したかのように同じ言葉を繰り返す。


「ではもう一度聞く……」


「無限ループって怖くねぇぇぇぇぇ!!!」

 タケルは頭を抱えた。



「……タケル、もう観念したら?」

 エリーナがドレスの裾を翻し、ウィンクする。


「だって、あたし、こういう時は強引な方が燃えるし」


「タ、タケルくん……わ、私……タケルくんなら……」

 リリは顔を真っ赤にして下を向いた。


 タケルの心臓は爆発寸前。

 二人の花嫁姿に挟まれ、逃げ道は完全に塞がれていた。


  そして——


 ついに王の手がタケルの肩を押さえ、場内に高らかな声が響き渡る。


「勇者タケル! そなたは誓った!!!」


「いや言ってねぇぇぇぇぇ!!!」


「では、誓いの口づけを——!」


「えええええええええええぇぇぇぇ!?!?」


 エリーナとリリ、二人が同時にタケルへと迫ってくる。

 両側から頬に柔らかい感触が押し当てられた瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。


「勇者タケル! 勇者タケル! 新婚万歳!」


「なんで俺、強制的に結婚エンド突入してんだよぉぉぉぉぉ!!!」

 タケルの絶叫が大聖堂に響き渡るのだった。



 その日の夜。


「……あのさ」

 タケルは部屋の真ん中で立ち尽くしていた。


 広すぎる部屋。金ぴかのシャンデリア、赤い絨毯、ふかふかのソファ。

 そして部屋の中央に——でっかいダブルベッドがひとつ。


「これ、どう見ても……新婚用の部屋じゃんかぁぁぁぁぁ!!!」

 タケルの絶叫が夜の王宮に響いた。



「ふふふ、どう? 似合うでしょ」

 エリーナが自信満々にポーズを決める。


 彼女が着せられたのは、透けるようなレースのネグリジェ。肩も太ももも大きく露出しており、まるで「誘惑してください」と言わんばかりの格好だ。


「わ、わ、私も……着替えさせられて……」

 リリも同じくレースのネグリジェ姿。清楚で控えめな彼女がそんな格好をしているものだから、タケルの理性は爆発寸前だった。


(ちょ、ちょっと待て!なんで俺、十六歳にしてこんなシチュに巻き込まれてんだ!?どうなってんだこの世界えええええ!!)



「ふあぁぁ、よく寝た〜〜」

 突然、ベッドの上にぬいぐるみサイズのガルちゃんが現れ、大きなあくびをした。


「おータケル、新婚初夜だな!」


「うわああああ!? なんでお前がいるんだよ!」


「で、どうすんだ? 子供作るのか? 勇者の血を継がせるのか? ん?」


「んなわけあるかぁぁぁぁぁ!!!」

 タケルの魂のツッコミが炸裂した。



「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」

 エリーナはためらいなくベッドの左側に入り、にっこり笑ってタケルの腕にべったりくっつく。


「ちょ、近い近い近いっ!!」

「いいじゃない。新婚なんだから」


 リリは真っ赤になりながらも、恐る恐るベッドの右側へ。

「わ、わたしも……一緒に……」

 そしてぎゅっとタケルの背中に寄り添った。


 結果——タケルは両側から美少女に挟まれる形で、身動きひとつ取れず。


「俺の安眠どこ行ったああああ!!!」


 エリーナはすぐに寝息を立て、ガルちゃんも「ぐぅ」と熟睡モード。

 しかしリリだけは、まだ目を覚ましていた。



「……タケルくん」

 リリが小さな声で呼びかけた。


「ん?」


「……この世界、ほんとに変だよね」


「変すぎるな。魔王もいるし、勝手に結婚式させられるし……」


 タケルは苦笑しながら続けた。

「でもさ……なんか、楽しいよな」


「……うん」

 リリは小さくうなずき、そっとタケルの手を探り、指先を重ねた。


 タケルの心臓は跳ね上がる。

(や、やばい……! エリーナにくっつかれながら、リリと手つなぎって……どんなハーレム状態だよ!!)


 けれど、リリの手の温もりは不思議と安心感をくれた。


「おやすみ……タケルくん」

「……おやすみ、リリ」


 二人の小さな手は離れず、夜は静かに更けていった。


 翌朝。


「勇者タケルさまぁぁぁーーーっ!お目覚めの時間でございます!」


 扉を開けて雪崩れ込んできた侍女たちに、タケルは布団から飛び起きた。

 豪華なカーテンをばさっと開けられ、朝日がまぶしく差し込む。


「ちょっ、ちょっと待て! なんで俺だけVIP扱いなんだよ!」


「勇者様はこの国の英雄にして王女殿下の夫、そして英雄リリ様の夫でもあらせられますから!」


「夫って言うなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 タケルの絶叫は、朝の王宮に響き渡った。



 広い食堂のテーブルには山のような豪華料理。

 タケルの隣にはエリーナとリリがぴたりと座る。


「さぁ勇者タケル、わたしが食べさせてあげる!」

 エリーナがフォークを手に、タケルの口へとベーコンを差し出す。


「ちょ、ちょっとやめろ! 自分で食えるって!」


「じゃ、じゃあ、私も……」

 リリも小さく手を伸ばし、卵焼きをすくってタケルの口へ。


「おいおいおいおい、なんだこの二人同時にあーん状態!?実況者でも困惑するわ!!」


 周囲の兵士や侍女たちは拍手喝采。


「新婚ご夫婦、なんと仲睦まじい!」


「おお、勇者さまに二人の花嫁……理想の形だ!」


「理想じゃねぇぇぇぇ!!俺の胃が死ぬ!!!」



 午後になると、エリーナが王宮の侍女を引き連れてタケルを強引に連れ出した。


「さぁ、新婚生活にふさわしい買い物に行くわよ!」


「お前のどこに新婚の権限があるんだぁぁぁぁ!!!」


 街の防具屋に着けば——。

「このステテコパンツ、タケルに似合うわね!旦那の装備は妻の責任よ!」


「やめろ!勝手に旦那呼びするなぁぁぁ!」


 隣でリリは、光のローブを抱えて小声で。

「……えっと……これ、あぶない水着の上に着れば……守備力が上がるって……」


「そんなバグみたいな仕様あるかーーーっ!!!」

 タケルのツッコミで店内が笑いに包まれる。



 夜、謁見の間に呼び出されると、王様が満面の笑みで両手を広げた。


「勇者タケル!よくぞエリーナとリリを幸せにしておるな!余は嬉しいぞ!」


「いやいやいやいや!誤解ですって!!」


「して、本日はどちらの妻と夜を過ごしたいのだ?」


「ストレートに聞くなぁぁぁぁぁ!!!」

 タケルは顔を真っ赤にして床に崩れ落ちた。



 その晩も王宮の最上階、ダブルベッドひとつの部屋。

 昨日と同じように、エリーナが左、リリが右。タケルは真ん中でふて寝。


「タケルぅ、今日はこっち向いて寝ていいのよ?」

「だ、だからやめろって!密着禁止!」


「……でも、こうして一緒に寝られるの、ちょっと嬉しい」

 リリが小さく呟き、タケルの心臓はドキンと跳ねた。


(あああああ!どっちに振り向いても爆弾しかねぇぇぇぇ!俺の睡眠どこーー!!)


 結局、ガルちゃんがベッドの上にドサッと乗って、全員をまとめて潰すように寝そべった。


「ぐえっ!?お前だけは空気読め!!!」


 こうして王宮での「新婚夫婦(?)生活」は、タケルのツッコミで幕を閉じるのだった。




 第6話 【襲撃!魔王軍の影】



 その夜も王宮は祝宴に沸いていた。

 広間では兵士たちが酒を酌み交わし、王様は上機嫌に歌い、街の人々も勇者と姫の「帰還」を祝って踊り続けている。


「なんか……ずっと宴ばっかりだな」

 タケルは窓辺に立ち、街の明かりを見下ろしてぼやいた。


「ふふん、国中があたしたちの新婚生活を祝ってるのよ。いい気分じゃない?」

 エリーナがワイングラスを片手に微笑む。


「だから新婚扱いやめろって……!」


 リリは少し離れた椅子に座り、控えめに微笑んでいた。

(でも……タケルくんがこの国に受け入れられてるの、なんだか安心するな……)


 その時だった。


 ――ドゴォォォォン!!!


 轟音が王宮を揺らした。



「じょ、城壁が破られました! 黒き戦士たちが侵入してきます!!」

 兵士の報告に、広間は騒然となる。


 煙の中から現れたのは、漆黒の鎧をまとった戦士たち。

 彼らの剣は妖しく光り、兵士たちを一撃で薙ぎ払っていく。


「魔王軍の刺客……!」

 タケルは剣を握りしめた。


「来やがったな。俺たちを迎えに……!」


「迎え? いや、あいつら本気で殺しに来てるよ!」

 ガルちゃん(小型)は羽をばたつかせ、鋭い声で叫ぶ。



 タケルが前に立つと、黒鎧の戦士が剣を振り下ろす。

 ギィィン!! 火花が散り、タケルは必死に受け止めた。


「ぐっ……強ぇ!」


「タケルくんっ!」

 リリが駆け寄り、光の呪文を唱える。

「ヒール!」

 淡い光がタケルの身体を包み、傷が癒える。


「助かる!」


「よそ見してんじゃないわよ!」

 エリーナが跳び込み、回し蹴りを黒鎧に叩き込む。


 鎧は一瞬よろめいたが、すぐに立ち上がった。


「くっ……硬い!」


「しゃーねぇな……!」

 ガルちゃんが飛び上がり、次の瞬間――巨大化。


 漆黒の魔竜ガルドラスが広間を揺らすほどの姿を現した。


「ガルルルルル……!」


「ガルちゃん、ここで暴れたら城が……!」

 タケルが叫ぶが、ガルちゃんの眼は鋭かった。


「勇者、言っとく。ここはもう持たねぇ。守りより、突破だ!」


 ガルドラスが大きく息を吸い込み――


「ダァァァークブレスッ!!!」


 漆黒の炎が広間を薙ぎ払い、黒鎧の戦士たちを一掃した。



「勇者タケル!」

 煙の向こうから王様が現れた。


 その顔は青ざめ、しかし瞳は必死に強さを宿している。


「余の娘エリーナ、そして英雄リリを……どうか守ってくれ! この国はお前たちなしでは持たぬ!」


「王様……!」


 タケルは剣を握り直す。

「……わかりました。俺たちは旅に戻ります」


「タケル……」

 リリが不安げに見上げる。


「大丈夫。俺がいる。必ず守る」


 エリーナは唇を噛み、やがて強く頷いた。

「そうよね。私たちはまだ、魔王に挑んでないんだもの!」



 魔竜ガルドラスの背に乗り、三人は夜空へ舞い上がった。

 下に広がる王宮は火の手に包まれ、兵士たちの怒号と鐘の音が響いていた。


 タケルは拳を握りしめる。

「……絶対に、この戦いを終わらせる」


 リリは不安げに、けれどタケルの背に寄り添い。

 エリーナは前を見据えて、ニヤリと笑った。

「さぁ、魔王討伐の本番開始よ!」


 夜空に勇者一行の影が溶けていった。



 夜空を切り裂き、魔竜ガルドラスは王宮を離れて飛んでいく。

 眼下には広大な海――そして、海をはさんだすぐ隣にそびえ立つ、不気味な黒い城が見えてきた。


「え、ちょっ……もう見えてんだけど魔王の城!」

 タケルが思わず叫ぶ。


「さぁ、突撃よ!」

 エリーナが拳を握りしめる。


「おいおい、いくらなんでも展開早すぎだろ!」


 タケルが慌てて隣のリリに視線を向けた瞬間――


「……え?」


 リリが身にまとっているのは、昨夜の宴の余韻で着替え忘れたのか、なんと薄手のレースのネグリジェ。

 透け感ばっちり、下には例の「あぶない水着」がひっそりと覗いている。


「り、リリィィィ!? その格好で魔王討伐行くつもりか!?」


「だ、大丈夫です……下にあぶない水着、着てますから……」

 顔を真っ赤にしながら胸元を押さえるリリ。


「大丈夫なわけあるかあああああ!」

 タケルは両手で頭を抱えた。


「うふふ、勇者様、鼻から赤いのが垂れてるわよ?」

 エリーナがニヤリと指摘。


「ちがっ……これはその……うわああ!」

 タケルは慌てて袖で鼻を拭った。


「もう、このままじゃ突撃できないね」

 魔竜ガルドラスが、両翼を広げてあきれた声を出す。


「防具屋寄れ、防具屋!」



 こうして一行は、魔王城に突っ込むのをやめて、少し南にある「水の都リムルーン」へ立ち寄ることになった。


 そこは水路と噴水に囲まれた美しい街。夜店の灯りが揺れ、カップルが行き交い、まるで観光地のようなにぎわいだ。


「おー! なんかロマンチック!」

 エリーナは早速屋台の串焼きを頬張る。


「そんな余裕ないでしょ! 早く装備を……」

 タケルが呆れていると、防具屋の店先に、ひときわ眩しい光を放つ装備が目に飛び込んできた。


「……エンジェルの、レオタード?」


「これください!二つ!」

 エリーナが即決で店員に手を差し出す。


「ちょ、なんで真っ先にそれ!?」


「だってデザイン最高じゃない! ほら、胸も脚も強調されてるし、守備力+魔法防御が跳ね上がるって書いてある!」


 タケルが顔を覆ってうずくまる。

「……立ち寄った意味ねぇぇぇぇ!!!」



「えっ……わ、わたしも……ですか?」

 リリは真っ赤になりながらレオタードを手にとる。


「もちろん! お揃いでしょ!」

 エリーナがリリの肩を押す。


「で、でも……その、下に……」

 リリは小声でモジモジしながら視線を落とす。


「大丈夫だよ! 賢者のローブとか普通の装備あるから!」

 タケルが必死にフォローする。


「かさばるから、リリはそのあぶない水着脱いで直着でしょ?」

 エリーナがサラッと言った。


「ちょおおお待てぇぇぇぇ!!!」

 タケルが思わず絶叫。


「な、なんでそんな……」

 リリは耳まで真っ赤にして、胸元を押さえて震える。


 タケルは頭から湯気を噴きそうになりながら叫んだ。

「もうやめてくれぇぇぇ! 俺の理性が死ぬぅぅぅ!」


「おい勇者、マジで鼻血出てんぞ」

 ガルちゃんが呆れ顔で羽ばたきながらツッコむ。



 こうして、エリーナは真っ白なエンジェルレオタード姿でご満悦。

 リリは仕方なく、あぶない水着の上にレオタードを重ねて、恥ずかしそうに裾を押さえていた。


「うぅ……タケルくん、見ないでください……」


「み、見てない! 見てないから!」

(やばい……視界に入る……視界に……)


「ふふん、これで準備万端! 魔王城に再突入よ!」

 エリーナはポーズを決める。


「いや、むしろこっちの精神が持たないって!」

 タケルは再び頭を抱えた。


 そんな勇者の苦悩をよそに――


「さぁ出発だぜ!」

 ガルちゃんが巨大化。


 勇者パーティーは、またもチート竜の背に乗って夜空へ飛び立った。





 魔王城の最深部――地下50階。


 そこは血の池も炎の洞窟もなく、ただ冷たい石壁に囲まれた狭苦しい玉座の間だった。


「はぁ……はぁ……」


 玉座にふんぞり返るのは、大魔王ゲドー。

 だが、その姿は――魔王と呼ぶにはあまりにも情けなかった。

 黒いマントの裾を噛んで震え、手元の水晶玉をガタガタと揺らしている。


「どうする……どうする……!」


 水晶玉には、ガルちゃんが一瞬で敵軍を蹴散らす光景が映し出されていた。

 空から降り注ぐダークブレス。影の戦士たちが吹き飛び、鋼鉄の鎧を着た巨人たちが一瞬で溶け落ちる。


「ぐ、ぐぬぬ……あ、あんなチートドラゴン連れてくるなんて聞いてないぞおお!!」


 ゲドーは頭を抱えて玉座から転げ落ちた。



「陛下、落ち着きを……」


 そばに立つのは四天王のひとり、骸骨剣士デスガルド。

 背骨がガタガタ揺れながら、必死にフォローする。


「落ち着けるかぁぁぁ!! わしの魔王軍が数分で蒸発したんじゃぞ!? 次はわしの番じゃ……! もういやだぁぁぁ!」


 ゲドーはマントにくるまり、子供のように床で転がり出す。


「……だ、だらしねぇ……」

 デスガルドは乾いた声でため息をついた。


 さらに別の幹部――妖艶な魔女リュミナスが口を開く。

「まぁまぁ陛下。敵が強いのは事実ですが、せっかく地下に50階もあるのですから、罠で消耗させればいいのではなくて?」


「罠ぁ? そんなの落とし穴と岩転がししかないじゃろ! もうネタ切れなんじゃよおおお!」


「……小学生の仕掛けですか」

 リュミナスは頭を抱えた。



「だいたい、わしは“勇者を絶望させる恐怖の支配者”として生まれたはずなのに……!」

 ゲドーは机を叩き、水晶玉を揺らす。


「なのに実際は“部下に支えられてやっと威厳を保ってる小心者”じゃ!

 ……うぅ、母上も父上も泣いておるわ……」


「親御さん、健在なんですか?」

 デスガルドが冷静につっこむ。


「手紙が来るんじゃ! “ちゃんとお野菜食べてますか”とか、“勇者に負けないでね”とか! 泣けるじゃろぉぉ!」


 魔王は嗚咽混じりにマントで目をこすった。



 その時――水晶玉の映像が変わった。

 勇者タケルたちが、防具屋でレオタードやら水着やらを買い込み、鼻血を出したりしている姿が鮮明に映し出される。


「な、なんだこの茶番はぁぁぁぁ!!!」

 ゲドーは玉座を蹴飛ばし、絶叫した。


「こっちは命がけで恐怖をふりまこうとしてるのに、あいつら観光気分じゃないか! くそぉぉぉ!!」


「……勇者一行、思ったより自由ですね」

 リュミナスはくすりと笑う。


「ふざけおってぇぇ! このままじゃわしの株が大暴落じゃああ! ああ、どうするどうするどうする……!」


 再びマントに包まって転がる大魔王。


 その姿は、威厳など欠片もなく――

 ただただ「追い詰められた小心者のおっさん」そのものだった。




 魔王城の上空を旋回する巨体――魔竜ガルドラス。



 その背の上で、勇者一行は不気味な廃墟を見下ろしていた。


「えーっと……前の戦いで、城の上層はもうボロボロ……だよな」

 タケルは額を押さえて、がらんどうになった城内を見下ろす。


「うん、大穴だらけ」

 リリも苦笑いしながら頷く。


「なら、近道できるじゃない!」

 エリーナがぱんっと手を叩いた。


「ガルちゃん! 地下30階まで急降下してくれ!」


「はあぁ!? 普通、ダンジョンは階段で降りるもんだろ!」

 魔竜ガルドラスは翼を豪快に羽ばたきながら絶叫する。


「だって楽しいでしょ? 絶叫マシンみたいで!」

「姫さん、それ“地獄のダンジョン”だぞ!? 遊園地じゃねえ!」


 しかし魔竜ガルドラスは大きく翼を広げ、エリーナの無茶ぶりに従ってそのまま急降下!

 轟音とともに勇者一行は、かつての戦闘で崩れ落ちた大穴を滑り落ち、地下30階へと降り立った。



「さぁー! お弁当タイムね!」

 エリーナは背中のリュックから、なぜか豪華なランチセットを取り出す。


「……ほんとに持ってきたのかよ!」

 タケルは目を丸くする。


「戦いの合間のご飯って大事なのよ?」

「いや、今から魔王に挑むんだぞ!? ルンルン気分で弁当広げるやつがあるか!」


 リリは控えめにタケルの横に座り、膝の上で手を組みながら小声でつぶやく。

「……タケルくん、お弁当、一緒に食べますか?」


「お、おう……(やばい、レオタード姿が脳裏に……)」

 タケルの耳は赤く、鼻は危険水域。


「おい勇者、また鼻血出そうになってんじゃねぇか」

 ガルちゃんが冷ややかに突っ込む。


「ち、ちがう! これはその……」

「お前、魔王より、リリと姫の衣装の方が天敵だろ」




 一方そのころ。

 地下最深部の大広間では、大魔王ゲドーが水晶玉を凝視していた。


「き、きたああああああ! やつらがきたぁぁぁぁ!」

 ゲドーはマントをかぶり、床をのたうち回る。


「陛下、落ち着いてください!」

 四天王のひとり、腐った屍・ゴキッチが姿を現した。

 腐臭を撒き散らしながら、両手を擦り合わせる。


「なにか……策はないのか!? もう無理じゃ! あんなチートドラゴンに勝てるわけがない!」


「では……こういうのはどうでしょう」

 ゴキッチはにやりと笑った。

「“世界のすべてを勇者に与える”という条件を出して、満足させるのです……」


「おおっ! それは名案じゃ! ……って、ばかやろおおお!」

 ゲドーは床を叩いて立ち上がる。

「全部あげたら、わしらの敗北じゃろうが! そしたら世界に平和が訪れてしまうではないかああ!」


「じゃ、じゃあ……」

 と、もうひとりの四天王――一つ目巨人アストラが巨大な腕を組む。

「世界の“半分”を与えるというのは?」


「……! それだ!!」

 ゲドーの目がキラリと光る。


「勇者よ! 世界の半分をやろう! ……ってやつじゃな!」


「(あ、あれ……これって定番のセリフじゃ……)」

 デスガルドがボソッとつぶやく。


「よし! お前ら、ひとまず勇者たちを迎え撃ってこい! ……たぶんムリだと思うけどな!」


「おいコラ! 自分の部下になんちゅうこと言うんだ!」

 四天王たちが一斉に突っ込む。


「だってぇぇ! わしだって勝てる気がしないんじゃぁぁぁ!」

 ゲドーはマントにくるまり、再び床を転げ回った。




 そのころ勇者パーティーは――

 エリーナがピクニック気分で弁当の残りを片付け、タケルは赤面を隠しきれず、リリはおろおろしつつも僧侶らしく祈りを捧げていた。


「さぁ! 準備はいい? 大魔王のところに突撃よ!」

「まるで遠足行くみたいなテンションだな……」

「ほんと、それ」ガルちゃんはため息をつく。


 だが、水晶玉の向こうでは既に四天王が出撃準備を整えつつあった。

 勇者と魔王軍の、奇妙な“噛み合わない”戦いが始まろうとしている――。




 地下30階に降り立った勇者パーティー。

 大穴から差し込む光は薄れ、足元はジメジメと湿っていた。


「うわぁ……湿気すごい」

 リリが裾を押さえながら、少し眉をひそめる。


「なんだか……いやな臭いもしない?」

「気のせいじゃない? きっと古いダンジョンだからよ」

 エリーナはなぜか鼻歌を歌いながらルンルン。


「気のせいじゃねー! 鼻がもげるような異臭がしてんだよ!」

 小型化したガルちゃんが鼻をつまんでバタバタする。


「……まさか、この臭いの正体は――」

 タケルが剣を構えたその時。




「グハハハハ……待ちかねたぞ、勇者タケルぅぅぅ……!」


 天井からずるり、と黒い影が落ちてきた。

 それは腐り果てた巨大な屍。目は落ち窪み、身体のいたるところから虫が這い出ている。


「四天王のひとり、ゴキッチ! ここで貴様らの命は潰えるのだぁぁぁぁ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 リリとタケルが思わず悲鳴をあげる。


「ちょっと! ピクニック気分が台無しじゃない!」

 エリーナは不満顔で叫んだ。


「当たり前だろ姫! そもそもピクニックの場所じゃねえからな!」

 ガルちゃんが全力でツッコむ。



「リリ、回復準備! エリーナは前衛だ!」

 タケルが号令をかける。


「わかった!」

 リリは杖を構え、祈りの言葉を紡ぐ。


「いくわよぉぉぉぉ!」

 エリーナはこっそりタケルからくすねた、ファイヤーソードを振りかざし、突撃!


 ゴキッチの体からは腐臭のガスが噴き出し、辺りは一瞬で紫色の霧に包まれる。


「くっ……毒霧か!」

「勇者タケルよ……お前を、この腐敗で包み込んでやろうぉぉぉ!」


「いやだぁぁぁぁぁぁ!」

 リリは涙目になりながら必死でタケルに解毒呪文をかける。


「リリ! ナイスフォロー!」

「わ、わたしだってやるときはやります!」



「さぁ姫! お前の力で奴を――」

 振り向くと、エリーナは……

「わぁぁぁぁ! 虫が、虫が髪にぃぃぃぃ!」

 ファイヤーソードを振り回してパニック状態。


「おい姫! 冷静に! それ味方に当たるから!」

 タケルが慌てて避ける。


「勇者、剣を貸せ! オレがやる!」

 ガルちゃんがタケルの丸腰の腰にぶら下がる。(こいつまだ気づかねぇククク…)


「お前は小さいから届かねーだろ!」


 そのとき、ゴキッチがじわじわと迫ってきた。


「ふふふ……さぁ、勇者タケルよ……この臭気の中で、どれほど耐えられるかなぁぁぁ……」



「タケルくん、下がって!」

 リリの瞳がきらりと光る。


「【ホーリーライト】!」


 まばゆい光が辺りを照らし、腐敗した肉体に突き刺さる。

 ゴキッチの体がジュウウッと音を立て、煙をあげる。


「ぎゃあああああああ! 光は……光だけはぁぁぁ!」


「今だ! エリーナ!」

「はあああああああっ!」


 エリーナのファイヤーソードが光に包まれたゴキッチを斬り裂き、ついにその巨体は崩れ落ちた。


「……やった、の?」

 リリが息を切らしながら杖を下ろす。


「よっしゃ! 勝ったぁぁぁ!」

 タケルが拳を突き上げた。


「…面ろすぎるだろおおお…ククク!」

 ガルちゃんが涙目でバタバタしている。




 地下50階。水晶の中でゴキッチの最期を見ていた大魔王ゲドーは青ざめる。


「……は、早い……! もう一人やられたぁぁぁ!」


「だから言ったでしょう、ムリだって」

 四天王アストラが腕を組んでため息をつく。


「つ、次は誰が行く!? お前ら頼んだぞぉぉ! 期待してないがなっ!」

「自分で行けや!」


 四天王全員が一斉にツッコミを入れるのだった。



 四天王の一人、巨大な屍ゴキッチをなんなく攻略して、勇者一行は奥地へと進む。


「よし、次はこの通路だな」

 タケルが先頭に立って歩く。


「わーい! 冒険冒険♪」

 エリーナはルンルンでスキップ。


「おい姫、そんなに跳ねると――」


 ズボッ。


「わっ!?」


 床が抜け、エリーナが落下。

 タケルとリリが慌てて覗き込むと、下の階にド派手に落ちていた。


「いったぁぁ……でも大丈夫!」

 エリーナはピースサイン。


「いやピースとかいらねえから!」

 タケルが額を押さえる。


「ほら姫、罠だらけだから気をつけろって…」

 ガルちゃんが小型化したまま羽ばたき、エリーナの元へ飛んで行く。




 一行が進むと、同じ場所を何度も歩いていることに気づく。


「……またここだ」

「おかしいわね、さっきと同じ石像がある」

「これ、ループしてるんだよ!」タケルが叫ぶ。


「えへへ、じゃあぐるぐる回ってればいつか出られるんじゃない?」

 エリーナが笑顔で言う。


「出られるかあああああ!」

 タケルが即座にツッコむ。




 やがて通路の奥からドドドドド……!

 巨大な岩が転がってきた。


「きゃああ! インディ○ジョーンズ!?」

「いや、○って隠しても分かるから!」

 タケルがツッコみながら全力で走る。


「リリ、急げ!」

「は、はいっ!」


 間一髪で横の抜け道に飛び込む。

 岩は彼らの頭上をゴロゴロ通過していった。


「……はぁ、死ぬかと思った」

 タケルが膝に手をついて息を整える。



「でもねタケル!」

 エリーナが得意げにファイヤーソードを掲げた。


「これがあればどんな罠も怖くない!」


「……っておい!」

 タケルが気づく。


「その剣、俺のファイヤーソードじゃねぇかああああ!」


「え?」

 リリもびっくり。


「俺、さっき丸腰で戦ってたのか!? よく勝てたな俺!」

「細かいことは気にしない♪」

 エリーナはにっこり。


「気にするわあああああああ!」

 タケルの絶叫が響き渡る。


「そもそも! お前、武闘家だろ!? 素手で戦えよ!」


「えー? でも武闘家が剣を持ったらもっと強くなるんだよ?」


「どこのドーピングだよ!」


「それにね、この剣……私と相性がいいみたい」

 エリーナはうっとりと剣を撫でる。


「相性で武器取るなああああ!」



「じゃあこれ使って!」

 エリーナが床に落ちていた棒をタケルに渡した。


「……ヒノキの棒!?」

 タケルは愕然とする。


「えへへ、勇者強すぎ問題!ハンデを与えなきゃね!」


「そっか俺が強すぎるから…て、おおおおおいい!最終決戦でヒノキの棒かよぉぉぉぉ!」


「大丈夫大丈夫! タケルなら勝てる!」

 エリーナは親指を立てて笑う。


「お前のその根拠のない信頼が一番怖ぇぇぇ!」


「……でも」

 リリがクスッと笑う。

「タケルくんなら、きっとヒノキの棒でも強い勇者だよ」


「リリ……! お前まで!?」

 タケルは涙目で叫んだ。


「勇者、がんばれ。棒っ切れ勇者」

 ガルちゃんが追い打ちをかける。


「棒っ切れ言うなあああああ!」




 地下33階。広大な石のホールに足を踏み入れた瞬間、地面が震えた。


 ドンッ! ドンッ!


 現れたのは、巨体に一つ目を光らせた怪物――サイクロプスのアストラだった。


「おおおぉぉぉ……人間どもか。よくぞここまで来たな!」

 低い声が響き渡る。


「で、でかい……」

 リリが震えながら後ずさる。


「ふふん♪ ここは私の見せ場だね!」

 エリーナはファイヤーソードを構えてキラリ。


「……いやそれ、俺の剣だからな!?」

 すかさずタケルがツッコむ。


「安心しなさいタケル! あなたはこれを持って!」

 エリーナが差し出したのは――ヒノキの棒。


「またこれかあああああ!」

 タケルは涙目で叫んだ。



「さあ、かかってこい人間ども!」

 アストラが鉄球のメイスを振り回すと、床が砕け散る。


「リリ! 回復準備!」

「は、はいっ!」


「エリーナ! 剣で突っ込め!」

「おっけー!」


 ズドン!

 エリーナが果敢に突っ込んで、ファイヤーソードを振り抜く。

 火花が散り、アストラの肩口に傷をつけた。


「ぐぬぬ……だがまだまだ!」

 アストラの巨大な腕が振り下ろされる。


「きゃっ!」

 リリがかばおうと前に出るが――


「リリぃぃぃ!」

 タケルがとっさに飛び込んでヒノキの棒を振り上げた。


 ガキィィィン!


「おおおお!?」

 アストラの攻撃が止まる。


「……棒で受け止めた!?」

 ガルちゃんが目を丸くした。


「すごい! タケルくん!」

 リリが感動して手を合わせる。


「いやいや! 褒めるな! 今さら棒が勇者武器みたいに見えてきただろうが!」

 タケルが必死に叫ぶ。



「リリ! 支援魔法!」

「はいっ! タケルくん、エリーナさん、力を貸します!」


 リリの詠唱で光の加護が二人を包む。

 タケルの動きが軽くなり、エリーナの剣がさらに燃え盛った。


「よし、いくぞ!」

「うん! あたしについてきて!」


 タケルとエリーナが左右から同時に突撃。

 アストラは巨体を揺らしながらメイスを振り回す。


「うおおおお!」

 タケルはヒノキの棒で攻撃を弾き、隙を作る。

 その瞬間――


「ファイヤーーースラッシュ!」

 エリーナの炎の剣がアストラの胸を貫いた!


「ぐわああああ!」

 アストラが絶叫して膝をつく。



「……く、くそ……まさか、ヒノキの棒に負けるとは……」

 アストラが倒れ込む。


「いや、棒で負けたわけじゃないから!」

 タケルが即座にツッコむ。


「でもタケルくん、ほんとに棒で受け止めてましたよ?」

 リリがくすっと微笑む。


「おいおい! 俺の勇者のイメージが木工品に支配されるだろ!」


「棒っ切れ勇者、かっこよかったぜ」

 ガルちゃんが肩に乗ってニヤリ。


「やめろぉぉぉぉ!」

 タケルの叫びが地下に響いた。



 アストラの体から光の宝玉が浮かび上がった。


「これは……サイクロプスの眼の魔力!?」

 リリが驚きの声をあげる。


「へへん、これで魔王の城の結界も弱まるね!」

 エリーナが宝玉を掲げ、得意げに笑う。


「……まあ勝てたからよしとするか」

 タケルは肩を落としながらも小さく笑った。


「でも、次はもっと強い敵が出るよ?」

 ガルちゃんが小声で呟く。


「お前が言うなぁぁぁぁ!」

 タケルの最後のツッコミで、戦いの幕が閉じた。



 その頃、地下50階。


「な、なんだとぉぉぉぉぉ!」


 大魔王ゲドーが玉座の間で転げ回っていた。


 報告を受けたのだ――勇者一行にアストラが敗れたことを。

「ヒノキの棒で!? 棒で負けたぁぁぁ!? お前ら弱すぎるだろぉぉぉ!」


 妖艶な魔女リュミナスが口元に扇子をあててくすくす笑う。

「でも、ゲドー様? 弱いのはあなただって噂ですよ」


「ひぃぃぃ! 言うなぁぁぁ!」

 ゲドーは耳を塞いで震えた。


「どうするどうするどうするぅぅぅ!」

 その情けない姿を、残りの四天王は呆れ顔で見つめるのだった。



 地下40階・勇者一行。


「ふう……だいぶ潜ってきたな」

 タケルが息をつき、額の汗を拭う。


「でもタケルくん、今の武器って……」

 リリがちらりと視線を落とす。


「言うな! ヒノキの棒だって立派な武器なんだ!」

 タケルが必死に胸を張る。


「うんうん、棒っ切れ勇者!」

 ガルちゃんがニヤリと小型の翼をパタつかせる。


「言い方ァァァァァ!」

 タケルが絶叫する。


「でもねタケルくん、ヒノキの棒は木の温もりがあって……なんだか優しい武器だよ」

 リリがほほえむ。


「リリ……!」

 タケルは頬を赤らめた。

(やっぱりこの子、優しすぎる……惚れ直すだろこんなの!)


 エリーナが腕を組み、ドヤ顔で割って入る。

「ま、タケルの代わりにこのファイヤーソードは私が使ってあげるから安心して♪」


「返せぇぇぇぇぇ!」



 やがて石の広間にぽつんと宝箱が置かれていた。


「やった! 宝箱だ!」

 エリーナが駆け寄る。


「待て! 不用意に開けるな!」

 タケルが制止するが――


 ガバッ!


 宝箱が牙をむき、巨大な舌を伸ばした。

「うぎゃあああ! ミミックぅぅぅ!」


「ちょっ、宝箱じゃないの!?」

 リリが悲鳴を上げる。


「だから言ったのにぃぃ!」

 タケルがツッコみつつ、渾身の一撃で棒を振り下ろした。


 ドゴォ!


 ミミックは情けない声を上げて崩れ落ちた。


「ふぅ……やっぱり棒じゃ頼りねぇよ!」

 タケルが肩で息をする。



 さらに奥に進むと、今度は怪しげな宝箱がもう一つ。


「またミミックじゃないでしょうね」

 リリが不安そうに呟く。


「今度は私が開ける!」

 エリーナが胸を張り、宝箱を開くと――


 中から青白い輝きを放つ剣が現れた。


「こ、これは……!」

 タケルの目が輝く。


『サンダーソードを手に入れた!』


「ついに……ついに俺にもまともな武器が!」

 タケルが感涙に震える。


「よかったね、タケルくん」

 リリが優しく微笑む。


「ヒノキの棒さん、ありがとうね」

 リリがそっと棒を抱き、宝箱の隅に立てかける。


「……リリ……」

 タケルはその優しさに胸を撃たれ、思わず視線を逸らす。

(俺、この子を守るためなら何だってできる……)



 その時、冷たい気配が広間を覆った。


「……くだらん小芝居は終わりか」


 重々しい鎧を纏い、骨の剣士が現れる。

 その名は――デスガルド。


「俺が四天王、デスガルド。貴様ら、ここで終わりだ」


「うわ、でたー!」

 エリーナが目を輝かせる。

「カッコイイ敵キャラきたぁ!」


「はしゃぐなぁぁぁぁ!」

 タケルがツッコむ。


「……でもタケルくん、今度は棒じゃないね」

 リリが不安げに微笑む。


「おう、サンダーソードで決着つけてやる!」

 タケルは新しい剣を握りしめ、デスガルドと対峙した。



「……俺が四天王、デスガルド。骸の剣士と呼ばれし存在だ」


 石の広間に、重々しい足音が響く。

 ガシャン、ガシャン――骸骨の戦士が巨大な漆黒の剣を引きずりながら現れた。

 その眼窩には赤い炎がゆらめき、不気味な気配が場を満たす。


「きゃーっ、ダークヒーロー系きた!」

 エリーナが目を輝かせる。


「お前、敵に惚れるなぁぁぁ!」

 タケルが即ツッコミ。


 ガルちゃんは小型ドラゴン姿で肩に乗り、冷静につぶやく。

「……雰囲気はあるけど、あいつ強そうだぞ」


 タケルは深呼吸してサンダーソードを構える。

「リリ、回復頼む。エリーナは……暴走すんなよ」


「わ、わかった!」

「任せなさーい!」


(……任せて大丈夫か?)タケルの不安は募るばかりだった。



「死ね、勇者ァ!」

 デスガルドが吠えると同時に、黒剣が横薙ぎに振り抜かれた。


「うおおっ!」

 タケルは間一髪で受け止める。

 ギィィンッ!


 剣と剣がぶつかり、火花が散る。

 その瞬間、サンダーソードが青白い稲妻を走らせた。


 バリバリバリッ!


「ぐっ……!」

 デスガルドの骨の鎧が弾ける。だが怯まない。


「なるほど……雷の剣か。だがこの骸の身には効かぬ!」


「なら、何度でも当てるまでだ!」

 タケルが踏み込み、渾身の一撃を放つ。



「タケルくん、ケガしてる!」

 リリがすぐさま回復呪文を唱える。


「ヒール!」

 淡い光がタケルを包み、傷が塞がっていく。


「ありがと、リリ!」


 その横で――


「えいっ! ファイヤーソード・アタック!」

 エリーナが突っ込み、火花を散らす。


「それ俺の剣だって言ってんだろぉぉ!」

 タケルがツッコミを入れながらも、横並びで攻撃を続ける。



「チッ……手こずらせるな」

 デスガルドの眼窩の炎が強まり、黒剣が赤く灼けはじめる。


「地獄の剣舞――!」


 ブンッ! ブンッ!

 嵐のような斬撃が襲いかかる。


「きゃあっ!」

 エリーナが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「エリーナ!」

 リリが急いで駆け寄り、再びヒールを唱える。


 タケルは歯を食いしばり、立ちはだかった。

「……ここで止まってたまるか!」



「サンダーソードォォォ!」

 タケルが剣を振り上げると、刃に雷光が収束する。


 バリバリバリッ――ッシャアァァン!


 電撃の斬撃がデスガルドを直撃した。

「ぐおおおおおおお!」


 骨の身体が砕け、赤い炎が弾ける。

 デスガルドはよろめき、片膝をついた。


「まだ……終わらぬ……!」

 だが立ち上がろうとしたその瞬間――


「タケルくん! 今!」

 リリの声が響く。


「おうっ!」

 タケルは全身の力を込め、雷を纏った渾身の突きを放った。


 ズドォォォォォン!


 雷鳴が轟き、デスガルドは粉々に砕け散った。



「……やった、か?」

 タケルが肩で息をしながら剣を構え続ける。


 やがて、骨の残骸が塵となり消えていった。


「勝ったぁぁぁ!」

 エリーナがガッツポーズ。


「タケルくん、本当にすごい……!」

 リリが心配そうに駆け寄る。


「いや、リリの回復がなきゃ無理だったよ」

 タケルが照れながら礼を言うと、リリは赤面して俯いた。


「おいおいおい、イチャついてる場合か!」

 ガルちゃんがツッコミを入れる。

「これで残りはあと1人だぞ!」



 その様子を水晶で見ていたゲドーは蒼白になった。


「デスガルドまでぇぇぇ! どうするどうするどうするぅぅぅ!」


 リュミナスが冷笑する。

「次は、私の番かしらね……ふふふ」


「四天王最強のリュミナス!おまえなら勝てる!……のかあああ!?」


 ゲドーが床を転げ回る声が、地下の奥で虚しく響いていた。

「どうするどうするどうするぅぅぅ!」


「だめだこりゃ…」


 地下45階。


 一行の前に、紫の魔法陣が広がり、妖艶な笑みを浮かべる美女が現れた。


「ようこそ……勇者タケル。そして可愛いお姫様と小さな僧侶ちゃん」

 透き通るような白い肌、腰まで届く銀髪。露出度の高い衣装からは大人の色香が溢れ出す。


「わたしの名はリュミナス。四天王最後の一人。さあ、あなた……」

 すっとタケルの前に歩み寄ると、豊かな胸を寄せ、誘惑するように囁いた。


「わたしの魅了攻撃に、耐えられるかしら?」


「や、やば……」タケルは思わず後ずさる。



 リュミナスがタケルの頬に唇を寄せる仕草をした瞬間、甘美な魔力が爆発。


「必殺――セクシーキッス!」


 ぶちゅっ!


「うおおおおっ!?!?!」

 タケルの瞳が一瞬でハート型に染まり、体がふらふら。


「……リュミナスさまぁぁぁぁ♡」

 タケルはくるくる回りながら駆け寄ろうとする。


「タケルくんのバカぁぁぁぁ!」

 リリが真っ赤になりながら背中をポカポカ殴りまくる。


 バシバシバシ!


「目を覚ましてよぉ!」


「はっ……!?」

 タケルは急に正気に戻り、慌てて後ずさる。


「ちょ、ちょっと待て!オレ、今……なんかとんでもないことを!?」



「ふふ……じゃあ次は女の子達かしら?」

 リュミナスは唇を艶やかに舐めるが――


「ぜーんぜん効かないわよ!」エリーナが両腕を組む。

「わたし女だもん!」リリも首を横に振る。


 ガルちゃんも翼をぱたぱたさせて首をかしげる。

「俺も全然……っていうか、人間の女には興味ないしな!」


「……えぇー!?」タケルがツッコミ。



 リュミナスはにやりと笑い、エリーナを見つめる。

「でも……胸は立派ね。フフ、負けないわよ」


「むむっ!? あんたも大きいわね。でも私の方がもっと大きいわ!」


「なにをー! 私の方が上よ!」


「いやいや、どう見ても私!」


「なにこの展開ぃぃぃ!!!」タケルが全力ツッコミ。


 その時、リリが小さな声で――

「わ、わたしだって……実は……」


 エリーナ&リュミナス「えっ!?」


 リリは恥ずかしそうに胸を隠しながらも、しっかり形のあるシルエットが……。

「タケルくん、見ちゃダメぇぇ!」


「ど、どうなってんだこの世界ええええええ!!!」タケルが頭を抱える。



 やがて、胸バトルから何故か女子会モードに突入。


「ねえ、エリーナ。今度あなたの王宮に遊びに行ってもいい?」

「いいわよ!宴しよ!飲もう飲もう!」

「わーい、私お酒強いんだから!」


 すっかり仲良くなってしまうエリーナとリュミナス。


 リリは「も、もう……」と呆れつつも、なんだか受け入れてしまう。



 リュミナスは腕を組み、にこりと微笑んだ。

「ねえ勇者タケル。私、あなた達の仲間になりたいの」


 ピコンッ!


 ――仲間にしますか?

 はい

 いいえ


「……な、なんだこの展開!?」タケルが青ざめる。


 エリーナとリリが同時に「はいはい!はい一択!」と即答。


「し、しぶしぶ……はい」タケルが選ぶと――


 ピロンッ!「リュミナスが仲間になった!」



 その様子を水晶で見ていたゲドーは、真っ青になっていた。


「おわぁぁぁぁ!四天王全滅ぅぅぅ!!どうするどうするどうするぅぅ!!」

 床をごろごろ転げ回る魔王。


「逃げるか!? いやいやいや、わしは大魔王だ!逃げられるか!」

「よし、威厳だ威厳……まずは深呼吸!落ち着けオレ……!」


「せ、世界の……全部を……いやダメだ!……半分を……!半分を勇者にくれてやるんだああああ!」


 その必死な姿は、もう完全に追い詰められた小心者そのものだった。




 ついに勇者一行は魔王城の最深部、玉座の間へとたどり着いた。


 重厚な扉を押し開けると――そこにいたのは、玉座に座り、がたがた震えている一人の魔王。


「お、おおお……来たな勇者たち……」


 紫のマントをまとい、頭には2本の立派な角。

 しかし、両手はぶるぶる震えていて、玉座の肘掛けをぎゅっと握りしめていた。


「わしが――大魔王ゲドーだぁああ!」

 ……声は大きいのに、目が泳ぎまくっている。


「……緊張しすぎじゃね?」タケルが小声でつぶやく。

「ぜったいそうだな」ガルちゃんもぼそり。



 ゲドーは深呼吸を繰り返し、何かを必死で思い出そうとしていた。


「……例のセリフだ……落ち着けオレ……」


 一行が見守る中、ゲドーは立ち上がり、胸を張って叫んだ。


「せ、世界の……全部を……おまえにくれてやろう!!!」


「「「はあああああ!?!?」」」


 一同がズッコケる。


 その隣でリュミナスがそっとゲドーの耳に顔を寄せ、小声で。

「……半分ですよ、ゲドー様」


「あ! 間違えた! 半分だったぁぁぁ!!!」


「何を堂々と間違えてるのよ!」エリーナが全力でツッコミ。


「全部くれたら即・平和じゃん!」タケルも頭を抱える。



「リュミナス! やはりわしの一番弟子!やっておしまい!」

 ゲドーが指を突きつける。


「いやいや、私もう勇者パーティーの仲間だから」リュミナスがさらっと返す。


「おまえ!仲間になっとったんかーい!!」ゲドーは玉座から転げ落ちる。



 リリがそっとタケルの袖を引く。

「ねえタケルくん……この人、悪い人っていうより……ドジな人なんじゃ……」


「うーん、そうだな……」タケルは頭をかく。


 エリーナは腕を組み、どーんと仁王立ち。

「よし、決めた!降参するなら命までは助けてやる。うちの王様――父上のところへ来てもらう!」


「ええええ!?」ゲドーは白目をむく。


「悪さをしませんって謝ればいいよ」リリが優しく微笑む。

「そうだな、懲役100年くらいが妥当かな……」エリーナがさらっと言う。


「なんだこの大魔王ぉぉぉ!」タケルが総ツッコミ。



 ガルちゃんが翼を広げ、巨大な魔竜へと姿を変える。

「よっしゃ!じゃあみんな背中に乗れ!王宮に帰還だ!」


「ま、まさか……わしも!?」ゲドーが震える。


「当たり前だろ、逃げたらだめだぞー!」エリーナが笑顔で引っ張る。


 こうして、勇者タケル、僧侶リリ、武闘家エリーナ、魔女リュミナス、そして魔竜ガルドラス。

 さらには「捕虜(?)」の大魔王ゲドーまで背に乗せ、空を舞い――


「え、え、え……わし、なんで勇者に運ばれてるのぉぉ!?」

 ゲドーの情けない叫び声が、空にこだました。



 勇者一行を乗せた魔竜ガルドラスが大空を舞い、ついにエリーナの故郷、王宮の城へと戻ってきた。


「おおお!見ろ!あの空を飛ぶ巨大な影は!」

「魔竜だぁぁ!!」

「エリーナ姫をさらった魔竜が戻ってきたぞぉぉ!!」


 兵士たちは大慌てで鐘を鳴らし、城中が大騒ぎになる。


「やっばーーー!」エリーナが叫ぶ。

「ガルちゃん、早く小さくなって!ぬいぐるみ、ぬいぐるみぃぃ!」


「まかせろ!」

 ガルちゃんはくるりと空中で回転し、ふわんっと縮んで猫サイズになった。


「にゃんこぬいぐるみバージョン!」

 ちょこんとタケルの肩に乗り、キュルンとした目でぱちぱち瞬きをする。


「かわいい~~!」兵士たちが一斉に見とれる。

「魔竜はいったいどこへ!?」

「このかわいいぬいぐるみしか見当たりませんぞ!」


「……う、うまくごまかせたな」タケルが小声でほっと息をつく。

「オレは恐怖の魔竜ガルドラス……なのか?」ガルちゃんが小声で突っ込み。



 勇者一行は謁見の間に通された。

 王は玉座にどっかり座り、両腕を広げて迎えた。


「おお、エリーナ!よくぞ無事で戻った!」


「父上ぇぇ~~!」エリーナが飛びつく。


 そして王の目は、タケルとリリに向けられる。


「勇者タケルよ、よくぞ我が娘を助けてくれた!そなたはまさしく国の恩人!」


「え、ええっと……」タケルは背後を振り返り、ちらりとゲドーを見る。

 が、ゲドーは後ろで小さくなり、もじもじしている。


「……それで、その……」



 そこへ、すっとリリが一歩前に出る。

「王様、この人……実は……」


 背後から引っ張り出されるゲドー。

「ひぃぃっ!?」


「こ、こいつが……大魔王ゲドーです」タケルがしぶしぶ紹介する。


「な、なんと!?大魔王だと!?兵よ、捕らえよ!」


 兵士たちが槍を構える。

「ひいいいっ!!」ゲドーは床に倒れ込み――


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!もう悪さしません!!」

 土下座して床に頭を打ちつけた。


「お、おい大魔王!威厳はどこいった!」タケルが突っ込む。

「これが……大魔王?」リリは呆れ顔。

「なんかもう……かわいいな」エリーナが首をかしげる。


 リュミナスはにやにや笑っていた。

「ゲドー様、ここまで来るとただの哀れなオジサンね」



 王はしばし沈黙し、やがて重々しく言った。


「……まあよい。降参するなら命までは奪わぬ。だが罪は罪!牢に入ってもらうぞ」


「ろ、牢!?」ゲドーが顔をあげる。


「期間は……そうだな……懲役一年!」


「軽っっ!!!」タケルが叫ぶ。

「ええ、そんなのでいいの……?」リリがぽかんとする。


 エリーナは肩をすくめる。

「父上、甘いなぁ。まあいっか」



 その横で、ぬいぐるみサイズのガルちゃんが兵士の子供に抱きしめられていた。

「かわいいー!この子どこから来たの?」


「お、おい離せ!俺は魔竜だぞ!お前らの国を焦土に……!」

「きゃー喋ったー!すごいぬいぐるみ!」

「魔法のぬいぐるみだ!」


「ちがーーーう!!」


 ガルちゃんの必死の叫びは、子供たちの歓声にかき消された。


 こうして、勇者一行は大魔王を捕虜(?)にし、王宮に帰還。

 だが王都に平穏が訪れるかと思いきや、まだまだドタバタは続きそうであった――。




 大魔王ゲドーが捕らえられ、世界は平和を取り戻した。

 王都では祝賀の祭りが開かれ、人々は歌い踊り、街中が笑顔であふれている。


 タケルはその光景を遠くから眺めながら、深いため息をついた。

「これで……終わり、なんだな」


 リリがそっと隣に寄る。

「うん。タケルくん、わたしたちは……もといた世界に帰らなきゃ」


 その言葉に、エリーナが慌てて前に出る。

「ちょ、ちょっと待って!タケル、それって……もう私たちとはお別れってこと!?」


「……そういうことになるな」


 エリーナの瞳が潤む。

「やだぁ!タケルとリリと、ずっと一緒がいいのにぃ!」


 ガルちゃんも腕を組んでプンプンしながら言う。

「おいおい!俺さまの出番はどうなるんだよ!ペット枠で終わるのはゴメンだぜ!」


「わたしとの甘い新婚生活はどうなるのよおお!」

 エリーナが叫ぶ。


「誰が甘い新婚だぁぁぁ!!!」タケルの最後の突っ込みが王都に響き渡る。


 その横で、リュミナスがワイングラスをくるくる回しながら苦笑した。

「ふふ……まさかこんな気持ちになるなんてね。寂しいわよ、私も」


 ゲドーはと言えば、牢の格子から顔を出し、涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。

「ど、どうする!?どうする!?勇者たちが帰っちゃうぞ!?わ、わし一人取り残されるぅぅぅ!」



 その夜、リリは夢を見た。

 月明かりに照らされた静かな森の中、一枚の光り輝く扉が現れる。


「これが……夢の扉」リリはつぶやく。

「タケルくんと私が、現実に戻るための……」


 扉の前に立つリリの背中に、タケルが手を添えた。

「行こう。ここでの冒険は終わりだ」


 エリーナたちの顔が脳裏をよぎる。笑って、泣いて、怒って、突っ込んで――全部が宝物のような思い出。

 リリは目を閉じ、小さく頷いた。


 扉がきい、と音を立てて開く。

 まばゆい光が溢れ出す。



 だがその瞬間。


 草むらから「ガサッ」と音がした。

「しーっ、静かに!今だぞ!」と小声。


 リリが振り返ると――

 草むらにしゃがみ込んでいたのは、エリーナ、ガルちゃん、リュミナス、そしてゲドー。


「えっっ!?!?!?」リリが絶句する間もなく――


「またそっちの世界に行けるのね!やったあ!」

「俺さまはどこまでもついてくぜぇぇ!」

「面白そうだから私も♡」

「ど、どうする!?どうする!?ええい、こうなったらわしも!!」


 ドドドドッ!!


 全員が一斉に扉へダイブ。


「ちょ、待て待て待てぇぇぇぇぇぇ!!!!」タケルの絶叫が夢の中に響き渡った。




 まぶしい光が消えると――そこは見慣れたタケルの自宅の部屋。

 布団、教科書、コンビニのお菓子袋が散らかった、ごく普通の男子高校生の部屋。


「……ただいま、現実世界……」タケルが呟いた、その横で。


「きゃーー!これがタケルの部屋!?想像以上に生活感ない!?」エリーナが興奮。

「お、おい!勝手にタンス開けんなーー!」タケルが飛び跳ねる。


「ふかふかのベッドだな!俺さまの特等席っと!」ガルちゃんが布団にダイブ。

「ちょ、こら!!」


「なんか……現代って、服が少ないのね……」リュミナスがクローゼットを物色し始める。


「み、みんな来ちゃった……」リリは青ざめて頭を抱えた。


 そして部屋の隅で、ゲドーが体育座り。

「ど、どうする!?どうする!?この世界の税金とか年金とか、わし分からんぞぉぉ!」


「お前、そこかよおおおお!!!」

 タケル全力の突っ込みで部屋の窓がガタガタ揺れる。


 こうして――

 勇者タケルとリリは、元の世界に戻るはずが、なぜかエリーナ、ガルちゃん、リュミナス、そして大魔王ゲドーまで連れてきてしまった。


 現実世界に召喚された異世界メンバーたちとのドタバタ新生活。

 それが新たな物語の幕開けになるのかもしれない――。


   〈作者あとがき〉


 これにて物語は完結です!

 最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


 ……もし読者の皆さまからのご要望があれば、

「勇者タケル現代無双編」として第二章に続く……かもしれません!

 いいね、お気に入り、フォロー等、よろしくお願い致します。

 読者様の反応があれば第二章を書く決意でございます!

 それではご朗読、本当に本当にありがとうございました。




ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!


最初は「ちょっとした冒険譚のつもり」だったのですが、気づけば魔竜ガルちゃんはチートだし、エリーナ姫は自由すぎるし、リリはかわいさ爆発だし、タケルはもうツッコミ疲れ……と、作者自身も物語に振り回されっぱなしでした。


でも、そのドタバタこそが、この作品の一番の魅力だと信じています。

この世界での冒険は一旦ここで区切りを迎えますが、もし読者の皆さまが「もっと続きを!」と思ってくださるなら、きっと第二章が始まるでしょう。


――さて、勇者と仲間たちの次なる騒動はどこへ向かうのか。

それは、またあなたがこの本を開いてくださる時のお楽しみです。


最後にもう一度、読んでくれたあなたに、心からの「ありがとう」を。

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