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鬼ごっこの先で

 






 次の日も、森を突き進んで、歩いていた。


 それは木々が開けた道に出て、しばらく歩いていたときだった。



 なんの変哲もない地面が、まさか陥没するとは誰も思わない。

 足を踏み出した場所が抜け落ちた時、ユリウスは死を覚悟した。

 しかし、後ろにいたリーベが咄嗟に腕を掴んでくれて、九死に一生を得る思いをした。



 そこからまた入った森を抜けた先――反り立つ崖の下を通っていた時に、次の災難に見舞われた。

 雪解け水の影響か、はたまた動物が通っていったのかはわからない。崖の上から落石があったのだ。



 彼らは音の先を見上げる。

 けれど、対処する様子も、逃げる様子もない。


 ユリウスはパニックに陥って、落ちてくる落石から身を躱すために、その場を飛び出そうとした。

 しかし何故か、シュトルツはそんなユリウスの腕を強く掴み、引き戻した。



 ――こんなところでわけもわからないまま、知らない男たちを心中なんてしたくない!



 心の中で叫びながら、やってくる衝撃に備えて、目を閉じた。

 表現できないような轟音が耳を劈き、地面を大きく揺らした――というのに、なんの痛みもやってこない。


 恐る恐る目を開けると、信じられない光景が目の前に広がっていた。

 まるで岩が避けて落ちたように、彼らとユリウスの周りだけ、小さな石礫一つ落ちていなかったのだ。



「リーベが結界張ってくれてるからさ。離れたら、逆に危ないって」



 腕を放したシュトルツは、道を塞いだ大岩に軽々と飛び乗っていく。



「それなら最初にそうと言っておいてくださいよ……」



 シュトルツが差し出した手を掴んで岩をよじ登りながら、弱弱しく反論することしかできなかった。



 一日に二度も、こんな思いをすることになるなんて――



 ユリウスは極度の精神的疲労を感じて、それ以上何か言うことをやめた。









 歩き始めて四日目。


 森を抜けた先で、街道に繋がった。


 彼らは、しばらくその道を選んで歩いた。

 整備された街道が、あまりにも歩きやすいことを身に染みて感じたユリウスは、小さな感動を覚えていた。

 けれど、それも長くは続かなかった。


 街道が少し逸れるのを見るや、彼らは再び、森の中を目指したのだ。



 ほんの少し遠回りすれば、街道を歩けるというのに……



 そこまでして、彼らは何を急いでいるのだろうか。

 彼らには何か目的があって、どこかに向かうために、急いでいるのは確かだ。

 そこに、行方をくらましている皇太子であるユリウスが、同行しなければならない理由。



 ふと新たな、憶測がユリウスの頭に浮かんだ。

 彼らがもし、密かに暗躍し、反旗を翻す機会を窺っていると噂される、反皇帝派勢力だとしたら?


 ユリウスは、良い交渉材料としての人質になるかもしれない。

 湾港都市からは、王国に渡れる船が出る。

 人質として国外に拉致するなら、これほどの機会は、早々ないだろう。



 ――君の恐れていることは、絶対に起こらない――



 シュトルツの言葉が、頭に過る。

 彼は、ユリウスが恐れていることが何か、はっきり言わなかった。


 たしかにユリウスが一番に恐れている――皇帝に連れ戻される、ということからは遠のく。

 彼らを信じることなんて到底、不可能だ。


 何一つ、名言しない彼らは不確定要素が多すぎる。

 言葉の綾なんて言いながら、平気で裏切る可能性だってあるのだ。


 やっぱりどこかで隙を見て、逃げた方がいい。


 ユリウスは拳を強く握って、そう決心した。










 その機会は、早い段階で訪れた。

 森に入ってしばらくすると、辺りから嫌な気配と共に、魔物が数匹襲い掛かってきたのだ。


 数日前に初めてみた魔物。それが数えるだけで、四匹いる。

 ユリウスは、パニックになりそうな自分をどうにか抑えながら、ふと思い至った。



 逃げるなら今しかない――



 幸いにも魔物は、進行方向から、やってきている。

 来た道を走って引き返せば、街道に出ることが出来る。


 シュトルツとエーレが魔物と対峙していて、リーベは無表情で、それを見守っている。

 近くにリーベはいるが、走り出して逃げ切れない距離ではない。


 そう思ったのと同時に、地面を蹴っていた。

 四匹の魔物と対峙して、浄化するにはそれなりの時間がかかるはずだ。


 このまま街道に出て、それに沿って北上した後に、どこか身を隠せばいいだけだ。

 全速力で走っていると、しばらくして街道が見えてきた。



 このまま街道に沿って――




「やめておいた方がいい」



 街道に出た瞬間、そんな言葉と共に、太陽の陽に輝いて揺れる銀髪が見えた。



「この森は近頃、魔物が頻出している。一人では危険だ」



 抑揚のない無感動な声――何を考え思っているのか、全く読み取れない表情。


 一体、いつの間に追い越されて、先回りされていたのだろう。

 まるで突然、そこに現れたように見えた。



「俺ら相手に鬼ごっこは、勝算ないって」



 後ろからも、もう聞きなれてしまった声がした。



「魔物が出てきた隙に、一人で逃げちゃうとか酷くない?」



 振り返ると、短剣を腰に仕舞っているシュトルツ。

 この短時間で、どうやって四匹もの魔物を浄化したんだ……



「ほら、エーレさん待たせるとキレるから」



 彼の手招きに従い、再び森の中に戻る以外、道はなかった。

 前方にシュトルツ、後方にリーベ。そうして先ほどのところまで戻ると、不機嫌を全面に出しているエーレが待っていた。



「なんかびっくりして、咄嗟に逃げちゃったらしいんだよねぇ」



 合流して、すぐそう言ったシュトルツの発言に、ユリウスは耳を疑った。

 彼が、一体何を考えているのか、全くわからない。


 どうしても僕を連れていきたいなら、逃げようとしたと正直に言えばいいのに――

 まるで、庇うような発言だ。


 いや、俺たちから逃げられるはずはないという、余裕を持った発言なのかもしれない。

 たしかに、彼らから逃げられる気がしなかった。



 このまま彼らについて行くしかない。

 それがどう転ぶかなんて、全くわからない。

 最悪の事態を想定しても、それを避ける術がない。


 ユリウスは諦念を感じて、一旦考えることを放棄した。









 緩やかな傾斜を登っていると、まだ冷たい空気が肌を掠めた。


 地面は雪解けの湿気を含み、踏みしめるたびにじんわりと沈む。

 名残の雪が残って、ぬかるんでいる場所を出来るだけ避けて、ユリウスは歩を進めていた。



「ここを登って降りたら森は終わりだから。明日中には抜けられるかなぁ」



 おそらくユリウスに言ったのだろう――シュトルツの言葉に、返事をする体力はなかった。



 一歩一歩、歩く度に沈む足を、前に運ぶだけで精一杯だ。

 彼らが会話の一つでもしてくれれば、少しは気が紛れるかもしれないのに、それもない。


 この苦行が一生続くのではないかと思い始めてきたとき、右斜め前に木々が少しだけ開けたところがあった。




 その先からは、綺麗な丘が見えた。

 森を抜けた先は、あの丘陵地帯に繋がっているらしい。


 歩を進めるにつれ、そういった木々の狭間から、ちらほらと丘が眺められるようになった。

 更に登った先では、白い防壁が遠くに見えた。



「おー、見えてきたねぇ。レネウス」



 同じものを見ていたらしいシュトルツが、隣で呟く。

 やはり彼らの行先は、湾港都市レネウスのようだ。



 帝国領土の最南端にあるレネウスは、漁業や貿易が盛んで、王国へ渡る船が毎日のように出航している。


 たしか、海からやってくる魔物に備えて、海軍の拠点も近くにあったはずだ。

 それらは皇室専属教師から習った知識で、ユリウスは実物を見たことがない。

 遠くから白い防壁を見ても、あそこに向かっているという実感は薄かった。



 本当に大丈夫なのか?

 もう何か大丈夫で、大丈夫じゃないかなんて、わからない。



 気が付けば、大きなため息を吐き出していた。








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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
最初のエピローグから察するに、エーレ達とは最終的には仲良くなれるかと思うんですが、『説明されない』とこうも疑心暗鬼を招いてしまうとは…。しかし、ところどころに感じられる気遣いと優しさ、それを素直に受け…
「信じる」って、こんなにも難しい。 でも、あの時、岩が避けた理由に、ほんの少し心が揺れた。 疲弊したユリウスの目に映った丘の先に、光がありますように――。
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