綻びに、火種は広がりゆく
彼らは休息を必要としない。
だが、ルシウスは別の話である。
待機という指示が出てから、ルシウスは時間をどう過ごすべきか悩みあぐねていた。
グライフェン邸を後にして、翌日はさすがに休息を挟んだ。
更に翌日は午後から自主練をした。
そして、今日は……
結局のところ訓練しかやることを思い当たらなかったルシウスが、早速地下へ行こうと立ち上がった時に、機を狙う如く尋ねてきたのは、エーレだった。
「飯食え」
「はい?」
相変わらずノックもなしに、扉が開かれてからの第一声がそれだった。
意味もわからず一階へ連れて行かれると、すでにテーブルには沢山の料理が並んであり、何故かシュトルツやリーベとは別の席で食事をしていた。
時刻は正午前。朝ごはんを食べたのが遅かったから、まだお腹は空いていない。
エーレの指が席を示す。ルシウスは椅子とテーブルを交互に見て、嫌な予感を募らせた。
「お前、今から訓練やろうとしてただろ」
「エルフの里で鈍ったので、鍛えなおそうと思って……」
蛇のような鋭い眼光を向けてくる彼に、語尾が萎んでいく。いつも通り過ごそうとしただけなのに、罪を問い詰められている気分になった。
「栄養が足りてないのに鍛えようとすんな。筋肉を削るんだよ。お前がやりたいことと逆効果になる。
――いいか」
そこから彼は予告もなく、どこかの教官のように淡々と説明を始めた。
「お前は軽すぎる、一日三食しっかり食え、今までよりももっとだ。
芋かパン、魚、肉、豆、牛乳は多めに。ここらの野菜は疲労回復に効くから、訓練後にしっかり摂れ」
そう言って、エーレはフォークで前に並べられた野菜を示した。
「三度の食事以外に、午前に一度、昼食から夕食の間に一度。理想は二、三刻間隔で筋肉維持になるものを食え。豆のスープか木の実、チーズ、牛乳なんでもいい。
どうしても無理なら、職員に飲み物を作ってくれるよう手配しておく」
「あの、えっと……エーレ……?」
「ダラダラ剣振ってればいいって話じゃねぇんだよ。効率良く体を鍛えろ、わかったな?」
そこまで言うと、彼は目の前にある料理を押し出してきた。
凄むようにじっと見てきたその威圧に押されて、仕方なくフォークを手に取るしかなかった。
「毎回全部食えとは言わねぇから、ここに並んでる半分は食えるようにしろ」
半分……?
今まで口にしてきた一食からすると、二倍はあった。
どうして今になって、そんな指導をやろうと思ったのか。
そういえば……ルシウスは、シュトルツの言葉を思い出した。
彼は以前、三度目のルシウスに、最初からあらゆる指導をしていたという話だった。こういった食事の指導も含めてだ。
風の精霊の件に関してもそうだったが、彼も今、向き合おうとしてくれている。
それを感じ取ったルシウスは、手に取ったフォークで、とりあえず野菜から食べることに決める。スープや野菜から食べるのが習慣になっていた。
「先に肉か魚から食え」
野菜を刺した瞬間、端的な指示が飛んできた。
「……エーレは食べないんですか?」
もしかして、食べ終えるまでずっと、そこで見張っているつもりだろうか。
「さっき食ったからな」
「エーレも一緒に食べたら僕も食欲が湧くなぁ、とか……」
「あ? 俺は食い飽きてんだよ、いいからさっさと食え」
「はい……」
観念して言われた通り、まだ軽そうな魚へとフォークを伸ばした時、近くからシュトルツの笑い声が聞こえてきた。
それからというもの、食事の度にエーレが同席するようになった。
今回ばかりはシュトルツが羨ましかった。自分もあれだけ食べられたら何の苦労もないのに、と。
しかし、エーレの指導は食事だけに留まらず、食事から一刻後に訓練も付き合ってくれるのは嬉しいことだった。
訓練を引き上げると、職員が待ち構えていたように、豆から作った飲み物を渡してきてくれる。
何をどう相談したのかはわからないが、レギオン職員は訓練にやたらと積極的で、有難くはあったけど、運動後に牛乳に豆をすり潰した飲み物は重い。
「お子ちゃま、頑張ってるねぇ」
いつものように並べられた夕食を前にした時、随分と遅れてやってきたシュトルツが声をかけてきた。
「どこか行ってたんですか?」
カウンターにリーベの姿がある。
「ここ数日、俺ら久しぶりに依頼受けててさ」
「依頼、ですか?」
そういえば最近、レギオンの依頼は受けていなかった。たしか、月に一度は依頼をこなさなきゃいけないという規則があったはずだった。
「情報収集がてら、討伐依頼や浄化依頼をこなしていた。ここしばらく依頼を保留にしてもらっておいた分もある」
こちらへやってきたリーベが、ちらりとテーブルに並んだ料理を一瞥した。
「そろそろ、この依頼も飽きてきたよねぇ。なんかこう、ぱーっとした面白い依頼ないのかな?」
「そう思って、これを選んできたんだが」
「警護依頼? いいねぇ」
どうやら今日は同席するらしい――すでに我先に料理を口に詰め込みだしたシュトルツは、リーベから渡された依頼書を見ながらも、更に食べ物を押し込んでいた。
だめだ、シュトルツが食べているのを見るだけでお腹がいっぱいだ。
エーレを覗き見ると、さっさと食えと言わんばかりに顎をしゃくられた。
「新設クランが、警護なんて受けられるんですか?」
レギオンには貢献度というものは存在するが、それは内部情報でもあって、はっきりとしたランク分けがあるわけではない。
ただし、ある一定の依頼をこなさないと受けられない依頼もあったはずだった。
「まぁ、職員は俺らがカロンだったって知ってるし、そこは融通が利くよ。護衛や警護に関しては。依頼主が承諾してくれればの話だけど」
「困難な依頼をこなせるクランは少ないのが現状でもある」
リーベはそれだけ残して立ち上がると、もう一度カウンターの方へ向かっていった。
たしかに……レギオンはあらゆる都市に支部が存在しているが、所属人数でも追い付かないくらいの依頼が集まっている。
強者の集まりであっても、ランカーのような圧倒的強者は一握りだった。
ルシウスはちまちまと食事を進めながら、何かはわからない感覚を持て余していた。
警護依頼。近いうちに僕もそういった依頼を受けたい。
討伐ではなく、警護なら今の僕にだって……
「どんな警護依頼なんですか?」
「あー、要人警護とはではなくて、首都の建物とその近辺の警護みたいだねぇ。これは」
シュトルツが渡してきた依頼書には、首都郊外にあるらしいお店の名前と簡単な地図が記されてあった。
開店記念などではない。普通のレストランのようだった。
ルシウスは首を捻りかける。
たしかに今までもこういった依頼を、数件見かけたことはあるけれど……
「で、なんかわかったことあんのか?情報収集」
店名をもう一度確認しようとしたところで、今まで沈黙していたエーレが尋ねた。
「んー、情報ってことでもないけどさ。なんか、この前の夜会のことあったじゃん」
「あのいざこざか」
前で交わされ始めた話に耳を傾けながら、依頼内容を見る振りをしようとした視線を落とした時、手から紙がすり抜けていった。
声を上げるよりも早く、依頼書を奪っていったエーレが、こちらへと睨みをきかせていたのを見て、ルシウスは渋々フォークを手に取ることにした。
「なんだ? あのくだらないことで、まだ揉めてんのか?
高位貴族が適当に火消しすると思ってたんだがな」
くだらない。たしかに、夜会で起きた嫌がらせの内容自体は、貴族ではよくある話で、そこまで大事にする話でもないだろう。
ルシウスが小さく頷いた時、
「火消しどころか、広がっているそうだ」
戻ってきたリーベが話に滑り込んできた。彼はシュトルツに取り皿を渡して、自分も食事を開始した。
「どうなってんだ、王国の貴族は。魔鉱石関係でか?」 うんざりしたように脚を組んだエーレに、
「ご明察とおりー」 フォークを顔の前で振って、明るい声をあげたシュトルツ。
彼らの話を聞く限り、夜会の騒動に関わった令嬢たちのことで、あることやないことを騒ぎ立てている人たちが多いらしい。
特に火種を燃やし続けているのは、火の粉が飛んでこない安全地帯から騒ぎ立てれば、自分の家門が優位になる人たちだった。
実際に、令嬢たちへと繋がる誰かが関わっているのには間違いないようではあったが――
「問題は、アルノ―伯爵家に矢が向けられてることなんだよねぇ」
「アルノ―伯爵家……?」
遊ぶようにフォークを振り続けるシュトルツに、ルシウスは夜会の記憶を反芻してみる。色んな貴族がいたから、すぐに誰かはわからなかった。
「あれだよあれ」 フォークがこちらへ向けられた。
「お手元を改めていただけませんか? って言ってたあの気の強そうな子いたでしょ?
リーベに、ガツンと言ってた子」
声真似までした彼の話で、ようやく思い出すことが出来た。どこかミレイユにも似ていると思ったあの女性だ。
「その子の家って、首都にある大商会の魔鉱石の部分を抱えててさ。更にあの夜会で結構でしゃばってたじゃん? だからまぁ、ね?」
「なんかやたら詳しいですね……」
いつも以上に説明を買って出る彼に、内容よりもそっちの感想が自然と出てしまった。
「テオドールの婚約者だからねぇ」
「へぇ~テオドールさんの……って、え!?」
つまり――
魔鉱石で利益を得ている伯爵家が、今回の諸々の黒幕だと疑われている。
伯爵家の令嬢が夜会で、声を大きくしていたことを知っている貴族たちは、魔鉱石収益のある伯爵家こそ首謀者であると噂しているらしい。
「それがなんだってんだよ」
意図を組み切れないように、眉を寄せたエーレに、シュトルツは唸った。
「いやぁ、別にいいんだけどさ。イリスってそういう子じゃないし、なんとなくねぇ。嵌められたんだろうなぁって、気になって」
さらに詳しく聞いてみると、どうやらばら撒かれた火種から、あらぬ方へ捻じれに捻じれた噂が市政にまで流れているそうだ。
大商会の魔鉱石は貴族から今、敬遠されるようになり、更に他の品物の売り上げも落ちている。
納得いかなさそうなシュトルツにリーベが苦笑じみた声を投げた。
「やめておけ。この件に関しては、お前が関わると碌なことにならない」
婚約者だというなら、テオドールがどうにかするかもしれない。そもそも貴族でもない自分たちが、直接的に関われる話ではなかった。
しかし、ルシウスはリーベの言葉に妙な引っかかりを覚えて、首を捻る。
どうも、それだけではないような言い方だった。
「何かあるんですか? その伯爵令嬢のこと以外に」
「ああ」
リーベが珍しく悪戯げな表情を浮かべた途端、
「ちょ、待って! リーベ、口閉じて!」と、シュトルツが立ちあがって、彼の口を塞いだ。
「ああ、大商会。ヴァレッタ商会か」
合点がいったとばかりに、顎に手を当てたエーレの声が滑り込む。
「……アメリ・ヴァレッタ。そんなこともあったな」
彼は思い出したように、小さく笑っていた。
「シュトルツの恋人だった人だ。まぁ、二度目のことだが」
シュトルツの手から抜け出したリーベが追撃をし、一瞬の沈黙が挟まった。
「え?」 「ちょっ……!」
「シュトルツに恋人なんていたんですか!?」 「隠してんだから言わないでよ!」
ルシウスとシュトルツの大声が重なった。
その余韻が途切れるよりも早く、鈍い音がテーブルに落とされ、
「もう少し静かにお願いできますか?」
追加の料理を運んできて切れた職員の笑っていない瞳に、二人は「はい」と頷いて、黙々と食事を再開することになった。




