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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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五年ぶりの対面

 



『ラクナの皆さま、ご壮健でございますか。

 この度の依頼完遂、誠にありがとうございました。つきましては、その報酬としての詳細をこちらへ記させていただきます』



 そんな始まり文句から入った手紙には、本日のヘリオス第二刻(十四時)に首都グライフェン伯爵邸に向かえ、という指示があった。


 テオドールとの面談を現実のものとしてくれるのなら、手段は問わない。

 エーレはエリオットに、そう言っていた。



 手紙には続きがあった。


 エリオットの兄レオンハルトが、今回の謝礼をしたいと申し出てくれたおかげで、難なくことを運べたそうだ。


 爵授されたとしても、エリオットでは伯爵家当主とは格が釣り合わない。

 次期当主であるレオンハルトからの交渉に加え、そこに彼がとある軍事技術譲渡をするという対価を示してくれたらしい。


 行き過ぎた報酬のようにも見えたが、それを承認したのがエリオット本人であること。

 そして護衛のみならず、夜会では彼の牽制としての働きもしてくれたため、当然のことである、と追記されていた。



「うっわ、あの人抜かりないねぇ。聖女登場は、たまたまのように見せかけたのに」


「本質が風と言ってたからな。傍受は出来ずとも、何かしら感じ取っていたのかもしれない」



 嫌そうに顔を歪めたシュトルツに、手紙を見ていたリーベが苦笑していた。



 最後にはこうも追記されていた。



『グライフェン当主は最後まで乗り気じゃなかったらしく、取れた時間は半刻だけだった。申し訳ないね。出来るだけ早くに到着しておくことをお勧めするよ。

 気候らのことは友人であるとだけに留めて、何者であるかは教えていない。

 ああ、何も心配せず、正門から堂々と入ってくれたらいいよ。

 何せ、グライフェンに勝るとも劣らない軍事力を誇る、我がヴァルハイド家からの推薦だ』



 それを見たルシウスは、エリオットとの最後の会話を思い出した。


 ああ、兄弟に間にあった溝は随分と埋められたらしい。

 それだけでこの依頼を受けたことを誇らしく思えた。



「あの人も自分の家門に誇りがあったなんて、正直意外だねぇ」



 そういうシュトルツの声は嬉しそうだった。



「当然だろう。往々にして、貴族とはそういうものだ。それに……」



 リーベがふと何かを思い出したように、ルシウスの持つ手紙を一瞥する。



「彼が家門に背を向けるため、研究者になったわけでないことなんて、わかりきっていたことだ」



 今後、ヴァルハイド家はどうなっていくんだろうか。

 風当たりが強いのには変わらない。けれど、彼らなら乗り越えていけるかもしれない。


 ルシウスは、そっと手紙を仕舞って、安堵の吐息を吐き出した。



「ちゃんと仕事さえしてくれれば、なんだっていい」



 エーレが時計を見る。指定時間まであと一刻と少し。



「早めに出るぞ。ルシウス、中和の準備しとけ。

 シュトルツ、半刻あれば十分だな?」


「当然」



 さっと上着を羽織ったシュトルツが、ニヤリと笑う。

 その隣で、ルシウスは固唾を飲むように頷いた。







 ◇◇◇







 伯爵家の正門にそろそろ着くと言う頃になって、エーレが後方へと視線をくれた。



「一応言っておくが、行儀よくしとけよ」



 客人として招かれている。おそらく隠蔽は良い風に作用してくれる。

 ただ……テオドールには隠蔽が効かないに違いない。


 エーレの言葉を受けたシュトルツの雰囲気が、さっと変わった。

 いつ見ても手品のようなそれに、思わず姿勢を正す。


 正門に着くと、エーレはすぐに門番へ取り次ぎを頼み、さほど経たずして若い侍従がやってきた。



「当主様のお客人でいらっしゃいますね。こちらへどうぞ、ご案内いたします」



 通された屋敷の敷地は広かった。

 前を行くシュトルツが、ふと屋敷を仰ぐ。彼にとっては、親しみ深い場所だろう。



『シュトルツ、大丈夫ですか?』



 何かあった時ように、つけてきた風の魔鉱石で尋ねた。

 しかし彼は、何のこと? と言わんばかりに、後ろを一瞥する。



『大丈夫だよ。それよりもテオドールがどう出るかだよねぇ。最悪抑えるけど、いい?』


『お前に任せる。制約がかからん程度なら、好きにやればいい』


『ヴァルハイド卿が、色々と伏せてくれてて助かったよねぇ』


『状況が破綻したら、隠蔽で誤魔化すだけだ』



 軽く交わされるエーレとシュトルツの会話に、ルシウスは屋敷を仰ぐ。


 うまくいけばいいけど……



 先頭をいく侍従によって扉が開かれた時、ふと後ろにいたリーベが、ぼそりとこぼした。



「ああいったシュトルツ(あいつ)を久しぶりに見たな」


「ああいった……?」



 そっと歩を緩めた彼に、ルシウスは足と止めて隣に並んだ。

 彼は、少し遠ざかったシュトルツの背を見ていた。



「怒りを沈めようと努めているあいつのことだ」



 その声を受けて、階段へ差し掛かったシュトルツを見る。

 ルシウスには普段と全く変わりないように見えた。







 ◇◇◇







 侍従が叩いたのは、応接室ではなく、執務質の扉だった。



「お客人がお見えになりました」



 数秒後、奥から「入れ」との声が聞こえてきた。


 静かに開かれた扉の先、最初に目に入ってきたのは、大きな鷲の紋翔を象る布だった。

 部屋へと一歩踏み入れた時、全身を嫌な気配が包む。


 その原因は追うまでもない、正面の男性から色濃く発せられているのを知ったルシウスは、部屋をそっと見渡した。



 皇帝の生命力。あの人だけじゃない。部屋全体から感じる。

 正面には執務机でペンを走らせている若い男性と、側に控えている壮年の男性の他に、部屋には誰もいない。



「私はこれで失礼致します」



 すぐに侍従が背後でそう告げ、開けた時と同じように、扉は静かが閉められる。

 部屋の中には、紙を捲る音と、ペンが走る音だけが残った。


 執務机の側に控えている男性が先にこちらを一瞥した。しかし何を言うでもなく、当主へと視線を戻すと、彼は沈黙を選んだ。



 明らかに歓迎されていない雰囲気の中、目だけで辺りを探っていたルシウスは、前にあるシュトルツの背と、執務机に向かう男性をそっと見比べた。


 ほとんど黒に見える深い紺の礼服を隙なく着こなしている。装飾は極端に少なく、その分だけ彼の若さを隠しているせいか、聞かされた年齢よりも随分落ち着いて見えた。



 羽ペンがインクへ落とされる間の静寂に、シュトルツが半歩前に出たのと、再びペンを走らせ出した男性が口を開いたのが同時だった。



「ヴァルハイド卿の正式な依頼であったから、招き入れはしたが……生憎私は面識のない者に過分に割く時間がない。どのような用件で面会を求めたのかは知らないが、出来る限り手短に――」



 慇懃な口調の先で、男性がようやく顔をあげる。



「ご無沙汰しております、閣下。ヴァルハイド卿からは、半刻と伺っております」



 隙を与えないシュトルツが、更に慇懃な言葉と共に、僅かに腰を折る。



 交わされた視線の先で、男性はペンを置くと、一瞬だけ大きく開いた茶色の瞳が、逡巡するように細められていった。


 彼は赤茶色の髪へと一度手を伸ばしかけるが、すぐにそれをやめて、手元の書類を整えてから言った。



「私個人の客だ。一旦下がってくれ」



 側近の男性は何か口を開きかけたものの、すぐに一礼して踵を返す。


 扉へと向かっていく彼の目線が猜疑の目でこちらを捉えた。しかしルシウスは、あえてそれに応えることはしなかった。



 扉が閉められた後も、部屋の中の静寂は破られない。

 人の気配が完全に遠のくのを待つ沈黙の中、正面の男性はこちらをひとりひとり確認するように見ていた。


 顔の造りは、シュトルツとよく似ている。

 けれど、十歩は満たない距離の中には、明確な線で断絶された何かしらの違いが見て取れた。


 ルシウスにはそれが何かはわからない上、この場はシュトルツに任せることになっている。


 皇帝の支配魔法の影響を確認、中和することがここで自分のやるべきことだ。


 緊張を小さな息で逃がした彼は、ただ状況を見守るに徹することにした。



 更に数秒の静寂を縫うように、シュトルツが歩を前に進める。一歩、二歩、三歩……


 彼を静かに見据えていた男性の視線が、四歩目で足へと落とされ、シュトルツはそこで進むのをやめた。



「五年振りだね、テオドール」



 彼の口から紡がれたのは、弟を心底懐かしむような、そんなものだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

五章開幕です! これからも地道に頑張っていきますので、引き続き応援のほどよろしくお願いします!

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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
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