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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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外伝「空を舞う記憶の欠片」(三度目回帰/ルシウス)

※四章「ここにいる」にて、ルシウスが話した記憶の一部です。

 


「エーレ!」



 火を見て硬直したエーレの前に、ルシウスは咄嗟に滑り込み、水を纏わせた手半剣で火を斬り払った。

 その間に、シュトルツが敵の後衛を切り伏せる。


 ――状況は、それで終了した。



 彼の無事を確認するために振り返ると、そこには呆然として動かないままのエーレ。

 視点は合っておらず、火がやってきた方向を見て、目を見開いていた。



「エーレ?」



 困惑するルシウスの元へ、すぐにシュトルツとリーベが合流した。



「右肩を怪我している。どうした、珍しい」



 エーレの後ろからやってきたリーベが眉を寄せた。


 その手がエーレに伸びた時、彼は大げさなまでの拒否反応を示して、その手を払った。

 その瞳は揺れている。


 恐怖と不安、困惑と混乱――

 現在の彼の状態を、ルシウスは瞬時に理解した。



「触るな」



 それを言葉にした瞬間、彼の息は荒くなって、額から汗が流れ落ちた。



「エーレさん、()に毒が塗ってあったから。治癒だけさせて」



 権能によって毒の耐性が高いと言っても、完全に無効化できるわけではない。

 手負いの獣のように、眉を寄せてシュトルツを睨んだエーレ。


 ルシウスは剣を鞘に納めて、両手を上げて見せた。



「エーレ、僕たちは貴方を傷つけません。落ち着いてください」


「うるせぇ、わかってんだよ」



 動揺を露わにしてしまったことへの情けなさからか、彼は舌打ちを一つすると、顎をしゃくった。

 それを見たシュトルツは、そっと歩み寄って手を伸ばす。


 エーレの顔が咄嗟に、背けられた。

 まるで何かに耐えるように、眉が寄せられる。


 シュトルツは触れることはせず、光魔法で彼の毒の浄化と傷の治癒を施した。




 たまにこうして、エーレのトラウマの引き金を引くようなことがある。

 

 彼の過去、帝国に囚われていた空白の三年間に何があったのかは想像の域を超えない。


 偶然だったけど、その身体中の傷跡を晒してもなお彼が語らなかったからだ。



 今回のようなことがあっても、そうなるときとならない時がある。何が引き金になってるのかも、やっぱりある程度の想像しかできないままで。


 その度に、彼は動揺を露わにしたが、しばらくしたら冷静になっていた。



「すぐ近くに湖があったはずです。そこで少し休憩しませんか?」




 彼のために、僕に出来ることはなんだろう?

 過去の傷に苛まれて、悪夢を見続ける苦しさは理解できるつもりでいた。


 けれど、ルシウスとエーレとでは、見てきた地獄が違いすぎる。



 エーレは何も言わなかった。

 ただルシウスたちに促されるまま、湖の前まで来ると、木に凭れて、目を閉じていた。


 それを遠巻きに眺めていたシュトルツが、苦しげなため息を吐きだす。



「俺は何もしてあげられない。

 ずっと傍にいてきたけど、何もできないって嫌になるほどわかってるからさ」



 悲しそうに目を伏せたシュトルツに、かける言葉は見つからなかった。



 いくら過去のものにしたつもりでも、肉体はたった四年前のことと記憶している。

 脳と体が反射的に、恐怖を引き起こす。

 それに精神も否応なしに呼応する。



 永い時を生きてきたのに、ついこの前のことのように思い出される。



 エーレはそう、いつか言っていた。


 その度に、シオンであったときの無力感と恐怖に苛まれるのだろう。

 ルシウスには到底理解できない感覚。


 直視することなんて、出来るわけのない過去。

 してしまった瞬間、今度こそ壊れてしまうのではないかという恐怖。



 なら、僕に出来ることは……



「ルシウス?」



 エーレに向かって歩を踏み出したルシウスに、リーベが声をかけた。



「少しだけ時間をください」



 彼は鞘ごと剣をシュトルツに預けて、そっとエーレに近づいた。

 三メートルほど離れたところで、歩を止めると、彼は不機嫌そうな目を向けてきた。



「気にするな。すぐに戻る」



 それだけ言って、再び目を閉じた彼へと、そっともう一歩踏み出し、距離を開けてから地面に座った。


 恐怖を克服するのは、とてつもない時間と気力のいる行為で。

 それは、自分で乗り越える他ないことがほとんどだ。



「エーレは花や動物が好きですか?」


「は?」



 彼は片目だけ開けて、怪訝そうに見つめてきた。



「見たくないなら見なくていいです。

 僕がそういう気分だから諷うだけなんで」



 大きく呼吸を吸い込んだ。



「Elne Kyra Elne Lume Nai Solm Ves」


 ――光の精霊、火の精霊。僕の言葉に耳を傾けて――


「Koro lume solm Kyra kaya forma folr」


 ――光は祈り、火は灯、それらは重なり、花を育てる――



 慎重に、ゆっくり、彼らに届くように。

 すぐ耳元で、心地よい音が響く。


 心を温める火の揺らめきと、光が跳ねる音。

 彼らは笑っているようだった。



 ――珍しく呼びかけてきたと思ったら、可愛らしいお願いね――



 見えなくてもわかる。火の精霊だった。

 僕のやりたいことなんて、お見通しのはずだ。



「solm ves melas?」


 -――僕のお願い聞いてくれる?――


 ――勿論、私たちの可愛い可愛い貴方のお願いなんだから――



 宙を見ていた視線をエーレに向けると、彼は呆れたような、困ったような表情で、周りにいるだろう精霊に目をむけていた。


 そして彼の口から小さく呟かれた。



 ――お前たち、随分と楽しそうだな――


 ――この子は、貴方のために私たちに祈りを捧げてるのでしょう? それなら応えるのが、私たちなの――



 光の精霊はそう答えて、光の粒になって空へと舞い上がった。

 それを追うように、見えない何かが舞い上がり、光と融合する。



 それを見ながらもう一度、旋律を刻んだ。


 ルシウスが諷うたび、彼らは楽しそうに浮遊しながら笑う。

 それらは空を舞って、大きく弾けた。



 辺り一帯に、赤く光る花が舞い落ちてくる。

 まるで空にある大きな木から花が落ちてきたように、いくつもいくつも――


 花と花弁が緩やかに螺旋を描いて、落ちては舞い、舞っては落ちる。

 花吹雪の中に、キラキラと光る赤色。


 青い空に映えるそれは、まるで花火のようにも見えた。


 地に落ちかけた花が、形を変えて、鳥になり、羽ばたいていく。



 エーレがジッとその様子を見て、僅かに口元を緩める。


「綺麗ですね」


「そうかもな」




 僕は、彼のために何ができるのだろう?


 彼の過去に遡り、助け出すことは出来ない。



 ならば――その恐怖を塗り替えるほどの美しさを、傷を覆い隠すくらいの温かさを。

 記憶の上に、新しい記憶を。


 過去のことなんて、思い出す余白がないくらいに、希望に溢れた多くの思い出を――



「エーレ」


「言わなくていい、十分に伝わってる」



 空を見上げたまま、エーレは答えた。

 精霊たちがルシウスの感情を受け取り、彼に伝えたのだろう。



「そうですか」



 彼らに隠し事なんて出来ない。


 恥ずかしいような、くすぐったいような、それでいて、言葉にしなくとも全てが伝わる心地よさ。

 その時、一陣の風が舞い上がり、地に落ちた花たちを再び空に舞いあげた。


 この気配は……




 ――どうして私を呼んでくれないの? 私も君とお話ししたいのに――



 風の精霊だ。

 彼女は僕が呼びかけなくても、あちらから話しかけてくる、精霊の中では変わり者の一精だ。



 ――呼ばれてもねぇのに、出てくんなよ。身勝手がすぎるぞ――



 隣でエーレが彼女に文句を言う。


 彼らは人に自ら干渉しないし、法則に則り、それは規制されてる。

 だからこそ、彼女を制御することに最初は苦労した。



 ――いいんです。彼女はちゃんと、僕との約束を守ってくれてますから――



 話しかけてはくるけど、望まない限りは力を貸さない。

 人間と彼女自身を守るために、分を超える手出しはしない。


 その代わり、いつでも気が向いたら話し相手になる。

 そんな約束。


 風を舞い上げるくらい、なんともない。



 ――私も一緒に踊っていい? ねぇ、私に祈りを捧げて!――



「Elne faen slom melien」



 ――風の精霊(あなた)も踊ってくれる?――



 途端、空気が震えた。

 風が色を変え、光と火を包み込んで、空一面を彩る。



「ったく、お前はあいつを甘やかしすぎだ」


「大丈夫ですよ、僕は彼女のことを心から信頼してますから」




 花が舞い落ち、鳥やリスに化して、楽しく駆け回る。

 お伽話の一説のような、そんな穏やかで幻想的な瞬間が続いた。




 ふと、少し後ろのエーレを一瞥してみた。

 その瞳は細められていて、その中に何かを探そうとしているようにも見えた。


 ルシウスもその視線を追って、舞い踊る精霊たちを見上げる。



 願いを祈りに。

 重ねた祈りがいつか。

 いつか彼の心を温める思い出となりますように。



 たとえ僕や世界の人々が全てを忘れたとしても。

 精霊(彼ら)が記憶し続ける。


 優しく冷酷な世界を、この瞬間を――



 ルシウスは空へと手を伸ばした。



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