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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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【幕間】俺の神は全能なんかじゃない

 




「エーレ、どこまでいくつもり?」



 部屋を出た時にはもう、屋敷にエーレの気配はなく、その生命力を追って、彼に追いついたものの、彼はうんともすんとも言わない。


 そうして、たどり着いたのは、数日前に三人で過去話をした小川の前だった。



 彼は小川の前に座って、遠く――おそらく、ルシウスが風の精霊と対話を試みた草原の方向を見ていた。


 声をかけても反応はない。どうしたものかとシュトルツは一瞬だけ悩み、すぐに隣に腰を下ろすことに決める。



 この三日間のエーレの心情は量り得ない。

 あの日、エーレが追って来られるように生命力の軌跡を残した。リーベの察しの良さを信用していた。全て、あのタイミングでエーレに聞かせるために用意したものだった。



 ルシウスに詳細を話せる、エーレにも覚悟を示せる。一石二鳥、なんて軽い気持ちではなかったが、こうするのが最善だという選択だった。


 多分、エーレもそれをわかっている。でも何も言ってはこなかった。



 この三日間、ルシウスが目を覚まさないことで不安だっただろう。


 それでも機嫌が悪くなるどころか、自らの生命力の安定鍛錬に集中している彼が……ユリウスと接触する以前まで、毎回そうしてきた彼の姿と重なった。



 不安や焦燥から気を紛らわせるために、ひたすら鍛錬に時間を費やす。

 それが悪いとは思っていない。それが彼をここまで強くしたのだし、それが精神の安定につながることも知っていた。



 でもたまに――



 長い沈黙を経て、シュトルツはようやく隣のエーレを見た。


 出会った当時からずっと思っている。彼は誰よりも強いけど、同時にどこまでも脆く儚い。

 そんな雰囲気がある。



 女性に向けて言うなら誉め言葉かもしれないけど、エーレは絶対に嫌がるだろう。だから今まで、一度も口に出したことのない正直な感想だった。


 一度、どこかで「美しい」という言葉を向けられたとき、見たことないほどの拒絶反応を示したことがあった。


 理由は――察しはつくけど、本人に聞いてはいない。



 だからそれ以降、余計な思考は閉じることにして、随分と長い間忘れていた、そんな感想だ。



 ――俺の神は全能ではないから。そのために俺がいるからね。



 そんな自分の言葉が、ふと浮かび上がる。



「ルシウスから伝言」



 心地よい風が通り過ぎる。それに攫われてしまうほど小さな「ん」をシュトルツは聞き取った。



「話したいこと、話さなきゃいけないことがある。らしいよ」



 重く吐き出した息で応えた彼は、ようやく怪訝そうな表情でこちらを一瞥してきた。



「どいつもこいつも、ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって。たまには放っておいてくれたっていいだろ」



 彼のその言葉がどのことを差しているのは、すぐにはわからなかったから、



「騒いだ覚えはないんだけどねぇ」と、いつものように軽く答えて見せる。


「十分に生きてきただろ。今更、記憶がなくなるだとか、自我が崩れるとかどうってことねぇだろうが」



 乱暴に吐き出すような言葉。

 それは、あの日の話をしっかりと聞いていたという答えのように聞こえた。



「目的さえ果たせたらそれでいい」



 目だけで隣を見ると、彼は空を見ていた。シュトルツもその視線を追って見上げてみるが――面倒くさくなって、体を地面に投げ出すことにした。


 綺麗とは思えない、奇妙で気持ち悪い空模様にうんざりしそうだった。



「そうだね、俺もそう思う」



 深い息で紡いだ言葉が、ヤケに頭の芯を震わせた。一瞬遅れて、そう思えるようになりたい。そんな言葉の裏返しであることを自覚した。



 あの時、ルシウスには言わなかった。

 エーレが一身に抱え、彼に発生する代償を避ける、もう一つの方法のことを。



 何故なら……


 シュトルツは両手を枕にして、首を持ち上げてみる。繊細できめ細かい黒の髪が、気持ちよさそうに揺れていた。


 また髪が伸びたなぁ、切らないと。そんな思考が唐突に過って、視線を空に戻した。


 ――エーレはその方法を絶対に取らない。だからそんな選択肢はないのと同じだった。



「たまにはエーレさんも俺を見習って、全部適当にしてみたらいいよ」


「――は?」



 言葉通り適当に言ってみると、彼はすごい形相でこちらの目を捉えてきた。それが何故か嬉しくて、思わず大きな笑いが出た。


 自分でも驚くほど楽しそうな笑い声が、宙に響く。彼は一瞬、口を引きつらせたものの、心底呆れたようにして、乱暴に背中を地面に預けた。



「リーベとお前を足して割ったら丁度いいように、俺とお前もそうなのかもしれねぇな」


「そんなこと今更でしょ~」



 この空を見て、俺は気味が悪いと思う。

 ルシウスは綺麗だと思っていそうだし、リーベはどうしてこういった空になるのかを考えていることだろう。



「エーレはこの空を見て、どう思う?」


「気持ちわりぃ」


「え!」 シュトルツは驚いて、咄嗟に上体を起こした。


「毎回思うが、てめぇのそういう質問が気持ちわりぃ」



 一瞬期待した自分にシュトルツはげんなりしながら、「酷くない!?」とくわっと目を見開いてみせた。


 エーレは「はっ」と鼻で笑って、再び空を見ると、数秒考えるような間を置いて続けた。



「対して何とも思わねぇよ。綺麗だとも思わないし、おかしいとも思わん。ただここはそうなんだな、くらいだ」


「それは残念」



 シュトルツは脱力するように、再び寝転がる。



「何を期待してたのか知らねぇが、残念だったな」


「別に~、俺と同じように気持ち悪いと思ってたら面白いなーって」


「それはてめぇの感性が歪んでんだろ」


「酷くない!?」


「別に――」 隣を見ると、エーレは変わらず空を見つめていた。


「空は空だろ。地上と違ってても、そこにあるだけだ。それに変わりはないし、どんな色してたって空が悪いわけじゃない」



 シュトルツはその言葉に耳を澄ませながらも、上手く飲み込めなかった。分かったことと言えば。



「エーレさんはいつも哲学的だよね。感心する」


「馬鹿にしてんだろ、お前」


「いやいや~、俺そこまで考えないもんー。褒めてるって」


「死ね」



 シュトルツは、またこみ上げてきた笑いを我慢せず声にした。


 こうして二人で、のんびり他愛のない会話をするのは久しぶりだった。



「ああ、つまり――」 笑いが落ち着いた頃、ようやくここにきた本来の目的を思い出す。


「空と同じだよ。今回のこと、エーレは悪くないよ」



 ルシウスに風の精霊との対話を勧めることも、彼にとっては一大決心だったに違いない。


 自己の判断に、誰よりも責任を持つ彼の心の内には、シュトルツには量り知れないほどの葛藤が渦巻いていることだろう。



「領分への線引きは、エーレの得意分野でしょ?」



 前回ルシウスの辿った末路を知った上で、今のルシウスなら、エーレの指示に対して拒否の意思表示もできたはずだ。


 彼はそうしなかった。それはルシウスの選択だ。



「……ああ、そうだな」



 納得いかなさそうな声が、隣で沈む。



 まったく……俺の神は、これっぽっちも全能なんかじゃない。


 シュトルツはその事実が嬉しくなった。



「失敗は成功の~なんとかっていうじゃん! 次はうまくいくって!」



 気に障るだろうけど、あえてそんな言い方を選んでみる。


 案の定睨まれた気配があったが、文句が飛んでくることはなく――


「そうするか」とだけ、ため息と共に返ってきた。



 シュトルツは変わらず空を見ていた。


 おかしいな。俺はこの空のどこを気味悪いと思っていたんだっけ? ま、いいか。

 そんな考えが頭に過った。



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