セシルside
(仕方ない……)
来賓たちも暇ではない。領地運営や取引先との商談だったり予定は詰まっている。それにパーティー会場の片付けもある。いつまでもレントを待つことはできない。
「本日はお集まりいただき誠にありがとうございました」
大勢の人が見守る中、私は挨拶を始めた。
「……」
私の声に話し合っていた者たち、椅子に腰掛ける者……全員が静まり私へと再び視線を集中させた。
「ふぅぅ」
注がれる視線。一人一人の呼吸音が聞こえるほど静まりかえった会場とどんな挨拶をするのかという私の器量を探るような空気感に緊張が絶頂に達し鼓動が高鳴った。
(落ち着いて。事前に決めたことを言えばいいだけだから)
緊張から頭が真っ白になりかけたけど自分で自分を鼓舞して
「あ」
と笑顔を浮かべて喋り出した、時だった。
「邪魔だ!!」
人垣の真ん中を無理やりこじ開けるように押しやって
「退け!」
近くのテーブルにある料理の乗ったお皿を手にして投げつけたりして
「邪魔だと言ってるんだ!」
私の立つ壇上へとクリスが背後にルイーズをともなって進んできた。
「……な」
なんで?と突然の事に理解が追いつかず私は固まってしまった。しかしクリスはそんな私に構わず
「セシル・ヴェイロン!」
吊り上がった目でキッ!と私を見つめて
「どけ!」
荒々しい口調で私の名前を呼び、ちから一杯地面を踏み鳴らしながら
「セシル!」
私の前へとやってきた。
「貴様ァァ!!」
怖い。なぜかわからないけど心が動揺して萎縮した。そして本能が私に告げた。
"逃げろ。心が壊れる"
と。
(……に、逃げなきゃ)
だけど足がすくんで動かない。でもクリスは待ってくれず。
「王太子であるこのおれに」
怒号を止めない。そして怒り顔のクリスを見て今更ながら私は理解した。
"君は美しい"
もう一度あえば前のようにクリスが優しく笑ってくれるのではないかって心のどこかで思ってた。だけど違った。そんなことはなかった。
「招待状を出さないとはどういうことだ!」
今、目の前にいるクリスが本当の彼で。今まで私に優しくしてくれたクリスは……。
(私は騙されてただけ)
パリンと何かが壊れる音がした。ここまで騙されていなかったんじゃないかと心のどこかで思うことでなんとか立っていられた。だけど……。
「舐めてるのか!この俺を!」
私は呆然と虚な瞳でクリスの顔を見たあと
「王太子であるこの俺を!ってなに目を閉じてるんだ!」
目を閉じた。
「両手で耳を閉じるな!」
耳を両手で塞ぎ
「おい!俺を前にして座り込むとはどういう事だ!」
自分の殻に閉じこもるようにその場に座り込んだ。
(これが現実。これが)
そして顔を膝に埋めて
(助けて……)
願った。
「誰、か」
心が震えた。目頭が熱くなって
「はあ!泣けば許されると思ってるのか!」
頬をつたって流れ落ちた。私は知っていたから。この世界はいつだって頼れるのは自分だけ。誰も助けてはくれないということを。だから助けを求めても心のどこかでは諦めていた。
(どうせ)
と。だけど、
「悪りぃ!うんこしてたら思いのほか長くなっちまってよ!」
違った。
「ん?」
神様に祈りが通じたのか。それともたまたまだったのか。
「泣いてんのか?」
嫌いなはずなのに。大嫌いだったはずなのに、その声が聞こえた瞬間、閉じた心に光が差し込んだ気がして
「っ!」
気がつくと立ち上がってレントの腕の中に飛び込んでた。
「うおお!な、なんだ!」
いきなり抱きついた私にレントは驚いていたけど
「助け、て」
そう私がささやくと
「……任せろ」
優しく私を抱きしめた。