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新たな婚約

「……」


 今にも降り出しそうな鉛色の厚い雲が王都の空を覆っていた。


「……はぁぁ」


 季節は三月半ば。春も本番を迎えるというのに太陽が遮られたことで気温は二月末のように雪でも降りそうなほど冷たく吐く息が白くなった。道を歩く人々も冬のコートを身にまとい歩いていた。


「そろそろ目的地です」


 私は馬車の中から街の様子を眺めていた。ぼーっと。御者の声がしたけど返事もせずに。


「いつまで引きずっているの。もう二週間も前のことなんだからそろそろ切り替えなさい」


 と窓枠にうなだれているとお母様から怒られてしまった。でも、そう言われても切り替えることなんて私にはできなかった。


"貴様との婚約を破棄する!"


 頭の中ではあの日、クリスから婚約破棄を告げられた時のことがずっと流れていた。そして思い出すたびに彼のことが大好きで愛しいという想いが溢れた。しかし溢れ出たその想いに行き場なんて今さらなくて理性が暴走しないようにとその想いを抑え込んだ。


「……」


"貴様には感謝している。貴様の家の後ろ盾がなければ俺は兄上に負けてたろう"


 利用されていただけだったことはもうすでに理解している。でも、それでも……。


(一度だけ。一度だけでいいから照れくさそうにして優しい声でささやくように私の名前を呼んで)


 しかしもはや口に出してはいけない想いだった。そんな叶うことのない願いを心の中で呟いた。両親に心配をかけないように。


「着きました」


 そうこうしているうちに馬車は目的地である王侯貴族御用達レストラン「ブッシュ」に到着した。


「お待ちしておりました。ヴェイロン辺境伯様。国王陛下がお待ちです」


「わかった」


 馬車を降りた私たちは出迎えにきたウェイトレスの案内で個室へと案内された。


「いい。今回の相手は絶対にお似合いだから心配しないでいつも通りのあなたでいなさい」


「そうだよ。いつも通りのセシルちゃんなら大丈夫だ。変な男だったら今度こそパパが私兵を率いて国家転覆するから安心してね」


 浮かない顔の私を見てお父様とお母様は安心させようと優しい言葉をかけてくれた。しかしお父様の最後の一言はお母様のことせんに触れたらしく


「安心してね、じゃない!滅多なことを言うものじゃありません!」


「いったぁ!え、ちょ、なんでバッグで殴るの?!」


 お父様は後頭部を革製の小さなハンドバッグで叩かれた。


「うるさい!黙りなさい!」


「……ぶー」


 お父様とお母様の夫婦漫才をよそに深呼吸をした。


(ドアの向こうに新しい婚約相手がいる)


 ドクンと鼓動が弾けた。クリスのことは忘れなければいけない。彼とはもう終わった。それに我が家は子供が私だけだ。家の存続のために婚約しないわけにはいかない。前を向いて進んでいかなくちゃいけない。


(……)

 

 そうしなくちゃいけないとわかってる。なのに私の心はクリスのことを忘れたくないと、あと少しの間だけでいいから彼との思い出に浸っていたいと叫ぶ。


「こちらのお部屋でお待ちです」


 ウェイトレスがドアに手をかけた。ドアが開けられ両親が部屋へと入っていった。私も両親に続いて一歩足を踏み出した。クリスとのことを過去にするために。


(いやだ……やっぱり忘れたくない。忘れられるわけない)


 だけど、やっぱりダメだった。心がクリスを忘れることを拒絶した。


「どうしたのセシル?早く入って席につきなさい」


 個室の入り口で動きを止めたままの私を見てお母様が部屋へ入るように手招きした。


(帰ろう)


 だけど、そんなお母様の言葉に従わず私は縁談相手の前へと行くと


「これは私のわがままで申し訳ないのですが……」


 縁談の中止を告げ謝ろうと頭を下げた時、席に座る黒髪の男を見て固まってしまった。そして男と目が合って視線を交差したまま見つめ合って互いに


「「……えええ!!」」


 と驚きの声をあげた

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