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婚約破棄そして絶望

 三月、春の暖かな空気と冬の冷たい空気がぶつかって発生した風が桜の花びらを六年棟の窓辺にいざなった。


「セシル・ヴェイロン!」


 今日は卒業生が学舎を巣立つ晴れやかな日とあって笑顔の花が咲き誇る中、


「貴様との婚約を破棄する!」


 桜の花びらが降り立った教室ではそれとは正反対の冷ややかな空気が場を支配していた。



………

……



「ふふ」


 私ーーセシル・ヴェイロンは浮かれていた。


「ふふふ」

 

 それはもう軽やかに。宙を舞う桜の花びらのように軽やかに。


「お、おい」


「ああ。見事なバク宙だったな……」


 軽すぎて自然と体が回ってしまって


「と思ったら飛び跳ねたぞ!」


「クアトロアクセル!」


 ときには嬉しすぎるあまりジャンプして喜びを表現した。なぜなら


「あの喜びよう」


「ああ、クリス殿下に呼び出されたか」


 そう!今まさに廊下の端っこでたむろする二人組が口にした通り私は愛しの婚約者に


「呼び出されたのよぉぉ」


 昔から人より強すぎる力が原因で他者から拒絶され続けた私を家族以外で唯一受け入れてくれた存在で、ロープウェイ王国第二王子にして王太子で、私の愛しい婚約者ァァァ。


(春休みにお出かけするお誘いかしら)


 大好きな人からの、しかも公務で忙しくてなかなか会うことができない人からの呼び出しとあって


「ふふふ」


 私は浮かれていた。しかし呼び出された教室に行った私を待っていたのは想像していたものとは違いすぎる現実だった。


「クーリ……」


 浮かれ気分の私は勢いよく扉を開いて教室へ入って、固まった。


「よう」


 それはクリスが見たこともない女を大事そうに抱き寄せていたから。それにいつもなら優しく微笑んで穏やかな口調で私の名前を呼んでくれるのに雰囲気が違った。


「ごきげんよう。セシルさん」


 困惑する私を見てクリスは「ふん!」と鼻で笑い、栗色のふわふわした髪の女は嘲笑うように手を振った。そして


「セシル・ヴェイロン!」


 クリスは忌々しげに私を睨むと唐突に


「貴様との婚約を破棄する!」


 と教室の外にも聞こえるほどの大きな声で言い放った。


「……」


 唐突すぎる婚約破棄に私は


「え?」


 困惑した。理由が分からなかったから。最後に会った時に


"卒業したら結婚しよう"


 って約束していた。それに


"君の力添えのおかげで王太子になれた。ありがとう"


 って言ってたのに急になんで。


「ようやく貴様のようなゴミ女とおさらばできる」


 それからクリスはルイーズという女を抱き寄せると、困惑する私を無視して


「そして俺はこのルイーズと新たに婚約を結ぶ」


 嬉しそうに新たな婚約を宣言した。


「貴様には感謝している。貴様の家の後ろ盾がなければ俺は兄上に負けてたろう」


 冷ややかな声音で、


「そうなれば俺は王太子になれなかった。その点では感謝している。が、お前はもう用済みだ」


 キツイ口調で


「僕の前から消えろ」


 そう告げるとルイーズという女を伴って


「じゃあねぇ」


 教室を出て行った。


「……」

 

 私は呆然とクリス達が出ていったドアを見つめた。生気の抜けた屍のように微動だにせず。


(これって夢?)


 唐突すぎる出来事に私の脳は夢ではないかと疑ったが、ズキンと鈍く痛む心臓が「これは現実だ」と私に告げた。


"君は美しい。だからきっとそんな君に嫉妬して悪口を言っているだけだ"


 全部が嘘だった。周囲からの悪口に傷つく私にかけてくれた優しい言葉も、泣き止むまで寄り添ってくれたことも。


"大丈夫。僕がそばにいるから"


 鼓動が高鳴ってしまう笑顔も、少しでも可愛いと思ってもらいたくておしゃれして出かけた時間も……


「嘘だった」


"貴様には感謝している。貴様の家の後ろ盾がなければ俺は兄上に負けてたろう"


 これまでの全部が。


"そうなれば俺は王太子になれなかった。その点では感謝している。が、お前はもう用済みだ"


 騙されて利用されてただけだった。


(嘘……やだ、やだやだやだ!)


"君が何よりも大切だ"


(そう言ったじゃない)


 何かが胸で詰まった。


「そんなの、やだよぉ」


 息ができなくて、でも悲しくて泣きたいはずなのに


「くっ!あ……」


 涙が出てこなかった。でも、黙っていたら心が壊れてしまうような気がして


「あああ!!」


 叫んだ。そして心の中で


(お願い……)


 私は願った。


"大丈夫。僕がそばにいるから"


 心の底から願った。


(誰か……私に夢だといって)


 強く願った。だけど願いが届くことはなかった。

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