ベランダの観覧車
カレンダーの赤い丸が今日を示していた。大学卒業まであと三日。部屋に散らばるノートやプリントを眺めながら、私は深いため息をつく。
「さっさと片付ければ?」
ベランダから顔を出したルームメイトの由美が、紙飛行機を手に取りながら笑った。
「由美こそ、何してるの?」
「トレーニング中よ。ほら、飛ばしてみる?」
由美の手から渡された紙飛行機は、小さくてどこか不格好だった。それでも、私は構わずベランダから思い切り投げた。飛行機は意外にも遠くまで飛び、向かいの家の庭に舞い降りた。
「すごいじゃん!」
由美が笑顔で拍手をする。そんな由美を見て、私は少しだけ肩の力を抜いた。
午後、由美が「散歩しよう」と誘ってきた。特に予定もなかった私は、彼女について外に出た。街を歩いていると、小さな観覧車が見えてくる。地元の遊園地のシンボルだ。
「懐かしいな。子どもの頃、よくお弁当持ってここに来たっけ」
由美がふと思い出したように呟く。
「今でも乗れるよね?」
私が指差すと、由美は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにうなずいた。
観覧車のゴンドラは狭かったけれど、二人で座るには十分だった。上に登るにつれ、街並みが広がり始める。
「卒業したら、どうするの?」
由美がぽつりと聞いた。
「そりゃ、就職先で働くけど、不安しかないよ」
「私も。でもさ、どうにかなるでしょ」
軽い調子で言う由美に、私は少し救われた気がした。
帰り道、プールのある公園を通りかかった。水面に反射する夕日を眺めながら、由美が突然笑い出す。
「昨日さ、寝言で『紙飛行機が飛ばない!』って叫んでたよ」
「うそでしょ!」
顔を赤くして反論すると、由美はさらに笑った。
夜、部屋に戻ると、由美が卒業祝いのプレゼントだと言って、小さなカレンダーを渡してくれた。手作りで、表紙には私の好きな花が描かれていた。
「来年も一緒に散歩したり、紙飛行機飛ばしたりしようね」
由美の言葉に、私はただ「うん」と頷いた。ベランダの窓から、桜の花びらが見えた。