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085:喰らい尽くせ(side:ハガード→ディアナ)

 火から肉を離す。

 こんがりと焼けた表面は脂が滴っている。

 パリパリの皮に、ボリュームも中々だ。

 十分に焼けた事を確認し――齧り付く。


 歯を立てれば、中の肉汁が飛び出してきた。

 野生の魔物であるが、見た目からして灰色の毛並みのヤギのような奴だったからか。

 草ばかり食っていたと思ってこいつば美味いだろうと思ったが……当たりだな。


 脂がのっていて、肉も柔らかい。

 大型の魔物や肉食の動物もいない環境だったからか。

 ストレスが掛かっていない状態で過ごしていたお陰でこんなにも美味い。

 大きさも肥え太った牝牛くらいはあったからか。

 腹の飢えを満たすには十分すぎるほど……ではないな。


 まだ足りない。

 これだけでは物足りない。

 雑に塩を塗して食ってはいるが。

 この先では襲ってくるような魔物だって出てくるだろう。


 何度も何度も戦闘を経験して。

 その度に肉を焼いていたり味付けをしていては……とてもじゃないが間に合わない気がする。


 驚異的なスピードで腹が減っているんだ。

 おまけに喉も乾いているしな。

 持ってきた水の量も絶対に足りない。

 何処かで補給しながら行かなければ、食料よりも先に水不足で――死ぬ。


 俺はそんな不安を考えながら、黙々と焼いた肉を喰らう。

 両端から突き出た骨を持ちながら、熱々の肉を食べていく。

 塩だけの味付けだが、焼いた肉にはこれくらいが丁度いい。

 多分だが、のんびりと美味い飯が食えるのは此処でだけだろう。

 この先では戦闘をし、そのままの状態の魔物を……いや、どうなんだろうか。


 生は危険だろう……いや、でも……分かんねぇな。


 その時の状況にならなきゃ、俺がどういう行動を取るかは分からない。

 今は兎に角、腹に入れれるだけの飯を喰らうだけだ。

 俺はそう考えながら、残りの肉も勢いよくがっついていく。


 食べて、食べて、食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて――食べ続けた。

 

「……ガ、ガ、ガァ……うぐ、はぐ…………ふぅ……取り敢えずは、だな」


 残った骨についた肉をなめとる。

 そうして、綺麗になった骨を適当に投げ捨てた。

 ことりと骨が“山の上”にのっかった。

 

 視線をチラリと横に向ける。

 そこには木の実の残骸や貝などの残骸。

 蟹の殻のカスであったり、鹿やウサギの骨。

 魔物の残骸などの食べた後のカスが山のように積まれていた。


 木の実を食べ尽くした後は、岩場についていた貝を根こそぎ剥いだ。

 生で食っていいかなんて心配は無かった。

 ただ食べる事だけに専念し、貝を全て食べた後は浜辺にいる小さな蟹を取りまくった。

 身が少なくとも関係なく、兎に角、殻ごとかぶりついて食べた。

 その結果、食べれそうにない部位だけを捨てて魔力がある程度使えるようになれば狩りを始めた。


 ここら辺の獣は警戒心がそこまで高くはない。

 肉食の外敵がいないからこそ、どいつもこいつも俺の近くで草を食べていた。

 魔力を込めた石を持っていても逃げる事は無く。

 俺はそのまま石を乱射して獣や魔物を仕留めて、そのまま火で焼いて食べた……流石に獣の肉は生では危険だからな。


 獣の肉が一番栄養があった気がする。

 一気に飢餓感が減ったお陰で真面に動ける程度には回復した。

 が、満腹にはなる事は無かった。

 今も段々と腹が空いていっているような気がする。


 ……不思議と眠気は全く感じないけどな。


 急速に成長を続けているのであれば、体の負担も大きいような気がするが。

 何故か、疲れて眠気を感じるような気は全くしない。

 恐らくは、これもアンカーさんの薬の効果なんだろう。

 そう思いながら俺は立ちあがる……よし。


 取り敢えずは、此処で取れるだけの栄養は補給した。

 非常食用の携帯食も持てるだけ持った。

 アードルングから貰っていたアラバサの葉のお陰で。

 焼いた肉であればどんなに暑い場所であろうとも、すぐに腐る心配も無い。


 ……だけど、そんなには持っていけない。鞄は小さいし、紐で括って持っていけても精々が三日分の肉くらいだ。


 入る分だけ鞄に入れて、後は背中に背負って持っていく。

 アラバサの葉で包んでいるので直射日光は避けられる。

 肉はしっかりと火を通しておいた。


「……よし、行くぞ!」


 俺は走り出す。

 全速力ではなく、ペースを作って走っていく。

 

 マルケッテまでの距離は分からない。

 何日掛ければ着くのかも不明だが……やってやるよ。


 必ず生きて帰る。

 そうして、あの理不尽の権化を――ぶん殴る!


 俺は闘志を燃やす。

 そうして、アイツが作った道を辿っていった――


 

 §§§



「――――!!!!」

「ぐぅ!!」


 山のような巨体が――激しく揺れる。

 

 二十メーテラを超える巨体。

 アンカーさんが一撃で屠ったあの虫の魔物だ。

 ムカデのように長い体は硬い外殻で覆われて。

 その動きは巨体に見合わず機敏であった。


 奴は風を切り裂き突進してくる。

 その攻撃自体は何とか避けられていた。

 が、剣での攻撃が中々通じない。


 外殻は鉄のように硬く。

 生半可な強化では刃が通らない。

 いや、傷くらいならこの剣自体の切れ味でつけられるが。

 俺自身の魔装が乱れているせいで中々有効打が与えられていなかった。


 激しく動けば動くほどの体力は消耗していく。

 腹が空腹を訴えていて、喉はカラカラに乾いていた。

 息をするだけでも喉が痛く。

 足を動かすだけで力が抜けていくように感じた。


 連戦だ――これで何度目だ!?


 人を襲う魔物と遭遇し。

 その度に戦う事を余儀なくされる。

 戦わなくてもいいのならそれでもいいが。

 奴らは執拗に俺を追い掛けてきて食おうとしてくる。

 まるで、奴らも俺と同じように腹を空かせているようで――ッ!!

 

「キィィィィィ――――ッ!!!!!」

「――つぅ!!」

 

 魔物が奇声を発した。

 空間がびりびりと振動し、耳が強い痛みを訴えかけてくる。

 眼球が激しく揺れ動いて、空腹も合わさって姿勢が僅かに乱れた。


 集中が一瞬だけ乱れ――っ!!?


「しま――アガッ!!?」


 奴が体を振るう。

 咄嗟に剣でガードをしたが、威力を殺し切れずに跳ね飛ばされた。

 宙を回転しながら、木々をなぎ倒しながら地面を転がり――止まる。


「かはっ!」

 

 血反吐を吐く。

 そうして、すぐさま体を動かしてその場から飛びのいた。

 大型の魔物はさっきまで俺がいた場所に突っ込む。

 奴は俺が背にしていた木を破壊し、それを口で噛み砕いていた。

 バラバラと木の残骸が宙を舞い、奴が血走ったような真っ赤な眼光を妖しく光らせる。

 そうして、奴はそのまま地面へと潜航していく。


「はぁはぁはぁはぁ……ふぅぅ」

 

 俺は激しく鼓動する心臓を片手で抑える。

 そうして、無理矢理に呼吸を整えようとした。

 連戦に継ぐ連戦で、体力は大幅に減ってはいるが魔力はまだ十分にある。


 集中だ。今この瞬間だけでもいい……奴の気配を探れ。


 俺は剣を静かに構える。

 そうして、静かに目を閉じた。


 耳に神経を集中し、更に魔力の流れも探った。

 風の音や鳥の鳴き声。

 砂が舞う音や木のざわめき。

 それらを全てシャットダウンし、俺は奴が発する音を聞き分ける。

 すると、奴が出す地中を這いずる音が聞き取れるようになってきた。


 音の発生源に合わせるように、そこへと魔力の探知を入れる。

 すると、奴の魔力らしき反応をキャッチした。

 動いている。激しく土の中を移動しながら、俺の様子を伺っている。

 俺は手負いで今にも倒れそうであると理解しているんだ。

 俺の集中が途切れるその瞬間を待っていて――だったら。


「……」


 俺はぐらりと体を揺らす。

 まるで、もう体力が底を尽きて前に倒れて言っているように演じた。

 奴は俺の小さな足音や足を通して感じる俺の鼓動音などを聞いているんだろう。

 だからこそ、俺が倒れていくのを察知し――来る。


 奴が円を描くような動きをやめた。

 そうして、一直線に浮上してくる。


 まだだ、まだ、まだ、まだまだ――今ッ!!!


 俺は今にも地面にぶつかりそうな時。

 その瞬間に剣を全力で振るう。

 地面に触れた剣が衝撃波を生み出し。

 俺の体は不自然に後方へと飛ぶ。

 すると、ギリギリのタイミングで奴が大口を開けて地面から飛び出した。


「――――!!!!!」

「……ふぅ!!」

 

 俺は体を回転させる。

 そうして、地面に足を突き――蹴り飛ばす。


 奴の方向へと飛び、そのまま剣に魔力を流し――突くッ!!!

 

「――――!!!!?」

「ぐ、うぅぅ!!!」


 甲高い音が鳴り響く。

 そうして、俺の剣は奴の外殻を――“僅かに”貫いていた。


 浅い――が、まだだッ!!


 俺は両手で剣の柄を握る。

 そうして、大きく呼吸をし――カッと目を見開く。

 

 集中、集中――集中ッ!!!


 空腹も渇きも意識から消す。

 そうして、魔力を刃に薄く纏わせる。

 極限まで魔力を練り上げて、それを刃に均等に纏わせる。

 薄いが、流す魔力は相当な量で。

 何層にも魔力を重ね合わせて、それを体と武器で勢いよく循環させる。

 赤い刀身に纏った青い魔力が変化する。

 紫色の輝きを強く放つ刃を、俺は――突き刺す。


 硬かった――が、今なら貫けるッ!!


 一瞬の抵抗を感じたが、強引に刃を押し込む。

 すると、外殻を完全に貫通しずぶりと肉に深々と刃が刺さる。

 魔物は悲鳴のようなものを上げながら体を激しく揺らす。

 俺は振り落とされないようにしっかりと剣の柄を握る。


「――オオォォォォッ!!」


 俺は更に剣に魔力を流す。

 そうして、叫び声を上げながら一気に奴の体を滑り降りていく。

 ずぶずぶと奴の体を刃が滑っていく。

 傷口から奴の真っ赤な血が噴き出して、俺は奴の返り血を浴びながら地面に転がる。


 大きなムカデのような姿をした魔物は体を震わせる。

 生えていた木々をなぎ倒しながら、奴は地面に倒れ込む。

 砂埃が舞って、草や木の葉が舞う。

 魔物はぴくぴくと痙攣していたが……ようやく、死んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ぅぅ」


 腹が鳴る。

 喉もカラカラであり、数回の戦闘で既に集中力が限界を迎えていた。

 意識が朦朧としていて肉体的にも限界だった。

 その場に片膝をつき、呼吸を乱しながら両手で剣を杖代わりに持つ。

 

 今までの小型の魔物であればまだ問題は無かったが。

 この大型の魔物との戦闘ではかなり激しい動きをさせられた。

 その結果、俺の体力は大きく削られて……危なかった。


 あれ以上、戦闘時間が長引いていれば確実に俺が負けていた。

 体は成長を続けていて、動きも良くなっている気はするが。

 それでも、消耗する体力と魔力が大きいせいで短期決戦に臨むほかない。


 俺は何とか立ち上がり、地面から剣を引き抜く。

 そうして、よろよろと倒れる魔物に近づく。

 心臓がどくどくと強く鼓動していて、口から涎が垂れていく。

 欲求が溢れてきていて、自分でも止める事が出来なくなっていた。


 食いたい、飲みたい――貪りたい。


 飽くなき食欲と液体を欲するほどの渇き。

 己が全てを満たせるものが目の前に転がっているんだ――我慢など出来る筈が無い。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 喉を鳴らす。

 口を閉じても涎が垂れていたが関係ない。

 剣に魔力を流して外殻を砕けば、血と共に肉が見えて――齧り付く。


「……っ!!」


 魔物の肉、生の肉だ。

 啜っているのは魔物の血であり、とても飲めたものじゃない。


 苦い、とても苦い。

 吐き気を感じるほどにマズくて、臭くて堪らない。

 が、俺は一心不乱に魔物の血を啜っていた。

 自分でも分からない。体が受け付けないような味だ。

 脳はそれを理解している筈なのに、俺は次を求めて口と舌を勝手に動かしていた。


 ずるずるずるずると啜っていく。

 無言のまま、ただただ啜り尽くす。

 そうして、傷口から見える肉に歯を立てて喰らいつき――噛みちぎる。


 柔らかくはない。

 ぐにゅぐにゅとしていて噛み辛かった。

 味付けもしておらず、美味いなんてとてもじゃないが言えない。

 砂のような味がしていて、食感もざらざらとしている気がする。

 焼けば美味いかもしれない、塩で味付けすれば――どうでもいい。


 ただ食べたい、ただ腹に入れたい。

 味なんて考えておらず、食べる事が可能ならそれでいい。

 俺は人間として当たり前の調理という術を放棄して、ただただ目の前の生肉を喰らった。


 噛み、啜り、千切り、呑み込み――獣だ。


 今の俺は人間ではない。

 ただの獣と同じだ。

 美味くもない肉を生きる為に喰らう。

 自分の身を守る為に敵を殺すのではない。

 空腹を満たす為に獲物を狩り喰らう。


 体中を返り血に染め、顔中も血と脂に塗れていた。

 が、俺はそんな事は気にせずにただただ喰う。


 食って、食って、食って……気づけば、全てを食していた。


 残ったのは硬いだけで食えない外殻だけだ。

 その他は全て俺の胃の中に入っていた。


 信じられない……あの巨体が、あっという間に……はは。


 笑えて来た。

 何故かは分からない。

 恐らく、空腹を和らげて渇きが少し癒えたからか。

 余裕が生まれたからこそ、笑いというものが出て来た。

 

 俺はそのまま転がっている外殻に背を預けて地面に座る。

 静かに息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げる。

 空を見上げれば既に夜空が広がっていて……星が綺麗だな。


 街から大きく離れた場所だ。

 人工の光も無い場所から見る星空は綺麗で。

 大小の輝きの違いはあれど、どの星も美しく輝いていた。

 俺は少しだけ出来た休息を噛み締める……少しでで良い、少しで良いんだ……。


 まだ、緑地帯を突破できていない。

 アンカーさんといた時はあっという間に景色は変わっていたが。

 俺だけで移動すれば半日かけてもここまでしか来れないと分かった。

 彼女がどれほどに規格外で、どれだけの距離を移動していたのかがちょっとだけ分かった気がする。


 ……三日……いや、一週間以上はかかるかもしれないな。


 適度に食事を取りながらの移動だ。

 オアシスのようなものがあればいいが。

 都合よくそんなものが砂漠地帯で点在している筈が無い。

 この先に川はあった気がするが……取り敢えず、そこで水を補給しておこう。


 持って来ていた水は全て飲み干した。

 だからこそ、魔物の血を啜って渇きを凌いだ。

 水が補給できてもすぐにそれは尽きるだろう。

 そうなれば、水分を補給する方法は魔物を狩ってその血を飲む事で……贅沢は言えねぇか。


 さっきは抵抗なく出来たんだ。

 人間、追い込まれればどんな事だって出来る。


 ……幸いな事は、彼女が派手に移動したお陰で道が出来ている事だな。


 このまま、彼女が辿った道を行けばマルケッテに着く。

 砂漠地帯であれば日数が経過すれば、足跡も消えてしまうだろうが。

 彼女の高速移動で出来た道は数日くらいでは全て消す事は出来ないだろう。

 そう思いながら、俺は立ちあがる。


「……行く、ぞ」


 休憩は終わりで……出発だ。


 まだまだ、先は長い。

 眠気が無いのであれば、休むことなく動き続けてやる。


 体からは常に蒸気が出ていて、体はずっと熱い。

 サボイアの端から中心へと近づくにつれて、国の熱気は高まっていく。

 マルケッテまで戻った頃には、俺の体に火でもつくかもしれないな。


「……冗談が考えられるなら……まだまだだな」


 俺は薄く笑みを浮かべる。

 そうして、ゆっくりと速度を上げて――走る。


 剣を鞘へと戻し、前を見て駆けていく。

 例え一週間以上掛かったとしても、俺は必ず帰って見せる。

 意地であり、根性であり――決意だ。



 〇〇



 ハガードの坊やは走り出す。

 完全に体力は回復していないが。

 その目からは光は消えていないようだった。

 私は小さく笑いながら、手を頭の上からのけた。

 

「……まぁそうでなきゃな……一日目は、問題ねぇか」


 遠く離れた場所にある丘の上。

 常人であれば奴の姿が砂粒ほどにしか見えないほどの距離から奴を見つめる。

 時間はそれなりに経過しているが、未だにその心は死んでいない。

 まだ一日目であるが、成長薬を摂取してあそこまで来る事が出来たのはこのサボイアではアイツが初めてだ。

 私がこれまで育てて来た若手の冒険者の中にアレほどの気概を見せる奴はそうはいなかった。


 アレックスに似ているとは思ったが……面白れぇな。


 世界は広い。

 探せば、あぁいう馬鹿はまだまだ存在するらしい。

 奴であれば二,三日は放置しても問題はねぇだろうさ……けどな。


「甘くはねぇぞ……勝負は四日目からだ」


 私の計算では、あのペースを保っていられるのなら。

 マルケッテへとたどり着くのは十日くらいだろう。

 だが、それは奴がペースを保っていられたらの話だ。


 サボイアの魔物は基本的には温厚だ。

 けど、最近になって魔物たちの生態も変化しつつある。


 積極的に人を襲う魔物も確認され始めていた。

 ここら一帯で繁殖しているワーム系の魔物が正にそれだ。

 今までの奴らであれば他の魔物や動物を襲う事はあったが。

 今では人間の方を好んで襲う様になっている。


 ……と言っても、まだ街の方には来た事は無い。大勢の人間がいる場所は流石に警戒しているんだろうさ。


 それだけの知恵は残っているが。

 何時かは街にも進行してくる恐れがある。

 組合から暇を持て余している私に対して依頼も来ていた。

 サボイアでの魔物の生態調査、並びに魔物が本来の凶暴性を取り戻しつつある原因の究明だったか……面倒くせぇな。


 調査とかは私の得意な仕事じゃない。

 私は魔物をぶっ殺すのがメインの仕事だ。

 それなのに、暇だからって引退した指南役に依頼を出すとはなぁ……人手がそこまでねぇのかよ。


「猫の手でもってか……チッ、それならこの地にちゃんとした支部を作れってんだ」


 職員たちのやる気はゼロ。

 一部の人間だけが仕事を回しており。

 そのほとんどは怠ける事で精一杯の屑ばかりだ。


 冒険者の奴らも完全に平和ボケしてやがる。

 ここいらの魔物が人を襲わないのを良い事に。

 こそこそと遠くから攻撃して弱らせたり、別の魔物を使って狩猟を行う奴らがほとんどだ。

 実戦経験と呼べるものを積んだものは少なく。

 魔物頼りの戦闘ばかりで本人の戦闘技術は素人に毛が生えた程度も良い所だ。

 この前の闘技上での元冒険者らしいドワーフの男たちの動きは中々だったが……勿体ねぇな。


 生きていれば、戦力の足しにはなっていた。

 引退したからそれで終わりじゃねぇ。

 有事の際には引退した冒険者も招集されるんだ。

 だからこそ、あぁいう実戦経験のある手合いはここいらでは貴重だが……マレファルの糞もどうしようもねぇ。


 奴は利益と自分の楽しみしか見えていない。

 盛り上がるショーにするのであれば、例えどんなに貴重な人材であろうとも捨てられるほどだ。

 あのクソのせいでどれだけの損失を被ったかは計り知れない……ま、私には関係ないがね。


 誰が死のうと生きようとも。

 私に降りかからないのでは捨ておく。

 マレファルの野郎はクソではあるが、その点は弁えてやがる。

 私には一切手出しせずに放置しているのが良い証拠だ……最も、それだけじゃねぇだろうがな。


 アイツは私利私欲で動いていいるように“装っている”。

 本来の目的があり、そういう行動を取っている。

 奴自身が人間ではなく、精巧に作られた人形である事は調べがついているが。

 それ以上に詮索する事は今はしていない。

 ここら辺の組合員は一部を除いて信用できないってのもあるが……妙にきなくせぇ。


 魔物の生態の変化に加えて、マレファルの野郎も裏でコソコソと動いてやがる。

 悟られないように上手く隠れて動いているようだが。

 奴が見えない何かに入れ込み始めてから、魔物の生態が変化した様にも思える。

 私の考えが正しければ、十中八九……“アレ”が関わっている。

 

「……推測では動けねぇがな……アレはこの国の宝だし。引退した私じゃ、容易には近づけねぇしな」


 現役の白金級冒険者が危険性を上げれば。

 流石に国王であっても無下にはしないだろうさ。

 如何に国宝であろうとも、一度くらいは調査の機械を与えるだろう。

 だが、此処には現役の白金級冒険者はいない。

 私は引退した元金級冒険者だ。

 どんなに経歴があっても過去は過去だ……ま、種は蒔いたがな。

 

「……嬢ちゃんたちの行動次第だな……あの野郎くらいだろうさ。今、流れを変えられるのはな」


 此処にはいないエルフの小娘を思う。

 そして、そんな娘が会いに行く腑抜けの変人もだ。

 

 変わるのなら私も動くさ……何もねぇのならそれまでだ。

 

 本部の人間が来ない限りは、組合を頼る事は無い。

 ここの支部の連中の仕事はいい加減だからな。

 本部に提出しなければならない報告書も出鱈目もいいところで。

 酒ばっかり飲む私の事をほとんどの職員が気にも掛けないのが良い証拠だ。


 真面目なおかっぱ眼鏡ちゃんだけはガミガミ言うがねぇ……はぁ。

 

「……ま、気楽で私はいいがねぇ……仕事は仕事だ。アイツを観察しながら、適当に魔物も調べとくかね」


 私はその場から立ち上がる。

 そうして、“後ろに転がる魔物”から剣を引き抜く。


 その大きさは五十メーテラはある巨体だ。

 ここいらでは珍しい竜種であり、名前はレッドドラゴンだ。

 真っ赤な鱗が全身に生えていて、その目は殺気に満ちていた。

 全身が傷だらけであり、それをしたのは私だった。

 鼻息を荒くしながら今にも私に喰らいついて来そうだ。

 危険種の分類は二級程度であり、金級冒険者が相手にするくらいの手合いだが……さて。


「なぁんで……テメェみたいのが、此処にいんだろうなぁ? えぇ?」

「……!!」


 唸り声を上げるドラゴン……ま、こいつが話す訳はない。


 今は強力な痺れ薬で動けないようにしているが。

 ものの数分でこいつは動けるようになるだろう。

 殺すのは簡単だが、二級クラスの魔物がこんなところをうろついていたのが気がかりだ。


「……なら、泳がすか」

「――――!!」


 私は剣を鞘に戻す。

 そうして、強引に奴の口を開かせた。

 今にもブレスを吐きそうな奴の口内を見つめて……鞄から出した薬を瓶事放る。


 奴は瓶を飲み込んだ。

 すると、奴はゆっくりと瞼を閉じていき……寝たな。


「……三十分か……後は、こいつだな」


 私は指に魔力を流す。

 そうして、奴の上口に術式を書き込んでいった。


 本来は使い魔の契約時に書き込むものだが……うし。


 術式を書き込んでから、私は更にその上から術式を書き込む。

 結界術と付与術の応用であり、隠蔽の魔術といえばいいか。

 先に書き込んでおいた術式を隠す為のもので……これで、取り合えずはだな。


 よほどの手練れでない限りは暴く事は出来ないだろう。

 後はこいつが目覚めて勝手に飛んでいくだけだ。

 三十分もすれば、ハガードの坊やも距離を離している筈だ。


「……と、そんな事言っている間に……はは、いいじゃねぇか」


 ペースを保っている……いや、少し上がったか。


 魔物の死骸から大きく距離を離した位置で走っている。

 私はそれを確認し、奴を追う様に移動を再開した。

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