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080:罰当たりな大虎

 熱を孕んだ風が吹く。

 さらさらと砂を巻き上げて、よく分からない植物の玉が転がっていく。

 頭上で輝く太陽は変わらずに熱い視線を俺たちに送って来る。

 逃げ場は何処にもなく、体は水を求めるように渇きを訴えかけてくる。

 

 今日も最高に暑い日であり、久々のお出かけは……ひどくしんみりとしていた。


「……」


 マルケッテから少し離れた場所にある“集合墓地”。

 辺り一面に広がる砂漠の中でぽつんとあるそこで俺たちはいた。

 ゆっくりと瞼を閉じて静かに祈りを捧げる。

 暫くして目を開ければ、目の前には簡素な作りの石の墓標が立っている。

 そこに刻まれた名前は……“トーマス・ギュンター”だ。


 衛兵を呼んだ事によって、俺たちは殺人の容疑を掛けられてすぐに拘束された。

 取り調べも受けたし、牢屋にもぶちこまれたが。

 街に戻って来た時に会った衛兵のおっちゃんが証言をしてくれた。

 他の人間にも聞き込みをして、事件が発生した時刻には俺たちがマルケッテを離れていた事が立証された。

 証拠となるものは何一つ見つかっていないが、死体の状態からしてマルケッテでの犯行と断定したらしいが……おぞましい。


 俺は最初は闘技場内にてギュンター先生が殺されたと考えたが。

 今になって思えば、恐らくはマルケッテ内で先生は殺された。

 そして、頭部だけを切除してそれを闘技場まで運び。

 新鮮な状態で保管して俺に渡したんだ。

 遺棄された体についても、恐らくは何らかの方法で鮮度を保っていたんだろう。

 そうする事によって奴は俺たちの無実を証明した事になる。

 それと同時に、奴自身も闘技場にいた事になってしまったがな。


 俺たちの無実の証明と奴のアリバイが証明されてしまった。

 無実が証明されれば俺たちの拘束は解かれる……筈だったけど、結局は一週間は拘束されたがな。


 マルケッテ内にある拘置場。

 牢屋の中に拘留されている間は、衛兵のおっちゃんから色々と聞かされた。

 ヘザーたちは衛兵隊の保護下に一時的に入ったので心配は無いと。

 怪我の具合も良くなっており、ヘザーとバリーの二人は歩けるようになったようで。

 コリーも意識を取り戻し、砂地用の専用の車いすに乗れば移動も出来るだろうと言っていた。

 砂地用の車いすは高価じゃないのかと聞けば、ギュンター先生の診療所に幾つかあったと言っていた。

 俺が見た手紙以外にも遺書のようなものが見つかって、彼の持っていた財産はホレスの爺さんのものとなったらしい。

 あの診療所も爺さんのものであり、そこにあった車いすも使う事が出来るようになっていたようだった。


 面会に来ていた爺さんからも話は聞いた。

 自分たちのせいで死んでしまったギュンター先生に申し訳が無いと言っていたが。

 俺はそれは違うと彼らにハッキリと伝えた。

 彼は何もせずに死んだわけではなく、最後に自らの心に従って生き抜いたんだ。

 後悔や恐怖もあったかもしれない。

 でも、それ以上に固い決心があり、成すべきことがあったんだ。

 自分の死と引き換えに彼はホレスの爺さんたちを救った。


 ……俺では絶対に出来なかった事を、彼は成し遂げたんだ……凄い男だ。


 一週間の拘留を終えて、俺たちは晴れて自由の身になった。

 取り調べは中々に辛いものではあったが、あまり疑いの目は向けられなかった。

 恐らくは、マレファルが絡んでいる事だからそれほど深く考える必要もなかったんだろう。

 奴のアリバイは証明されたが。

 それでも、俺は奴が犯人であると訴えかけてみた。

 が、俺の話を聞いていた衛兵は話を聞き流していた。


 ……結局、この街の人間たちには既にマレファルの息が掛かっていたな。


 どんなに証言しようとも意味はない。

 どんなに証拠があったとしても役には立たない。

 俺が死刑台に送られないのは、奴が俺の事を大した存在では無いと思っているからだろう。

 腹立たしいし、悔しい気持ちもするが……俺にはどうする事も出来ない。


 あの場で奴を一度は殺した。

 が、それすらも奴が誘導したものだった。

 二度目は無く、すれば今度こそ終わりだ。


 力も無ければ、立場のある人間でもない俺では何も出来ない。

 歯痒くても、皆の事を思うのなら耐える他ない。

 どんなに馬鹿であっても、自ら死にに行くような選択はしないんだ。

 

 悔しさを滲ませながらも外に出て日の光を浴びた。

 焼けるような暑さであり、すぐにローブで顔を隠した。

 すると、三人も同じような反応をしていた。

 久しぶりに再会した三人は少し疲れたような顔をしていたが。

 それでも、何かされたようではなかったので安心した。


『……先生の遺体はすでに埋葬されている。場所は此処から南東に向かった先にある集合墓地だ』

 

 衛兵のおっちゃんはこの墓地の事を教えてくれて。

 俺たちは飯を食って宿屋に戻りその日はすぐに眠りについた。

 そうして、次の日に準備を整えて朝早くに此処にやって来た。


 周りにも同じような墓が幾つも立っていた。

 今は誰も来ていないが、供えられているものも新しく感じるので人は良く来るんだろう。

 そんな事を考えながら、俺は持ってきた瓶の蓋を取る。

 そうして、それをぼとぼとと墓標の頭から掛けていった。


「……先生、美味いか……ありがとな。アンタのお陰で俺たちは……ごめん」


 酒が少なくなる。

 残った酒が入った瓶を静かに墓前に置く。

 俺は彼への別れの言葉を済ませる。

 チラリと振り返れば、ヘザーたちはすすり泣いていた。

 ホレスの爺さんはそんな子供たちの頭を撫でながら悲し気な表情をしていた。


 誰しもが彼の死に心を痛めている。

 唯一、アードルングだけが俺の方を見ていた……分かってるよ。


「……彼が死んだのは……俺の責任だ」

「……そうだな」

「……俺が何もしなければ……少なくとも、彼は今も生きていたかもしれない」

「……そうかもな」


 アードルングは俺の言葉を肯定する。

 ギルバートは彼女に視線を送って何かを言おうとしていたが。

 俺はそれを片手で制止する。

 アードルングは真っすぐに俺を見つめていた。


「……でも、後悔はしない……いや、少しはしたさ……でも、ずっとそんな事を考えていたら……先生の意志を穢すだけだ」

「……正しかったと?」

「……分からねぇ。でも、俺が選択した結果だ……受け入れるしかねぇだろ」


 俺は乾いた笑みを零す。

 すると、彼女は目を閉じて小さく頷いていた。


 トーマス・ギュンターは死んだ。

 綺麗な死に方では無かった。

 彼の遺体は尊厳を傷つけられたから。

 でも、その生き様は俺たちにとって強い希望を与えてくれた。


 ヘザーたちはまっとうに生きる事を誓い。

 ホレスの爺さんは彼の意志を受け継ぎ、同じような境遇の子供を引き取る施設を作ると言っていた。

 彼が遺した財産で孤児院を作るようであり、既に支援をしてくれる組織とも話をつけたらしい。

 その相手とは冒険者組合であり、担当してくれる職員も信頼が出来る人だと彼は言っていた。

 俺たちが拘留されている短い間に話を纏めたようだが。

 それを持ちかけて世話を焼いてくれた人間がいる……彼女だ。


 緑色のローブを羽織る妙齢の女性。

 ローブの下から見える顔は整っており。

 薄っすらと見えた耳は長く尖っていた。

 刃物のように鋭い青い瞳に、口を開けた時に見える鋭そうな白い歯。

 エルフの女性であり、身長は高く百七十以上はありそうだ。

 ローブの下には革の鎧を纏っているようで、ローブから出る腕には革の装備がつけられていた。


 彼女の手には酒瓶が握られている。

 それを豪快に呷ったかと思えばゆっくりと口を外し息を吐いていた。

 

「……ふぅ。あっちぃなぁ、たく」


 墓標の一つに腰を下ろして酒を飲む女。

 罰当たりにもほどがある行動であるが。

 それをギルバートが指摘すれば「神如きが私を裁けるわけねぇだろ」とほざいていた。


 豪胆な女であり、声が女性のそれでなければ男だと思う所だろう。

 墓地で先に待っていて、既に三本目の瓶を開けて飲んでいるが。

 そのペースは一向に衰えていなかった。

 

 ホレスの爺さんはこの女が話を通してくれた人だと教えてくれたが。

 俺は一目見た瞬間にこの女こそが、あの時に聞こえた“声の主”だとすぐに分かった。

 俺は酒を飲む彼女の近くに立ち声を掛けた。

 

「……アンタなんだろ」

「あぁ?」

「……あの時、俺に助言してくれた声だよ……一応、ありがとう」

「……感謝なんかすんじゃねぇよ。テメェの事なんざどうでも良かった。私は友人の頼みを聞いただけだ……それに、私は何もしてねぇし」


 緑色のローブの下の表情はよく見えないが。

 照れても無ければ恥ずかしがってもいないだろう。

 本心からの言葉で……まぁ確かに助けという助けは無かったけどな。


「……てめぇ、今、すげぇムカつく事考えたな?」

「……いや、別に」


 奴が低い声で俺を威嚇する。

 俺は目線を動かしながら口笛を吹く。

 すると、奴は舌を鳴らして「嘘が下手なのはクソ師匠譲りだな」と言う……やっぱり。


「なぁ、師匠の事言ってるけどさ……アンタは師匠の――っ!?」


 俺は意を決して問いかけようとした。

 すると、奴は空の瓶を逆手に持ち俺の顔の前に突き出す。

 眼球スレスレに一瞬で迫ったそれ。

 気づいて後ずさりすれば、奴は呆れたようにため息を零す。


「……ダメだな。点でなっちゃいねぇ……あの野郎、適当な事教えてたなぁ?」

「……何だよ。何言って――っ!?」


 俺が質問しようとすれば、奴は瓶を上に投げる。

 俺は思わず瓶を目で追う。

 そうして、ハッとして前に視線を向ければ女は消えていた。

 何処に行ったのかと視線を動かそうと――首にひやりとした感触がした。


「――ぇ」

「間抜け……腑抜け以下だな、おい」


 女は空中を回転する瓶をパシリと受け止めた。

 視線を首に向ければ、果物ナイフが握られていた。

 まるで、気配がしなかった。

 すぐ目の前にいたのに、一瞬で気配が消えていた。

 魔力の探知だって常にしていたのに、彼女の魔力は消えたかのように感じられなかった。


 俺は心臓の鼓動を早める。

 すると、首の冷たさが消える。

 彼女が俺の背中から離れて空の瓶を振ってぽたぽたと垂れる酒を飲んでいた。

 俺は首を撫でながらたらりと汗を流し彼女を見つめる。


「……チッ、飲み足りねぇな……話しは後だ。今のてめぇに話す事は何もねぇ」

「……生きて帰ったら話をしてくれるって――いづぅ!!?」


 俺がぼそりと呟けば、頭を殴られた。

 鈍い音が鳴りその場に蹲り視線を上に向ける。

 すると、女が瓶を魔力で強化して殴ったのだと分かった。

 彼女はローブの下の青い目を俺に向けている……すげぇ冷たいぜぇ。


「揚げ足を取る所もそっくりだ……気に入ったぜ。お前のようないじめ甲斐のある生意気なガキは大好きだ」

「は、はぁ? 何言って……な、何すんだ!? お、おい! 放せ!!」


 奴は俺の首根っこを掴む。

 そうして、ずりずりと俺を無理矢理に引きずり始めた。

 俺は必死に藻掻くが、女はまるで動じていなかった……つ、つえぇ!


 手を振りほどこうとしても指一つ動かない。

 砂を掴んで踏ん張ろうとしても、まるで意味が無かった。

 凄まじい力であり、よく見ればすごく薄く魔力を体全体に流していた。

 何層にも魔力の層を重ねており、その強度も並大抵のものじゃない。

 並外れた魔装の技量の上に本人のポテンシャルも相当に高いんだろう。

 恐らくは金級……いや、それ以上かもしれない。


 俺は抵抗をやめる。

 そうして、せめて何処に行くのかと叫んだ。

 すると、奴はにやりと笑う。


「修行だよ――てめぇを死ぬまでいたぶる修行だ。ひひひ」

「い、いたぶるだって……何の冗談だよ。お、おい!」

「ははは、暴れろ暴れろ。活きが良い魚ほど絶品なんだ。ははは!」

「こ、こいつ、俺を食う気なんじゃ……た、助けてぇぇ!! アードルング!! ギルバート!! レーラ!! 誰でもいいから助けてくれぇぇぇ!!」

「「「……?」」」


 三人は首を傾げていた。

 状況が飲み込めていないようで――あ、ダメだ。


 師匠の関係者らしき女は名を名乗る事もしない。

 今、俺がこいつの情報として知っているのは師匠の知り合いで酒癖が悪く。

 とてもガサツで力が強く魔装の技術が卓越している酒豪という事だけだ。


 ローブの下から覗く顔は整っているが。

 今は邪悪な笑みを浮かべていた。

 完全なる悪人面であり、いじめ甲斐があるという問題発言も絶対に語弊ではないと分かる。


 俺は必死に抵抗するが女の拘束は振りほどけない。

 俺はプライドも何もかもをかなぐり捨てて泣き叫ぶ。


 誰か、誰か、俺の声を――


「うるせぇぇ!!!」

「――ぁが!?」


 奴が俺の頭に強化した拳骨を振り落とす。

 まるで、鐘が鳴ったような音が頭の中で響き。

 俺は視界をぐわんぐわんとさせて力を一気に無くしていく。

 最後に見たのは自分が引きずられて行く事によって出来る砂の上の太い線で――あぁ、そっか。


「結局、俺は……厄介事に、巻き込まれる、星、の…………」


 最後の呟きだ。

 それを言い終える前に視界が暗く染まっていく。

 俺はそのまま闇の中へと意識を沈み込ませて――――…………

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