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079:素敵な人間

 うだるような暑さが和らぎ、体の内に残った熱が吐息と共に外に出る。

 道を歩く人々の呼吸や仕草で、変わらずに外は暑いのだと理解した。

 日は沈み、星が姿を見せる頃。

 俺はただ前だけを見つめて歩いていた。


 熱い筈だ。

 夜であっても外は灼熱だろう。

 汗を掻くほどの熱を感じる筈で……が、何も感じない。


 心は冷え切っていて、熱も痛みも感じない。

 ただただ空しく空虚であり、自分自身を動かしているものの正体も俺には分からない。


 ただ、行かなければならないと思ったから。

 マレファルに会わなければならないと思ったから……ただそれだけで足が勝手に動いていく。

 

「――!」

「……」


 声が聞こえる。

 すぐそこで誰かが俺に話しかけていた。

 誰なのかは分かる。何を言っているのかも何となく分かる。

 が、俺の耳には彼女の言葉は何も聞こえない。


 ただジッと前を見つめながら足を進める。

 すると、マレファルの屋敷に着いた。

 門番に視線を送れば、奴はびくりと肩を揺らしながらも門を開けさせた……入って来いって言う事だな。


 俺はそのまま中へと足を進める。

 すると、後ろで門番と誰かが言い争っていた。

 視線を向ければ、アードルングが叫んでいた。

 彼女は門番たちに止められていて……俺だけか。


「……」

「――!!」


 視線を前に戻す。

 そうして、後ろで門が閉じられていく音を聞きながら俺はマレファルの元に向かう。

 

 使用人の奴隷たちがチラリと俺を見る。

 怯えたようだが、何か期待するようなものも感じる。

 俺に何を期待しているのか分からない。

 そんな期待なんて俺にとってはどうでもいい。


 兎に角、会いたい。

 会ってからどうするのかを決める。

 俺はそう思いながら足を動かす。


 屋敷の扉の前に立つ。

 ゆっくりと片手を添えて押し開ける。

 開かれた先には使用人の服に袖を通し。

 優雅に礼をする浅黒い肌のファーリーの少女が立っていた。


 彼女は俺を見つめながら、お決まりの言葉を発した。


「ようこそ……また、お会いしましたね。お客様」

「……アイツは、何処だ」

「……此方にどうぞ」


 使用人のベルが立っていた。

 彼女は目を細めながらも、手を階段の方に向けて俺を案内する。

 俺はそれ以上は何も言わずに彼女の後をついていく。

 

 二階へと続く階段を上がり、彼女の後をついていき奥の部屋に向かった。

 真っすぐに歩いていけば、扉が一つあった。

 ノックをすれば奴の声が返って来た。

 ベルが先に中へと入り、俺も後に続いて中に入っていった。


「……やぁ、来る頃だと思いましたよ」

「……」


 周囲に目を向ける。

 本棚が幾つかあり、目の前には立派な机もあった。

 が、奴は机の前で座ってはいない。

 本棚から本を出して読んでいたようだった。

 奴は俺に視線を向けてから持っていた本をぱたりと閉じる。

 俺は何も言わずにただジッと奴を見つめていた。


「どうかしましたか? ひどい顔だ……まるで、悪夢でも見たかのようですね」

「……見せたのはお前だろう」

「ん? 何を言って……あぁ、アレの事ですか。悪夢……ふむ、確かに捉え方によってはそうですねぇ。私としましては、貴方にとって“成長の糧”になるものだと思いましたが」

「……何?」


 俺は拳を硬く握る。

 こいつは今、何と言った。

 成長の糧だと言った。

 人一人を惨殺し、剰え、それを俺に見せる事が成長だとほざいた。


 ふざけている。

 何処まで人の命を軽んじているのか。

 俺は殺気を滾らせながら奴を睨んだ。

 しかし、奴は俺の殺気を受けてもへらへらと笑っていた。


「成長の糧ですよ。今回の件、貴方は全て自分自身で解決できると思い込んでいた……違いますか?」

「……何が言いたい」

「簡単です……貴方は“自惚れていた”んですよ。自分の力で全てを解決し、全員の幸せを掴み取る事が出来る。そんな事を思っていたんでしょうが……あり得ないでしょう? そんな――“妄想”は」


 奴は俺を嘲笑する。

 人を小馬鹿にしたような笑い方で。

 俺は無言で奴を睨みながら殺気を放つ。

 止めようとしても殺気が溢れ出す。

 心からどろどろとしたどす黒い何かが溢れ出しているようだった。

 俺の中にある何かがこいつを殺せと叫んでいた。


 俺は静かに奴に問いかけた。


「……お前は最初から……ギュンター先生を殺すつもりだったのか?」


 俺は聞いた。

 いや、聞いてしまった。

 その答えは明らかで、問いを投げる必要も無い事なのに……奴はけろっとした顔で呟く。

 

 

 

「――えぇそうですよ? それが何か?」

「……ッ!!」


 

 

 俺は奴に飛び掛かる。

 その首を掴み、机を破壊してその体を床に押し付けた。

 ギリギリと力を強めながら奴に対して叫ぶ。


「どうしてッ!! お前は何で、ギュンター先生をッ!!」


 首を片手で締め付けながら叫ぶ。

 奴は不気味な笑みを浮かべながら言葉を発した。

 

「はは、貴方がそれを言いますか? 契約だからですよ。彼は契りを破った。だからこそ、罰を受けたんですよ」

「罰なら他にもあった筈だッ!! 殺す事がお前にとって何のメリットがあるッ!!」

「メリット? そんなものはいりませんよ――私が満足すればそれでいいんですから」

「……っ!」

 

 奴は笑みを深める。

 心からの言葉であり、今の言葉に誇張は無い。

 こいつは人一人の命を自分が満足するから消した。

 それも惨たらしい方法によって彼の尊厳を踏みにじった。

 それが堪らなく不快で、俺は自然と手に力を込めた。

 ギリギリと音がして奴の首が締まっていく。


 理性のタガが今にも外れそうで。

 それを外してしまえば、俺は本気でこいつを――奴は笑みを深める。

 

「はは、はは……それが、貴方の本性だ。善人であろうとも、一度皮を剥げば、その下には血を求める獣しかいない。全くもって――醜い人間そのものだ!」

「……っ! お前が、それをッ!!」

 

 奴は口から泡を吹きながらも笑みを崩さない。

 ただジッと俺の目を見つめながら笑っていた。


「満足するから、幸せになるから。人は何時だってそれだけの為に行動する。善行も、悪行も、ただ満たされる為だけに行われるんですよ。人を助ける事で、貴方は満たされたかった。口では見返りを求めずとも、貴方自身は誰かを救う自分に酔いしれて、後先も考えずに行動したんですよ」

「違うッ! 俺はヘザーたちが笑って暮らせる為に」

「それこそが貴方にとっての幸福を得る為の“理由”だったんですよ! 幸せそうに笑い、家族が輝かしい未来へと進むさまを見て、貴方は勝手に自分がそれを成し遂げたのだと実感したかった! 達成感が、その綺麗な功績が、貴方にとっては何よりも幸せに満ちる為のスパイスだったんですよ! そんな自分勝手な行いが、結果的に一人の男を死に追いやった! 貴方が彼らの手を差し出さなければ、彼の元につれて行かなければ彼は死ななかったんだ! はははは、何とも愉快なストーリーじゃないですか! 喜劇としては最高だ!」


 奴は泡を噴き出しながら狂ったように笑う。

 俺はそんな奴の言葉を遮るように首を左右に動かす。

 

「……違う。違う違う違う違う違う!! 彼は、ギュンター先生は!」

「――だったらァ! そう思い込んでいればいい! 一生現実から目を背けて、貴方自身の咎を人になすりつけなさい!! 簡単だ、誰かに泥を塗る事で自分は綺麗なままでいられる! なすりつけ、貶めて! それだけで貴方は清廉潔白なんだ! ははは! 人間らしい、貴方はとても“素敵な人間”だ!!」

「――るさい、うるさいッ!! 黙れェェ!!」


 俺は両手で奴の首を掴む。

 何かが千切れるような音が聞こえた気がした。

 

 ギリギリと腕に力を込めていった。

 奴は不気味な笑みを零しながら頬を赤くする。

 か細い吐息は熱を持ち、苦しい筈の奴は恍惚とした表情を浮かべていた。

 そうして、ジッと俺を見つめていた……やめろ。


 その目で俺を見るな。

 その口で俺を語るな。

 その表情で俺を苛立たせるな。


 全てが不快で、全てが神経を逆なでし。

 全てが俺の殺意を激しく刺激する。

 

 

 

 やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめやめやめやめやめやめ――やめろッ!!!


 

 

「――アアアアァァァァッ!!!!!!!」

「――ぁぁ」

 

 

 

 俺は叫んだ。

 そして、全ての力を込めて奴の首を握る。

 俺は呼吸を荒くしながら奴を黙らせようと力を込めて――“バキリと音がした”。



 

「……ぇ?」


 

 

 今の音は……“何だ?”


 いや、俺は……“何をした?”

 


 

 音がした方向をゆっくりと見る。

 すると、奴が笑みを浮かべたまま白目を剥いていた。

 口からはあぶくを吹いている。

 ゆっくりと手を離せば、頭が自然と転がりだらりと舌が口から出た。


 呼吸はしていない。

 心臓の鼓動も止まっている。

 瞳孔は開いていて、指一本も動いていない――死んだ。


 

 死んだ、死んだ…………しん、だ?


 誰が、やった、誰が、これを、誰が……お、れ?

 


 ゆっくりと理解していく。

 ゆっくりと手に残った熱を確かめる。

 ゆっくりゆっくりと体が震えていき、自然と手が顔を覆う。


 心臓の鼓動が早まっていく。

 苦しくもないのに呼吸が荒くなっていった。

 指の隙間から見えるのは物言わぬ死体で――“俺が、殺した”。

 

 

「あ、あぁ、ああ、ぁぁあ……あああぁぁぁ」

「……」


 

 俺は両手で顔を覆う。

 目の前には死体が転がっていて、それを作ったのは俺自身だ。

 俺は無抵抗の人間を殺した。

 山賊でも盗賊でもなく。

 悪党であっても、非武装の人間をこの手で殺した。


 

 仕方なかった、理由があった……違う。


 

 俺は俺自身の為に、俺の心を守る為にこいつを殺した。

 こいつの言葉は全て的を得ていて、俺の心を乱したからこそ俺は衝動的な行動に走った。

 満たされたかったから誰かを救い、自惚れていたからこそ見誤った。

 それを他人のせいにして、自分自身は悪くないと思い込んで……正しいよ。


 

 全部、全部……“お前が正しい”。


 

 俺は善人なんかじゃない。

 俺はこれっぽっちも良い心を持っていなかった。

 ただ自分自身の為に行動していただけだった。

 命を懸けるという行為でさえも、自分自身が幸せになる為の賭け事でしか無かった。


 

 ……俺は小さく……俺は浅はかで……俺は、俺は……っ。


 

「……俺が、悪かったんだ……全部、俺の、せいだったんだ」


 

 ――“俺は自分自身の罪を認めた”。

 

 

 俺がヘザーたちと関わらなければ良かった。

 俺がヘザーたちを診療所へと連れて行かなけばよかった。

 俺がマレファルと契約を結ばなければ良かった。


 

 

 俺が、俺が……“全て、俺の責任だ”。


 

 

「ぅ、ぁぁ……く、ぅぅ」


 両手で顔を抑える。

 強い吐き気と共に視界が大きく歪む。

 指の隙間から涙が零れ落ちていった。

 

 ぽたぽたと涙が零れ落ちていく。

 それがゆっくりと死体となったマレファルの顔に降り注いだ。


 泣いて泣いて泣いて、雫が奴の死体に落ちていく。

 こんな事をしても俺の罪は消えない。

 こんな事をしても俺が許される事は無い。


 どうしてなんだ。

 どうして、俺はこんなにも弱いんだ。

 もしも、師匠であったのならこんなクソのような結果にはならなかった。

 師匠ならもっと上手くやれた筈だ。


 俺なんかが関わったせいで、ギュンター先生は死んだんだ。

 

 悔やむ事に意味はない。

 この涙は無価値だ。

 しかし、俺は気づいている。

 

 涙を流す事で、俺が感じている痛みや苦しみ。

 そして、この心は覆うような冷たい感覚から――



 

「――救われる、そうですね?」

「…………なん、で?」




 扉越しに声が聞こえた。


 その声を聞いた瞬間に口から勝手に言葉が出た。


 ベルがゆっくりと扉を開ける。

 

 すると、扉の奥から――“悪魔が現れる”。


 

「やぁ」


 

 片手を上げて朗らかに笑うマレファル。

 同じだ。髪型も体形も、その気味の悪い薄ら笑いも。

 白いスーツも、全部……死体と同じだった。


 俺は目を大きく開けながら、死体を見つめた。

 そうして、ゆっくりと奴の方に視線を向ける。

 すると、奴は俺の前に移動し腰を屈めて俺の顔を至近距離で覗き込む。

 奴はにたりと笑い、ゆっくりと言葉を発した。


 

「その表情が……見たかったぁ」

「……お前は……なん、何だ……お前は……本当に……っ」


 

 俺は震える声で奴に問いかけた。

 恐怖だ。得体の知れない何かに対する本能で。

 俺は何の力もない目の前の存在を恐れていた。

 

 奴はゆっくりと姿勢を戻し、ベルに死体の片づけを命じた。

 ベルは言われるがままに、死体から俺をどかしそれを担いで去っていった。

 残された俺とマレファルは無言のまま見つめ合う。


「……さっきの言葉の答えですよね……はい、私は……“人間ではありません”」

「……っ」

「と言っても、体を構成するものは人間とほぼ変わりません……唯一の違いは、この肉の体に埋め込まれているものが魂ではなく……ただ高度なだけな術式、といったところでしょうか」

「……ゴーレムって言いたいのか」

「おや? その言い方からして同じようなものを見たご経験がおありで?」


 奴は茶化すような言い方をする。

 俺はその場から立ち上がり剣に手を掛けた。

 奴は「それはよした方が良いですよ」と忠告する。


「一度目は許しましょう……ですが、二度目はありません。この国を追い出されるのは貴方も本意では無いでしょう?」

「……お前の、目的は何だ……お前も、終焉の導きの一人なのか」


 俺は奴を警戒しながら問いかけた。

 すると、奴は笑みを浮かべながら答えた。


「“必要悪”――それが私に与えられた命令です……残念ながら、貴方が期待するような存在ではありません。私はただ命令のままに動くだけの肉人形……世界を滅ぼす事を目的とした組織との関りは……“今のところ”はありません」


 奴はそう言って俺の横を通り過ぎる。

 そうして、転がっていた本を拾い上げてからゆっくりと転がっていた椅子を直し座る。

 奴は窓の方に向き、静かに本を読み始めた。


「ごくろうさまでした。貴方の役目は終わりです。これにて契約は終了……学びを活かし、この国でより良い出会いがある事を願っていますよ。ルーク・ハガード」

「……どの口が……っ」


 奴に対して怒りを露にする。

 が、奴はそれ以上は言葉を交わす事は無かった。

 俺は遣る瀬無さを感じながらも、此処ではこれ以上は何も出来ないと悟った。


 俺はゆっくりと足を動かして部屋を出る。

 静かに扉を閉めていく中で、奴を背中越しに見つめる。

 得体の知れない悪魔は、魂の無い人形であったが……その言葉ですらも信じていいものかは分からない。


「……っ……」

 

 ばたりと扉を閉める。

 そうして、静かに重い息を吐く。


 握った拳を小さく震わせる。

 衝動的に奴を殺してしまったが。

 それすらも奴が仕向けたものだった。

 俺は最初から最後まで奴の掌の上で踊らされていた。


 自分の罪を認め、己が善人でも無ければ強き者でも無いと悟らされた。

 奴自身はこれを単なるショーではなく。

 俺自身の成長の糧であると言っていたが……それはどういう意味なんだ。


 アイツは言った。

 自分自身が満足する事が全てだと。

 そして、己に与えられたのは必要悪である事だとも言った。

 それが何故、どこの人間かも知らない男の成長を促す必要に繋がるんだ。


 ……アイツは本当に終焉の導きに関わっていないのか。そうだとするのなら、あの術式は一体誰が?


 分からない。何も分からないが……帰ろう。


 今の俺は空っぽだ。

 怒りも殺意も消えて、ただただ空しいだけだった。

 何かをする為に此処に来た。

 そして、その何かもあっさりと終わった。

 それは無意味な事で、ただ奴の期待に応えるだけの結果に終わった。


 もう何をしたとしても、アイツを喜ばせる事にしかならないと悟った。

 だからこそ、今、俺が出来る事は此処から一刻も早く離れる事だった。


「……くそ」


 抵抗するように言葉を吐く。

 足を動かして、俺は皆の元に戻る事にした。

 そうして、俺は涙の跡を消すように指で目元を拭う。


 マレファルは死なない。

 死んだとしても蘇る。

 それは死狂のような奇跡ではなく。

 単純に自らの保有する素体を使って蘇ったかのように演じているだけだ。

 もしも、奴そのものを消すのであれば、その術式自体を破壊する他ない。


「……何、考えてんだ」


 マレファルの殺し方を考えてしまった……結局、復讐がしたかったのか。


 俺は人間として浅い。

 会って間もないギュンター先生の死を見て。

 そんな彼の無念を晴らすべく俺は奴を殺しに来た。

 一度は殺せても、その死には何の意味も無かった。


 アレは警告だ。

 一度目は許されたが。

 もしも、もう一度同じ事をしていれば……俺以外の人間にも迷惑を掛けていただろう。


 アードルングやギルバート。

 レーラもそうだし、ヘザーたちも場合によっては罪に問われる。

 二度目の殺しで、俺はギュンター先生どころか。

 全ての命を危険に晒していたかもしれなかったんだ。

 そうなっていれば、俺は本当の道化であり……強くなりたい。


 体だけじゃない。

 心も強くしなければならない。

 何事にも動じず、冷静に物事を判断できるようになりたい。

 この先でも、俺は誰かの死体を見る事があるかもしれない。

 全てを救う事は出来ない、選択を迫れる時も来るだろう……その時にまた俺が判断を誤れば……っ。

 

 今回のような事を二度と起こさない。

 全てを救えるくらいに強くはなりたい。

 が、急に英雄のような強さが得られる筈が無い。


 ……過ちを繰り返せば……俺はきっと死んでも後悔するだろうさ。


 マレファルのお陰とは絶対に言わないが。

 俺は強くならなければならないと悟った。

 もう二度と友人を失わない為に……これは誓いだ。


「……先生……すまねぇ……アンタの覚悟を、俺は無駄にするところだった」


 ぼそりと呟く。

 先生はもう何処にもいないが。

 彼が遺してくれた命はまだ存在している。

 俺のお陰ではない。

 ギュンター先生の覚悟によってヘザーたちは救われたんだ。

 俺はそう自分に言い聞かせながら、静かに掌を見つめて握りしめた。


 暑い。感じなかった熱が感じられる。

 ようやく戻って来た。

 やっと何時もの調子に戻りつつある。

 

 俺は静かに息を吐く。

 そうして、両頬を叩いた。


「……うし」


 落ち込むのはやめだ。

 これ以上は自分を責めても何も変わらない。

 本当に意味がない事をしたって、先生は帰ってこないんだ。

 

 ギュンター先生を死なせたのは間違いなく俺だ。

 でも、それを悔やんでも先生は生き返らない。


 俺が出来る事はヘザーたちの新たな人生を見届ける事だ。

 そして、先生の墓前で謝罪する事だけだ。

 それで許されようなんて思っていない。

 が、これから先も前に進むのならケジメは必要だ。


 俺は前を見て歩いていく。

 止まっちゃいけない。

 足を止めれば、二度と進まなくなっちまう。

 友の死を受け入れて、俺は――先に進まなければならない。


「……っ」


 ずきりと胸が痛みを発した。

 片手を胸に添える……大丈夫だ、俺の心は……“まだ、生きている”。

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