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078:これが現実だった

 戦いが終わった。

 俺たちは信用は出来ないものの、奴の手配した魔物の乗り物に乗り込んだ。

 来た時と同じように扉はロックされて景色も見えもしなかった。

 揺れも最悪であり、魔力切れを起こしかけているからこそ少し吐き気も感じていた。

 それでも何とかマルケッテへと帰って来た頃には日は沈みかけていた。


 外へと出て深呼吸をする。

 クソのような暑さであり、肺に空気を入れればむせ返るようだった。

 だが、生きているからこそこの蒸し暑さも感じられるんだ。


 仲間たちも地面に降り立ち。

 ホレスの爺さんもアードルングが背負っていた。

 マレファルの手下たちは何の言葉も無く去って行って。

 俺たちは奴らを見送ってから、そのままギュンター先生の診療所を目指して歩いていった。


 もう日が沈みかけているからか。

 やっている出店はほとんどない。

 露店商たちは店じまいを始めていて。

 住人達も暗くなる前に帰路につこうと急いでいるようだった。

 夜でも出歩くのはこの街に慣れた人間であったり、“夜の仕事”をするような人間たちだろう。

 俺やアードルングは冒険者であり、レーラも戦いの経験はある筈だ。

 ギルバートは賢いからこそ危険な場所に自らいく事は無い。


 用が無いのなら出歩かなければ良いだけだが。

 折角来たのだから、美味い飯屋を探したり掘り出し物が売っているような店をぶらつきたい。


 ……まぁ、それでもあまり夜は出歩かない方が良いのは確かだ。


 殺しもあれば、人攫いも徘徊している。

 宿屋の店主から聞いたが、あまり衛兵も評判は良くなさそうだった。

 金さえ払えば、犯罪者であろうとも見逃す輩もいるようで。

 安全に観光をしたいのなら、目立たず厄介事に首を突っ込まない事だとアドバイスもされた……結局、突っ込んじまったけどな。


 ……でも、後悔はしていないぜ。


 ヘザーたちは今後は盗みはしないだろう。

 ホレスの爺さんも健康状態には問題ない。

 此処へ来る前に彼から話を聞いたが、昔馴染みがいるようで。

 そいつを頼れば、また店が開けるかもしれないと言っていた。

 俺たちは少しだけ不安に感じたが、マレファルたちが約束を守るのなら今後は問題ないだろうと思っておいた。

 何かあれば暫くはこの街を拠点にするから頼ってくれと伝えて。

 爺さんはとても感謝している様子で深々と頭を下げてくれた。


「……にしても、今日は人が少ないな……気のせいか?」

「……確かに、この時間帯ならまだ人は出歩いている筈だが……何やら慌てている気もするな」


 俺の言葉にギルバートも同意した。

 露店商たちが店じまいをしているのは普通だが。

 住人たちが急いで帰っていくのは少し奇妙に感じた。

 幾ら夜は危ないからと言っても、ここの住人たちがそれだけで家路を急ぐのか?

 

 そんな事を考えながら、俺たちは足早に去っていく住人たちを見ていた。


「――止まれ」

「……ん?」


 後ろから声が聞こえた。

 足を止めて振り返れば、衛兵の服装をした人間たちが立っている。

 白を基調とした厚手のローブを纏い。

 軽装の鎧なども組み込まれた戦闘装束で。

 その手にはよく手入れされた槍が握られていた。


 衛兵の数はざっと五人ほどで。

 顔がいかつい壮年の男が一歩前に出て、俺たちが何処から来たのか尋ねて来た。


「俺たちか? 俺たちはドニアカミアから来たけど……今日は闘技場にいたぜ」

「……まさか、お前は……その手に持っている箱は何だ?」

「これか? 俺にも分からねぇ……マレファルの野郎が俺に渡してきたんだよ」

「……! そうか……悪かったな。もう行っていいぞ」


 衛兵の男は軽く頭を下げた。

 そうして、踵を返して去ろうとした。

 俺はそれを呼び止めて、何か街の様子が変である事について聞いた。

 すると、衛兵の男はチラリと俺を見てぼそりと呟く。


「……事件だよ。先ほど“変死体”が見つかってな……悪い事は言わない。すぐに宿に帰った方が良い」

「……ありがとよ」


 衛兵たちは去っていく。

 どうやら、事件が起きた事によって街の人間たちもぴりついていたらしい。

 ただの殺人事件ではなく、変死体が発見されたと言っていたが……胸騒ぎがする。


「……急ごうぜ」

「あぁ、そうだな」


 俺が呟けば、アードルングは頷く。

 ギルバートとレーラも頷いて、俺たちは少し歩調を早めて診療所を目指した。




 診療所へと辿り着いた。

 変わった様子は無いようで取り敢えずは安心した。

 扉の前に立ち軽くノックをする……が、返事はない。


「……いないのか?」


 ノブに触れる。

 回して見ればガチャリと音がして開いた。

 鍵は閉めていないようであり、少しだけ心臓が強く鼓動した。


 中へと入れば、明かりはついておらず暗い。

 物音は全くしていなかった。

 耳を澄ませば、少しであるが声が聞こえる。

 どうやら、ヘザーたちが起きているようだった。


「……脅かすなよ。たく」


 俺は頭を軽く掻く。

 そうして、待合室を抜けて階段を上がる。

 二階へと行けば声は更に大きくなった。

 俺は三人がいる部屋の前の扉で止まりノックをした。

 すると、奴らは驚いたような声を出し誰だと聞いてきた。


「俺だよ。俺……入るぞぉ」

「ば! 勝手に入るんじゃ……父ちゃん?」

「……ホレスの親父……何で、どうして……まさか、本当に」

「……ヘザー、バリー……コリーもいるな。良かった、本当に良かった……また、お前たちに会えて、儂は」


 アードルングはホレスの爺さんをゆっくりと下ろす。

 彼はひたひたと歩いていき、ベッドで眠る三人に近づいていった。

 彼女たちは痛む筈の体を動かして彼に手を伸ばす。

 爺さんはそんな二人の手を掴みゆっくりと抱きしめた。


 三人はようやく再会できた。

 やがて、三人は堰を切ったかのように泣き始める。

 声を大にして泣いており、俺たちはその光景を温かく見守っていた。


 泣いて、泣いて、泣いて……ゆっくりと三人は離れる。


 ホレスの爺さんは俺たちの方に向き直り深々と頭を下げる。

 二人もそれに倣う様に俺たちに頭を下げて来た。


「本当にありがとうございました……お礼をしたいのですが、生憎と今の儂には何も……ですが、この御恩は一生を掛けてお返しします。どうか、儂らの事を忘れる事無く、何時か会いに来てください。その時には必ず、金でも何でも用意させて頂きますので」

「よ、よしてくれよ。別にアンタたちにそんな事してもらわなくてもいいんだからよ……まぁどうしてもって言うんだったらさ……今度、アンタの作った料理を食わせてくれよ」

「……そ、そんな事でいいのですか? 料理なら酒場の経営で嗜んでいましたが……いや、やっぱりお金の方が!」

「いやいや! いらねぇから! 俺は金よりも美味い飯の方が嬉しいの! 三人もそうだよな! な!?」

「「「……いや、金が良い(です)」」」

「おいぃぃ! そこは違うだろ!?」


 三人は俺を裏切り、金を要求しようとする。

 が、彼らはくすりと笑って冗談であると言う。

 俺はがっくしと肩を下ろしため息を零す……心臓に悪いぜ。


「「ふ、ふふ……ははは!」」

「……ようやく、笑えたな……そっちの方が魅力的だぜ?」

「……っ! な、何言ってやがる。こ、このロリコンが!」

「……とか言いながら、顔が赤いぜ。ヘザーうごぉ!?」


 ヘザーは顔を赤くしていた。

 そんな彼女を茶化したバリー。

 ヘザーは一瞬で拳を固めて彼の頬を殴った。

 バリーは唾を吐き出しながらベッドから転がり落ちた。

 ホレスさんはおろおろとしてバリーを心配するが。

 ヘザーは毛布を頭までかぶって隠れてしまう。


 喧嘩みたいになっているが、これがこいつらの日常なんだ。

 俺はそう思いながら、ふと気になった事を二人に尋ねる。


「……そういえばギュンター……先生は何処だ? 気配がしねぇけど」

「……え? 会ってないのか? すげぇ朝早くに出ていくって言ったから、てっきりお前たちと行動してるって思ったけど」

「……子供たちを置いて鍵も閉めずに出ていったのか?」

「……それは妙だな……先ほどの衛兵の言葉もあるから、探しに行った方が良いだろう」



 アードルングはそう言って部屋を出る。

 俺もついて行こうとしたが、手にはデカい荷物がある。

 先にアードルングに待っていてくれと伝えて、俺はこの荷物を取り敢えず隣の部屋に置くことにした。


「二人は留守番だからな?」

「ま、またですか……ま、まぁ私はその方が嬉しいですけど」

「……楽が出来る訳じゃないからな。俺たちは彼らの護衛だ。そうだろ?」


 レーラがにへらと笑う。

 そんな彼女の油断をギルバートは指摘し、俺の狙いを読み取ってくれていた。

 俺は頷きながらそういう事だと伝えた。


 部屋から出て、アードルングは階段を下りていく。

 俺は隣の部屋へと向かって足を進める。

 扉の前に立ち、ノブを握って開ける。

 そうして、ギュンター先生の机の上に荷物を置いた……ん?


 机の上に何かが置いてある。

 それは手紙のようであり……見たらまずいか?


 気にはなるが、個人のそれはあまり見てはいけない気がする。

 が、一瞬見るくらいなら問題ないだろう。

 もしかしたら、ギュンター先生にとっての愛する誰かの手紙かもしれないからな。


「ふふふ……ちらっと、ほんのちらっと……え?」


 手紙を上から見る。

 すると、誰に書かれたのかが分かった――俺だ。


 俺の名前が書かれている。

 それが分かって、どういうつもりなのかと思った。

 手紙を手に取り読んでみる。

 すると、その内容は……まるで、“遺書”のようだった。


「何だよ……これ」


 自分はこれから自らの罪の清算に行く。

 これを読んでいる頃にはもう自分はこの世にはいないだろうと。

 知り合いに頼んでおいたから、ヘザーたちの治療は問題ないとも書かれていた。


 一方的で、疑問を解く隙も無い。

 彼が書いた内容が本当であれば、彼は……視線がゆっくりと箱に向く。


「……」


 彼は罪の清算に行くと言った。

 それはつまり、マレファルの元に行った事を意味する。

 マレファルには会える筈が無い。

 マレファルは闘技場にいたんだ。

 だから、会える筈はなく“最悪の事態”だって考えられない。


 

 だが、もし、もしもだ……“一瞬で移動出来た”り、そもそも“会う必要が無かった”のなら?


 

「…………っ」


 

 違う、違う――そんな筈はない。


 

 この箱の中身がそれであるのなら。

 どうやって運べたと言うんだ。

 一瞬で処理を済ませて、一瞬で運んだとでも言うのか?


 それとも、奴は……“あの部屋”で……違う、違う違う違う。


 おぞましい考えだ。

 俺の戦いを見て、彼にそれを見せつけて。

 奴はゲームを楽しむように彼の命を摘み取ったのか。

 何があってそんな事をする、何が楽しくてそんな思考ができる。


 呼吸が荒くなっていく。

 心臓がどくどくと鼓動していた。


 確かめなければいけない。

 このまま放置していても何も変わらない。

 俺はゆっくりと手を動かす。

 箱のラッピングに触れて解いていく。

 シュルシュルとテープが解かれて床に落ちる。

 俺は震える手でゆっくりと箱を掴んだ。


 

 

 そっと静かに、箱を持ち上げていった。



 

「――――ぇ?」




 中身が見えた。

 入っていたモノと“視線が合う”。


 

 周りには赤い花が敷き詰められていた。

 冷気のようなものが出ていて、それは小さな赤い果実を咥えていた。

 虚ろであり、焦点は定まっていない。

 ただジッと俺の方を見上げていた。


 

 知っている。

 その瞳も、彼が掛けていた眼鏡も。


 

 知っている。

 この髪型も、少しだけ残った髭の跡も。


 

 知っている。

 知っている、知っている。

 知っている、知っている、知っている。

 知っている知っている知っている知っている知っている知って知って知って知って知って知知知知知知――あぁ。



 

 理解した。

 目の前にあるのが――“先生の頭”なのだと。

 



「……っ!!」

 

 がたりと箱が手から滑り落ちる。

 その場に膝をつき、震える手で顔を抑える。


 何だ、これ……何で、どうして……嘘だ。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……嘘で、あってくれよ。


 全部、上手く行っていた。

 魔物との戦いに勝ち、ホレスの爺さんを救えた。

 ハッピーエンドであり、全員が報われた筈だった。

 それなのに、何で、先生の頭だけが此処にあるんだ。


「あ、あぁ、あああぁ、ああああぁぁぁぁ」


 強く顔を掴む。

 爪が食い込むほどの両手で顔を掴んだ。

 言葉にならない声が漏れ出す。

 押さえつけようとしても勝手に口から出ていく。

 俺は狂ったように頭を机に叩きつける。

 

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……ごとりと何かが落ちて来た。


「……っ!」


 ころころと転がった先生の頭。

 それがジッと俺を見つめる。

 彼の目には光は無く。

 ただただ全てに絶望したような顔で俺を見つめていた。


「……ぅぅ!」


 俺は口元を抑える。

 が、我慢できずに胃の中のものを床にぶちまけた。


 全てを吐き出し、何とか呼吸をする。

 約束したんだ、教えてくれると。

 全てが終わったら、彼にとっての大切な記憶を語ってもらうと。


 嘘だった……全部、嘘だったんだ……彼は、最初から分かっていたんだ。


 彼の契約をマレファルに“協力する”事だった。

 だけど、彼は子供たちを助ける為に彼を“裏切った”。

 罪の清算とは、文字通りその命でもってつけを払う事だったんだ。


 俺は拳を硬く握りしめる。

 そうして、思い切り床に叩きつける。

 床には亀裂が走り、俺の拳は軽く埋まる。

 視界が歪み、雫が零れていった。


「何で、何でだよ……何で、何も、言ってくれなかったんだ……わっかんねぇだろ。言ってくれなきゃ、何も……」


 雫が溢れていく。

 ボロボロと床へと流れ落ちていきシミが広がっていく。


「おい、何をして……っ!」

「……行かなきゃ」


 扉を開けてギルバートが入って来る。

 口元を手で押さえて驚愕の表情を浮かべていた。

 彼はすぐに何かを察知して、レーラを呼んでいた。


 俺はゆっくりと立ち上がる。

 そうして、彼の横を通り過ぎて歩いていく。

 すると、それに気が付いた奴が俺の腕を掴む。


「おい、何処にい……ッ!?」

「…………すぐ、戻る」


 俺はゆっくりとギルバートを見る。

 彼は俺の顔を見て目を大きく見開く。

 そうして、手を勢いよく離して後ずさった。

 俺はそれを見てから視線を前に戻し、ゆっくりと階段を下りて行った。


 行かなければならない。

 奴の元へ……“マレファルの元へ”。

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