067:太陽の国サボイア
関所にて行われた質疑応答。
馬車から降ろされて一人一人調べられたが。
ギルバートは何故か、自分が王族であることは隠していた。
彼はオベリッシュの貴族の名を伝えていたが、その貴族は実際にいるんだろうか。
そんな心配をしていたが、問題は無かったようで俺たちはあっさりと通された。
監視砦の時もそうだったが……裏で何かしているのか?
話を聞く兵士が三人。
そして、その情報を聞いていた別の兵士が関所に建てられた建物に入っていって。
暫くしたら帰ってきて兵士のリーダーらしき男に報告していた。
問題ない事を告げられて俺たちはそのまま関所を通過していった。
「……結局、何処かで話がいっていたのか?」
「いや、違うぞ? アレは組合の記録からお前とアードルングの情報を確認していたんだ。俺とレーラはあらゆる場所で使える通行手形を発行しているから無理に身分を証明する必要は無いがな」
「……組合の記録をか? え、そんな事していいのか?」
「無論だ。悪用する事が出来ないように制限は掛けているが、このような関所であったり監視砦では人の流れをスムーズに行えるように冒険者の記録を閲覧できるようにしている……登録をした時に個人情報は記録されると聞かなかったか?」
「え、あぁ……確かにそんな事を言ってたなぁ……どうやって見てるんだ?」
「その記録を閲覧する方法は簡単に言えば……“魔道具”によるものだ」
「……まどうぐ?」
俺は頭の上に疑問符を浮かべる。
すると、ギルバートは簡単に説明してくれた。
「魔術による術式の組み込みと魔石を使って魔力による運用を前提に開発されている道具の事だ。今までも、そういったものを見た事は無いか?」
「……もしかして、組合で使ってた通信装置も?」
「あぁ、アレか……まぁ原理で言えばそれに該当する。が、魔道具と呼ぶものはもっと複雑なものだという認識でいいぞ」
「へぇ、あれよりももっと高度なものなんだな……でも、ここら辺ではあまり見ねぇよな?」
「……まぁそうだろう。ヒューマンの国ではあまりそういったものは使われていない……“ダリア帝国”であれば、魔道具の研究開発も盛んだがな」
「ダリア帝国か……確かオベリッシュから一つ国を挟んだ向こうの大国だよな。すげぇ優秀な冒険者が多いって師匠から聞いたことがあるぜ」
「……あそこは元々、武力によって周辺国家を取り込んでいったからな。兵士の質は他よりも高い。人材も豊富で、魔道具の研究開発も更なる領土の拡大の布石だと父上たちは睨んでいたがな」
ギルバートは俺にそう説明する。
ダリア帝国は武力だけであればかなりの強さだが。
魔道具の製作に必要な魔石や素材に関しては恐らくは他国から輸入しているだろう。
ダリアは別に豊富な資源が眠っている場所だなんて師匠は言ってなかったしな。
そんな事を話しながら、俺は周りの景色を見る。
関所を離れて暫くすれば、今までの平原から景色は一変した。
見渡す限りの砂漠地帯であり、黄砂が広がっていた。
丸太のように太く長いとげの生えた緑色の植物や今まで見て来た木とはまるで違う独創的な形の木もある。
他にもハートのような形をした厚みのある葉が連なったような植物もあった。
「魔物もいるけど……襲ってこねぇよな?」
目を凝らして見れば、魔物なんかも見えていた。
木の近くでは砂漠と一体化したような体表をした大きなトカゲ型の魔物が群れを成していた。
ぎょろぎょろと目玉を動かして此方も見て来たが、そのまま無視して何処かに去っていく。
他にも砂漠の中から這い出すように出て来るぶよぶよとした体表をした長細い魔物もいる。
目のようなものは見えずにぽっかりと空いた口のような穴の中には螺旋状に鋭利な歯が生えていた。
その体長は見える限りでは三メーテラはありそうで……襲ってきたら一溜りもねぇな。
魔物の脅威にびくびくしながらも、俺は外の景色から気温についても考察する。
馬車の中の温度は変わらないものの、恐らく外はそれなりの暑さなのか。
カンカン照りのようであり、雨が降った形跡もない所を見るに乾燥もしているだろう。
トリエストとは大違いであり、何でここまで景色や気候が変わってしまうのか謎だった。
「……何で此処だけこんな砂漠地帯なんだろうなぁ。不思議だなぁ」
「……その理由はサボイアの中心地にあるものが関係しているんだが……知っていたか?」
「え、何だよそれ?」
アードルングが俺の興味を刺激する言葉を呟く。
彼女に視線を向けて聞けば、彼女はゆっくりと説明してくれた。
「遥か古の時代。古代文明と我々が呼んでいる時代の話だが……天人種が文明を築いていた時代にあった遺産は世界中にて確認されている。そのほとんどが動く事の無い骨董品のようなものだが……この地にある遺物の一つ、“疑似太陽”と呼ばれるものが今でもサボイアでは動いている。それがどのような原理で動いているのかは誰も解明する事は出来ず。長い年月をかけて、それが発する熱によって水は干上がり、植物は枯れ果てたとされている。それがこの広大な砂漠地帯が出来上がった理由だ」
「へぇ……でも、そんな物騒なもんなら壊した方がいいんじゃねぇか?」
「まぁその話も出ていたらしいが……実はその疑似太陽が齎す恩恵が絶大でな。その疑似太陽は魔物の凶暴性を抑える効果があるらしい。そのお陰で、プロでも難しい魔物の調教や繁殖をこの国では多くの人間が仕事として行っているようだぞ」
「魔物の調教と繁殖かぁ……そういえば、魔物は食べられるけど。飼育している奴ってのはあまり聞いたことが無かったなぁ」
サボイアは資源が乏しそうだが。
他の国が出来ない事で国を盛り上げていたらしい。
調教が難しいような魔物でもサボイアならば可能なんだろう。
そうして、育てた魔物などから素材を得てそれを他国にも売るのか……すげぇな。
「ふ、ふふふ……てことは魔物料理が有名なんだろうなぁ。ふ、ふふ……どんな味がするんだろうなぁ」
「……やめてくれ。飯の顔をする奴はレーラ一人で十分だ」
「――! わ、私はそんな顔してません! ギルバート様ぁ!」
レーラが戸を開ける。
ぷんぷんと怒っている彼女にギルバートは乾いた笑みを浮かべる。
俺はレーラを諫めながら、ついたら魔物料理巡りをしようと提案する。
すると、レーラは目を輝かせて涎を垂らしていた。
「……飯の顔だな」
「……な?」
「……! う、うぅぅ!!」
レーラは戸をぴしゃりと閉じる。
一瞬だけレーラから睨まれたような気がするが……何で?
俺は頭の上に疑問符を浮かべながら。
サボイアでもきっと良い思い出が作れるような気をさせていた。
新たな出会いに、新たな冒険で……この世界はやっぱり面白いな!
俺は未知に胸を高鳴らせる。
仲間たちも少しだけ頬を緩めながら思い思いに時間を過ごしていた。
馬車に小さく揺られながら、俺は窓の外に視線を向ける。
視界一杯に広がる砂漠の景色を俺は静かに目に焼き付けていった――
――馬車の扉を開けて外に出る。
視線を上にあげれば、真っ赤に輝く太陽が俺たちをじりじりと照らしていた。
俺は片手でその光を遮りながら、笑みを浮かべて宣言する。
「……くぅ、眩しい! ……でも、到着だな!」
「あぁ、取り敢えずはこの街を拠点としよう。名は確か……“マルケッテ”だったか」
外敵の侵入を阻むような門は無く。
広い砂漠地帯に密集するように建物が集まった場所に俺たちは立っている。
その建物は今まで見て来た石造りのものではない。
砂をレンガのように固めたもので建物を作っていた。
その形も変わっていて、屋根がとんがっていたり丸くなっている。
そして、民家らしいものはとても小さかった。
最小限の居住スペースの中で人々が暮らしている。
中には比較的大きな屋敷もあるが、それらも砂のレンガで作られている。
ある意味で統一感があり、新鮮味があって面白かった。
酒場らしきもものや店なんかもあり、人の流れもそこそこ感じる。
「……へぇ」
周りを見れば、此処に住む人々の顔が見える。
誰しもが白い布で体を覆っていた。
中には顔を隠している人もいる。
ヒューマンが多いが、ファーリーやドワーフもいる。
そして、目を引くのは鎖に繋がれた人間たちで。
彼らは人相の悪い男に監視されながら、同じように止まっている大きな馬車の荷台に荷物を詰め込んでいた。
他にも檻のようになった荷台の中に自ら進んで入る人たちもいた……奴隷か。
……奴隷が多いな……そういや、師匠がサボイアには奴隷市があるって言ってたっけか?
奴隷として売られる事になる人間が集まる場所、それが奴隷市だ。
そこでは珍しい種族であったり何かしらの理由で奴隷に身を落とした由緒ある血筋の人間が高値で売られているらしい。
師匠はそういう所にはあまり行こうとはしていなかった。
俺自身もあまりそんな所には行きたいとは思わない。
もしかしたら行く事になるかもしれないが……いや、行かねぇな。
興味も無いからどうでもいい。
もしも、売られて行く奴の顔を見たら自分でも意味不明な行動を取りそうで怖いしな。
俺は自分自身に奴隷市には近づかないように釘を刺す……うし!
「まだ明るいけど……どうする? 先に宿屋を見つけておくか?」
「……そうだな。早めに宿屋は見つけておいた方がいいだろう……俺とレーラは聞き込みをしてくる。俺自身はあまりこの土地については詳しくないからな。その本の……すまん。どういった所にあると言った?」
「えっと、骨董店だな。マーサさんは骨董店でその本を見つけたって言ってたぜ!」
「……骨董店か……分かった。では、今から“二時間後”に此処で落ち合おう」
ギルバートはポケットから丸い形の何かを取り出して確認する。
俺はそれをジッと見つめていた。
すると、俺の視線に気が付いたギルバートが「そうだったか」と言う。
「時計を持っていなかったな……これを持って行ってくれ」
「これって……魔石だよな?」
「あぁ、それが光ったらこの場所に戻ってきてくれ。それでいいな?」
「おぅ! じゃ、俺たちは先に行くぜ」
「あぁそれじゃ二時間後に……行くぞ」
「はい、ギルバート様」
ギルバートは馬車を管理者に預ける。
金を払えば管理者は笑顔で礼をしていた。
俺たちはそれを見てから、それぞれの目的を達成する為に行動を開始した。
俺とアードルングが歩く。
周りの人間たちは俺たちの事をちらちらと見ていた……いや、俺か?
物珍しいのか。
他の人間のように俺は白い布は巻いていないからな。
でも、物珍しさではない“嫌な視線”も感じる。
まるで、品定めするような視線であり、とても嫌な予感がした。
俺はそれによって警戒しているように思われないように敢えて気づいていないふりをする事にした。
俺は首元に指を入れてパタパタとする。
そうして、アードルングにこの暑さについて話しかけた。
「……にしても、あちぃなぁ。もう汗が出てきてるぜ」
「……私はローブを纏っているから多少は防げているが……フードだけでも被っておけ」
俺の装いはネモ爺さんから貰った鎧を纏っているだけだ。
外套のようになった鎧ではあるが、これ自体に遮熱効果は……お?
アードルングに言われた事を実行した。
後ろに垂れさせていたフードを上げて被れば、何故か知らないが少し涼しくなった。
いや、よくよく体全体を確認すれば、汗が出ていたのは顔だけだと分かる。
「……もしかしてこれ……遮熱効果もあるのか?」
「……複雑な術式が組み込まれているとは思っていたが……便利だな」
アードルングは少し驚きながら俺の鎧を突く。
俺は自分が褒められたかのように感じて照れる。
「お前を褒めた訳じゃないが……まぁいい。それよりも宿だが」
「それは大丈夫だ! 何せ、俺にはマーサさんの紹介状があるからな! これさえあれば高級宿も半額になるんだぜぇ!」
「……そんな事言っていたか?」
「はは、それくらいすげぇって事だよ!」
俺は笑いながら、鞄からマーサさんの紹介状を取り出してアードルングに見せる。
彼女は目を細めながら俺を疑いの目で見つめる。
冗談で半額と言ったが、それほどの価値あるものであるのは確かだ。
これがあったからこそドニアカミアでも安価な値段でしっかりとした宿に泊まる事が出来た。
恐らくは、サボイアであってもその効果は確かであり。
長い旅の中ではマーサさんの紹介状は無くてはならない必須アイテムだった。
もしもこれを失えば、今後の旅において消費される金の額も大きく差が生まれる筈だ。
死んでも無くしてはならないものだ。
いや、それ以前にこの紹介状はマーサさんの気持ちなのだ。
例え効果が無かったとしても俺にとっては初めての冒険で泊まった宿の思い出だ。
俺にとっての宝物の一つであるとアードルングに言う。
すると、彼女はくすりと笑って聞き飛ばしていた……本当なのになぁ。
俺は紙をアードルングに見せながら尚も力説し――うぉ!?
「ヒヒィィィィ――!!!」
「おい、暴れるなぁぁ! ひ、ひぃ!?」
「何だ何だ!?」
獣の鳴き声が聞こえた。
見れば立派なたてがみの大きな馬が暴れている。
荷車を積んでいたようだが、暴れたせいで周囲に商品が散らばっていた。
その馬の所有者らしき太った男が必死に止めようとしていたが全く言う事を聞いていない。
そのまま馬は暴れ続けて男は落とされて、それが猛然と此方に向かって走って来た。
「おいおいおいマジかよぉぉ!?」
「……私は右。お前は左だ」
「えちょ――っ!?」
アードルングがぼそりと呟く。
そちらに視線を向ければ彼女は既に飛んで回避していた。
すぐそこに馬が迫っていて、俺も反射的に反対の方に飛んだ。
暴れ馬はそのまま俺たちが来た方向へと進んでいく。
俺はホッと胸を撫でおろし――いぃ!?
「……!」
「うあぁ!?」
飛んでいった方向に視線を向ければ人が立っていた。
顔もすっぽりと汚れた布で覆った小柄な人だ。
俺は必死に手を振るものの軌道は変えられずにそのままぶつかってしまう。
俺は落ちていた籠を吹き飛ばし、ぶつかった人はよろよろとよろめきながらも倒れていなかった。
「ごめんよ!」
「いちち……お、おぅ。こっちこそごめんよ!」
小柄な人はそのまま俺に謝って去っていく。
少し高い声だったが、とても律儀な人だったな。
俺も慌ててその人に謝ったが、その人はそのまま何処かを目指して走っていく。
俺はその人の背中を見つめながら「慌ててたなぁ」と呟く。
「……ハガード」
「ん? どうした? 怪我は無かったか?」
「私は問題ない……ハガード、アレはどうした?」
「んあ? アレって何が…………ぬあぁぁああぁぁあぁぁいぃぃぃ!!?」
先ほどまで持っていた紙が無くなっていた。
俺は周囲を確認する――が、無い。
何処にも落ちていないし、宙にも舞っていなかった。
いや、そもそもあまり風は吹いていないから飛んでいく筈はない。
何処に、何処に、何処に何処に何処に何処何処何処何処――
「ぷ、ふふ、あの間抜け面――いい気味だぜ」
「ひひ、だっせぇ――ざまぁみろ」
「……!」
俺の耳が悪しきものの声をキャッチした。
ぐるりと首を動かして見れば、馬が突っ込んできた方向に二人の小柄な人が立っている。
何方も先ほどぶつかった人と同じような汚い布で顔すらも覆い隠していて――瞬間、俺は悟った。
『ごめんよ!』
「――アイツだぁぁ!!」
盗まれた――奴らはグルだ。
旅人から金目の物を盗む盗人たちで。
俺はまんまと奴らによってマーサさんの紹介状を奪われた。
周囲の人間に聞こえるような声で値打ちものであるように話したからか。
いや、それ以前に旅の装いだったから狙われたのか――関係ねぇよ。
二人の小柄な人間たちは何かを悟って走り去っていく。
ガキどもはそのまま路地裏へと消えていった。
俺はその二人の去った方向をじっと睨みつける。
盗まれた、何が――俺にとっての“宝”だ。
たかが紙切れ、無くてもいい――違う。アレは俺にとっての“記念すべき品”だ。
子供のした事だ――許せない。奴らはマーサさんの“想い”を奪っていった。
俺は業火のように燃え盛る怒りという感情を目から迸らせる。
歯を砕けるのではないかと思える強さで噛み締めてギリギリと音を鳴らす。
恐らくは顔中の血管が浮かび上がっている事だろう。
声からして奴らは子供であるが――盗人に容赦はしない。
「ガキがぁ――ぶっ潰すッ!!」
「おい、ハガード!?」
俺はアードルングの制止も無視して走り出す。
今はただ、あのガキどもからマーサさんの紹介状を奪い返し――熱い拳骨をお見舞いしてやりたかった。




