063:現実的な問題
大通りに並ぶ出店たち。
その中で気に入った店を選んで注文。
品を受け取って金を渡し、俺たちは設置されていたベンチに座る。
丁寧に洗い流された木のコップの中にはワインのように赤い液体が並々と注がれていた。
ふわりと白い湯気が立ち昇っており、鼻孔を擽るお茶の香りがとても良い匂いだった。
匂いを堪能し、ゆっくりと口をつけて……温かいなぁ。
ほどよい温かさのお茶だ。
食後に温かいお茶はとても良い。
何時もなら酒を飲んでいるところだが。
今回は未成年の少女がいた。
大人として最低限の常識はあるからこそ酒を飲むのは控えた。
チラリと隣に座る少女を見る。
すると、ちょろちょろと小さな口でお茶を飲んでいた。
フードに隠れた顔は見えないものの、その吐息から満たされているのは何となく分かる。
俺はそれに気分を良くしながら、彼女に質問をする。
「……美味いか?」
「……はい……美味しいです」
「……そっか」
ベンチに座り、一緒に飲み物を飲む。
この子の名前はレーラ・タルナートと言うらしい。
よほどお腹が空いていたのか俺が与えるもの全てを平らげて……お陰でかなりの出費だ。
事情は詳しくは教えてくれなかったが。
何でもある目的があってオベリッシュから態々此処まで来たようだ。
あの口の悪いガキはこの子にとっての主君らしく。
彼女はあの馬鹿野郎に付き合う形でついてきたのはいいものの。
あの馬鹿は計画性があまりないようで金を無駄に使い続けた。
高い宿屋に宿泊し、一番高い馬車で安全に此処まで来て。
その結果、満足に飯を食う余裕もなくなり困り果てていたようだ。
レーラはアイツの事を悪くは言っていない。
嬉しそうに此処まで来るまでの過程を話してくれただけだ。
だが、その情報だけでどれだけ“快適な旅”をしてきたのかは手に取るように分かる。
昨夜の事もそれで気が立っていたから言いがかりをしてしまったようで……とんでもねぇな。
無計画で旅に出た馬鹿野郎は良い。
ただこの子は可哀そうだろう。
主君というのはつまりそういう関係であり、一蓮托生だ。
主が死ねば次は自分であり、彼女は飢えて死ぬまで馬鹿野郎に付き合わなければならない。
おどおどとしている様子からして間違いを指摘してやる事も難しそうだ。
このまま放っておいたら確実に何処かで野垂れ死ぬだろう……うーん。
木のコップに注がれた温かなお茶を飲む少女。
ほっと幸せそうな息を吐く姿は年相応のかわいらしさがある。
顔は見えないものの、こんな未成年の子供が世間知らずのガキと旅をするのは危険だ。
「……主君って事は……アイツは良い所の坊ちゃんだろ? 何で護衛を連れていないんだ?」
「……その……ギルバート様が……お断りされて……私が……ご、護衛兼お世話係として……ご、ごめんなさい」
「え、いや、何も謝らなくても……そっかぁ。嬢ちゃんは苦労してんだなぁ」
「い、いえ! わ、私なんか……その、ギルバート様には……恩があるので……頑張らないと」
「恩ねぇ……健気だねぇ。泣けるじゃねぇか……うし! これも何かの縁だ! 俺たちは暫くは王都に滞在しているからよ。何か困ったことがあったら言ってくれよな! 力になるぜ!」
俺はどんと胸を叩く。
すると、レーラはぱぁっと笑みを浮かべる。
俺はその視線に気分を良くしてまだ腹は減っているかと……お?
視線を大通りの城がある方向へ向ける。
慣れ親しんだ気配を感じたからだ。
態と分かるように気配を出しておりキョロキョロと見ていれば……やっぱり!
向こうの方から笑みを浮かべたアードルングが歩いて来る。
彼女には俺が見えているようで真っすぐ此方に向かってきていた。
小僧を探せばその背後からついてきており……おぉ。
アードルングが目の前に立つ。
そうして「待ったか?」と聞いてきた。
「いや、待っては無いけどよ……その……それは?」
「ん? あぁ……途中で“転んで”な」
「……ち、ちが」
「――転んだ、だな?」
「……は、はい……ぅ、ぅぅ!」
小僧の顔はパンパンに腫れていた。
まるで、蜂の巣の中に顔を突っ込んだようにだ。
見た目は派手だが、外傷を追ってそうなった訳じゃないだろう。
恐らくは魔術による何かであり……恐ろしいな。
小僧はガタガタと震えていた。
アードルングとは目を合わさず。
歯をガチガチと鳴らしながら地面を見つめていた。
足もガクガクであり、一体どのような教育を施したのか少し気になる。
が、もしもそれを聞いたら小便をちびりそうなのでやめておく。
「……まぁ置いておいて……で? お前はどうして子供二人で旅なんかしてんだ? ん?」
「……レーラは喋ってないのか……ふ、ふん! お前たちには」
「――話せるな?」
「……終焉の導きの幹部の情報を入手して……討伐しに来た」
「「……!」」
小僧はアードルングの圧に負けて喋る。
が、その内容を聞いて俺たちは驚いた。
「終焉の導きの幹部って……お前たち二人でか?」
「……違う。本当であれば、優秀な人間たちを雇っていた。それなりの金も持っていたからな……ただ……っ」
「……何かあったのか?」
小僧はギュッとローブを握る。
怒りと悲しみを感じる気がする。
俺は出来る限る優しい声色で問いかけてみた。
しかし、小僧は喋らない。
「……騙されたんです」
「レーラ!」
「……ごめんなさい。でも、そこまで話したのなら言った方が良いと……ぅぅ」
「……つまり、大金で雇った冒険者か傭兵に金だけ持ち去られたって事か? そいつは何とも……辛い経験だな」
「……っ! 同情なんてするなッ! お前たちに同情されるほど俺たちは落ちぶれてはいないッ! あんな端金、国に帰れば幾らでも……くそ」
小僧は悔しそうに拳を握る。
そんな彼を見つめるアードルングは冷たい視線だった。
「なら、早く国に変えればいい。何故、こんなところでうろついていた」
「……帰れる訳ないだろう……父上から賜った金を失ったばかりか。目的である幹部すらも姿を消した……醜態を晒した俺を父上がどう思うか分からないか? はは、そうだな。貴様らのような下賤の民が」
「――分かるさ。お前の父はお前を出来損ないだと思うだろう」
「……っ!!」
「あ、あわわ」
「……おい、アードルング。それは言い過ぎじゃねぇか? 幾ら何でも……」
「私は事実を言ったまでだ。それとも何か? こいつには甘い言葉の方が薬になると?」
アードルングは冷たく言い放つ。
その言葉から静かな怒りを感じるが。
果たしてそれはこの小僧の行動や言動が気に入らないからなのか。
もっと違う理由がある気がするが、今の俺ではそれを当てる事は出来ない。
小僧は悔しそうに拳を震わせるだけで彼女に何も言い返す事が出来なかった。
奴の付き人であるレーラもどうしたものかと慌てているだけで……はぁぁ。
俺は頭を掻く。
そうして、静かにため息を吐いてからずいっとコップを小僧に差し出す。
奴はそれに驚きぎょっとしていた。
「……飲め」
「な、何だ。お前の飲みくさしなんて――うぐ!?」
俺は強引に奴の口にそれを押し当てた。
奴はぐびぐびと少しだけぬるくなったお茶を飲む。
最初は抵抗していたが、次第に自らの意志でコップを掴み。
そのまま手をのければ勢いよく中身を飲んでいっていた。
腹が減っていたんだ。
喉だって乾いていただろう。
こんなにイラついて口が悪いのも、きっと色々と満たされていないからだ。
小僧は空になったコップを口から外す。
そうして、それを暫く見つめてハッとした様にフードの下の顔を真っ赤にする。
「ち、ちが!? これは!!」
「はいはい。それは返してくれよ……お姉さん! コップ此処に置いとくね!」
「はいはーい! また来てくださいねー!」
出店でお茶を入れていた黒い猫のような姿をしたファーリーのお姉さんに声を掛ける。
彼女は愛らしい笑みを浮かべながら手を振ってくれた。
俺は二人分のコップを置いてから、小僧について来るように言う。
小僧は命令するような言い方に腹を立てていた。
「怒るのは後だ。先ずは飯だ飯」
「は、はぁ!? 何が飯だ! 俺は腹なんて――っ!!」
腹は空いていない、そう言おうとしたんだろう。
が、奴の腹の虫がごろごろとなったのを確かに聞いた。
奴は腹を強く抑えて震えていたが。
俺はそれを無視して歩き出す。
レーラは主を心配そうに見つめていたが。
その主はがばりと顔を上げて俺の後を追ってきた。
「レーラだ! レーラの為だ! 仕方なくだからな! 勘違いするなよ!」
「へいへい……面倒な奴だなぁ」
「何だ!? 今何か言ったか!」
「なーんにもぉ……ふふ」
小僧は俺にまで突っかかって来た。
が、俺はそれをよそ風のように受け流す。
レーラもついてきているようで、アードルングも俺の隣に並び立つ。
彼女はチラリとガキどもを見てから俺に耳打ちをする。
「……いいのか……訳アリのようだが」
「……構いやしねぇよ。飯食わすくらいだ。痛くも痒くもねぇよ」
「……お前がそう言うのなら良いが」
「おい! 何をコソコソと……! さては俺たちを誘拐して身代金をッ!?」
「そうそう! 後でお前の親父さんにがっぼりと請求してやるからな! ははは!」
「――っ! 何と恐れ知らずな……まさか、こいつは馬鹿のように見えて……どっちなんだ?」
「……いや、そのままだろう」
「……どういう意味だよ」
小僧の呟きが聞こえたアードルング。
俺にぼそりと毒を吐いたが、流石に聞き逃せなかった。
彼女はふいっと視線を逸らして今日は良い天気だと言う……話しを逸らしやがったなぁ。
俺は少しだけそれを不満に思う。
いや、まぁ自分の事は自分が一番よく知っているからよ。
そりゃ天才様とは程遠いし、知識人を名乗れるような器でもないさ。
けど、馬鹿っていうほどでは……どうなんだ?
自分で自分の知能指数を疑う。
まるで、迷宮の中のようにこの問いの答えは見つからない。
いや、目の前ででかでかと事実がぶら下がっているが。
俺はそれが見えないふりをして、この問いの答えについては今は解かない選択をした。
「……てかよ、レーラ。お前、やっぱり遠慮してたのか?」
「ふえ!? い、いえ、そんな事は!」
「腹の余裕は?」
「――あります! ……ぁ」
レーラに質問すれば彼女は即答する。
瞬間、彼女は顔を真っ赤にしてもじもじとする。
主君であるギルバートはそんなレーラを笑っていた。
「ははは! 食欲の塊のようなお前が遠慮か! 俺が許すから、こいつらの金を全部搾り取る勢いで食ってやれ!」
「い、いいんですか!? や、やった!」
「……もしかしてさ……すっげぇ素朴な質問なんだけどよぉ」
「……何だ? くだらない質問なら答えないからな」
「いや、そのさ。金が尽きたって言ってたけど……もしかして、そこの嬢ちゃんの……」
俺は気になった事を質問する。
すると、奴は質問には答えてくれなかった。
しかし、何故かまた体が震えているように見える。
当人であるレーラだけは首を傾げていたが……あぁ、なるほど。
俺はアードルングに視線を向ける。
彼女も理解してくれたようで静かに頷いていた。
「飯食わせたらすぐに王都を発とう」
「――そうだな。それがいい」
「……!」
「……?」
恐らくは貴族様くらいの地位ではありそうなこの小僧の父。
そんな人が大金を息子に渡して、馬鹿息子が冒険者を雇う時に騙されたとはいえだ。
それ以外で必要な金も十分にあった筈だ。
それこそ食料を暫くの間は十分に確保できるくらいの金はあった筈だ。
一月……いや、それなりに掛かると見越して三か月ほどか。
こいつらが此処へと来たのはまだそんなに遅くは無いだろう。
精々が一月以内であり、そんな間に食費と宿泊費で金を全部溶かしたんだ……つまり、そういう意味だ。
小僧は俺たちが何か不穏な事を言った気がしたのかジッと俺たちを見つめている。
対して、主君の様子がおかしい事に首を傾げるレーラ。
無知である事は恐ろしい。
レーラは己の食欲が主君を追い詰める事を理解していないんだろう。
この馬鹿息子は口が悪くて周りを威圧するような態度ではあるが。
この少女に対しては主君ではなく友達のように接している気がする。
……多分だけど、彼女が悲しまないようにか……不器用な奴だなぁ。
高い馬車に乗って来たのは彼女を守る為で。
高い宿屋に関しても彼女がぐっすり眠れるようにだ。
そして、食費に関しても彼女の口ぶりからして金が底を尽きかけるまでは満足な量を食べさせて貰っていたんだろう。
女の子を泣かせないのは素晴らしい。
それが友達であるのなら尚の事だ。
だが、それと俺たちが今後の付き合いをどうするのかは別だ。
レーラには悪いが、俺たちも金が無限にある訳じゃない。
偉い父から託された大金を食費だけで溶かしてしまうような“大喰らい”を数日でも養う事は無理だ。
先ほどの自分の発言を撤回するようで悪いが……これが現実だ。
「……何が食べたい?」
「……えっと……お、お肉が食べたいです!」
「そっか……沢山食べるといいぞ」
「……! ありがとうございます!」
レーラは花が咲いたように笑う。
俺とアードルングは彼女に温かい視線を向ける。
すると、馬鹿息子は何かを察した様に震えていた。
「まずい……このままでは……俺はいい、レーラだけは……だが、どうすれば……っ」
「遠慮はするな。“これから食べる分”を“今食べる”くらいの気合で食べるといい」
「わぁ! そんな事を言ってくれた人は初めてです! お二人は本当に優しい方たちです……嬉しいなぁ」
「「ふふふ」」
「……絶対に、見捨てる気だ……あの目は、飼い犬を捨てる奴らの目だ……俺が、何とかしないと!」
俺とアードルングは笑う。
レーラはうきうきとしていたが。
反対に小僧は震えながらぶつぶつと独り言を零していた。
今日だけだ。
今日の飯代を出すだけなんだ。
それだけで俺たちと彼らの縁は終わる……そう、ただそれだけなんだ。
俺は笑みを浮かべる。
それは今まで相手に向けた事が無いような笑い方だっただろう。
初めてだ。初めて俺は人を救う事が出来ない。
それは金という現実的な障害があるからで……まぁ大丈夫だろう。
小僧は良い所の坊ちゃんで。
国に帰れば何不自由のない暮らしが待っている。
そこでならレーラの食費問題も解決できるだろう。
小僧のプライドが邪魔をしているだけで帰る選択はいつでも取れる。
……まぁ食事が終われば、国に帰るように促そう。それくらいはしてやらないとな。
馬車代が無いなら出してやる。
オベリッシュまでなら出せない事も無いからな。
見捨てるような考えではあるが、別に野垂れ死ねとは微塵も思っていない。
知らない所で死なれるのは寝覚めが悪い上に。
こんな未成年たちであるのなら尚の事、気分は良くないだろう。
……自分でも思うけど……俺ってどうしてこうも甘いんだろうなぁ。
子供の頃はこの坊ちゃんのように俺もクソ生意気だった気がするが。
二十年という歳月が俺を甘い大人に変えちまったんだろう。
難儀な性分だと思いながら、俺は頭を掻く。
アードルングはどうしたのかと尋ねて来るが何でもないと返す……さて。
子供たちをチラリと見る。
一人は食べ物の事を考えていて、もう一人はこの先を考えている。
終焉の導きの幹部をこんな子供二人が倒せる筈が無い。
冒険者を雇ったとしても現実的に考えて無理な事は誰だって分かる筈だ。
……この二人を国に帰るように諭すなら……先ずは事情をもっと詳しく聞かないとな。
何があって終焉の導きの幹部を倒す事が目的となったのか。
そして、こいつらの両親は何故子供二人だけで旅に出させたのか。
複雑そうな家庭であり、またしても厄介事の臭いがするが……仕方ねぇよな。
関わっちまった以上、無視する事は出来ない。
世界の端へと今すぐに行かされる事にはならないだろう。
あくまで俺のする事は説得だ。
そう自らに言い聞かせながら、俺たちは飯屋を目指して歩いていった。




