062:腹減り少女と死に急ぎ小僧
「……なぁ」
「……」
王都の中をアードルングと共に散策する。
少しだけ滞在してから、目的であるサボイアへと渡るつもりだ。
折角来たんだから楽しまない訳にはいかないからな。
出店の料理を食って、酒を浴びる程飲んで、それから――
「おい!」
「……何だよ」
アードルングが少しだけ怒りを滲ませながら俺を呼び止める。
俺は足を止めて彼女を見つめる。
そんな時にも周りを歩く人たちは俺の顔を見て驚いたりくすりと笑っていた……はぁ。
「……その顔、どうした」
「……別に……夜の王都をぶらついてたら酔っぱらいと喧嘩になっただけだ……俺は殴ってないけどな」
「……嘘だな」
「……っ。な、何を根拠に――ぅ!」
アードルングがびしりと指を向ける。
俺は顔をのけ反らせながらびくりと肩を震わせた。
「お前は嘘が下手だ。誰だってすぐに分かる……だが、言いたくないのなら良い。私が言いたいのは、一人で無茶をするなと言う事だ……行くぞ」
「お、おぅ……敵わねぇなぁ。いつっ!」
にへらと笑い頬を掻く。
すると、傷口に触れたようで痛みが走る。
俺は包帯越しに頬を優しく撫でる。
昨夜の大男たちとの一件は不幸だった。
ガキどもは俺を生贄に捧げて逃げてしまって、残された俺は大男たちからぼこぼこにされた。
気がすむまで殴られてやれば、大男たちは何も取らずに帰ってくれた。
俺は顔面をパンパンに晴らして宿屋に帰ってきたが。
宿屋の主人が俺の怪我の具合を見てくれて簡単な治療を施してくれた。
今は傷口に塗り薬を塗って包帯をぐるぐるに巻いている。
はたから見れば、口と目が出ているだけの包帯人間だ。
そりゃ驚くし笑えるだろうよ……くそ。
俺は周りの視線を煩わしく思いながら。
アードルングの横に並び立ち歩いていった。
現在は王都の大通りを歩いており、人で溢れていた。
出店も幾つか出店しており、食事だけでなく宝飾品なんかも売っていた。
俺は人を掻き分けながら出店をチェックする。
鼻を鳴らせば香ばしい匂いが漂ってきて俺はふらふらぁっとそこまで歩いていく。
気が付いたアードルングはため息を吐きながらも俺の後をついてきた。
良い匂いの正体は当然の如く料理で……これは?
一つの簡素な屋台。
周りには座って食べられるような少し小さめの樽を置いていた。
大きな鍋を屋台の中心に置き、木のトングを持った店主が立っている。
鍋の他にも串に刺さった何かがあり、それを白濁とした液体に浸してパン粉を塗していた。
俺たちが歩み寄って来たが分かっていたのかすぐに調理を始めていた。
仕込みを終えた串はそのまま鍋の中に入れている。
長い耳を生やした太ったファーリーのおっちゃんが見た事も無い料理を作っていた。
気持ちの良い音が鍋の中から鳴っている。
まるでパチパチと弾けているような音で。
透明な液体の中で串に刺さった何かが音を立てながら踊っていた。
ぶくぶくと気泡のようなものが出ていて……面白いな。
見れば串に刺さった何かを油の中で揚げているようで。
油も貴重な筈だがこれほど贅沢に使っているのは初めて見る。
「いらっしゃい……お客さん、揚げ串は初めてかい?」
「え、あぁ……美味しそうだけど、高いんだろ?」
「はは! 安心しな。うちの揚げ串はどれでも一本銅貨一枚だ!」
「えぇ!? そんなんで儲けがあるのかよ……」
「ふふ、商売のコツってやつさ……うちの油は魔物の脂身を時間を掛けて溶かしたものでねぇ。使っているパン粉は知り合いの店で掃除をする代わりに譲ってもらったものさ。金を掛けているのは新鮮な野菜たちだが……こいつらもとあるコネで安く仕入れているんだよ」
「……因みにその仕入れ先は……」
「おっと! そいつは言えねぇな。いや、お客さんが商売人じゃないのは分かるがよ。こればっかりは先方との約束でな」
「……うーん。何か聞いたことあるようなぁ……何処だったかなぁ?」
「……まぁ先方はそれなりに規模が大きいからよ。俺以外にも野菜を買っている商売人はいる筈だぜ? 心当たりがあるって言うのなら、そいつらもそうなんじゃねぇかな……て! そんな話は良いんだよ! な? 話したんだから買っておくれよぉ。サービスするからさ! な、な?」
店主の太ったウサギのような見た目のファーリーは揚げたての串を俺に見せる。
きらきらと宝石のように輝くそれを見てしまえば、此処で見なかった事なんて出来やしない。
俺はにかりと笑い、おすすめを二十本くれと伝える。
おっちゃんは「まいど!」と言って揚げたての串をひょいひょいとトングで取り上げて大きな皿に置いていた。
そうして、流れるように他の串を見繕い鍋に入れていく。
パチパチという音を暫く聞きながら待てばあっという間に二十二本の串が揚がる。
サービスすると言ったのは嘘では無かったようだ。
おっちゃんはそのまま揚がったものを食べるようの木の皿に盛りつけてくれた。
綺麗に円を描くように盛りつけられたそれに、小瓶に入った塩を摘まんでパラパラと塗してくれる。
おっちゃんはにかりと笑い皿を差し出してきた。
俺は皿を受け取り金を支払う。
「はい、丁度ねぇ……あ、皿はそこらへんに置いておいてれよ!」
「おう! ありがとよ!」
「はは、気に入ったらまた来てくれよな!」
「あぁ、また此処に来たら必ずな!」
おっちゃんは笑みを浮かべる。
そうして、別の客が来たことで俺たちとの会話は終わった。
俺とアードルングはおっちゃんが置いてくれた木の椅子に座る。
アードルングも隣に座って、じっと俺の揚げ串を見て来た。
「ほら、食おうぜ」
「……いただく」
アードルングはひょいっと串を掴む。
それは少し大きめの丸い玉のようなものが三つ繋がった串だ。
俺もそれと同じものを掴んでみた。
匂いを嗅げば油で揚げた香ばしい香りがする。
ただパン粉で揚げているからか、何を揚げたのかは判断が出来ない。
俺は早速口の中に入れて一気に串を抜く。
何度も何度も噛めば、さくりと音がする。
そうして、中にあった素材がほろほろと崩れる。
噛むほどに控えめな甘みが感じられて、唾液と混ざり実は簡単に崩れる。
塩で味付けされただけだが、素材の素朴な味が上手く引き立てられていた。
これは今まで何回も食べて来た野菜であり、俺が好きな野菜の一つもである――ジャガイモだ!
「うぅん! ほくほくしていて甘みもあって……あぁ、うめぇ」
「うむ。これは中々いけるな。高温の油で揚げたからか、ジャガイモの味がより深みを増しているような気がする」
「あぁ確かに! こう、さっぱりじゃなく味が鮮明に感じるって言うのかなぁ。食感はさくさくしているのに中身はほろほろで……兎に角、美味い!」
「ふふ、そうだな……これは何だろうか?」
「どれどれ………んん!?」
アードルングが気になった串を取る。
それは半円状になった何かで。
何やら溝のようなものも見えていた。
俺たちはそれを口の中に放り込み、ゆっくりと噛んでいく。
すると、それはすぐに何かは分かった――玉ねぎだ!
玉ねぎは火を通せば通すほどに甘みが増すと聞いたことがある。
そのままで食べる奴もいるらしいが。
あんなのは辛すぎて食えたものじゃない。
が、これは高温の油で揚げているからか普段食べていた玉ねぎよりも更に甘みがある。
それでいて短時間での調理であるからか瑞々しさも損なわれていない。
衣はさくりとして中の玉ねぎはしゃきしゃきで、食べれば玉ねぎの汁が唾液と混ざり合う。
とても甘くて塩によってそれが得も言わぬ喜びを俺に与えてくれる。
油で揚げた野菜がこれほどに美味いなんて……世界は広いなぁ。
揚げ串の美味しさに感動する。
これだけで昨夜の悲劇も忘れられるというものだ。
アードルングも感動している俺の表情を見て安心した様に笑っていた。
俺はその視線に対して少しだけ恥ずかしさを覚える。
「……その、さっきは少しだけ機嫌悪そうに振舞って……ごめん」
「ふふ、別に気にしていないさ……でも、何かあったら次はちゃんと私に相談してくれないか?」
「……いや、アードルングには頼りっぱなしだし――い、いや! ごめんって! 頼る頼る! 頼らせて頂きますぅ!」
「……分かればいい」
言葉を濁そうとすれば、アードルングは不満そうに眼を細めた。
俺がそれに気が付いて慌てて頼る事を伝えれば、アードルングは静かに頷いてまた一本串を食べていた。
美味しそうに食べている彼女の横顔を見てホッと胸を撫でおろす。
……これが仲間ってやつなんだよな……ふふ、やっぱりいいな。
この時間も今までのやりとりも悪くない。
いや、むしろ最高でありこれこそが仲間との旅なんだと思った。
天空庭園に至るまで、俺とアードルングはもっともっと交流を深めていく事になる。
喧嘩をする時もあるだろうが、彼女とならすぐに仲直りが出来るって俺は思う。
何せ、彼女はとても温かくて優しくて……俺には勿体ないほどに良い奴だからだ。
「……?」
「……ふふ」
アードルングの横顔を見つめていれば、彼女は俺の視線に気が付いて首を傾げる。
俺は何でもないと首を振り、くすりと笑う。
そうして、串を一本取って口へ…………ん?
「「……」」
「…………?」
椅子に座り前を見る。
多くの人が大通りを歩いているが。
すぐ目の前で立ち止まっている人間が二人いる。
それも俺の目の前であり、フードに隠れたそこからは熱い視線を感じた。
ジッと見つめている。
涎でも垂らしそうな勢いであり、俺は串をふらふらと動かす。
すると、串の動きに連動するように二人の視線も動いていた。
「……食うか?」
「「――!!」」
俺は串を差し出す。
すると、二人が笑ったような気がした。
が、それは一瞬であり片割れの方はふいっと視線を背ける。
「ほ、施しは受けない! 金は無くても誇りを捨てたりはしない!」
「へぇそう……でも、お前の相方は食ってるけど?」
「――っ!? レーラッ! 貴様ッ!!」
「……っ! う、うぅ! ご、ごめんなさい。ギルバート様。でも、お腹が減って……うぅ!」
「謝りながら食うな! くそ、主君を差し置いて貴様と言う奴はぁ!」
怒り心頭と言った感じのギルバートと言う名前の男。
そして、そんな彼に怒られながらも俺が上げた串を食べる女。
食い終われば皿の方をチラ見する。
俺は苦笑しながらも、皿を女に差し出す。
すると、女は何度も頭を下げて礼を言ってぱくぱくと食べ始めた。
そんな女に対してきゃんきゃんと怒る自称君主……うーん。
俺は二人を見る。
何処かで見た事がある。
身長は百五十スンチほどもなく、ヒューマンであるのなら子供の背格好だろう。
おどおどしている女の子の方が背は低く、口の悪い男の子の方が少し高くて……んん!?
顔を覆い隠すフード付きのコート。
そして二人組で――椅子から立ち上がる。
「あぁ! テメェら、昨日の夜のぉぉ!!!」
「なななな何だ!? お前など知らん!!」
「え? でも、この人は私たちを助け――むぐぅ!?」
「黙って食え!! 行くぞ!!」
小僧が残りの串を女の子の口へと強引に突っ込む。
女の子は口をもごもごとさせて小僧はそんな女の子の手を引っ張り――持ち上げられる。
「な!? は、放せ!! こ、この!!」
「ひひげあえあへん!!」
「……事情は知らないが……昨日の夜の何かを知っているのなら……逃がさんぞ?」
二人の子供を両手で軽々と持ち上げるアードルング。
男は必死に手足をばたつかせて暴れ。
女の子の方は口をもごもごさせながら両手で皿を抱えていた。
屋台のおっちゃんを見れば心配そうな顔をしている。
俺はすぐに帰るからとおっちゃんに伝えてアードルングに此処では目立ちすぎると伝えた。
彼女は頷き、場所を変える為に動き出す。
俺はそんな彼女の後をついていった。
「こ、この! この俺を誰だと思っている!! このような無礼な真似を働いてただで済むと思うなよ!!」
「ほぉ、随分と威勢のいい事だな。だが、貴様が何者であろうとも関係ない。仲間が怪我を負ったんだ。黙ってはやれんぞ?」
「……! ほほおひおふごくふよひへふ!!」
「お前は何時まで食ってるんだ! く、くそ!! この怪力女め!」
「ふん、幾らでも吠えろ。無駄な事だ」
「――今に見ていろ! 俺が国に帰ればお前のような“ババア”などッ!!」
「……ぁ」
口の悪いガキが禁句を言った瞬間。
確かにぶつりと何かが切れるような音が聞こえた。
ぶわりと黒い何かがアードルングから発生しているような気がする。
全身の毛が逆立ち寒くも無いのに体が震える。
ガチガチと歯を打ち鳴らしながら俺はゆっくりと彼女の顔を見て――笑っていた。
これは笑みだ。
が、その目は全くと言っていいほど笑っていない。
完全に目の前のガキを道端のクソ程度にしか見ていない目だ。
静かな殺気とその笑みが俺の中の恐怖心を強く刺激した。
ミノタウロス戦以上の恐怖であり――アードルングが呟く。
「“教育”が……必要なようだな」
「何を言っている!! 貴様のような歳だけが上のババアがこの俺に教えられる事などないだろう! それとも何か? 若作りの秘訣でも教えてくれるというのか!? はははは!!」
「ぁ、ぁぁ、ぁぁ……っ!!」
「……そうか……それほどまでに……“死に急ぐ”か」
殺気が限界を超えていた。
周りの人間たちがその殺気を感じて震えていた。
周りを見れば全員が震えていて、中には恐怖のあまり気絶する人間もいる。
それほどまでの殺気をアードルングは放っており。
最早その綺麗な笑みでさえも凶器と化していた。
ガキは気づいていない。
これほどまでの殺気を放つ彼女に。
連れの女の子だけは気づいている様子で両目から涙を流して震えていた。
アードルングは満面の笑みを浮かべる。
そうして、二人だけにしてもらえないかと俺に言ってきた。
このままガキとアードルングを二人にするのはまずい。
ガキの命が危険であり、それに気づかないガキはまだ彼女を煽る。
俺は考える。
考えて、考えて――
「ど、どうぞ」
「……ありがとう」
「何を勝手に決めている!! 俺の貴重な時間を奪うな! 俺は貴様のように時間を無駄に出来ないんだ! だから――っ!?」
「少し――黙れ」
彼女が大きく目を見開きながらガキを見つめる。
その瞳には殺意しか無く。
流石のアホも間近でそれを見つめれば全てを理解していた。
ガタガタと生まれたての小鹿のように震えていた。
彼女は静かに少女を下ろす。
無言で彼女の身柄を任された俺は静かに頷く。
「ま、待て! お、お前! 俺を助けろ! いや、レーラ! 主君のピンチだぞ!? 今すぐに俺を――」
「「……」」
アードルングと少年は人ごみに消えていく。
そのまま彼女は何処かに行ってしまった。
残された俺と少女は互いに見つめ合う。
すると、慌てた様子で揚げ串のおっちゃんが走ってきて皿を返すように言ってきた。
俺はハッと気が付いておっちゃんに謝って皿と串を返す。
「……あれ? 連れの嬢ちゃんは?」
「……用事がありまして……はい」
「……? まぁいいか……はぁ、気を付けてくれよぉ? 皿だってただじゃねぇからな。それじゃあな」
手をひらひらと振る。
そうして、俺は少女を見つめた。
彼女は手を重ね合わせてもじもじとしている。
知らない男と二人きりになって気まずそうだった。
「……お腹、まだ空いてるか?」
「……!」
彼女は俺の言葉に反応して小さくこくりと頷く。
俺はそうかと頷いて二人が戻って来るまで他の出店を見に行かないかと提案した。
彼女は戸惑いながらお金はない事を伝えるが、そんなのは今更だ。
「別にいいよ……まぁ出世払いにしといてやるからさ」
「しゅ、しゅっせ? えっと……お願いします」
「おう。それじゃ行こうぜぇ」
俺は両手をポケットに突っ込み歩いていく。
少女はそんな俺の後ろを少し離れてついてきていた。
アーリンたちと別れて、今度は子供二人と出会った。
今回の出会いも散々なものではあるが、もう慣れっこだ。
今はとにかく腹が減った。
子供に与えた分、俺も胃を満たせるものを探す。
彼女にも食わせてやるのはそのついでだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺はふらふらと見ず知らずの子供と一緒に王都を再び散策する。




