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059:骸の海を作りし剣士

「……儂は迷っていた。お主ならばとは思ったが……嫌な予感がするんじゃよ」

「嫌な予感?」

「……奴が何故、これを誰かに差し出したのか……それは恐らく、自らと戦える相手を求めたからだろうと儂は思う」

「……というと、ハガードがこれを受け取れば、その男が彼を殺しに来ると?」


 アードルングが尋ねる。

 すると、爺さんは重く頷いた。


「……実はあやつの事は聞いていた。組合の偉い人間が尋ねて来たからの……奴は最後、金級冒険者を含む多くの冒険者を殺害し、その後消息を絶った……奴は今でも生きていて、その首には莫大な額の懸賞金が懸けられておる……恐らく、お前さんたちも知っているじゃろう」

「……そいつの名前は……何」


 アーリンが痺れを切らして聞く。

 俺も爺さんを見つめて無言で言葉を待つ。

 爺さんはゆっくりと顔を上げてたらりと汗を流し呟く。




「“骸海(ガイカイ)”の名をつけられし世界で最も恐れられる大剣豪――“セオドア・ロス”」

「「「……っ!」」」



 

 骸海――その名を聞いた瞬間に全員の表情が凍り付く。


 その名は無知な俺であっても知っている。

 いや、この世界で生きる人間で奴の名を知らない人間は存在しない。

 それほどまでに悪い意味で伝説的な人物であるからだ。


 師匠が言っていた。

 もしも、奴を視認した時は全力で逃げろと言っていた。

 いや、逃げる判断が残されていればの話だが。


 奴の伝説は全てが常軌を逸している。

 一瞬だ。ほんの瞬きの合間に、奴は千を超える魔物の群れを屠ったとされていた。

 伝説的な冒険者数名でも相手に出来ないような大物であろうとも、奴は単身で討ち取る事が出来る。

 その剣技がかつて存在した“剣聖”をもしのぐと評されるほどで。

 間違いなくその実力から冒険者の最高位につけると言われていた。


 ……が、奴は全てを捨てて人の道から逸脱した。

 

 奴にとっては魔物も冒険者も同じだ。

 戦う意思がある者であれば奴は誰であろうとも剣を抜く。

 そして、その剣の軌跡を肉眼で捉えられるのは数えるほどしかいない。

 奴は自らと深い関わりのあった冒険者を惨殺し。

 指名されて追ってきた賞金稼ぎの歴戦の強者たちをも殺して見せしめに首を冒険者組合の支部の前に置いていった。

 追って来れば殺すという意味だったのか。

 それとも、もっと強い人間を寄越せというメッセージだったのか……それは誰にも分からない。

 

 何故、奴が骸海などと呼ばれているのか。

 それは奴が剣を抜き終われば……辺り一面が骸で満たされるからだ。


 骸たちが転がる大地。

 それはさながら荒れ狂う海の中で漂う船の残骸で。

 奴はその中心で全身を敵の返り血で染め上げて笑う。


 悪鬼、死神、修羅……どの言葉であっても奴そのものを言い表す事は出来ない。


 俺はそいつを知らない。

 見た事も無ければ、噂程度の話しか知らなかった。

 だけど、この剣を見た瞬間に直感で奴の実力を感じ取った。


 奴は本物だ。

 噂を超える実力者であり、その殺気も闘争心も並外れている。

 命を刈り取り、生き血を啜る鬼であり。

 差別も何も無く戦うもの全てを地獄へ送る死神だ。


 俺は黙ったまま、剣を握る手に力を込めた。

 意識はしていない。が、自然と持つ手に力が入る。

 恐れているのか、不安に感じているのか……それとも“喜んでいる”のか。


 俺がそんな事を考えていれば、アーリンがハッとして様な声を出す。

 

「……待ってよ。骸海っていえば……奴も、終焉の導きの一人よ」

「……! それは本当なのか」

「……えぇ確かな情報よ……調査をした人間の中で唯一奴を見つけて生き残った人間が言うには、終焉の導きの構成員と行動を共にしていたらしいわ……これも運命なのか……私は止めておいた方が良いと思うわ。あまりにも危険すぎるもの」

「……私もアーリンと同意見だ……それに私の目には、これは魔剣よりもずっと禍々しい。呪われたものに見える……不吉な流れを呼び込む可能性もある」

「……かもしれねぇな」


 俺は剣をジッと見つめる。

 確かに今も持っている間にこいつからやばい空気を感じていた。

 触れているだけでも心がざわめく感じた。

 落ち着かないとでもいうのか、俺の心がひどく――“高揚している”ように感じる。


 この武器が俺の心をかき乱すのか。

 それとも、上等な剣を手に入れようとしているから勝手に俺自身が舞い上がっているのか。


 俺は鞘に収まった剣を見つめる。

 どんなに長くこれを見つめても返事が返って来る事は無い。

 剣は生きているように感じても本当に生きている筈は無いのだ。

 もしも、俺がこの剣を此処に置いていけばどうなるのか……そうだな。


 俺は小さく笑う。

 そうして、しっかりと頷いてから俺は爺さんを見つめた。


「……ネモ爺さん、こいつを俺に譲ってくれ!」

「……! ちょっとアンタ! 本気で言ってるの!?」

「ハガード、何故そんな危険を」

「……皆の意見は最もだ。この先で奴と出会えば無事で済まないかもしれない……けど、こいつをこのまま此処で眠らせるのは嫌なんだ……呪われてるかもしれねぇし、危険な目に遭うかもしれねぇ……けど、こいつからはそれを覆せるだけの何かを感じるんだ……こいつはもう一度外の世界に出かけるのを望んでいる。もっと冒険がしたいって俺に言っている気がする……だったら、俺が連れて行ってやるしかねぇだろ?」

「……ほんとぉぉに……バカよ、アンタ……はぁ、もう知らないからね」

「……分かった。お前がそう言うのなら私は何も言わない……ご老体、私からもお願いする。それをどうかハガードに……」


 アーリンは頭を抱えて首を左右に振りながらも納得してくれた。

 アードルングも俺の判断を信じてくれた。

 俺は剣を持ちながら、ネモ爺さんに視線を向ける。

 すると、爺さんはジッと俺の目をその青い瞳で覗いて来る。

 まるで、俺の心の内を見抜こうとしていて――


「――分かった。持っていけ」

「……っ! ありがとよ!」

「ただし、この鎧もじゃ……その剣の禍々しさを抑える為に一緒に保管しておったからか。その剣との相性もいい筈じゃ……何故か、奴の注文通り作ったのに鎧の再調整をする必要も無い……本当に不気味な男じゃ」


 ネモ爺さんは体を震わせる。

 それを聞いていたアーリンとアードルングは何かを考えていた。

 俺自身も考えてみるが、情報が少なすぎて結論は出せない。

 どうやって俺が此処に来る事や俺自身の情報などを手に入れていたのか。

 そして、その情報を手に入れたおきながら俺とは接触を図ろうとしなかったのか。


 ……もしかしたら、限定的な情報しか知り得なかったのか?


 此処に来るのは知っていた。

 そして、どんな奴なのかも大体は知っていた。

 しかし、何時のタイミングで来るのかや俺が元々は何処に住んでいたのかは知らなかった。

 だからこそ、こんな回りくどい方法で剣や鎧を渡したんだ。


「……多分、これを受け取ってもすぐには来ねぇと思う……もし来てるのなら、今頃……」

「ちょっと! やめてよね。そんな冗談は……!!」


 アーリンが俺の言葉を受けて叱る。

 俺は悪かったと言おうとしたが。

 その前に扉の方から鈴の音のようなものが聞こえた。

 反射的に全員がびくりと反応し、ゆっくりと扉の方に視線を向けた。

 

「……今、扉の方から音が……誰かいるのか」

「……恐らくは、工房の方に誰かが来たんじゃろう……まさか、のぉ」

「……爺さん、鎧と剣はすぐに」

「分かっとる。こっちに来るんじゃ。お前さんたちは扉を守ってくれ」


 爺さんに手招きされる。

 二人は扉の方へと慎重に歩いていった。

 俺はすぐに不要な衣服を脱いで鎧を身に着けようとした。

 爺さんは手慣れた動きで俺の体に鎧を装備させていく。

 瞬く間に俺の体に鎧がフィットし、俺は剣を腰に装着した。


「……! すげぇ」


 鎧一式と剣を身に着けた瞬間。

 俺は全身から力がみなぎって来る感覚を覚えた。

 軽装とはいえ鎧だ。

 少しばかりでも重さを感じても良い筈なのに、全く重さを感じない。

 そして、動きを阻害する感じも全くしなかった。


 動きやすく軽い鎧で、魔力の流れがすこぶる良くなっている感じもする。

 息苦しさも暑さも感じず、すごく快適な着心地だ。

 まるで、今現在の姿が生まれたままの姿のように感じるほどに肌に馴染んでいた。

 俺はカチャカチャと音を鳴らしながらガントレッドの感触とグリーブの感覚を確かめる……よし。


「その鎧には術式が組み込んである。ある程度の魔術ならば吸収し、お主の体や剣に魔力を付与するようになっておる。攻撃を受けていない間も、空気中の魔素を吸収し続ける。ダメージを負えば治癒の効果も発動し、簡単な傷であれば自然治癒能力を高める事で戦闘中に治るじゃろう。物理的な攻撃……斬撃や打撃にも耐性はあるが、魔術にはめっぽう強いと覚えておくといい」

「分かった。覚えておくよ……うし、じゃ行ってくる。爺さんは隠れてろよ」

「……気をつけてな」


 俺は爺さんの言葉に頷く。

 そうして、扉の近くで警戒していた二人に近づいた。

 二人は俺が装備を身に着けたのを確認し。

 扉をゆっくりと開けて外を確認した。


 外の光が僅かに差し込む。

 俺は目を細めながら周りを確認する……いないな。

 

 誰もいない。

 敵はまだ工房にいるようだ。

 俺たちはそのまま外へと出て工房へと向かい――!


 気配を感じた。

 何かが工房から出て来る気配で。

 俺たちは瞬時に地を蹴りつけて飛び――!


「あぁ? な――うべぇ!!?」

「……ぇ」


 俺が飛び掛かれば、そいつは顔を俺に向けて来た。

 手には“何時もの槍”ではなく酒瓶を持っていた。

 少しだけ顔を赤らめていたそいつは俺の拳を受けて転がる。

 首を掴んで拘束するつもりが、奴の顔を見た瞬間に意識が逸れてしまった。

 その結果、俺が奴に対してパンチするような形になる。


 ごろごろと転がり、仰向けに倒れたそいつ。

 しかし、むくりと起き上がり少し腫れた頬を摩っていた。


「い、でぇ……何すんだよぉ“兄弟”」

「が、ガイ!? こんなところで何して……あ」

「……やば」

「……私は、何も知らん……知らんからな」


 俺たちはだらだらと汗を流す。

 そう、ガイが今まで何処にいたのかを思い出した。

 ぬいぐるみの製作を行う事に夢中になるあまりに。

 俺たちは完全にガイの事を“忘れてしまっていた”。

 ガイは恐らく牢屋の中でずっといたのだろう。


 俺たちは大いに焦る。

 アーリンをちらりと見れば真顔のまま帽子を目深く被る。

 アードルングに至っては目を合わせようともしない。

 俺自身も目線を泳がせながら何と声を掛けていいのか迷っていた。

 すると、ガイは立ち上がって埃を払ってから酒瓶を突き出してきた。


「ほら、土産だ。何故か、起きたら牢屋の中でな。暇で暇で仕方なかったけどよ。衛兵のおっちゃんと話したら意気投合してな! 今回は特別に出て行っていいって言うもんだから出て来たんだけど。そん時にこいつをくれてな! いやぁ良い人だったなぁ! ははは!」

「そ、そっか……他に何か言ってたか?」

「ん? 他って……あぁ、何か。可哀そうにとか、仲間に見捨てられたぁとか……よく分からなかったけどな! ははは!」

「へ、へぇ……えっと、俺たちを探しに此処に?」

「そうそう! 宿屋にいなかったし、きっと兄弟の事だから、剣とか防具を買いに行くだろうなぁって思ってな。それなら此処だって思ってよ。当たりってわけだ!」


 ガイは指を鳴らして嬉しそうに笑う。

 俺は会えたのなら良かったと思いつつアーリンをチラリと見る。

 彼女は無言で口だけを動かし“喋るな”と釘を刺してきた……分かったよ。


「……剣と防具をようやく揃えられたんだ! 見てくれ、これどうだ!」

「おぉ! すげぇ良いじゃねぇか! 俺が見ても分かるくらいに良いもん使ってんなぁ! けど、これ買えるほど金なんかあったのか?」

「ま、まぁ色々あってな……あ、爺さんを呼んでこねぇと!」

「お? ネモ爺いるのかぁ?」


 俺は慌ててネモ爺さんを呼びに行く。

 扉を開けて中に入り、大声で安全だったことを伝える。

 すると、ネモ爺さんは鎧の影から顔を出してホッと胸を撫でおろす。

 そうして、一緒に外に出てからガイであったことを伝えた。


 爺さんはガイを見てからため息を吐く。


「なんじゃ、紛らわしい」

「あぁ? 何だよ、そのため息は」

「まぁまぁ……改めて礼を言わせてくれ。こんないい鎧と剣をくれてありがとう。大事にするよ」

「いいんじゃよ。その二つもお前さんと出会う運命じゃったんじゃ。儂はただそれを持っていただけにすぎん……お前さんたちはすぐに此処を発つのか?」

「……まぁそうね。そろそろ拘束も解けると思うし……でも私とガイは別行動よ。会ったのだって偶々だったし」

「そうか。てっきりパーティを組んでいるのかと思ったが……まぁでも今生の別れでも無いじゃろう。もしも、またトリエストに来ることがあれば儂の店に顔を出しておくれ。茶くらいなら出すからのぉ」


 爺さんは笑う。

 その笑みからは少しだけ寂しさを感じる。

 彼の言葉を受けて、もうすぐ別れが近いのだと俺も感じた。

 俺自身も少しだけ寂しさを感じたものの、アーリンは用は済んだと踵を返す。


「ま、その時は菓子もつけてよね。うぅぅんと甘いのを頼むわよぉ」

「たく、我が儘な娘じゃ……それでは達者でな……お主たちの旅の成功を祈っておる」

「……ありがとよ……俺たちは天空庭園を目指してる……もしも、そこに行けた時は旅の話を聞かせてやるからな!」

「ほぉ天空庭園か……うむ、楽しみにしているぞ。若者よ、夢を叶えて見せろ」


 爺さんは手を差し出す。

 俺はその手をしっかりと握った。

 男同士の握手であり、爺さんの手はとても温かった。

 ごつごつとした職人の手で俺はその感触をしかと胸に刻んだ。


 手を離し、俺は手を振りながら去っていく。

 爺さんはずっと店の前に立って手を振ってくれる。

 俺とアードルングはアーリンに追いついて今日の飯はどうするかと尋ねた。

 アーリンは魚にしようかと言ってガイは肉が良いと言う。

 二人は少しだけ喧嘩していて、俺たちはそれを笑いながら見ていた。


 

 ……別れは近い。けど、爺さんの言った通り今生の別れじゃない……きっとまた何処かで出会えるさ。


 

 もしも、またこの四人で冒険が出来たのなら。

 それはきっといい思い出になるんだろうと俺は思った。

 心の本にまた今日という思い出をしかと刻む。

 まだまだ旅は始まったばかりであり、きっとこの先にはより大きな何かが待っている。

 

 俺一人で乗り越えられない壁も仲間となら……きっと乗り越えられる。


 俺は絶対にそうだと確信していた。

 そうして、俺は彼らを追い抜いて走り出す。


「よーし。じゃ今日は“マゴコロ亭”で昼飯だぁ!! 一番最後についた奴の奢りだからなぁ!!

「ちょ! そんなの聞いてないわよ!」

「おぉ! 負けねぇぞ!!」


 ガイは走り出し、アーリンは慌てて宙を飛ぶ。

 俺も負けじと走ろうとして――アードルングが横を通り過ぎる。


「――服、忘れているぞ」

「――あぁぁ!!? ま、待って!! さっきの無し!!」

「聞こえなーい!」

「ははは、勝負は何時だって真剣だぜ、兄弟!」

「く、くそぉぉ!!」


 俺は爺さんの倉庫に服を取りに戻る。

 アードルングは合掌をしていたがツッコム余裕はない。

 俺は必死に走る。

 これも思い出ではあるが――馬鹿みたいに食って飲むガイの飯代と酒代を奢るのは嫌だぁぁ!!

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