055:隠されし才能?
爺さんは暫く狂ったように孫の素晴らしさを語っていた。
体感で一時間くらい聞いていたような気もするが。
正直、話の半分以上は聞き流していた
いや、そもそも追い出そうとしていたのにこんな所で油を売っていてもいいのか。
そんな事を思ってしまったが、俺は一旦そこへのツッコミは忘れて置くことにした。
……まぁ、誕プレという言葉はあれだろう。
誕生日プレゼントというやつで。
爺さんはそのプレゼントの製作に全神経を集中させて作っていた。
気合を入れる事はいい。お孫さんをそれだけ大切にしているという事だ。
しかし、それの為だけに客を追い出すと言うのはどうかと思う。
「……でも、それなら何で前は品物を見せてくれたんだ? アーリンもそんなに前に来た訳じゃねぇんだろ」
「そうね。一月も経っていないんじゃないかしら?」
「だろ……なぁ何で……え?」
「ぅ、ぅぅ、ぅぅぅ!!」
爺さんに視線を向ければ急に泣き始めた。
ゴーグルから溢れ出すほどの涙であり、爺さんは耐え切れずに膝をつく。
そうして、むせび泣きながら床を叩き始めた……おいおい。
「じ、じいじはセンスないって……こんなの喜ばないって……うぁ、あぁ……娘がぁぁ娘がぁぁ!!?」
「あぁ、分かった分かった……で、それで気合い入れて作り直してたんだな?」
「ぅ、ぅぅ……そうじゃ。そして、今回のものは自信がある……前のモノよりも更にグレードは上じゃ……物は既に出来上がっている。が、それを入れる為の箱を今は作っているんじゃ。前は箱を見た時点で娘に冷めた目で見られたからの。今回は念入りに作りたいんじゃ……だからこそ、少しのミスも許されない。分かったか?」
「へぇ……で、何作ってんだ?」
「……そうじゃな。ここまで聞かせたやったんじゃ。物を知らずに帰らせるのは酷じゃろう……ついて来るがいい」
爺さんはむくりと立ち上がる。
そうして、店の奥へと消えていった。
俺はすこぶる嫌な予感をさせながら爺さんを追い掛ける。
店の奥へと行ってしまった爺さん。
何でも孫の誕生日プレゼントを全力で作っていたようで。
今はそれを入れる為の箱を作っているらしい……それにしては金属を叩く音が聞こえていたけどなぁ?
普通なら木箱を削ったりして華やかな文様でも作るつもりなのだと思うが。
爺さんの気合の入れ方からして箱自体も特別製なんだろう。
その製作中に少しでも邪魔が入れば神経が削がれるらしい。
アッチは店をやっていて俺たちは立派な客だ。
本来であればあっちに俺たちの入店を拒否する権利は無い。
だが、爺さんは気が狂うほどに神経を尖らせていた……それだけ孫が可愛いんだろう。
血の繋がりは素晴らしいさ。
愛情は時に人を狂わせる。
そんな事を思いながら、俺たちは奥へと進んでいった。
歩いていけば、むわっとした熱気を感じる。
先ほどまで作業をしていたからだろう。
彼を追い掛けて行けば少し広い空間に出る。
そこには鍜治場らしい道具の数々が置かれていて。
中でも鍛え上げている最中の剣などが丁寧に並べられていた。
赤々と燃える炉があり、使い込まれた金床もある。
先ほどまで作業をしていたからか、床は少し汚れていて……え?
そこには箱が置かれている。
しかし、木箱などと言う可愛いものではない……“金属の箱”だ。
既にある程度の形にはなっているが。
蓋らしき部分の製作の途中だったんだろう。
それが金床の上に丁寧に置かれていた。
金属だとは思う。が、その見た目は一般的な金属からはかけ離れていた。
「……これ、鉄とかじゃねぇな……何だよ、この“透明度”は?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれた。それは北部の冷たい気候でのも採れる“ブラッディクリスタル”を使っているからじゃ」
「ブラッディクリスタル……それは凄いのか?」
「はぁ? お前さん何も知らんようじゃの……良いか。ブラッディクリスタルは強い魔物の血によって形成されるものじゃが。一つの塊になるまでに約二十年の歳月を要するんじゃ。おまけに、このブラッディクリスタルがある地は魔素が濃い場所で。そこには多くの強き魔物が生息している。一つを採るだけでも命がけじゃが、これはどんな鉱石よりも魔力の伝達効率が良いんじゃ……が、その分、加工は鬼ほど難しく少しのミスでも罅が入るほどに複雑なんじゃよ」
「へぇ、でも何でそんな脆いものを箱に?」
「……こいつは魔力を流せば、薄っすらと青い花のような模様が浮き出る。それが多くの人にとっては美しいものだと感じるんじゃ……孫にとって世界で一番の品になればという儂なりの愛情じゃよ」
「爺さん……そっか」
爺さんは此方を見る事無く説明し。
俺はその愛情に納得してから、肝心のそこに入れる品とやらは何処かと聞いた。
箱自体は長細い形状をしていたが、一体何をいれるのか。
……彫刻とかか、それとも何かしらの玩具か?
俺がキョロキョロと周りを見ていれば。
爺さんは一つの布の前で止まる。
それは綺麗な布に包まれていてご丁寧に紐も結ばれていた。
埃が被らないようにしている上に、落とさないように専用の固定具もつけられていた。
爺さんはその固定具を外してからゆっくりとそれを手に取る。
……何でだろう。すげぇ嫌な予感がするんだけど。
爺戦は俺に背中を向けながらくつくつと笑う。
俺たちはそんな爺さんをジッと見つめて――
「ふ、ふふ……見るがいい。我が最高傑作をォォ!!」
「「「……!」」」
爺さんは布の紐を取り、そのままばさりと布を剥がした。
姿を見せたのは見事なまで鍛え上げられた“剣”であった。
見事な委託の濃い青を基調とし緑色の文様が刻まれた鞘。
それは今まで見た事の無いような美しさと強さを感じさせる。
爺さんが柄に手を掛けてゆっくりと抜けば……おぉ。
金属のような質感はあるものの、薄っすらとその剣身は白身を帯びているように見えた。
刃は鏡面のように輝いていて、その切れ味の高さを表しているようだ。
刃の表面には木の枝のように薄い線が伸びており、それ自体から強い魔力を感じた。
柄なども見事な意匠で、銀色の輝きを放つそれもただの銀ではないのだろう。
華美な装飾は無いが、洗練された美しさがある。
それでいて威圧感のようなものも感じるほどで。
剣としての格は間違いなく今まで見て来たどんなものよりも上だろう。
爺さんは満面の笑みだ。
職人としての自信に溢れた笑みで……言いにくいなぁ。
「どうじゃ。かっこいいじゃろうぉ。ふ、ふふ、これで孫もきっと……さっさと今の仕事を終えて、仕上げを済ませんとなぁ。これを入れる為の箱じゃ。立派な木箱を作って、孫のハートを……ぐふ、ぐふふふ」
爺さんは妄想の中の孫と戯れているのか。
気色の悪い笑い方をしていた。
俺はそんな爺さんを見つめながら、ぽつぽつと言葉を送る。
「……確かにこいつを貰ったら俺は嬉しいな」
「じゃろぉぉ!!? お前さんセンスがいいのぉぉ!!」
「……一つ、質問良いか?」
「おうおう!! 何じゃ何じゃぁぁ? 言うてみぃ!」
爺さんは俺の言葉に気分を良くしていた。
そして、聞いてもいない剣の材料などを言ってくる。
俺はそれを聞き流しながら質問をした。
「お孫さんの年齢は?」
「ん? “3歳”じゃ! 可愛いぞぉぉ」
「……性別は?」
「そりゃ男の子じゃ! ドワーフの力強さを感じる青い瞳に、ヒューマンのような高い成長を感じてな! きっと成長すればお前さんほどの大きさになるじゃろうなぁ! がははは!」
「……因みに、娘さんがセンスが無いと言ったものは?」
「……盾じゃよ。竜のブレスをも耐える盾じゃ。あの時は儂自らが手彫りで竜を箱に彫ったんじゃが……何じゃ、何が言いたい!?」
爺さんは俺の質問が剣に関する事ではない事に怒り始めた。
流石に後ろの二人も今の質問で何となくセンスが無いと言われた理由が分かったんだろう。
俺は爺さんの肩にそっと手を置き真実を教える。
「爺さん……それは喜ばれねぇよ」
「……ッ!!?」
「多分、三歳っていやぁ剣も盾も欲しいとは思わねんじゃねぇか? いや、そもそもこれは大人用の剣だしさ」
「……ッ!!!!?」
「悪い事は言わねぇ。すぐに別のプレゼントを買いに――うぉ!?」
爺さんは俺の手を払う。
そうして、手で顔を覆う……あぁ。
「嘘じゃ、嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ……儂の孫が、ドワーフの血を受け継ぐ子が……この名剣を、喜ばない……う、あぁ、あああぁぁ!!」
「はい、ストップ! 泣くんじゃないわよ!!」
「ぅ、ぅう?」
アーリンが待ったを掛ける。
流石にこれ以上は黙って見ていられなかったんだろう。
アーリンは爺さんの前に立ち、ゆっくりと質問をした。
「先ず一つ、そのお孫さんの好きなものは?」
「……動物、だったか……馬を見て、はしゃいでいてな……アベル。あぁ娘の旦那じゃが。馬の背に乗せたら大喜びじゃった」
「ふむ、動物ね……欲しいものがあるとか聞いたことは?」
「……娘が言うには……ぬいぐるみだったかの? 儂はそんなものに興味は無いと言ったんじゃが」
「いや、アンタの趣味はどうでもいいのよ。ハッキリ言ってね」
「うぐぅ!? そ、そりゃそうじゃが……つまり、今から儂に何処にでもあるぬいぐるみを買って来いと!?」
「まぁそれが一番確実でしょうね」
「――嫌じゃ!! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃぁぁぁ!!!」
爺さんはアーリンのアドバイスを拒否する。
そうして、子供のようにその場で駄々をこね始めた。
アーリンは舌打ちをしながら「何が嫌なのよ」と聞く。
すると、爺さんはぴたりと止まり天を仰ぎみながらぼそりと呟く。
「……べつがいい」
「は? 何よ?」
「――特別が良いんじゃ!! 儂だけ!! 儂にしか渡せないもの!! オンリーワンじゃ!!」
「うっさ!? 良いじゃないの!! アンタはぬいぐるみが作れないんだから、せめて喜ぶものを渡せば!!」
「嫌じゃぁぁぁ!! お爺ちゃん大好きって言われたいんじゃぁぁぁ!!」
「面倒くさいわねぇ!! もういいわ!! こんなジジイは放っておきましょう!! 精々、孫に泣かれて嫌われればいいわ!」
「うあああぁぁぁ!!!」
「……なぁ」
アーリンとアードルングが去ろうとした。
しかし、俺だけがその場に留まる。
アーリンがさっさと行こうと言うが。
俺はそれを無視して爺さんに声を掛ける。
すると、爺さんは涙と鼻水塗れの顔で俺を見て来る。
「なんじゃぁ……年寄りをいじめて……ぅぅ、楽しいかぁ」
「……俺、作ろうか?」
「……ぇ?」
「ちょっとハガード、アンタ何言ってるの? やったこともない事をしようだなんて」
「いや、俺“作ってたから”」
「「……え?」」
今度は二人が目を丸くして驚く。
実を言うと、漁に出る以外にも俺は仕事をしていた。
師匠が死んでからの三年間。
俺は寂しさを紛らわせる為に、空いた時間に裁縫をしていた。
勿論、修行もしていたが、毎日やっている事の反復だったからもう慣れていたしな。
まぁほとんど趣味の範疇ではあったが、それなりに報酬も貰っていた。
空き時間にちょこちょこと針で縫ったものを商人に渡せばそれなりの値段で買い取ってくれていた。
材料に関しては村の人間が使わなくなった古着や商人から安く買った布や綿を使っていたからな。
材料費もそこそこ掛からなくて小遣い稼ぎには丁度良かった。
商人からもそこそこ評判であると聞いて嬉しかったのも続けた一因ではあるが……何だよ。
二人は黙ったまま俺を見つめていた。
まるで、今まで聞いた話の中で一番驚きましたと言わんばかりだ。
……男が針を使うのがそんなに驚く事か?
「いや、アードルングよ。俺の服見てただろ? 直した後あったよな?」
「……言われてみれば同じ服を着ていたな……まさか、自分で直していたとは……」
「……不器用だと思ってたけど、そんな才能が……人は見かけによらないわね」
「どういう意味だ――うぉ!?」
俺が二人に文句を言おうとすれば、がばりと何かが俺の腰を掴んできた。
見れば先ほどまで泣き崩れていたネモ爺さんで。
彼はゴーグルの隙間から涙を流しながら俺を見上げて来た。
「本当に、本当に作ってくれるのか!? 儂だけの、オンリーワンのプレゼントを!?」
「い、いや、作るとは言ったけどよ? そんなに期待は」
「ありがとう!! マジでありがとうぅぅぅ!! お主は儂の救世主じゃぁぁぁ!! うおおぉぉぉん!!」
爺さんは俺の服に自らの顔を擦り付ける。
その所為で俺の服は湿り気を帯びていった……マジかよ。
男の涙と鼻水で汚れ捲った服。
いや、元々は衛兵のおじさんのものだけど……洗って帰そう。
俺は衛兵のおじさんに心の中で詫びる。
そうして、乾いた笑みを零しながらどのくらいの期間で作ればいいか尋ねる。
すると、爺さんは涙を拭って――
「“五日後”までには作って欲しいのぅ」
「へぇ、三日後か……ええぇぇ!? 五日!?」
「ん? どうしたんじゃ? 五日もあるじゃろ」
「いやいやいや、ぬいぐるみだぞ!!? 最低でも二週間は……あ」
「う、うぅ、騙した、のか? この儂の純情を、う、うぅ、ぅぅぅ!!」
「あぁ分かった分かったよ! やりゃいいんだろう!! 作ってやるよぉあぁもおぉ!」
「やったぁぁぁ!! 期待しておるぞ!! 最高の品を、オンリーワンを!! 材料はすぐに用意する!! 何でも言ってくれ!!」
爺さんはきらきらとした視線を俺に向ける。
俺は今日から徹夜を覚悟した。
「……はぁ、アイツ、何でそんな事を……全く」
「……ふふ、ハガードだからな。私はアイツのそんな所が……ふふ」
「……また、私の前で……私も相手を探さないといけないの?」
二人が後ろで何かを言っているが。
俺は爺さんから齎された情報を元に。
お孫さんが喜んでくれるぬいぐるみの構想を立てていった。
いや、まだまだ情報は足りない。
より詳しい情報を手に入れて、帰ってからすぐにぬいぐるみの製作に取り掛かる。
動物なら何でも良い訳じゃない筈だ。
お孫さんが一番好きな動物が望ましい。
それが例え難しい動物だとしても、この爺さんからそれを聞いたからには作る他ない。
来るなら来いであり、既に俺は覚悟を決めていた。
――馬でも豚でも羊でも……こうなったら作ってやるぜぇぇ!!
俺はメラメラと闘志を燃やす。
当初の目的は果たせていないが。
今はこの哀れな爺さんを救ってやりたい。
このまま爺さんが大切なお孫さんから愛想をつかされるのは想像するのも嫌だ。
寝覚めは悪いし……何なら、この爺さんは化けて出そうだしな。
俺の精神衛生上、良いよと言ったからには断る事はしたく無い。
一度やると決めたからには必ず約束は果たす。
爺さんはそんな俺のやる気を感じて更にゴーグル越しにキラキラを倍増させた視線を向けて来る……ふふ、よせやい。
一分一秒たりとも時間は無駄に出来ない。
俺は自らのやる気を高めながら、今日から始まる睡魔との戦いに闘志を燃やしていった。




