054:鍛冶屋のネモ爺さん
「……うーん。これも違うわね。これは色は良いけど……どう?」
「どうってお前……あのさ、このやり取りあと何回やるんだ?」
「……はぁ、やっぱり駄目ね。点でなってないわ。ねぇ、アードルング」
「……薄い……すごく、薄い……これが……」
「……こっちも駄目ね。はぁぁぁ」
アーリンは深いため息を吐く。
そうして、また別の“服”を見に行ってしまう。
何故か、買い物に行くと言って連れてこられたのは服屋だった。
アーリンはずっとあの調子であり、可愛らしい服を見つけてきては俺に見せて来る。
最初の内は似合っているなんて言っていたが。
アーリンは具体的に言えと言ってきて。
俺は苦労しながらも考えて言っていたが。
流石にこのやり取りが十回に達した時点で嫌気がさしてきた。
飽きもせずに服を持って来ては試着し。
俺に見せては意見を求める癖に、気に入らなければ文句を言う……俺にどうしろと?
アードルングに助けを求めるような視線を向ければ。
彼女は明らかに薄く透けている服を手に取って凝視していた。
何の用途で使う服なのかは分からないが。
彼女が熱心に見ているものだから女性の店員さんが何かを耳打ちしていた。
すると、彼女は一気に顔を真っ赤にしてから俺をチラリと見て来る。
「……ん?」
「……っ!?」
俺と目が合えば彼女は視線を逸らす。
そうして、持っていた服を突き返して彼女は一人で外の空気を吸いに行ってしまう。
俺もついてこうとすれば、いつの間にか後ろに立っていたアーリンに服を掴まれた。
「何処へ、行くのかしら?」
「えっと……お手洗いに」
「そう、なら場所はアッチよ……まさかとは思うけど、か弱い女性を置いていったりは……しないわよね?」
「は、はは……ま、まさかぁ……す、すぐに戻りまぁす」
俺は必死に笑みを作りながらぎこちない動きで手洗い場に向かう。
店内にいる店員さんたちがくすくすと笑っていたが嫌な感じはしない。
恐らくは、兄弟のように思われたんだろうな……怖い妹だよ、全く。
俺は手洗い場に渋々向かう。
彼女は鼻歌を歌いながら、また別の服を探しに行く。
トリエストスは酒飲みの街ではあるが。
こういった女性が喜ぶような品ぞろえの服屋もそれなりにあった。
中々に高級そうな外観と内装で。
広々とした木を取り入れた店内には綺麗に服が折りたたまれて陳列されている。
上を見れば小さなシャンデリアのようなものもあり、ちょっとしたお城の中のように感じた。
「……にしても、すげぇな」
マネキンと呼ばれる木を削った人型のそれに服を着せて展示していた。
あまり見た事は無いように感じるが。
どことなく防具などを展示する時の十字の形にした木の棒のアレに似ている。
アレは簡易的なもので、このマネキンとやらはポーズを取っていた。
まるで人間のような小物入れなどを下げていて、最初は人かと思ってしまったほどだ。
顔の部分には塗料などで色が付けられていて、遠くから見ればヒューマンにしか見えない。
マネキンに驚き、展示されている服の質事態にも驚いていた。
全ての服が俺が見た事の無いような素材であったり形状で。
店員さんがアーリンに説明していた話を思い出せば、肌に優しい素材で最上級の綿を使っているらしい。
何でも普通の綿ではなく、植物系の魔物が生成している特別な綿のようだ。
それを使う事でまるで肌のような着心地の良さを実現し。
日常生活などで魔力を使ったり魔術を使う人間であれば、それらの服は魔力の通しが良いそうだ。
見た目も良くて実戦でも使える万能な服。
俺は少しだけ興味はあったものの、置いてあるものが全て女性ものであるから手に取る事はしなかった。
……さて、後どれくらい掛かるのか……剣と防具は今日中に買えるのかぁ?
俺は手洗い場に繋がる扉の前で小さくため息を零す。
まぁ仕方ない事だ。彼女たちには世話になったしな。
拘束が解かれれば俺たちは別々の場所に向かって旅立つ事になる。
また再会できれば良いが、必ず再会できるとは限らない。
今回限りになってしまうのか。
それともこの先で……いや、良いさ!
例え、再会出来なくとも。
俺は今を仲間と共に生きるだけだ。
先の事なんて考えても俺には分からねぇ。
だったら、今いる仲間との時間を思い出に刻めるほどに楽しく過ごせばいい。それだけだ!
俺はそう考えながら、気持ちを切り替える。
そうして、何故か尿意まで感じてしまう。
俺はすぐにノブを握りしめて扉を開き――
§§§
地獄のような時間が終わる。
アーリンは目当ての服を数着購入し。
それを帽子の中へと入れていた。
今は俺たちは服屋を離れて、剣と防具が買える店へと向かって歩いていた。
と言っても、アーリンが知っているようで。
彼女曰く、ガイの野性的な勘によって偶然発見できた穴場の店らしい。
俺はそれに少しだけワクワクしながらも、隣を歩くアーリンのジト目で見つめる。
「はぁ、お前あんだけ服買ってさぁ……本当に着るのか?」
「当然よ……何よ、その目は」
「いや、だって……俺、お前の私服姿なんか一回も見てないんだけど? 何時も、その魔女服じゃねぇか?」
「ふふ、愚かねぇハガード。これは仕事だからよ。仕事が終わった今。私はこれらの服を着る事が出来る……見たいでしょ」
「あぁ? 何が?」
「……何がって、私の私服姿よ! そうなんでしょ?」
「え、いや別に――みみみみ見たい見たい! じっくりと見たいですぅぅぅ!!」
アードルングが殺気を孕んだ目で俺を睨む。
その杖の先を俺へと向けて来たものだから、俺は慌てて両手を掲げて見たいと言った。
すると、彼女は鼻を鳴らしながら「スケベねぇ」と言う……こ、こいつぅ。
「……ハガードは女性にそういうのを求めるのか?」
「え、何が?」
アードルングが急に質問をしてきた。
俺は間抜けを顔を晒してどういう意味なのかと聞く。
すると、彼女は石畳に視線を向けながらぽつぽつと語る。
「女性らしさ……着飾ったり化粧をしたり……そういった美しさを求めているのかと聞いたんだ」
「……あぁ……いや、特には? そもそも、そんなものは個人の趣味だろ。別に無理に着飾る必要はねぇし。アードルングはそのままでも凄く素敵だぜ!」
「……! そ、そうか……それなら、良いんだ……っ」
アードルングは俺の言葉に納得してくれたようだった。
嬉しそうに笑って小さく頷いている。
彼女は別に化粧をせずとも綺麗であり。
服装だって今の格好もとても似あっていた。
そりゃ、アーリンのような女性が着飾ればもっと可愛くはなるだろう。
しかし、自分の趣味でもないものを着たりしても意味は無い。
結局は自分が満足する為に化粧をしたり服を買ったりするんだ。
……嫌々だったり義務的にしたってつまらないしなぁ。
「ま、アードルングがこの先そういう趣味に目覚めたらやればいいんじゃねぇか?」
「……見たいのか?」
「…………うん、見たい――うごぉ!?」
俺は素直に見たいと言う。
すると、黙って聞いていたアーリンが杖を振る。
俺はその杖の先を腹に喰らって膝をつく。
「なに、すんだよぉ」
「……反応がだいぶ違うんじゃないの?」
「そ、そんなわけ、ねぇだろ……ぐぅ」
アーリンは不満そうな目を俺に向ける。
俺はよろよろと立ち上がる。
彼女は鼻を鳴らしてから再び歩いていった。
俺はそんな彼女の背中を睨む。
絶対に何時の日かぎゃふんと言わせる事を誓う。
歩いて歩いて……アーリンが足を止めた。
「此処よ」
「此処って……本当に?」
大通りから横に逸れて暫く歩いた。
気づけば裏路地に入っており。
日の光があまり当たらないような場所についていた。
石造りの家が密集しており、家同士で洗濯用のロープが張り巡らされていた。
そんな中で存在する一軒の店。
二階建だが横に広い作りで通常の家二戸分くらいはありそうな大きさだ。
よく見れば天井の方から煙が上がっていた。
恐らくは、換気用の煙突が作られていているんだろう。
看板が掲げられているが、客や店主がいる気配はしない……と思ったけど、音が微かに聞こえるな。
耳を澄ませば何かを叩く音が聞こえる。
剣と防具の店であるのなら、剣を鍛えている最中なのか。
俺がそんな事を考えていれば、アーリンは扉を横にスライドさせて勝手に中に入っていった。
「……入っていいのか?」
「……まぁアーリンが入ったからな……行こう」
アードルングと顔を見合わせ合う。
そうして、静かに頷いてから中へと入っていく。
中へと足を踏み入れれば、やはり鍛冶屋だけあって品が置かれていた。
鉄の鎧が丁寧に立てかけられていて。
壁にも質の良さそうな剣が掛けられてある。
ショートソードやロングソード。
短剣やナイフなど……へぇ包丁とかも作ってるのか。
家庭用の調理器具まで並べてある。
どの商品もピカピカであり、埃は一つもない。
店主がマメな性格なのか、商品の角度や商品同士の間隔に至るまで計算されているように見える。
床や天井も綺麗なものであり、蜘蛛巣も張っていなかった。
……穴場だって聞いたから、もっと汚い場所を想像したんだけどなぁ。
良い意味で期待を裏切られた。
そんな事を考えながら、俺は置かれていた鎧へと近づく。
中々に良いデザインの鎧であり。
フルプレートの鎧のようだった。
簡単に手に入るような素材は使っていない。
説明は書いていないが、恐らくは魔物や滅多に手に入らないような鉱石を使ったんだろう。
あの服屋のように試着出来たら良いが。
恐らく、試着なんてのは出来ないだろう。
俺は顎に手を当てながらじっくりと物を見る。
「うーん。良いなぁ。こういうのって憧れるんだよなぁ……でもなぁ」
「何か気に入らないの?」
「いや、気に入らない訳じゃなくてさ。俺の戦闘スタイルには合わない気がしてなぁ。ほら、俺って軽やかな動きで相手を翻弄して一気にずばぁっといくだろ?」
「いや、知らないけど……でも、それなら前みたいにレザーにしたら?」
「……うーん、アレはアレで使いやすかったけど……俺としては師匠から貰ったアレだけにしたいしなぁ。特別な意味で」
「……師匠からの? そんなに大切なものだったのね……ごめんなさい」
アーリンは申し訳なさそうな顔で謝る。
俺は何で謝ったのかと思いつつ、アーリンのせいでは無いと伝えた。
しかし、彼女は責任を感じているようだ……困ったな。
「……いや、師匠が言ってたけどよ。経験を積んだら、新しいのを買えって……だからまぁ、丁度良い機会だよ。もし、壊れたりしなかったら、俺はきっと迷って買い替える機会も無かっただろうし。そういう意味ではありがとうだぜ! はは!」
「……本当に前向きね、アンタ……なら、そういう事にしておくわ……ありがとう」
「おぅ……まぁそういう訳で、頑丈でも重そうなのはちょっとダメだな。それにこれは高すぎるぜ……ひぃ」
鎧につけられた値札。
そこには白金貨八枚と金貨五枚と書かれていた。
鎧一つでこれほどの値段ともなればかなり上等なものだろう。
馬が七頭から十頭くらいは買える値段であり、ゲロを吐きそうだった。
アードルングは俺の表情を見て、顎に手を当てて考える。
「……なら、軽くてある程度の頑丈さがあるものか……価格もなるべく安価なものを……難しいな」
「あぁ、そうだよなぁ……どれも質は良いけど高そうだしなぁ」
置かれている品は全て良いものだが。
それに見合っただけの金額であり、正直一つだけでも買ったらかなりの出費になってしまう。
此処で師匠から貰った金を使うのはどうかとも思うしな……いや、必要なものではあるけど……。
俺は両腕を組んで考える。
折角、アーリンが教えてくれた名店だが。
此処は些か俺の懐事情には厳しい。
かといって、そんな情けない理由で態々別の店に行くのはしのびない。
俺は無言でどうしたものかと悩んで――足音が聞こえた。
「誰じゃ、店の中で騒いでいるのは……お、客か?」
「そうよぉ……彼はネモ爺。見ての通りのドワーフで、此処の店主よ。ネモ爺、彼らは私の仲間」
「あ、どうも」
「……ふむ、あまり金は持ってそうに見えんが……大丈夫か?」
ネモ爺と呼ばれたドワーフの爺さん。
身長は120ほどであり、ドワーフの中でも小柄そうだが。
その鍛え上げられた肉体は鋼のようで。
腕や足も太くて逞しかった。
まるで、肉の塊のようであり、男として少し憧れる。
枯葉ジョンのような奇妙なゴーグルを嵌めている。
そして、口元には肺を保護する為の革を使ったマスクをしているが。
凄まじく長い白い髭が飛び出ていた。
頭には角のようなものが伸びた帽子を被っており。
他は厚手の鍛冶用の緑色のエプロンだったりグローブを嵌めていた。
彼は俺があまり金を持ってい無さそうに見えたようで。
髭を摩りながら訝しむような視線を送って来る……何も言えねぇ。
黙っている俺を見て、爺さんはため息を吐く。
「……まぁ良い。見るだけはただじゃ、好きなだけ見ておれ……と言いたいところじゃが。今日は帰れ」
「え? 何でなのよ! 前に来た時は」
「――前は前じゃ。今は忙しい。集中を乱されれば気が立って手元が狂う。さぁさぁ!」
「ちょちょっと!?」
爺さんはアーリンの背中を押す。
腕力ではまるで敵わないようでアーリンは押されて行く。
俺は少し慌てながらも、せめて理由を聞かせて欲しいと頼む。
すると、爺さんはぴたりと足を止めて俺をじろりと見て来た。
「理由を話せば……何じゃ?」
「な、何って……力になれるかもしれねぇだろ!」
「ほぉ、お前さんがか……良いだろう。じゃが、聞いたからには腹を括れ。良いな?」
「……っ。わ、分かった」
爺さんは圧を俺に掛けて来る。
まるで、嘘は許さないと言わんばかりで。
俺はこれはただ事では無いと思いながら気を引き締めて――
「――孫の“誕プレ”を作っているんじゃ」
「…………は?」
爺さんが若者の言葉を使う。
俺は間抜けな顔で気の抜けた声を出す。
「孫の誕プレを作っているんじゃ」
「…………いや、待て待て…………え?」
「孫の誕」
「――いや、分かってるよ! え、そんな事の為に俺たちを追い出すのかよ!?」
「あぁぁん!? そんなことだとぉぉ!?? 儂にとっては世界で一番重要な事じゃあああぁぁ!!」
爺さんは気合を入れて叫んでいた……いやいや、マジかよ。
孫の為に本気を出す爺さん。
仕事は二の次であり、中々にやばい鍛冶師だと感じた。
腕は確かだろうとは思うが……大丈夫なのか?
俺は孫への愛を叫び続ける爺さんを可哀そうなものを見るような目で見つめる。
紹介してくれたアーリンもいたたまれない顔をしていて……帰った方が良かったかなぁ。




