053:象徴を求める聖者たち
大司教様から改めて説明を受けた。
と言っても、最初に言っていた通り複雑な儀式では無かった。
単純に相手の手を握ってから、大司教様が特殊な方法によってその人間を感じ取るだけで。
俺たちはそれを聞いてから、互いに顔を見合わせていた。
大司教様は説明を終えて、ゆっくりと自らの手を差し出す。
俺がその手を見つめれば、大司教様は「順番に私の手を握っていただけますでしょうか?」と言う。
「……では、可能性が低い私から」
「よろしくお願いします」
アードルングが最初に大司教様の手を握る。
彼はゆっくりと呪文を……いや、違うな。
魔術ではない、これはもっと神秘的で温かなものだ。
淡い光を発しながら、アードルングの手を握りながら何かを考えている大司教様。
暫くの間、俺たちは光を見つめる。
やがて、光が収まっていく。
完全に光が消えれば大司教様はゆっくりと彼女の手を離す。
「……ありがとうございました……とても強い生命力。そして、洗練された魔力……ですが、残念ながら貴方では無いようです」
「そうですか……では、次は」
「――私が」
アーリンはすぐに手を差し出す。
こんな事はあまりしたくないのではないかと思ったが。
彼女は俺よりも先に受ける為に手を差し出した。
しかし、それは関心があったりなどでは無さそうで……怯えてるのか?
他の人間は気づいてい無さそうだが。
彼女の瞳からはそんな不安などの感情が見て取れる。
何故、そんなに怖がっているのかと思ったが。
大司教様は何も聞くことなく彼女の手を優しく握って儀式を行う。
淡い光を見つめていれば、大司教様が少しだけ目を開く。
「……ほぉ」
「……! 何か?」
淡い光を発していたそれが暫くして収まっていく。
大司教様はにこやかな笑みを浮かべながら「とても才能溢れる方だと感じました」と言う。
「……と言う事は……やはり、私ではないのですね」
「えぇ、残念ながら……後は貴方と……そう言えば、もう一人いらっしゃると聞いたのですが?」
「……すみません。あい……彼は少し体調が悪かったようで」
「あぁそうですか……では、その方についてはまた日を改めて……大丈夫ですか?」
「え!? あ、あぁ! 大丈夫です! や、やりましょうかぁ!」
俺はハッとして胸を叩く……正直な話、かなりワクワクしていた。
勇者様の力を受け継いだ存在を探す為の儀式を今から俺が受ける。
可能性何てほとんど無いだろうけど、それでも機会が与えられたんだ。
これでもし、俺が物語でいう選ばれし者であったら……。
「ぐふ、ぐふふふ」
「……? それでは失礼します」
俺は手を差し出す。
彼は俺の様子に疑問を抱きながらも、すぐに儀式を始めた。
淡い光を見つめて……あぁ何だかあったけぇな。
ほかほかと手から感じる優しい熱。
少しだけ冷えていた手が温かさを帯びていく。
俺はそれに少しだけ心を安らがせていった。
「……っ」
俺はジッと結果を待つ。
大司教様の表情に変化はない。
光を見つめるその瞳は真剣そのものであった。
今か、今かと待ち……終わる。
光が完全に収まる。
もう終わったのは明らかだが……大司教様は動かない。
「……」
「……?」
沈黙が場を支配する。
俺はドキドキとしながら大司教様の言葉を待つが……あれ?
彼は何も言わない。
ただ握られた手を見つめていた。
終わったのに手を離す事もせずに言葉を発する事もない。
目を大きく見開く事も、だらだらと汗が流れる事もない。
ただじっと俺の手を握りながら黙っているだけで……。
俺は重い沈黙に耐えられずにごくりと喉を鳴らす。
そうして、震えるような声で彼に結果を聞く。
「……ど、どうですか?」
彼はゆっくりと顔を上げる。
真っすぐに俺を見つめて――にこりと笑う。
「………………残念ながら」
「だはぁぁ! やっぱりかぁぁ――いででで!!」
俺は片手で顔を覆い天を仰ぐ。
その瞬間にアーリンに思い切り足を踏みつけられた。
俺は痛みで苦しみながらも何をするのかと彼女を見つめる。
彼女は俺を睨みながら無言の圧を掛けて来た。
大司教様は笑みを浮かべながら「お疲れさまでした」と言う……そういえば。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ハガード!」
「いえいえ、良いんですよ……それで、何を?」
「……えっと、どうして俺たちに儀式を? 領長様から聞いた話……調査記録でって言いましたけど……あそこで何か見つけたんですか?」
俺の質問を受けて、大司教様は領長を見た。
すると、彼は静かに頷いて大司教様は説明を始めてくれた。
「……質問に質問で返すようで申し訳ありませんが。勇者様の力について皆さんは何処までご存じですか?」
「えっと、兎に角すげぇって事ですね!」
「……奇跡の体現。不可能を可能にすると聞いたことが」
「……私も彼女と同じです……後は、死者ですらも完全に生き返らせる事が出来たとも」
「えぇそうです。その認識であっています……勇者様の力は魔法に似ていますが。アレは術式などはありません。“肉体や魂”そのものに刻まれていると言うべきでしょうか。願うだけで彼はあの邪神龍ですらも倒す力を手に入れたのです……そして、そんな勇者様が使う魔力も常人のものとはかけ離れています」
「……と、言うと?」
俺は興味を引かれて質問した。
すると、彼はにこりと笑い――
「――言えません」
「え、えぇぇ? 此処まで話して言えないって……何でですか?」
「ふふ、意地悪で言っている訳では無いんです。実を言うと我々も勇者様の魔力について詳しくは分かっていないのですよ」
「く、詳しくない? じゃ、じゃどうやって俺たちが可能性があるって――おごぉ!?」
「……」
俺は身を乗り出す勢いで質問をする。
すると、アーリンから拳が飛び腹に打ち込まれた。
俺は腹を抑えながらもだえ苦しむ。
アーリンはそのまま呪文を詠唱し――俺の体が石のように硬くなる。
「こ、れ、は……!」
「……石化か……付与術の応用だ。全身の筋肉を死なない程度に硬直させてある」
「……仲間の非礼をお詫びします」
「……とても仲がよろしいのですね……少し羨ましく思います」
「……?」
アーリンは首を傾げる。
大司教様はハッとして少し照れくさそうに笑った。
「……可能性があると思ったのは、組合所属の魔術師の方がその地を調べた時に、変わった魔素を発見したからですね……誰のものかは分かりませんが、それはとても温かく優しかったと聞きました」
「優しくて温かいですか……それは、また……」
「えぇひどく抽象的ですよね……ですが、それを発見した方はそう言っておられましたから。今まで触れて来たどんな魔素よりも、それはとても心地が良いと」
俺は石化しながらその話を聞く。
魔素は目に見える事は無く。
ただ漂っているものらしいが、それを触って感じられる魔術師もいたのか。
やはり世界は広いと思いながら、俺はこの石化は何時になれば解けるのかと焦っていた。
「……本日はありがとうございました。これは少ないですが」
「いえ! これは受け取れません。我々は何もしていないので」
「いえいえ、此処まで来ていただいて儀式まで受けて頂きましたから。どうか、私の顔を立てると思ってお受け取りください」
「……では、ありがたく頂戴させて頂きます」
大司教様はふところから小袋を出す。
硬貨の擦れる音がしたから、恐らく中身は金だろう。
アーリンは受け取れないと言ったが、顔を立てて欲しいと言われれば受け取らざるを得ない。
彼女はそれを受け取ってから、大事なものであるようにそっとポケットの中に仕舞う。
「……これにて儀式を終わりとさせて頂きます。ご協力ありがとうございました。私はラムティニアへと“戻ります”。もしも機会があれば、是非、ラムティニアにお越しください……それでは、皆様にランデインの加護があらんことを」
「……では、失礼いたします」
「……失礼します」
「……!」
アーリンとアードルングが立ちあがる。
俺はアーリンの魔術で浮き上がり、そのまま奇妙な姿勢のまま移動させられる。
扉を開けて部屋の外に――うご!?
足が思い切り当たった。
アーリンはそれを無視して俺を強引に外に出す。
そうして、扉を閉めてからすたすたと歩き始めた。
「……!」
俺は必死に体を動かそうとする。
が、全く体は動かなかった。
足が当たった部分の痛みはじんじんと感じるのに。
体が本当に石のようになってしまったように硬い。
カチカチであるように感じるのに、防御力が上がった訳でもない。
ただ単に体が硬直しているだけで……いや、もう解いてくれよぉ!?
三階から下へと降りれば、周りの冒険者たちから奇怪なものを見るような目で見られた。
中にはケラケラと笑って茶化して来る酔っぱらいもいる。
アーリンたちはそんな声を無視して歩いていく。
俺だけが彼らの声を聞いて恥じらいを感じている。
今の感じはまるで、幼い時におねしょをしてそれを“親父”に見つかった時に感じか。
あの時は顔から湯気が出そうなほどに恥ずかしかったが。
今もそれほどに羞恥心を感じている。
「……!!」
必死に体を動かそうとする。
が、やっぱり無駄だった。
俺は組合を出るまで酔っぱらいたちの見世物にされる。
もしも体が動けるようになったら、絶対にアーリンに仕返しをしてやる。
そう心の中で俺は誓った。
俺は顔が熱くなるのを感じながら、それでも諦めずに体を動かそうとした。
アーリンはそんな俺の気など知らずにすたすたと歩いていく。
二人は急ぎ足で組合の外へと出る。
必死にこの魔術を解いてくれと念じるが全くの無意味で。
アーリンどころかアードルングですらも俺を無視して進んでいく。
そうして、建物から離れていくと――さっと二人は路地裏に入る。
アーリンが指を鳴らす。
すると、俺の石化は解除された。
「……い、でぇ」
どすりと地面に転がり、俺はくぐもった声をあげた。
先ほど扉付近に当たった足を摩りながら俺はアーリンを睨む。
彼女はそれを無視してアードルングと話し始めた。
「……あれ、どう思う?」
「……戻るという事は……そういう事かもしれない……だが……」
「……そうねぇ……うーん」
「……?」
仕返しをしようと思っていたが。
二人の神妙な顔を見て、言葉が引っ込んでしまう。
二人は俺の方を見て来た。
俺は頭に疑問符を浮かべながらどういう事かと二人を交互に見つめた。
俺の表情を見て二人は何とも言えない顔をしていた……え、何?
「……あり得ないわね。絶対に」
「あぁ、あり得ないな。絶望的に」
「え、え、え? 何? 何だよ!」
「……大司教様はガイにも儀式を受けてもらうって言ってたでしょ? それなのに、最後には国に帰ると言ったは……この意味が分かる?」
「え…………やっぱり仕事が忙しかったとか?」
「……あのね、その程度の優先度なら態々転移結晶を使って来ないでしょ! 自分で来ずに、別の人間が来るまで組合の人間を使って私たちが何処かに行かないように足止めをするか、大司教の権力を使って私たちを強制的にラムティニアに連行してるわよ! 考えてからものを言いなさい! このバカ!」
彼女は俺を罵倒した。
馬鹿と言われた事によって――ぶちりと何かが切れた。
「ば、バカだとこの野郎ぉぉぉ!!」
「何よこのバァァカァァ!!」
俺とアーリンは掴みあう。
アーリンは執拗に俺のボディを殴って来る。
俺はそんなアーリンの頬を引っ張ってやった。
腹にどすどすと貧弱なパンチを受けながら、蛙のようにアーリンの頬を伸ばし――
「うげぇ!?」
「いだぁ!?」
「……そこまでにしろ。全く」
頭に強烈な一撃が叩きこまれた。
アーリンも頭を押さえながら涙目で。
俺はアードルングを見つめながら何をするのかと聞く。
彼女はアーリンを見ながら「今はそんな事をしている場合ではないだろ?」と言う。
彼女は頭を摩ってから、ゆっくりと立ち上がった。
そうして、アードルングの言葉に納得してから咳ばらいをする――うぉ!?
彼女はびしっと俺に指を向けて来た。
俺は両手を上げながら何をするのかと――
「アンタ――“勇者の血”を継いでるんじゃないの?」
「…………へ?」
俺は目を点にする。
今、アーリンは何と言ったのか……勇者の血?
俺が目を瞬かせていれば、アーリンはため息を吐く。
「やっぱり、心当たりは無いのね……どうする? 面倒な事になりそうだけど」
「……いや、まだ大丈夫だろう。もしも、ハッキリとそうだと分かっていればハガードを強引な手を使ってでも連れて行ったはずだ」
「そうね。多分、薄っすらと何かを感じた程度かしら……この街にいる間は下手な事は出来そうに無いわね」
「……ハガード、くれぐれも魔力を使ったりはするな。そして、一人にもなるな」
「え、え、え、え……え?」
俺は状況がつかめずにいた。
すると、二人はため息を吐き「ダメだ」と呟く……え?
「……ハガードの事は私に任せてくれ。元々、こいつは私の……仲間だからな」
「……そうね。“仲間”だもんね……ふふ」
「……何だ、その笑みは」
「べっつにぃ……ほら、アンタもいい加減その顔はやめて立ちなさい。こんな所で油を売ってる暇は無いんだからね」
「……え? 何処かに行くのか?」
「はぁ? そんなの決まってるじゃない――買い物よ」
アーリンはふんすと鼻を鳴らしてどや顔をする。
まだ怪我が完全に癒えていない状況で買い物かよ……いや、酒盛りした俺が言える義理ではねぇけどさ。
「特に、アンタは今すごく必要なものがあるでしょ? ん?」
「え、必要なものって……あぁ! そうだそうだ! 剣と防具がいるんだったぁ!」
「ふふ、思い出したようね……まぁ私も昨日の夜にアードルングから相談されて――むぐぅ!?」
「……」
アーリンが何かを喋ろうとして口を塞がれた。
アードルングを見れば無表情だが少し頬が赤いような気がした……アードルング。
「そこまで俺の事を……ありがとな!」
「……別に、私は……っ」
彼女は恥ずかしそうに眼を背ける。
自分でも忘れていた事を彼女は気づいてくれていた。
それだけでも嬉しかったが……くぅ!
涙が出そうになる。
鼻をすすってそれを必死に堪えた。
そうして、俺は勢いよく立ち上がってから早速行こうと――
「いや、アンタ、檻の中にいたでしょ。お金、持ってるの?」
「…………ぁ」
「はぁ……先ずは宿屋に行ってお金を取りに行くわよ。勿論、一緒に行動するわよね?」
「え、あぁそれは勿論……?」
アーリンはにやりと笑う。
その笑みはどういう意味なのかと思ったが。
俺は深く考える事無く、一緒に行動すると伝えた。
彼女は満足そうな顔をしてから、路地裏を出て宿屋の方に行った。
俺とアードルングはそんな彼女の背中を追っていく……あ、そうだ。
「そういえば、組合から貰える金は……」
「ん? あぁそれは多分まだだな……それを渡せば、街から出ていく可能性があるだろ?」
「……あぁ所謂、人質ってやつか……抜け目ねぇな」
「冒険者組合だからな、そういう事には隙が無い……足りなければ私が貸してやるから、安心しろ」
「え、いや、気持ちはありがたいけど……それは男としてなぁ……」
「……?」
アードルングは首を傾げる。
俺は照れくさそうに頬を掻きながら何でもないと伝えた。
男ってのは見栄を張りたい生き物なんだ。
相手が自分にとって美人であれば、その見栄の張り方も大きくなる。
それに、アードルングとはもう仲間であり……本当は彼女を守れるような男に……ッ!?
「アンタ、大丈夫かい!?」
「……やっぱり……バカね」
「は、ハガード? 大丈夫か?」
「お、おぉ……だい、じょう、ぶ……っ」
考え事をして歩いていたからか。
道端に転がっていた少し大きな石に足を取られた。
俺はそのまま足をもつれさせて、花屋の前に置かれていた水桶を派手に転がす。
全身に冷たい水を浴びて、桶を頭に被せていれば花屋のおばちゃんが心配して声を掛けてくれた。
俺は笑みを浮かべながら桶を元に戻して――
「へっくしょん!! うぅ!」
「気をつけなよ? すぐに帰って体を温めな!」
おばちゃんはそう言って花の手入れに戻る。
俺はぺこりと頭を下げてから歩き出す……恥ずかしいぃ。
アードルングが声を掛けてくるが。
俺はそれに応える事無く足を速めていく。
くしゃみをしながらアーリンを追いこす。
彼女は先に行くなと言うが、こんな状態では二人が笑われてしまう。
体は寒いのに顔は湯気が出そうなほどに熱くて……。
「何時かは、絶対に……惚れられるくらい格好いい男に……へっくしょん!!!」
「「……」」
背中から視線を感じながら、俺は寒さに震えながら宿屋を目指して歩いていった。




