051:最高に美味い酒
「であるからしてぇ! 俺たちは見事、あの終焉の導きの幹部の一人! 死狂を討ち果たしたんだぁ!! がははは!」
「「「おぉ!!」」」
酒場の中でガイがジョッキに並々と注がれた酒を呷る。
そうして、楽しい宴の場で自らの武勇を観衆に聞かせていた。
俺はアーリンの方へと目を向ける。
すると、ぴくぴくとこめかみを引く突かせながら殺気の籠った目でガイを見つめていた……こえぇ。
俺は隣に座るアードルングに耳打ちをする。
「なぁ、アレ止めなくていいのか? 極秘で調査してたんじゃないのかよ?」
「……まぁ大事にはならないさ。幸いにもネタに困った吟遊詩人は此処にはいない。周りには酔っぱらいだけで、ガイが話していた事も日を跨げば忘れるだろう……多分」
「た、多分って……アーリン、そんな顔すんなよ……確かに極秘ではあるけどさ。倒せたのは事実で、それは何時かは公表される事だろ? だからさぁ」
「――黙れ。殺すわよ?」
「……はい」
ぎろりと殺気に満ちた目が向けられた。
その瞬間に俺は体を縮こまらせて顔を伏せる。
彼女は舌を鳴らしてから、注がれた酒を呷る。
そうして、お代わりを注ごうとして酒が切れているのが分かると歩いていた店員を呼びつけて酒を注文した。
俺やガイもかなり飲んではいるが、アーリンのそれはもう“ヤケ”のように感じる。
止めようとは思ったが、変に声を掛ければ本当に焼かれかねない。
俺は危なくなったらアードルングに止めてもらおうと決めた。
「さぁ飲め飲めぇぇ!! 今日は俺の奢りだぁぁ!!」
「いいぞー!! アンタは英雄だぁ!!」
「最高だぜぇ! キスさせてくれぇ!!」
「がはははは!!」
「……アイツは後で殺すわ。えぇ絶対にね……クソ、後で怒られるのは私なのよ」
「……? あ、それでさアードルング、話って」
「……今はダメだ。此処は賑やか過ぎる……後で、な?」
「……! お、おぅ!」
彼女は少し頬が紅潮していた。
恥ずかしそうに潤んだ瞳を向けられてしまえば、嫌が応にも意識してしまう。
股の間が膨らまないようにしながら、俺は目の前の料理をひょいひょいと掴み食べていく……うめぇ。
大雑把に言うのであれば魚の骨と皮だ。
ただし、ただの魚ではなく魔物の類で。
骨は弱火でじっくりと焼くことで中の水分を飛ばして乾燥させてる。
味付けはギョショウなどを配合して作ったタレであり。
それに漬け込んだものを軽く炭火で焙ったものがこれだ。
骨は普通であれば食えたものではないが。
この魔物の骨は食えるように調理がされていた。
手ごろな太さであり、口に咥えてから歯で噛めば気持ちの良い音が鳴る。
バリバリと咀嚼すれば骨の中に染み込んだタレが口内に広がり。
何度も何度も掴んで食べてしまうほどに飽きがない。
この魚の皮も脂がのっていて美味かった。
パリパリに焼かれており、シンプルに塩のみで味付けされている。
魚の皮には身には無い旨味があり、それが塩によって引き立てられて食後のつまみには最適だ。
骨、皮、骨、骨、皮……うぅん! 最高だなぁ!
料理を食べながら、ジョッキに注がれたラガーも呷る。
キンキンに冷えたラガーは喉越しがさわやかで。
どれだけ飲んでも良いと思えるような味わいだ。
ツマミが最高であれば酒も進む進む……そういえば。
「なぁジョンはどうしたんだ? アイツが主役みたいなもんだろ」
「……あの人は先に報告に行ったわ……こんな目立つ場でいたら絶対に調べられるじゃない。そうなったら、極秘の意味が……いえ、兎に角あの人は重要な役目があるの。だから、気にする必要は無いわ」
「……それってさ。死狂の身柄と関係が……っ」
「……詮索しない方が良いわ。これは忠告よ……心配しないでも、ちゃんと報酬は払うわ。恐らくはすぐに組合の職員から……と、噂をすればね」
「ん? 何が……?」
酒場の扉が開かれる。
見れば、身なりの良い男が入ってきていた。
それも傍には屈強な男たちが控えている。
貴族という訳では無さそうだが、何かしらの役職についてそうな人間で……視線が合った。
此方へと歩み寄って来た一団。
それはアーリンの前に立つとにこやかな笑みを浮かべた。
「……貴方方が、終焉の導きの幹部……死狂と“接触した”冒険者ですか?」
「……えぇそうです……失礼ですが、貴方方は冒険者組合の方たちですか?」
「あぁこれは失礼……私、冒険者組合ドニアカミア“領長”アルフィ・ヘンウッドと申します」
「……アードルング、領長って偉いのか?」
「……はぁ、その国領内のトップだ」
「え!? こ、この人が!?」
俺は驚いたように声をあげる。
すると、ヘンウッドさんはくすりと笑う。
そうして、俺たちの事をゆっくりと見渡してから「強ち嘘ではないようですね」と呟く。
「……怪我の具合からして相当な激戦だったんでしょう……それで、質問があるのですが。よろしいですか?」
「構いませんが……それは領長としてですか? それとも、個人的なものですか?」
「勿論、領長としてですよ……先ず初めに、“死狂を倒した”と言うのは事実ですか?」
「えぇ事実です……ですが、少しだけ認識が違うと思います。説明をしても?」
「是非、お願いします」
アーリンは領長の言葉を受けて丁寧に説明をする。
組合からの依頼で終焉の導きについての調査を行っていて。
そのアジトを見つけたのは良いものの。
報告をする前に、敵に不審な動きがあると察知し。
危険ではあったものの現戦力でも対応できるとアーリンが判断した。
アジトへと突入し敵の構成員との戦闘が発生し。
辛くも勝利は収めたものの、死狂との戦闘では隙を突かれて逃げられてしまったと……嘘じゃん。
ジョンは死狂を倒していた。
そして、その身柄も確保したと確かに言っていた。
それなのに、アーリンは事実を少しだけ捻じ曲げていた。
何故、同じ組合の職員に対して嘘をつくのか。
幾ら極秘であろうとも、この人には話してもいいんじゃないかと思うけど……いや、違うか。
アーリンには何か考えがある。
だからこそ、真実に嘘を混ぜるような説明をしたんだ。
彼女はもう仲間であり、仲間の言う事は信じるのが俺だ。
「……」
「……っ」
俺は動揺しそうになるが必死に顔を伏せて誤魔化す。
何故か、俺の方に視線を向けられている気がするが……やべぇ。
だらだらと汗を流しながらも沈黙する。
すると、視線が逸れたような気がした。
「……なるほど。例の死からの復活でしょうか……では、もう一つの質問を――“神具を使用した”のは貴方ですか?」
「……えぇそうです。それが何か?」
「……何処から神具を手に入れたのですか?」
「言わなければならないのですか?」
「……失礼ですが、アレは未登録のものでした。組合の人間としては少しでも疑いは晴らしておきたいので」
「……あぁ、なるほど……以前、遺跡の調査で私が見つけたものです。登録に関しては手間を惜しみしていません。すみませんでした」
「……その遺跡とは?」
「“ビエカルシア共和国”領内にある“レーム古神殿”……確か、その三階層目にあったかと」
「……ビエカルシアのレーム古神殿……態々、そこまで“依頼を受けて”?」
「ん? 依頼を受けたなどとは言っていませんが……個人の趣味趣向についても知りたいのですか?」
アーリンは微笑みながら首を傾げる。
理路整然と語っているものの、間違いなく嘘がある。
いや、そもそもあの棺を持ってきたのはジョンじゃねぇか!?
完全なる嘘だけど、領長は考えている。
ジッとアーリンを見つめていて……静かに頷く。
「……分かりました……では、その手柄を認め。此方から正式に報酬をお支払いします」
「え? 逃がしたのにくれるのか?」
「えぇそれは当然ですよ。 逃がしたとはいえ、敵の幹部を追い込み深手を負わせた。それだけではなく、此処一帯で起こっていた事件についてもこれで収拾がつくでしょう。その功績は非常に大きいものです……ですが、まだ現地での調査が完了していないので……申し訳ありませんが一週間ほどは此処を離れないようにしていただけますか?」
「えぇ、構いませんよ……貴方たちもそれでいいわね?」
「え、あ、あぁ俺はいいけど……」
「私も問題ない」
「……アイツの事はお構いなく。私のバディのようなものなので」
「分かりました……それでは、楽しい宴にお邪魔して申し訳ありませんでした。滞在中、何かお困り事があれば組合にお越しください。私も調査が終わるまではこの地に留まるので……それでは、失礼します」
領長はにこやかに笑って退出する。
後の仲間たちも彼の後を追って出ていった。
ばたりと閉じられた扉を見つめながら、俺は静かに息を吐く。
アーリンを見れば、ジョッキに口をつけて酒を飲んでいた。
「……なぁ、何であんな説明をしたんだよ」
「……別に、極秘だからよ……あぁ、はいはい。信用してないから、それだけよ。これで満足?」
「……いや、まぁそうだとは思ったけど……うし、まぁいいや!」
「切り替えはや……で、アンタたちはこれからどうするのよ? 私たちは拘束が解かれたら、そのまま“オベリッシュ”に戻るつもりだけど」
「……オベリッシュって……あの“オベリッシュ魔導皇国”の事か?」
「そうそう。そこに組合の本部があるのよ……いや、私たちの事は良いから。ん!」
アーリンはジョッキを俺に突き出す。
俺は後ろに身を引きながらも両手をゆっくりと突き出し話すと伝える。
「……俺たちっていうか……俺はサボイア王国に行くつもりだ。そこで天空庭園について書かれた本を探したい」
「……態々、サボイアに行って本を? それも天空庭園って……当てはあるの?」
「まぁ一応はな……サボイアにある骨董店で手掛かりがありそうな本が売られていたらしい」
「……待って、その本が売られていたっていうのは……遂最近よね?」
「………………いや、十年以上前だ」
「はぁぁ!? アンタねぇ、馬鹿じゃないの? どんなに本が貴重って言ってもね。同じ店に同じ本が十年以上も並んでいる訳ないじゃない! 確実に売れているか、安売りして何処かに流れているわね、うん」
「……それでも! 俺は行かなきゃならねぇ!」
「その心は?」
「――ロマンがあるから! サボイアの料理も食ってみてぇ!」
「……はぁ、やっぱり……バカなのよねぇ」
俺は椅子から立ち上がり拳を掲げる。
アーリンは首を左右に振りため息を吐いていた。
唯一、アードルングだけは俺に温かな視線を送ってくれている。
俺は手にしたジョッキをテーブルに置く。
そうして、その場に跪いてからアードルングの手を掴んだ。
彼女は首を傾げて俺を見つめる……俺は諦めねぇ。
「アードルング、こんな場所でもう一度言うのは風情が無いかもしれねぇが……俺と一緒に来てくれ!」
「……っ! ちょ、アンタ!? こここここんな場所でなななな何を」
「――こちらこそ、よろしく頼む」
「あぁそうだな。お前にも何か事情が………………へ?」
「――!!?」
アーリンが顔を真っ赤にして俺たちを見る。
俺はアードルングから聞こえた言葉に意表を突かれた。
彼女はそんな俺を微笑みながら見ていた。
「ど、どうして……本当にいいのか?」
「あぁ気が変わったんだ……今はお前と一緒に並んで歩いていきたいと思っている。心の底からな……共に歩もう」
「あ、あわ、あわわわ!!?」
「……アードルング! ありがとう!! うううぅぅぅ!! 嬉しいぃぃぃ!!!」
俺は嬉しすぎるあまり、その場から立ち上がって両手をあげた。
そうして、こうしてはいられないとアーリンが注文したであろう酒をお姉さんから貰う。
酒瓶を片手に持ちながらガイの下まで走って。
俺は人だかりを掻き分けてから、彼と共にテーブルの上に立つ。
「今日は人生で最高の日だ!! 今日はとことん飲もうぜぇぇぇ!!」
「「「おぉ!!」」」
俺は瓶のコルクを開けてる。
そうして、そのまま一気で酒を呷る。
周りの人間たちは盛り上がっていて。
隣のガイは酒を呷って一気に飲んでいた。
互いに幸せの息を吐き、俺たちは肩を組みあって渡された酒を飲む。
「兄弟ぃぃぃ!! もっといけるよなぁぁぁ!!?」
「あぁぁぁたりまえだぁぁぁ!! じゃんじゃんもってこぉぉいぃぃ!!!」
「「「うぉ!! 酒だ酒だぁぁ!!」」」
野郎どもは半狂乱していた。
俺たちは酒を注ぎ合い、飲みながら。
お互いの世界を共有し、今日という日を謳歌する。
「……ねぇ、本当にアイツでいいの? 後悔していない?」
「……? 私はハガードが気に入っている。アイツといると……すごく幸せなんだ」
「……はぁ、やだやだ……私まで熱くなるわ」
「「はははははは!!!」」
ガイと肩を組みながら踊る。
酒を飲んでは足を上げて踊り。
ジョッキから零れるほどに注がれた酒をまた飲む。
そうして、酔いが回って足を滑らせて。
テーブルから転げ落ちれば、他の酔っぱらいから酒を口へと注がれた。
俺はそれをがぶがぶと飲み干して、邪魔な上着を脱いでから樽ごと酒を持ってくるように叫ぶ。
酒場の熱気は最高潮であり、俺はほわほわとする意識の中でテーブルの上に立ち――微笑むアードルングだけを見つめていた。




