050:最良の結果に抱く違和
「……っ……クソ、やっぱり、駄目だ……ぅ!」
震えながら両手を胸の前に掲げた。
なけなしの力を込めても、一向に変化はない。
荒い呼吸の中で必死になって己の中の魔力を練り上げようとした。
が、ずきりと体から痛みがして集中が切れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……こんな、事……してる場合じゃ、ねぇのに……くそ」
荒い呼吸の中で天を仰ぎ見る。
最初に此処を訪れた時にはあんなにも雨が降っていたのに。
今ではすっかり雲は薄れていた。
太陽も見えていた事から、あの大雨は何だったのかと思う。
服はボロボロで、身に着けていた革の鎧も完全に壊れていた。
大きな傷は魔石の熱で塞いだが、それでも出血は少なからずしていた。
アレほど強かった痛みや苦しみも、今では慣れたようになっていたが。
時折、鋭い痛みが走る。それに表情を曇らせながらも。
俺は何とか意識を繋ぎとめていた。
濡れた地面の上に腰を下ろして。
罰当たりかもしれなかったが、壊れた墓を背にしている。
意識を失いそうな中で、必死に両手を上げて魔力を練り上げようとした。
が、先ほどのように白い魔力が出る事は無い。
……あの魔力は何だったんだ?
アレのお陰で俺はミノタウロスに勝てた。
そして、アマリアの呪いも一時的にだが解くことが出来た。
全てあの謎の白い魔力のお陰で……神様が力を貸してくれたのか。
そう思うしか無いほどにアレは奇跡に近かった。
もしも、あの魔力が無かったらと思うとゾッとする。
ミノタウロスにも敗北し、アマリアも救えず。
俺の冒険は幕を閉じていたと分かるんだ。
それ程までにあの魔力の力は凄まじかった。
もう俺の魔力は切れかかっていた。
自分で分かる程であり、此処まで来るのにもかなりの体力を消耗した。
今の状態ではもう一歩も動くことは出来ない。
いや、行けたとしても仲間たちの足を引っ張るだけだ。
もしも、もう一度……あの魔力を使えたのなら。
「……よし……もう一度……うぐ!?」
震えながら必死に手を動かす。
が、魔力を練ろうとした瞬間にずきりと心臓が痛みを発した。
俺は荒い呼吸のまま心臓の部分を片手で抑える……これ以上は危険だ。
本当に魔力を全て使い果たしてしまう。
これ以上は魔力切れどころでは収まらない。
下手をすれば己の魂にも影響を及ぼしかねない。
師匠からも言われていた。
心臓が強く痛みを発した時は、絶対に魔力を無理矢理に使おうとするなと。
その痛みの強さが耐えられないほどであれば、死の一歩手前で……悔しい。
俺だって覚悟を決めて来た。
死ぬかもしれないと思っていたさ。
けど、俺だって冒険者になって危険種に該当するような魔物も倒した。
少しだけなら自信もあって、エイマーズのような凄腕の銀級冒険者にも認められていた。
だからこそ、足を引っ張る事は無く、もっと戦えると思っていた……それが、この様だ。
もしも、アマリアが俺を最初から殺す気でいたのなら。
俺は白い魔力を使う事無く死んでいただろう。
彼女に迷いがあったからこそ、俺は勝機を掴めた。
運が良かっただけであり、本当の勝利とは到底呼べない。
俺の今の実力はこの程度だ。
過信したりはしない。
無理矢理にでも仲間の元へ行く事は絶対にしない。
助けに行く気持ちは大事でも、仲間に迷惑を掛ける事だけはあってはならない……それでも、な。
悔しいし、遣る瀬無いさ。
このまま此処でジッとしているだけなんつ辛い。
でも、我慢しなければならない。
これが俺に今できる最善の選択だから。
俺はゆっくりと両手を地面に下ろす……あぁ。
大切な革の鎧は破壊された。
魔石なども洞窟内に落としてしまった。
愛剣は砕け散って、服もボロボロだった。
ポーションなども全て飲み干し。
残されたものは宿屋に置いてきた鞄と調理道具や保存食くらいだ。
ほとんどを失った。
また買い直さなければならない……でも、良かった。
『ルーク! また会いましょう――貴方の物語を楽しみにしています!』
「……アマリア」
彼女の綺麗な笑顔と言葉を思い出す。
彼女はもうこの世にはいない。
彼女は一人で空へと旅立って行ってしまったから。
でも、その最期は絶望なんかじゃなかった。
あの本の主人公ヨルのように自らの夢を叶えて。
彼女は幸せを感じたまま天に昇る事が出来たんだろう。
俺は空を見つめる。
雲は消えていき、青空が見えていた。
綺麗な青には太陽の光が広がっていた。
彼女は空の上から俺を見守ってくれている。
俺は間違っていなかった。
彼女を追い掛けて彼女の夢を叶えてあげる事が出来たから。
「……でも、俺は……お前と、もっと……悪いな」
また、目頭が熱くなる。
俺はそれを必死に堪える。
こんな無様な姿を彼女が見れば心配してしまう。
俺は必死に涙は流すまいと堪えて……!
足音が聞こえた。
俺は痛みを我慢しながら腰を浮かせようと――あれは!
ゆっくりと近づいて来る人物たち。
二人であれ、片方は肩を担がれていた。
彼らは俺の姿を見つけると片方が手を振ってきて――無事だったんだな。
「ガイ! アードルング……ぅ!?」
「はは、兄弟もボロボロだな……よし、下ろすぞ」
「あぁ、ありがとう……また再会できて嬉しく思う……アーリンとジョンはいないか」
「……二人はどうしたんだ? まさか」
「いや、まだそうとは限らねぇぜ……ただ、あの二人は先に行っちまってな。俺たちは敵の一人とゴーレムどもと戦闘してな。
何とか敵の隙をついて勝ったけどよ……そっちはどうだ?」
「俺の方は……エト……彼女の使役する魔物……ミノタウロスと戦った」
「――! ミノタウロスだと……いや、魔物と言う事は……あの伝説の存在か?」
「いや、正確にはそれを模して造られたものだ……だけど、すげぇ強かったぜ……全身ボロボロで、今も、気を失いそうなんだよ。へへ」
俺は乾いた笑みを零す。
すると、アードルングが静かに頷く。
ガイは俺の事を褒めてくれていた。
「流石は兄弟だぜ! そうか、ミノタウロスか……戦って見たかったなぁ」
「まぁそれはいい……それで、もしかしてとは思うが……洞窟の出口で見た……アレは……」
「……あぁ、彼女だよ……太陽を見たいって言ってさ……嬉しそうに笑ってたよ」
「……そうか……お前も、役目を果たせたんだな」
彼女は小さく笑う。
そうして、俺と同じように墓石に背を預ける。
俺たちはボロボロの状態で。
唯一、ガイだけがまだ動けそうではあるが。
彼もかなり消耗しているように感じた。
「……それじゃ、俺はもう一回、墓所の中に行くからよ。お前たちは此処にいろよ」
「待て、その状態では」
「はは、心配はいらねぇよ。俺にはまだ余力があっからな。何せ、鍛えてるからな! それじゃ――!」
ガイは親指を立てて笑う。
そうして、俺たちの心配をよそにまた墓所内へ行こうとして――扉が動く。
ガイはすぐに槍を構える。
アードルングも立ち上がり、弓を構えた。
俺も立ち上がろうとしたが、体が強い痛みを発して立ち上がれなかった。
せめてもと扉を警戒心を込めた目で見つめて……アレは!
扉が独りでに開いていく。
そうして、中から現れたのは――ジョンだった。
彼は棺が持っていない。
代わりにその両手でアーリンを抱えていた。
横抱きにされている彼女はぐったりとしている。
ガイは少しだけ警戒していたが、すぐにそれを解く。
アードルングも警戒心を解いて、俺も……?
ガイはジョンに駆け寄っていく。
彼が話しかければ、ジョンは普通に応対していた。
アーリンは気絶しているだけで命に別状は無いと。
アードルングは死狂は発見できたのかと聞けば。
彼は目的であるそいつの身柄は確保できたと伝える。
普通のやりとり。
仲間同士の会話だ。
アレは間違いなくジョンとアーリンだ……俺は何を考えているんだ?
違和感――小さな“綻び”を見つけた時の感覚だ。
俺はジョンの顔を見て、そんなに感情を抱いた。
姿形はジョンで、話し方も彼だ。
何もおかしい事は無く、初めて会った時の彼にしか見えない。
ガイとは話をしている。
アードルングの質問にも答えていた。
簡潔であり無駄がなく、冷たさを感じるほどに淡々と話をしていて――彼が俺を見る。
「……っ」
「……」
互いに視線が合う。
俺は少しだけ表情を強張らせてしまう。
ジョンはそんな俺の表情の変化を知ってか知らずかアーリンをガイに託し近づいてきた。
そうして、ゆっくりと俺の前に立ち――膝をつく。
片手を伸ばしてきたと思ったら。
俺の顔の前で掌を掲げて――温かな光を感じた。
彼は治癒の魔術を行使し、俺の傷を癒してくれた。
全身に感じていた痛みが和らいでいき。
先ほどまで感じていた吐き気も収まっていく。
見る見る内に傷が癒えていき、俺も驚いていたがアードルングたちも驚いていた。
「凄い……アレほどの怪我が短時間でこれほど癒えるとは……突出していたのは超常だけではなかったのか」
「……言う必要はない……動けるか?」
「あ、あぁ……ありがとう……その、アードルングの傷も……」
「分かった……こっちに来い」
「すまない、助かる」
アードルングが指示に従い彼の前に立つ。
彼女も治療を受けて傷を癒していき……何かおかしい。
俺は治療を施しているジョンを見つめる。
そして、気になった事を彼に質問した。
「……なぁ、ジョン。アンタ……随分と“余裕”がありそうに見えるけど」
「……確かに、魔力も減ってるように見えねぇな」
「これほどの治癒魔術を行使出来るのなら……どういう事だ?」
二人も疑問を抱く。
すると、ジョンはアードルングの治療を終えてからゆっくりと俺を見て来た。
心臓がどくりと鼓動する。
やはりだ。俺は彼に対して小さな違和感を抱いていた。
それが何かは分からない。
ただ、目の前のジョンがひどく不確かなものに俺は見えている。
ジョンである事は間違いない。
言葉にして言い表せないが……嫌な感じがする。
「……棺の力を使ったからな」
「棺の? アレはそういうものだったのか?」
「へぇなるほどなぁ。確かに不思議な感じはしたけどよ……でも、置いてきて良かったのか?」
「……あぁ、目的は果たせた……アレはもう不要だ」
ジョンはジッと俺を見つめながらそう言う。
俺はゴーグル越しに感じる気配に少しだけ恐怖を感じていた。
最初の時に会ったジョンの目には俺なんかは映っていなかった筈だ。
対して役に立たない駒であり、使えなければ捨てていくそんな感じだっただろう。
しかし、今の奴の視線からまるで品定めするような粘ついた情を感じる。
ひどく不快でとても嫌であり、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
奴は何故かくすりと笑ったような気がした。
奴はそのまま俺から視線を外し歩いていく。
ガイが自分の治療は無しかと叫んだが無視。
そのまま馬の方へと歩いていく。
俺は今なら立ち上がれるからと一人で立って歩いていく。
アードルングの方も楽になったようであり。
俺たち三人は互いに顔を見合わせてから笑う。
「まぁ何はともあれだ……任務は完了! 俺たち全員生きてる! これ以上ない成果だな!」
「……あぁ皆の顔がまた見れて。ようやく生きていると実感できた……ハガード、帰ったら、お前に聞いて欲しい事がある」
「ん? 今じゃダメなのか?」
「あぁ出来れば二人だけで話がしたい」
「……っ! そ、そっか……そ、それなら仕方ねぇな!」
「……んだよ。俺はのけ者かぁ? はぁ、やだねぇ。やだやだ……だけど、祝杯だけは全員でだぜ? これは絶対だ!」
「おぅ! それは勿論だ! 俺は飲むぜ! 朝まで飲んでやるよ!」
「おぉ、その意気だぜ兄弟!」
「……頼むから、ほどほどにしておけよ?」
俺とガイは肩を組んで笑いあう。
そうして、互いに歩いていき――ずきりと痛みを感じて互いに体を押さえて蹲る。
アードルングはそんな俺たちを見てため息を履いていた……っ。
「……」
視線を前に向ける。
すると、ジョンがジッと俺を見ていた。
が、一瞬だけでありすぐに視線を逸らす。
気のせいかと思いながらも。
ジョンから感じた粘ついた視線に少し怯える。
違和感と不気味な視線。
俺はその二つの事を考えようとしたが……まぁいいさ。
今は兎に角、全員が生きて再会できたことを喜び合いたい。
怪我はまだ完全に治っていないようだけど。
世界を滅ぼそうと企む組織の一人を捕らえる事が出来たんだ。
まるで、英雄のような活躍で……まぁ俺はほとんど何もしてねぇけどな。
俺は立ちあがり歩いていく。
英雄には程遠い実力だが。
俺は今も確かに成長している。
まだまだこれからであり――
「アマリア……頑張るからな」
小さく呟く。
返事は聞こえないが、彼女の気配を感じる気がする。
空から差す光はまるで彼女の視線のようで。
俺はそれを見つめて小さくはにかんだ。




