049:素敵な夢
コツ、コツ、コツと靴の音が響く。
背中に背負ったエトは静かで。
俺はそんな彼女が“眠りにつかないように”声を掛け続けた。
「それでさ。俺、またあの本を読んでみたいんだ」
「……何で、ですか?」
洞窟の中を歩いていく。
背中に背負ったエトと話す。
“彼女”は俺の話に耳を傾けてくれて。
俺はそんなエトに感謝しながら、あの悲しかった結末の本をもう一度読みたい事を伝えた。
「理由か……何となくかな。一回目に読んだ時は悲しかったけど……エトの話を聞いたらさ。もっと違う事も考えられるんじゃないかと思ってさ」
「違う、事……ですか……それは、いい考えだと、思います」
「……だな……もしかしたら、主人公のヨルは悲しみのままに海の底に沈んでいったんじゃないかもしれない……笑ってたって事は、きっと……石になっても夢が叶えられて満足したのかもしれない……不幸な結末じゃなかったんだ」
俺はそんな事を話しながら、風が少し強くなったと感じた。
出口が近いようであり、俺は少しだけ表情を硬くする。
このまま出口へと行けば、エトは太陽を見る為に外へ行こうとするだろう。
そして、アーリンやエト自身の話が正しければ……それは彼女の最期を意味する。
本当に良かったのか。
本当にこれで良いのか。
話をして歩きながら、俺はずっとそんな事を考えていた。
答え何てない。
何が正しいとか間違っているとかじゃない……これはエトの夢だったんだ。
彼女はもう己の体の状態を理解している。
彼女から感じる心臓の鼓動は弱弱しく。
彼女の声も段々とか細くなっていく。
彼女の声や息遣いを通して、俺はエトの最期が迫っていると感じた。
エトはくすりと笑う。
俺はハッとして何で笑うのかと尋ねた。
「……ルークが、初めてです……あの結末を……認めようと、してくれたのは……嬉しいです」
「……認めたのかは分からない……でも、俺にも夢があるから。それを否定する事はしたくなかった」
「……そう、ですか……僕にも、夢があった……何時の日か、本を通して見た、太陽を……その下で、家族や、友達……ルークと、一緒に歩きたかった」
「……っ! 歩けるよ。今から、俺も一緒にさ!」
俺は笑う。
エトを安心させる為に、彼女を怖がらせない為に。
彼女はそんな俺の心を感じ取って静かに頬を俺の背中につけた。
「……温かい……とても……眠って、しまい、そうです……」
「……! 寝るには早いだろ。太陽を見てからでも遅くはねぇぜ!」
俺は足を進める速度を速める。
が、それをすれば体から鋭い痛みが全身に走る。
痛みが和らぐ事は無い。
ずっと痛みを感じていて吐き気もする。
すぐに動けるほどに回復はしていなかったが。
俺はそれでもエトの為にと体を無理矢理に動かしていた。
必死に彼にそれを悟られないように。
俺は強く歯を食いしばって――?
体から痛みが引いていく。
吐き気なども薄れていった。
俺はどういう事なのかと――!
「エト! お前何やって!?」
「……ごめん、なさい……でも、ルークが、苦しむのは、見たくない、から……気休めだけど」
「やめろ。そんな事は……っ」
エトは魔術を使っていた。
残り少ない魔力を使ってくれていた。
治癒などではない。
傷が癒えたような感じはしなかったから。
恐らくは俺が痛みなどを感じないようにしてくれたんだろう。
彼女は謝る。治してあげたいのに治せない事を……そんな事!
「ありがとう……十分だよ」
「……ふふ……良かった」
「……! ほら、見えて来たぞ」
洞窟の出口が見えて来た。
薄暗い洞窟内へと温かな光が差し込んできている。
エトはその光を見つめて静かに息を吐く。
「……光……この先に……太陽が……」
「……エト……俺は傍にいるからな……最後まで、お前と一緒だ」
「……はい」
エトは静かに頷く。
俺は光が彼女に当たるギリギリの場所で止まる。
静かに俺たちは光を見つめて、エトは自らの意志で俺の背中から降りた。
よろよろと地面に立つ。
俺は彼女の手を優しく握る。
エトは少しだけ呼吸を乱しながらも、ゆっくりと光の先を見つめた。
「……行こう」
「……あぁ」
彼女はゆっくりと足を進める。
彼女の足の先が光に触れて――!
彼女のつま先が石のように硬くなる。
履いている靴ごと石化している。
彼女は体をよろけさせて倒れそうになる。
俺は咄嗟に彼女の体を抱き寄せた。
「……やっぱり……だめ、なのかな」
「……っ。エト……まだだ」
エトは自らの石化したつま先を見つめる。
彼女は寂しさと哀しみを滲ませていた。
このままではダメだ。このままではエトは絶望のままだ。
そんなのは嫌であり――絶対に認めたくない。
瞬間、俺の心臓の鼓動がどくりと鼓動する。
また、あの時に感じた熱が駆け巡る。
俺はそれを感じてエトの手を掴む。
何故だか分からないが、こうすればいい気がして――俺の中から白く輝く魔力が溢れ出す。
「――これ、は?」
「……俺にも分からない……けど、諦めるには早いぜ!」
俺から発せられる白い魔力がエトの体を包み込む。
すると、先ほどまで苦しそうだった彼女は少しだけ生気を取り戻す。
そして、石化していた筈のつま先もゆっくりと元に戻っていった。
俺とエトはそれを見て驚いた。
そして、互いに視線を合わせて頷く。
俺はエトの手を掴みながら魔力を流し続ける。
彼女を優しく立たせてから、共に一歩歩みを進めた。
光に足が触れる――が、石化はしない。
エトは初めて浴びる陽の光に頬を綻ばせる。
そして、ゆっくりと歩みを早めていく。
足から胴体へ。
胴体から首へ――そして頭の先まで陽の光を浴びる。
「あぁ、これが……温かい。すごく温かくて、不安が消えていく」
「……そうだろ。これが太陽ってやつの力なんだ」
洞窟の外へと出れば、そこには草花が生い茂っていた。
目の前は崖であり、下には大きな川が流れている。
上へと上がる為の石階段が設置されているが、今はそんなものはどうでもいい。
崖の向こう側。森林の上には白い輝きを放つ太陽があった。
俺にとっては見慣れたものでも、エトにとっては長い間望んでいたものだ。
彼女はそれを見つめて――頬から雫が零れる。
「……全然、違うよ……想像していたものよりも、レンズ越しに見たものよりも……ずっと、素敵だ」
「……エト」
彼女は両目から涙を流しながら笑う。
その瞳にはもう悲しみも絶望も無い。
キラキラと輝いていて、目の前の光景を目に焼き付けていた。
俺はエトが喜んでくれた事が嬉しくて――!!
エトの足を見る。
すると、ゆっくりとその足が石化を始めていた。
俺はまだ魔力を流している。
それなのに、それでも抑えられない呪いなのか。
俺はすぐにエトに洞窟に戻るように言う。
しかし、エトは涙を拭ってから首を左右に振る。
「ごめん、ルーク……僕は、このままでいたいんだ」
「そんな、何で……もしかして」
「……うん、多分。もう僕は……だから、最期はこのまま此処で……我が儘だよね。悪党なのに、こんな」
「――そんな事ない! エトは悪党じゃない! お前は俺の友達だ! ずっとずっとずぅぅぅっと友達なんだ!!」
「……ふ、ふふ……本当に、ルークは良い人だ……はは、ちょっとだけ、悔しいな……もっと早く、ルークと出会いたかったな……そうしたら、きっと……いや、ダメだね。これ以上は望んじゃだめだ」
「エト……俺は、お前と……出会えて良かった。俺はお前が好きだ」
「……僕もだよ、ルーク……“君以上”に、好きだよ」
エトはくすりと笑う。
彼女の両足は石化して、ゆっくりとそれが上へと進んでいく。
彼女は無理矢理に足を動かして俺の方を向く。
そうして、決意を込めた目で俺を見つめながら呟く。
「僕はね。本当はエトじゃないんだ……僕の名前を、聞いてくれる?」
「……あぁ聞くさ。当然だろ?」
「……ありがとう……僕の本当の名前は“アマリア”……良かったら、覚えていて欲しいな」
「アマリア……良い名前だ! 本当に!」
俺は笑う。
彼女も笑っていた。
が、石化は既に胸まで広がっていた。
俺はその姿を見ながらも、必死に泣かないようにした。
彼女はもう自分の最期が分かっているんだ。
お別れであり、此処で俺が泣けば彼女を不安にさせてしまう。
彼女には後悔も何も無く天国へと行って欲しい。
今まで苦労して悪党にも利用されたんだ。
最期だけは彼女の夢を叶えてあげられた。
このまま幸せな気持ちのまま、彼女には……っ!
そんな事を考えていればゆっくりと頬に手を添えられた。
腕にまで石化が進んでいる中で。
彼女の柔らかな手が俺の頬を撫でる。
彼女は目を細めて笑う。
そうして、ゆっくりと顔を近づけて……頬に柔らかな感触がした。
彼女は静かに離れる。
そして、少しだけ頬を赤く染めながら微笑む。
「ルーク……絶対に夢を叶えてください。あの時は出来ないって言ったけど……貴方なら絶対に辿りつけます」
「……あぁ、あぁ! 勿論だ……絶対に、俺は……っ……夢を叶えるからさ! だから、次に会った時はさ……っ!」
俺は必死に声を絞り出す。
泣いてはいけないと思っていたのに。
視界が滲んでいって、頬が濡れる感触がした。
止めようとしてもどんどん流れて行って。
抑えきれない感情がこみ上げてきて。
俺はそれでも必死に笑みを浮かべて――アマリアが笑った。
「ルーク! また会いましょう――貴方の物語を楽しみにしています!」
「……アマリア!」
石化が進み――彼女の全身を覆った。
アマリアは綺麗な笑顔を浮かべたまま石になった。
まるで、今も生きているようで。
俺はそんな彼女が伸ばした手にそっと触れる。
もう彼女を元に戻す事は出来ない。
彼女は石となり旅立ってしまった。
この世で彼女に会う事は出来ない。
とても辛くてとても寂しくて……でも、俺は止まらないよ。
彼女からそっと離れる。
そうして、流れ出る涙や鼻水を乱暴に腕で拭う。
俺は笑みを浮かべる彼女を見つめながら――声を出す。
「見ていてくれよ、アマリア……俺は必ず、夢を叶えるからよ……またな」
「……」
彼女は何も言わない。
しかし、その時に風が少し強く吹く。
背中を押されたような気がして後ろを振り返るが何もいない。
「……ありがとな」
俺は呟く。
彼女は進めと言ったんだ。
それなら俺は止まってはいけない。
俺はゆっくりと足を進めて、石階段を登っていく。
アマリアは後悔なく旅立てた。
だが、それ以外の脅威はまだ此処に存在する。
俺はほとんど戦う力が残っていないから何も出来ないが……大丈夫だ。
アイツらは強い。
俺なんかよりもずっと強い。
負けるなんて思っていない。
全員無事に帰還するのが第一だ。
「帰って来いよ……皆」
俺は仲間たちの無事を祈る。
そうして、再び体から熱が消えていくのを感じる……っ!
襲い来る痛みや吐き気。
それを必死に抑えながら、俺は壁に体を押し付けながら上へと昇っていった。




