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048:貴方の人生をありがとう(side:ジョン)



※注意! 少しグロテスクかもしれません。



「はぁ、はぁ、はぁ」

「ふ、ふふふ……なるほど、なるほど……貴方は相当に私の事を調べてくれていたようですね」


 俺は呼吸を落ち着かせながら体中から血を噴き出す奴を睨む。

 その体はボロボロであり、片腕は生気を完全に吸い取られて壊死していた。

 奴自身の体も限界であり、失血死を招くほどの血を流していた……が、まるで手応えを感じない。


 こいつにとっての天敵と成り得る“神具”。

 これはその中でも相手が宿す生命力を吸い取るものだ。

 少しであろうとも吸い取れば相手は眠りにつき。

 時を掛ければ掛けるほどに相手の寿命は減っていく。

 その証拠に奴の片腕は完全に死んで、奴そのものも年老いて行っているように見えた。

 肌はカラカラに乾燥し、若々しかった体は枯れ枝のように細くなっている。


 防御は不可能、回避も困難で。

 限られた空間の中であれば最も効果的な代物だ。

 必殺に近い伝説上の武具の一つではあるが。

 一度使用してしまえば、再び使う為には十年の時を必要とする。

 その代わり、此方が定めた対象をその命が尽きるまで追いかけていく性質を持つ。

 何処まで逃げようとも、何処に隠れようとも無意味。

 ただの一時的なその場しのぎにしかなならず……なのに、何だ?


 こいつの命は終わりかけていた。

 後少しまで減らせば、俺はこれを解除するつもりだ。

 いや、危険だと判断すれば迷うことなく殺す。

 上からもそれは許されていた。

 奴らにとってこの件での失敗は許されない。

 生きたままが望ましくとも、何も得られないよりかは死体の方がマシだ。

 だからこそ、俺はこいつを注意深く観察していた。


 死狂の攻撃方法は全系統による魔術攻撃だ。

 その魔力量は全ての種族を凌駕するほどに多かったが。

 俺は奴の攻撃をしのぐ事だけを考えて立ち回り。

 後は神具によって奴の命が枯れ果てるのを待っていた。

 ギリギリであり、もしも神具が無ければ俺は確実に死んでいただろう。

 それほどの手練れであり、やはりこれを用意して正解だった。


 奴は笑う。

 最早、死が近い体であろうともその不気味さは衰えない。

 奴の笑い声を聞くだけで、心の底から恐怖と言う感情が呼び起こされる。

 奴が動くだけで心臓の鼓動が跳ね上がり。

 奴が何かをしようと動くだけで警戒する。


 奴の一挙手一投足が俺の判断を鈍らせようとする。

 それを警戒しながら俺は奴と一定の距離を取る。

 その間にも、神具に込められた“霊”たちが笑いながら奴の周りに群がる。

 奴はそれを拒む事も抵抗する事もせずに受け入れていた。

 そうして、奴の体から生気が吸い取られていき――奴の体がゆらりと揺れる。


「……!」


 宙に浮いていた死狂。

 奴が下へと落下し、破壊された台座の上に転がった。

 煙が上がり、俺は警戒しながら一時的に霊たちを下がらせる。

 ジッと見つめながら暫く経ち……終いか。


 奴がゆっくりと視線を此方に向けて、掠れた声で言葉を送って来た。


「……貴方は、思っていたよりも……紳士、なんですねぇ」

「……何が言いたい」

「いえ、いえ……そこのお嬢さんの事……庇っている節が、ありましたから……ただ、それだけですよ。ふふふ」

「……これ以上、お前の話に付き合う気は無い」


 俺は奴の元へと飛ぶ。


「――戻り、深き眠りにつけヴォウグ・スルーピアァ

「――――!」

 

 神具から解き放たれた霊たちを棺の中へと戻す。

 霊たちは棺の中へと吸い込まれて行くように消えていく。

 それらは悲しそうな声を上げながら完全に戻り。

 棺の蓋は自動で閉まり拘束は勝手に行われた。

 俺はそれを見る事無く、スーツの懐から拘束具を出す。


 奴へと黒い水晶のようなそれを向ける。

 魔力を込めればその水晶体が怪しい光を放つ。

 床に倒れる奴の体はその水晶の中に吸い込まれて行くように体全体を煙のようにしていった。

 “封魂玉(フウコンギョク)”であり、あのケチな男が高い金を支払って用意した逸品だ。

 例え一級クラスの魔物であろうとも、時間を掛ければ絶対に逃げす事の無いもので。

 魔法を使える人間とはいえ、魔物でもない相手にこれを使うとはと思ったが……その判断は正しかったようだ。


 男はジッと此方を見ながら薄く笑みを浮かべる。

 口からだらだらと血を流しながら。

 弱り切った男はそれでも余裕を感じさせていた。

 俺はそんな奴をゴーグル越しに見つめて……終わった。


 奴の体と魂は水晶の中に閉じ込めた。

 光は静かに収まっていき、その中を覗き込めば奴が黒い靄に包まれてその中で浮いていた。

 この水晶の中では全ての時が止まる。

 奴自身も思考する事も抗う事も出来ない状態だ。

 これで完全なる詰みであり、仕事の完了を意味していた。


「……終わったん、ですか?」

「……! 起きていたのか……あぁ終わった」


 後ろから声が聞こえた。

 さっと振り向けば、アーリンと名乗った銀級の冒険者が立っていた。

 杖を突きながら苦しそうな顔で此方に歩み寄って来る。

 俺はそんな奴の姿を見て謝罪は口にしない。

 が、敵のアジトの発見と死狂である事まで突き止めた功績は大きい。

 此処まで来るのに他の構成員との戦闘も一度だけで済んだ。


「任務は完了した。お前たちの功績は報告する……速やかに帰、還……?」

 

 俺は水晶を懐へと入れて立ち上がる。

 そうして、他の奴らと合流し速やかに帰還しようとした。

 が、何かが俺の体に当たった。

 それは俺の腰の方であり――!!


 俺はすぐに魔術を発動させた。

 そうして、後ろから奇襲を仕掛けた――アーリンを吹き飛ばす。


 奴は空気の砲弾により体を後方へと弾き飛ばされた。

 結界を張っていたが、俺の攻撃によって壁へと叩きつけられて。

 血反吐を吐きながら、ゆっくりと床に落ちた。


「くそ、どういう事だ?」


 俺は腰に刺さった短剣を抜く。

 見れば毒が塗ってあったようで。

 俺はすぐに体の中の血を操って毒を血と共に吐き出す。

 そうして、そのまま治癒の魔術によって傷口を塞ぐ。


 アーリンの奴はくつくつと笑う……いや、待て……この魂の色は――ッ!


「――死狂かッ! 貴様、どうやってッ!」

「ふ、ふふふ……驚く事はありませんよ。お嬢さんが意識を失っているので。一時的に体の操作権を譲渡してもらっただけです……まぁ女性の体というのは神秘的ではありますが。私の趣味ではないので……可能であれば、貴方の体を私にくださいませんか?」

「……断る、と言ったら?」

「ふふふ、そうなると些か強引にはなりますが……こうなりますね」


 アーリンの声で喋り、アーリンの顔で笑う死狂。

 奴が指を鳴らせば、墓所の中にあった棺の蓋が霞のように消えてなくなる。

 音を立てながら何かが足を動かし出て来た。

 床が揺れるほどの巨体で、それがぎろりと俺を睨む。

 そこから現れ出たのは――アレは!?


「――竜人族(ドラゴニアン)だとッ!? 馬鹿な奴らはとっくに滅んだ筈……まさか、この墓所はッ!?」

「やっとお気づきになられたようですね……えぇそうです。此処は太古の昔に作られた竜人族たちの墓。それも太古の昔に存在した彼らの王国に住む王族たちの墓ですよ……彼らはその中でも最も力を有した存在たちです」

「なら、あのヒューマンたちは……そうか。この地を隠す為に……っ」


 棺から出て来たのは体長三メーテラはある竜人族だ。

 赤黒い鱗を全身に纏い、頭はドラゴンで尻尾が生えている。

 背中にはドラゴンの翼もあり、その全てが死体であるにも関わらず。

 威厳と覇王としての風格を出していた。

 一体だけであろうとも強大な魔力を有しているのは分かるのに……それが全部で六体だと。


「――ッ!!」


 俺はすぐに動き出す。

 戦闘中に既に部屋の構造は理解していた。

 入って来た通路以外にもう一つの通路が存在している。

 そこから風が吹いており、出口に繋がっていると察知した。

 この状況では戦っても勝てる見込みは無い。

 俺は任務は失敗したと決めて、そのまま逃走を――ッ!!


 竜人族の内の一体が一瞬で俺の前に現れた。

 アレほどの巨体が一瞬で移動した。

 それに驚くと同時に背中に冷たさが這うのを感じた。

 死体は口を大きく開き――横に飛ぶ。


 瞬間、奴の口から放たれた火炎が部屋に広がる。

 俺は魔術でその軌道を左右に逸らす。

 超高音のブレスであり、防いでいるのに手が焼けるような熱さを感じる。

 俺はそれを防ぎ――左右からも気配を感じた。


 俺は咄嗟に上に飛び――ッ!!


「うがぁ!!?」


 強い衝撃を全身に感じた。

 回避した先には別の死体がいた。

 その攻撃を諸に受けてしまう。

 俺はそのまま凄まじい勢いで床に叩きつけられた。

 そうして、ぬらりと左右から現れた死体が俺に向かって拳を連続して放とうとする。


 俺は咄嗟に両手を上に向ける。

 超常の魔術により目の前に空気の壁を形成した。

 奴らはそれもお構いなしで連続して拳を振り下ろしてきた。


「――うぐあぁぁぁ!!!」


 凄まじい力で脳に響くほどの破壊音。

 ガードをしているのに衝撃で体が潰されそうだった。

 頑丈な筈の床に亀裂が走り。

 床が裂けてそのまま下へと沈んでいく。


 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度何度何度何何何何何――――




「はぁはぁはぁはぁはぁ……かはぁ」


 連続した攻撃が唐突に終わる。

 俺は魔術を解除しよろよろと立ち上がる。

 竜人たちが俺を見下ろすように立っていた。

 俺は力を振り絞り何とか立ち上がった。

 

 アーリンの体を奪った死狂は宙に浮きながら不気味な笑みを張り付けていた。

 俺は血反吐を吐きながらも、奴を見て――笑う。


「は、はは……幹部、ともあろう奴が……結局は、死体が、無ければ……お前など……ごほ」

「……? あぁそうですか……貴方にはこれらが死体に見えるのですね」

「……あ?」


 奴は腕を組んで納得した様に頷く。

 そうして、奴は杖を捨てて徐に両手を広げた。

 奴はそのままパンと手を叩き――死体たちの体が蠢き始めた。


 内部から何かが蠢くように動いていた。

 それらはドラゴニアンたちの形を変えていく。

 不快な肉の音や骨が砕ける音が響いて――現れた。


 

「嘘、だ……そんな……あり、えない……な、ぜ」


 

 宙にゆっくりと浮かぶ六人の“人間”。

 それらは死体でも竜人でもない。

 腰まで伸びた白髪に濁り切った黒い瞳で。

 鍛え上げられた肉体をした若者であり――死狂いであった。


「全て――“私”ですよ? アレもこれもそれも……全部、私なんです」

「気に入っていただけましたか? 私たちの連携攻撃は!」

「まだまだ見せたいものはありますが……大丈夫ですか?」

「あぁ無理をなさらずに! もし、アレが使えるのでしたら遠慮せず使ってください。“体”はまだまだあるので!」

「……うーん? おかしいですねぇ。返事が聞こえませんが……おーい。大丈夫ですかぁ?」


 奴らは口々に喋る。

 全く怪我を負っていない。

 全く力が衰えていない。

 脅威だと感じていた存在が五体満足で――六人になった。


 

 最初から戦う条件が違っていた。

 此方は身一つで命も一つ。

 仲間はいても一度死ねばそれまでで。

 しかし、奴は多くの肉体を有しその終わりでさえも限りがない。


 

 死んでも生きている。

 殺しても蘇る――違う。


 

 奴は死という概念そのものが無い。

 終わりというものが奴だけには存在しない。

 永遠であり、無限であり……不滅なのだ。

 

 

 俺はそれをジッと見つめて――ぶつりと己の中で何かが切れた。


 

「あ、あぁ、あああぁぁ………ああ、ああああ、ああぁぁぁぁ!!!!!」


 

 俺は叫ぶ。

 そうして、残りの魔力も気にせずに奴らに向けて魔術を発動する。

 アーリンの体だけはその場から消えて。

 他の奴らは俺の魔術を真面に受けた。

 その体がぐちゃぐちゃになり肉片が飛び散って。

 それでも尚攻撃を続けた。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――血の雨が降る。


 パラパラと奴の血が雨のように降り注ぐ。

 それを全身で浴びながら、俺は大きく笑った。

 マスクに血がべったりとついて。

 俺はそれを強引に剥がし、喜びを表すように笑う。


 俺が殺した。

 俺が始末した。

 俺が、俺が、俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺俺俺俺俺俺俺――――




「――満足、しましたか?」

「……!」




 背後から肩に手を置かれた。

 俺は体を大きく震わせる。

 ゆっくりと振り返れば……死狂が立っていた。


 生きている。

 死んでいない。

 確実に殺した。

 肉片も残さずに始末した。

 それなのに奴は俺の背後に立っていて傷一つなく……あ、ああぁぁ。


 俺は体から力が抜けた。

 腰を床に下ろしながら、体を震わせて奴を見る。

 奴は生まれたままの姿で俺を見下ろしていた。

 そうして、自らの血を浴びながらそれを舌でぺろりと舐めて――呟く。


「――ごちそうさまでした」

「――ッ!! あ、がぁあ!!? 何がぁあああぁ!!!?」


 体の中から何かが蠢いていた。

 それが体内で暴れて――いや、違う喰っている。


 俺の体の中身を貪り食っている。

 何かは分からない。が、体が凄まじい痛みを発していた。

 臓物を喰らい、血を啜り。

 骨を咀嚼し、皮膚を食い破り――痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!


「や、め――て――あ、がぁ――――」


 奴に手を伸ばす。

 が、その手からも何かが這い出し食い破る。

 奴はそんな俺の手を取り、自らの口へと運び――喰らう。


「あがぁぁあ!!!?」

「…………うーん。良いですねぇ」


 バキバキと骨を砕く音と肉を噛む音が鮮明に聞こえる。

 奴は口を動かしてから咀嚼し、ゆっくりと俺の手を飲み込む。

 そうして、自らの顔に手を置きその顔が不気味にぐちゅぐちゅと音を立てて動いて――お、れ?


 

 そこには俺自身の顔があった。

 似ているではない。全く同じ顔であり――ま、さか!



 理解した。

 奴が今まで言っていた言葉の意味を。

 俺がこれから辿る事になる結末を。

 

 奴はにやりと笑う。

 そうして、恐怖に染まった俺の顔からゴーグルを外す。

 奴は至近距離で俺の顔を見つめながら、囁くように呟いた。


 

「ありがとう。貴方の血肉は我が物に……そして、“貴方の人生を私が歩みましょう”」

「ぁ、ぁあ、ぁぁ、ああ――――…………」


 

 奴の言葉を聞き終えれば奴は俺から離れる。

 そうして、俺の意識は急速に薄れていく。

 いや、違う薄れていくんじゃない。

 俺そのものを消されて行っていた。


 最早、怯える事も泣く事も出来ない。

 俺はただただ自らを奪い取られて行きながら。

 静かに目の前で笑みを浮かべながら手を振る己を見つめて――視線が動く。


 ぼとりと何かが落ちる。

 そうして、ごろごろと転がり。

 俺は地面スレスレで奴の足を、見つ、め、て――――…………

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