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042:蘇った大迷宮の番人

 洞窟の中を歩いていく。

 水滴の落ちる音が響いて……この音は何だ?


 太鼓のような音か。

 いや、もっと低く鈍い音だ。

 それが一定の間隔で鳴っている。

 まるで、俺の事を誘っているようで不気味に感じたが。

 他に道が無いからこそ進んでいく。


 ランタンの明かりだけが頼りで。

 俺は周りを警戒しながら剣を構える。

 敵は何処からでも襲ってこれる。

 エトだけじゃないんだ。此処には死狂という大物もいるんだからな。


「……っ」


 剣を握っている手が震えていた。

 俺はそれに気づいて足を止めた。

 そうして、深呼吸をして手の震えを抑える……よし。


 まだ少し震えているが、少しだけ落ち着いた。

 怖いんだ。死ぬかもしれないと思って、心が恐怖を感じている。

 誰だって人殺しと戦いたいなんて思わない。

 死狂は魔法を使える存在で、俺なんかとは比べ物にならないほどの力を持っている筈だ……それでもだ。


 俺は決めたんだ。

 エトを、俺の友達を……連れ戻すと。


 男が一度決めた事を曲げる事はしない。

 例え五体満足で帰れなくとも俺は必ずアイツを連れ帰る。

 そう誓いながら、俺は足を進めていった。




 進んで進んで――見つけた。


 

「……何だよこれ」

「……来たんですね。ハガード」


 

 洞窟の奥へと進めば、そこにはエトがいた。

 俺に背中を向ける彼、その後ろには不気味な何かが蠢いていた。


 血管のようなものが浮かび上がった何か。

 その中では不気味な光が発せられていた。

 ドクドクドクと心臓の鼓動のようにそれが胎動していた。

 アレは赤子であり、エトは何かをこの世に生み出そうとしていた。

 俺はそれを見てから、エトに一緒に帰るように伝える。


 エトは静かに胎動する何かを見ながら呟く。


「僕に帰る場所なんて……もう何処にもありませんよ」

「そんな事は無い! エトには帰る場所がある! あの街でまた一緒に」

「一緒に何ですか? 僕の事を知らないからそんな事が言えるんだ……僕にはもう時間が無いんだ。この命は間もなく終わる……何の成果も残せず。たった一つの夢も叶えられないまま僕は死んでいくんですよ」

「……っ。それは……いや、知っている。仲間が教えてくれた……お前はノーブレスだって……寿命が尽きかけている事も……でも! まだ時間は」

「――ありませんよ。ノーブレスだと貴方が言ったんだ。だったら、僕たちにそんな希望がない事はご存じでしょ?」

「……っ」


 俺の言葉をエトは否定する。

 俺は拒絶する彼を見て一歩後ずさる。

 その音を聞いて彼はくすりと笑う。

 そうして、ゆっくりと振り返って来た。


 彼は薄い笑みを浮かべていた。

 ローブを取れば彼の真っ白な髪が出て来た。

 その瞳は金色であり、殺意と怒りに満ちていた。

 俺の知っているエトの表情じゃない。


「もう遅いんだ……僕は貴方の敵で、善良なる者たちにとっての悪なんです……戻る場所も帰る場所も僕は捨てた……互いに譲れないものがある。僕はどんな手を使ってでも、願いを成就させたい。それが出来るのはあの方だけなんです……あの方の邪魔はさせない。僕の希望を奪わせはしない……ハガード、僕は貴方を……いや、お前を殺す」

「……エト!」


 エトがゆっくりち手を向ける。

 その手には不気味な形をした指輪がつけられていた。

 彼の魔力に反応し、それから触手のようなものが伸びてエトの手に絡みつく。

 服を破り肉体へと浸蝕し、彼の魔力を吸いあげて――黒色の魔力が揺らめいた。


「|服従せよ、魂を捧げ我が声を聞け《アァブソーウルト・オヴェディエンサール》」

「……!」


 エトが呪文を詠唱をした。

 瞬間、彼の背後で胎動する何かが強く光を発した。

 そうして、その胎動が速くなっていき――突き破る。


 ぶちぶちと膜を破って巨大な手が出て来た。

 それが膜を突き破り這い出てきて。

 勢いのままに飛び上がったかと思えば、彼の前に着地した。


 俺はそいつを見た瞬間に全身の毛が逆立ったと感じた。

 その眼球は真っ赤に充血し殺気を滾らせている。

 黒く炭化したような肌は血管が浮き出ている。

 尻からは太く長い尻尾が生えていた。

 防具も何も身に着けていないそれは全身の筋肉が頑強な鎧のように見えた。

 手足は丸太以上に太く、足には真っ黒な蹄が生えていた。

 二本の黒く巨大な角が頭から生えていて、鼻息を荒くさせている。

 生まれたばかりの筈なのに鋼のような肉体をしていて。

 獰猛なほどに殺気を滾らせるそいつは吟遊詩人の語ってくれた物語で聞いたことがあった。


「牛の頭に人の体……三メーテラを優に超える巨体……これは、まさか……っ!!」

「かつて大迷宮の番人をしていた半人半牛の男……怪力無双を誇り、あらゆるものを喰らう怪物。一夜にして千を超える強者を屠った伝説の存在……これはそれの残骸から生み出した魔物との混血種――“ミノタウロス”」

「……ッ!!」


 ミノタウロス――その名は誰もが知っている。


 半分は人で半分は牛の怪物。

 魔物だと言う人間もいれば、神の血を引く者だと言う奴もいたらしいが。

 俺の目の前に立つそれは間違いなく魔物の血を引いた怪物だ。

 あのミノタウロスを模して造られた存在であり、その強さを引き継いでるとしたら――勝ち目は無い。


 一夜にして千の人間を喰らった。

 それが嘘でも誇張でもないのであれば、確実にこいつは……!

 

 頭上から何かが落ちて来た。

 それが地面に刺さり、土煙が上がる。

 俺は手でガードをしながら何が起きたのかと見ていた。

 ゆっくりと奴が動き、落ちて来た“両手斧”を握る。


 奴はそれを振りながら感触を確かめていた。

 まるで、長年振っていたように軽やかな動きで。

 あんなにも重そうな金属の塊を羽を動かすように……っ。



 

「さぁ始めましょう。互いの命を懸けた……殺し合いを」

「……っ! エト、俺は――ッ!!」

「――――ッ!!!!!!」


 

 

 怪物が咆哮を上げた。

 空間全体が激しく振動するような叫び。

 それを耐えながら、俺は前を見て――すぐそこに斧が迫る。


 俺は本能のままに横に飛ぶ。

 瞬間、俺が先ほどまで立っていた場所に斧がかち当たった。

 凄まじい爆音であり、衝撃波で体が飛ばされそうだった。


 奴は煙りの中でゆらりと立ち上がる。

 煙が晴れれば、斧が当たった個所には巨大な亀裂が走っていた。

 まるで、地震が発生して地が裂けたように――心臓がキュッと縮む。


 全身の震えが増大していくようで。

 俺は本能から目の前の怪物に恐怖を感じていた。

 今まで戦ってきたどんな魔物や冒険者よりも――これは強い。


 

 逃げろ、逃げろ、逃げろ――駄目だ。


 

 心が逃走するように叫んでいる。

 だが、此処で逃げる事は出来ない。

 エトを連れ戻すと決めたのに、俺が尻尾を巻いて逃げれば。

 もう二度とエトは俺の前に現れないだろう。

 そうなれば、エトは全てに絶望したまま終わりを待つことになる。


 

 それはダメだ。

 それだけは許せない。


 

 戦え、戦え、戦え戦え戦え戦え戦え――戦えッ!!!


 

「――オオオォォォォッ!!!!」


 

 俺は声を出して自らの奮い立たせる。

 そうして、足に力を込めて駆けだした。


 まだやりようはある。

 生まれたばかりであるから、武器の扱い方も知らない。

 動き方も身体能力に任せた雑なものだ。

 だからこそ、俺は奴の攻撃を間一髪で避けられた。

 もしも、これが本物のミノタウロスであれば俺はあっさり死んでいただろう。


 やれる、やれる筈だ。

 俺は自らにそう言い聞かせて――奴と視線が合う。


 全身に悪寒が走る。

 それを感じた瞬間に俺はその場にしゃがんだ。

 瞬間、距離があった筈の奴はすぐ目の前にいて。

 俺の頭上を勢いよく斧が通過していった。

 すぐそこで巨大な斧が振られた事によって俺の体は突風で吹き飛ばされる。

 ごろごろと地面を転がりながらも何とか体勢を立て直し――横に飛ぶ。


 ミノタウロスがまたしても前にいた。

 一瞬の判断で横に飛べば、奴は俺がさっきまでいた場所に斧を振り下ろす。

 凄まじい衝撃波を受けながらも俺は足を動かして駆けた。

 攻撃のチャンスは奴が攻撃を放った後の硬直時間だ。

 大振りの攻撃であればそれだけ隙は大きい。

 俺は魔力で身体能力を強化し、そのまま一息で奴に迫る。

 そうして、斧を地面から引き抜く奴の足に目掛けて魔力で強化した剣を振るう。


 俺の剣は吸い込まれるようにミノタウロスの足に触れて――甲高い音が鳴る。


「……!」


 俺の剣は奴の足に当たった。

 だが、それは奴の硬い皮膚に阻まれた。


 まるで、硬度の高い鉱石に剣を当てたような感触。

 皮膚に薄い切り傷を与えただけだ。

 俺はそれを認識しながらも後ろに向かって飛んだ。

 奴は一瞬で斧を振り、俺はその衝撃波を体で受けた。

 自らの意志よりも更に後ろへと後退し、地面を滑りながら止まる……想像以上だ。


 生まれたばかりだから戦闘経験は皆無で。

 それだけのお陰で俺はまだ生きていた。

 が、その身体能力や体の頑丈さだけは本物だ。


 まるで、巨大な山を相手にしているようだ。

 本来なら戦おうとも思えないような相手で。

 勝つという概念すら抱かないほどに強大な敵だ。

 魔力を込めた斬撃でも、薄い切れ込みが入るだけだ。

 もっと魔力を込めれば傷はつけられるかもしれないが……望みは薄い。


 皮膚は切れても肉や骨はもっと硬いかもしれない。

 それほどの感触だったから分かる。

 こいつの体は特別製であり、俺如きの力では歯が立たない。


 ……だけど、こいつを無視する事は出来ねぇな。


 エトを連れ戻すのが俺の最優先事項だが。

 こいつを放っておいてエトの方にはいけない。

 こいつはエトを守る盾であり、アイツにとっての矛でもある。

 何とかしてエトを説得するか。俺自身の手でこいつを倒す以外に方法は無い。


 ……出来るのか。アードルングたちみたいに力の無い俺が。伝説から作った存在を……っ。


 自信なんてない。

 勝てる見込みはもっと無い。

 だが、やるしかなかった。


 力が無いのなら、知恵で補うしかない。

 考えろ、考えて考えて――奴を倒せ。


 奴が動き出す。

 暴風の如き動きで俺に迫り、力のままに奴は斧を振るう。

 俺はそれを避けながら、更に魔力の込めた斬撃を放つ。

 が、またしても硬い金属音が鳴って攻撃はダメージにもならなかった。


 俺は舌を鳴らしながら後退し。

 周りを見ながら利用できるものはないかと探る。

 その間にも奴は俺へと迫り攻撃を仕掛けて来る。

 

 攻撃が来るたびに心臓の鼓動が跳ね上がる。

 恐怖と絶望が心を支配しようとするが。

 俺はそれを勇気でもって耐える。


 此処が正念場だ。

 やっとエトを見つけたんだ。

 此処で退けば最後であり、全ての力を使い果たしてでも――俺は勝つ!!


 全ては友の幸せの為。

 俺自身の我が儘でもあり、俺自身の譲れない想いでもある。


 大切な人を失う辛さは分かる。

 エトもきっとそんな存在を失ったからこそ、夢を叶えようとしたんだ。

 太陽の下で生きられたのなら、きっと彼の家族も幸せになれる。

 大切な人たちを悲しみのまま終わらせない為に、彼は今まで頑張って来たんだ。

 その努力は無駄じゃない、彼が必死になるのも分かる……でも、その希望を預けるのは奴らではダメだ。


 ミノタウロスの攻撃を回避――俺は叫ぶ。

 

「エトッ!! お前の夢を奴らは叶えてはくれないッ!! 奴らの願いは世界の破滅だッ!! そんな事が叶っちまえば、お前の家族もッ!!」

「……分かっていますよ……でも、一瞬であろうとも同胞たちが太陽の下で歩けるのなら、僕は……」

「全ての人を不幸にして夢を叶えたって意味は無いッ!! お前の夢は綺麗で、お前の笑顔は俺は好きでッ!! だから、どうせなら皆が幸せになれる方法を探そうッ!!」

「……綺麗事だ。僕が限りある時間でそれを探していないとでも? 探したさ。探して探して……それでも見つからなかった……もう僕の時間は残されていない。どんな手段を使おうとも、僕はこの希望だけは……」

「エトッ! それでも、俺はお前と――ッ!?」


 エトを説得していれば、ミノタウロスが咆哮を上げる。

 それによって一瞬体が硬直した。

 奴はその隙を見逃す筈も無く迫って来た。

 俺は回避が間に合わないと判断し、魔装を展開し防御の姿勢に――


 

 

 奴の斧が迫る。

 

 それは真っすぐに俺の胴体を切断しようとしていた。

 

 いや、切れ味はほとんど無いから潰すと言う表現が正しいだろう。

 

 奴のそれはまるで天より振る隕石のようで。

 

 俺はそれを見た瞬間に限界まで魔装を展開した。


 

 

「――ッ!!!?」



 

 斧が体に触れた。

 瞬間、体から嫌な音が鳴る。

 骨が折れるような音であり、実際に折れたのかもしれない。

 

 体を折り曲げながら、俺はその衝撃に必死に抗う。

 が、奴はそのまま力任せに斧を振り――俺は弾き飛ばされた。


 体が勢いのままに飛ばされて。

 洞窟内の壁に思い切りぶつかった。

 俺は血反吐を吐きながら、床に転がる。


「ぅ、ぅぁ……い、てぇぇ」


 意識が朦朧としている。

 たった一発だ。

 魔力も込めていないような力任せの攻撃だった。

 俺は完全に防御をして、完璧なタイミングで防いでいた。

 それでも、奴から受けた一撃は俺の意識を刈り取れるほどの威力だった。


 鎧は破損していて、脇腹の辺りは血が滲んでいた。

 ぼたぼたと血が出ているということは完全に防げなかったからだ。


 全身が悲鳴を上げていた。

 今ので魔力もかなり消費した。

 俺は震える手で腰のバッグからポーションを取る。

 それを飲んでから、魔力を回復し。

 もう一本のポーションを傷口に掛けた。

 痛みが和らいで出血が止まる……応急処置だがな。


 ミノタウロスを見れば、奴はずしずしと音を立てながら此方に近づいてきていた。

 ゆっくりと迫るミノタウロスを俺は睨む……余裕ってか。


 倒れている俺にとどめを刺しに来ない。

 それは余裕があるからか。それとも、エトの迷いからなのか。


 もしも、エトが迷っているのなら。

 俺の言葉はまだアイツに届くと言う訳だ。

 俺は震える足を動かして立ち上がる。

 唾液に混じった血を吐き捨てながら、俺は剣を構えた。


 まだやれる、まだ俺の体は動く……戦え。全力で抗え。


 俺は屈しない。

 こんな怪物如きに俺の足は止められない。

 手足を失おうとも、俺はエトを連れ帰るんだ。


「オオォォォ!!!!」


 叫ぶ。

 震える体を鼓舞して俺は地を蹴る。

 全力で駆けながら奴へと迫り。

 奴はそんな俺に横なぎの攻撃を放つ。

 俺はそれをスライディングで躱し、そのまま奴の股下を通って背後に出る。

 そうして、そのまま奴のアキレス腱に向かって全力で斬撃を放つ。


「――!!!!」

「やっぱりだ!!」


 奴のアキレス腱に魔力を込めた斬撃を放てば。

 明らかに体に対して与えた攻撃よりも、此方の方が感触が確かだった。

 師匠から聞いていた。如何に鍛え上げられた魔物や冒険者であろうとも。

 元々の体の弱点だけは早々克服できるものではないと。

 こいつの体は鋼のように鍛え上げられている。

 が、アキレス腱の部分はこいつの化け物染みた身体能力のせいで常に負荷が掛かっている筈だ。 

 動き自体には耐えられても、それ以上の負荷に対する耐性は持ってない――当たりだ!


 奴は体勢を崩しながらも此方に攻撃を仕掛ける。

 俺はそれをバックステップで回避しながら、再び奴に迫る。

 奴は二度も同じ手は食わないと。

 隙の少ない連続攻撃で俺を翻弄する。

 俺はそれをギリギリで避けながら、奴の動きを観察していた。


 いける。いけるぞ――待ってろよ、エト!!


「……っ」


 エトは辛そうな顔をしていた。

 俺はそんな友に視線を送ってから、ミノタウロスの攻撃を避ける。

 こいつは戦闘を通して少しずつ成長している。

 だんだんと本物に近づいていっているのかもしれない。

 あまり時間を掛けていれば、確実に俺は死ぬ。

 より速く、より確実にこいつを倒す必要がある。


 俺はそう考えながら、奴の攻撃を回避し。

 そのままサイドステップで奴の横に躍り出た。

 奴はそのまま空いていた手で攻撃を仕掛けてきたが――のろいッ!!


 ラピット・フライよりも動きは遅い。

 だからこそ、俺はそれを紙一重で避けてから。

 奴の背後に回り、再び奴のアキレス腱に斬撃を浴びせた。


「――――ッ!!!」


 奴は痛みで絶叫する。

 アキレス腱には傷が出来ていた。

 そこからぶしゅりと赤い血が噴き出していた。

 奴は溜まらずに膝をつく。

 俺はそんな奴にとどめを刺そうと――!!!


 凄まじい殺気を感じた。

 その瞬間に、俺は奴から全力で距離を取る。

 ギリギリのタイミングで奴の全身から黒い魔力が溢れ出す。


 それがまるで怨念のような音を出していた。

 炎のように揺れ動き、奴は口からぼたぼたと涎を垂らしながら立ち上がる……嘘、だろ?


 奴のアキレス腱を断ち切った筈だ。

 それなのに、奴は何事も無かったように立ち上がった。

 気が付けば奴の傷口からの出血も止まっていて。

 奴は斧を武人のように構えていた……まずいな。


 今までは本気じゃなかったのか。

 魔力を使っていなかったからそうなんだろう。

 此処からが本気であり、今までのように簡単には背後は取らせてくれないだろう。

 俺はより苛烈な戦いになると感じながら、少しだけ荒くなった呼吸に不安を感じる。


 ……体力も消耗している……短期決戦しかないか。


 危険な賭けだが、勝負に出る他ない。

 俺はもっと奴との距離を詰める覚悟を決めた。

 エトはそんな俺をジッと見つめていて――!


 

 彼の頬を一筋の光が這う。

 それは涙であり……やっぱり望んでいないんだな。

 

 

 俺は彼の涙で、更に勇気を奮い立たせる。

 心の奥底から力が沸いて来るようで。

 俺は笑みを深めてからエトに言葉を贈る。


「エト!! 待ってろよ!! こいつをぶっ倒したら――また本の話をしような!!」

「……っ! うるさい、うるさいうるさいうるさい……僕は、僕は……ッ!!!」


 エトが指を振るう。

 ミノタウロスは魔力を全身に纏う。

 そして、一息で距離を詰めて来た。

 奴の目と俺の目が合う。

 俺は巨大な怪物の殺気を受けながら、己が心を奮い立たせて更なる闘争に臨んだ。

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