第3話 性能×中身
切羽詰まったルナンさんの声が響く中、俺は冷静にクラインの天使を眺める。
翼はなく、俺を捜索しているのか体勢を傾けたまま、数十メートル上空を飛行していた。
『……いえ、戦ってみます』
クラインの天使をじっと見つめたまま、ルナンさんに返事を返す。
『待つんだ、キルト君。今回は、あくまで偵察が目的だ。今は帰って来た方がいい』
『大丈夫です。それに、ちょっと気になることがあるんで』
尚を説得してこようとしてくるルナンさんとの会話を切り、黒穴を出現させると、エノに声をかける。
「エノ」
「うん。キルト、あれから嫌な感じがする」
「ああ、分かってる」
人間はもちろん、魔獣や魔物、魔族ですら体内には火が灯っている。にもかかわらず、クラインの天使には火が灯っていない。石像なのだから当然ではあるが――。
「あの腹……」
真ん丸と膨れ上がった腹部。魔力探知をしてみると、腹部と光輪は繋がっているのが分かる。おそらく、腹部に動力源を詰め、光輪に刻み込まれた魔術式を発動している。
「何が天使だ。クソ悪趣味じゃねぇか」
何より気になるのは、腹部から嫌な気配が漂っていること。正確には感じ取れないが、エノも感じ取っているということは死者の魂が関係しているのは確かだった。
『キルトさん』
どう仕掛けようか考えていると、アルシェが声をかけてきた。
『どうした?』
『小夜様の影に、壁上の者たちの観察をさせてください』
『観察……』
アルシェの発言の真意は、すぐに分かった。
クラインの天使がどうやって動いているのか判別したいのだ。
可能性はいくつかあるが、この世界の技術や魔術を加味すると、簡単な命令を実行する自律移動型か、遠隔操縦型のどちらかだろう。仮に遠隔操縦型だった場合は、壁上に操縦者がいる可能性が高い。
『分かった。小夜ちゃん』
小夜ちゃんを呼ぶと、予め準備していたのかすぐに出てきた。俺は「お願い」という想いを込めて頷くと、小夜ちゃんは深く頭を下げた後、教国へ向かっていく。
『小夜ちゃん、着いたら教えて』
『はい』
『アルシェ、俺はどうすればいい?』
『キルトさんは、攻撃手段、移動可能範囲を探ってください』
『分かった』
小夜ちゃんの合図を待つ間、早歩きほどの速度で飛行しているクラインの天使が俺の横を通り過ぎた。
「魔力探知は出来ないってことか。……遠隔での目視なのか?」
捜索方法について思考を巡らせていると、頭の中で声が響いた。
『キルト様、着きました』
『了解』
俺は一旦思考を中断し、太めの枝を一本折って立ち上がる。
「んじゃ、始めっか」
命一杯腕を振りかぶると、クラインの天使に向かって枝を投げる。
枝は「ブンブン」と回転音を鳴らしながら飛んでいき、クラインの天使の足に直撃した。
「うし、命中」
枝が直撃したクラインの天使は、減速した後に止まり、ゆっくりと回転して俺の方へ向き直る。
「さぁ、どんな攻撃を――予兆なしかッ!」
振り向き終えた瞬間、クラインの天使は無数の石を俺に向かって放ってきた。
俺は枝を蹴って素早く地面に降り立ち、その場から離脱する。直後、拳ほどの大きさの石の雨が木に降り注ぐ。
静寂に包まれた夜の帳を震わす、乾いた着弾音。
「悪趣味なうえに、ずいぶん物騒な天使だな」
走りながら後ろを振り返ると、ハチの巣になった木が音を鳴らしながら倒れ、地響きを立てる。
「なるほどな。光輪と腹部は繋がってるから、魔力移動はしなくていいのか……腹部の動力源は、減るみたいだな。まんま、魔力漕だな。んで、やっぱ目視っぽいな」
クラインの天使は、俺が居た場所を中心に広範囲へ魔術を放っている。そこには、すでに俺が居ないのにだ。明らかに、標的を捕捉した攻撃の仕方ではない。
『小夜ちゃん、操縦者は見つかった?』
壁上はどうか尋ねると、小夜ちゃんが答える。
『はい。その、操縦者と思しき者たちが、クラインの天使に向かって手鐘を鳴らしてます』
『手鐘を……魔術道具か』
電波のようなモノを飛ばして操っているのかと思考を巡らすが、小夜ちゃんはおずおずとした口ぶりで否定してきた。
『いえ、たぶん、普通の手鐘だと思います』
『ん? どういうこと?』
『操縦者たちは、手鐘を鳴らした後、小さな明かりを振ってクラインの天使に指示を出しているみたいです。ですが、その、暗いせいか、上手く伝達できてるようには見えません』
その話を聞き、すぐに思い浮かんだのは整備士の手信号だった。操縦士に向け、滑走路にいる整備士が手信号を出して合図を送る。
つまり、精密な操縦が出来るわけではなく、大雑把な命令を出す操作――自律移動型の可能性が高くなった。
『分かった。引き続き、観察をお願い。それから、アルシェにも共有して』
『はい』
クラインの天使は、また完全に俺を見失っていた。
「他の攻撃をしてくる気配はないな。攻撃魔術は一種類……まぁ、空から広範囲の魔術が放てるだけで十分か。よし、なら次だ」
辺りを見回し、葉の密度が低く、背の高い木を見つけると一気にてっぺんまで登る。
「さてと、どれにすっか……っと、これがいいか」
黒穴の中から刃が分厚い手斧を取り出すと、思い切り指笛を吹く。
風のない森林に、甲高い音が響き渡る。
(手鐘以外の音にも反応っと)
口笛の音を聞きつけたのか、クラインの天使は俺の方へ向こうとした。その間際、タイミングを見計らって手斧を投擲する。
月明りを反射しながら、放射線を描いて飛んでいく手斧。
攻撃手段は分かった。なら次は、クラインの天使にどんな防御手段があるのか調べる。あえて位置を把握された状態で、且つ、対応できるように速度を調節して放った投擲攻撃。
(どう対処する?)
注意深く動向を探っていると、クラインの天使は手斧が直撃しても意に介さず、俺に向かって魔術を放ってきた。
「そこまでして、殺してぇのかよ」
木から飛び移って回避した後も、俺は何度か投擲攻撃を仕掛けてみた。結果、クラインの天使は一度も防御することはなかった。たとえ体の一部が砕けても尚、俺を殺そうと魔術を放つ。別の個体にも攻撃を仕掛けてみたが、結果は同じだった。
『――……てな感じだ。どう思う?』
木陰に身を隠し、知り得た情報をアルシェに伝える。
『クラインの天使と操縦者の視界は、共有されていないと判断してよいかと。キルトさんをすぐに見失うのも、夜間での運用を想定していないと考えれば納得がいきます』
『なるほどな。それでもクラインの天使を動かすほど、教国は切羽詰まってるってわけか。どうする? もう少し、調べた方がいいか?』
『移動可能範囲は、把握できましたか?』
『ああ、教国から約七百メートルまでだな』
『そうですか。では、もう潮時かと』
『了解』
アルシェとの会話を終え、天を仰ぐ。
あと一つ、調べなければならないことがあった。
木々の隙間に見えるクラインの天使――あの膨れ上がった腹部を見据える。
俺はその場で深くしゃがみ込み、太腿に黒紫色の筋繊維を纏わせ出す。
皮膚を突き破った黒紫色の筋繊維は、「グチュグチュ」と脈動しながら膨れ上がっていく。そして限界まで膨れ上がった力を解放すると、俺は一瞬でクラインの天使の眼前まで跳躍した。
クラインの天使は、眼前にいる俺を認識できていない。
拳を握り締める。
数秒遅れて地面が砕ける音が鳴り、ようやく俺に気付いたクラインの天使は迎撃しようと石を生み出そうとした。
「おせぇ」
跳躍の勢いを乗せて突き上げた拳は、クラインの天使の胸部を突き砕く。
四方に散らばる石像の破片。魔力供給を断たれた光輪は輝きを失い、クラインの天使自身も地面へと落下し出す。さらに、腹部から下も砕くと、腹部だけを抱えて地面に着地する。
「よっと、ん? 水?」
着地した際、腹部の中から水音が鳴った。
『小夜ちゃん。俺は離脱するから、クラインの天使の活動時間を測っておいて』
『分かりました』
小夜ちゃんに伝達し、俺は腹部を抱えたままクラインの天使の移動可能範囲外まで離れる。
屋敷へは戻らない。
エノと俺が察した不穏な気配。
人族以外を悪と処する教国。
中を見なくとも、詰められているものは碌なでもないことは予想できたからだ。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
膨れ上がった腹部の上部を、手刀で切り飛ばす。
鋭利な切断面が刻まれた腹部からは黒い水が勢いよく零れ出し、中身が露になった。
「な……」
頭が、真っ白になる。
心と頭が理解を拒んだのだ。
息することすら忘れて呆然と見つめる中、心と頭は時間をかけて目の前の現実を理解していった。
そしてすべてを理解した瞬間、無意識に殺気を漏らしてしまう。
殺気はシェデ・ヤロク大森林を震撼させ、遥か遠方で悲鳴のような遠吠え鳴り響く。
「クソが……」
腹部に詰め込まれていたのは――少女の遺体だった。




