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第22話 エノディア×オリー

 最初は、なんとなくだった。


 魔族たちが狂ったように、彼を「日本人」と騒いでいるのが気になったから。


 ジニアから聞いた。


 勇者は、遠いところから来た日本人なんだって。


 ただ、興味を持っただけ。


 それだけ。なのに、心の奥底に灯った小さな希望()が消えない。


 真っ暗な心の中で揺らぐ小さな火は、本当に明るかった。


「別に、なんとなくだし……」


 勇者が世界を救ったのは、昔話で夢物語。


 私は違う。


 私の前には来ない。


 でも、見てみることにした。


 房に居たのは、どこか幼いというか、綺麗な感じの男の子。


 たぶん、辛い思いや苦しい思いをしたことがないのだろう。


 頼りなさそうな子っていうのが、最初の印象。


 来た当初は房の中で暴れていた男の子も、日が経つにつれて抜け殻のようになっていった。


  無理もない。


 男の子の改造は、異常だった。


 体の中を一から作り変える地獄のような改造の日々。


「あ……また弄られるんだ……」


 そしてこの日、男の子の実験は一番酷なモノだった。


 魔族に体を操られ、男の子は五人を殺した。


「ひどい……」


 けど、男の子は怒りを原動力に誰も出来なかったことを成し遂げた。


 房を抜け出し、魔族たちを殺したのだ。


「こっちに来る」


 ずっと見守ってた男の子との初対面。


 心が浮き立っているのを自覚しつつ、歓迎の一言を考える。


「初めまして、新入りさん」


 大人の余裕を醸した私の挨拶が、空しく響く。


「あ、あれ……? おかしいな……」


 聞こえてないのかと思ったが、よく見ると男の子は私のことを訝しんでいた。


 これが、男の子――キルトとの出会いだった。




 キルトと実験施設内を回るのは、楽しかった。


 けど、終わりはやってくる。


 みんなを解放した後、出来るだけ明るく振る舞いながら別れを切り出した。


 おしゃべりするだけ、お出かけするだけで満足する。


 そう思ってたのに、私は湧き上がってくる願望に負けた。


「――……手を、触らせてくれないかな?」


 キルトと別れる前に、温もりを感じたかった。


 そうすれば、一人でも辛くない。


 最後のわがまま。


 そのわがままが、魔族を呼び寄せてしまった。


 私の体に埋め込まれた魔石は不幸を呼び、周りにも伝播する。


「あぁ……いやぁああああああ!」


 分かってた。私のせいでジニアは死んだ。他のみんなも……。分かってたはずなのに。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 肩を抱き抱えながらその場で蹲る。


 また、みんな死んじゃう。



 ――だけど、私が想像した最悪の未来は訪れなかった。



 闘技場を揺らす大きな音と揺れ。土埃が舞い上がって、一瞬にして視界を覆われる。


 訳が分からないまま恐る恐る顔を上げると、風を感じた。


 数年ぶりの新鮮な風。


 風が流れてくる方向を見つめて固まっていると、土煙の中からキルトが飛び出し、真剣な顔つきでこっちに走り寄ってくる。


 魔族は、私の魔石のことを洗いざらい話した。


 きっと、罵られる。


「よくも巻き込んだな!」とか、「俺の前から消えろ!」と言われる。


 そう言われても仕方ない。


 私にはすべてを受け止める責任がある。


 そう思ったのに、体が震え出し、耐え切れず顔を伏せた。けど――、


「あの魔族に何かされたんですかッ?!」


 キルトは、予想外のことを叫んだ。


 自分がしたことをまったく覚えていないキルトは、今しがた降りかかった不幸を気にも留めず、一緒に行こうと言ってくる。


「一緒にいると死ぬって、俺は生きてますよ。それなのに、さよならなんて納得できるわけないです。一緒に行きましょう、エノディアさん」



 止めて。そんなこと言わないで。



「もしそうなったら、その時は俺がエノディアさんも周りにいる人も守ります。だから、行きましょう」



 止めてよ。そんな優しい顔を向けないで。




「俺を助けてください」




 沈黙が流れた後、キルトが突然わけのわからないことを言い出した。


「これからも俺の傍で俺を導いてください。エノディアさんが一緒にいてくれれば、俺は生きようって思えるんです」



 心の奥に灯っていた希望()が燃え盛り、凍っていた心を優しく温めていく。


(あ……)


 土煙が晴れ、壁に開いた大穴から輝く橙色の空が見えた。


 それは、“金色の夜明け”だった。


(ジニア……本当だったよ……私にも、来たよ……)


 私の力が必要なんじゃない。


 私を守るんじゃない。


 キルトは、ただ一緒に居ようと言ってくれた。


 一人ぼっちだった私に。 


 私は、キルトと一緒に行くことにした。




 日本人のキルトは、誰よりも純粋だった。


 はっきり言えば、甘ちゃん。


 この世界は、命に厳しい。


 キルトは、この世界のあり方に何度も傷ついた。でも、キルトはその甘さを捨てず、自分の足で立ち上がって前を向いて歩き続けた。


 私は、一番近くで何度もそれを見てきた。


 誰よりも知ってる。


 キルトは、強いんだってことを。


 だけど、あの日。襲撃を受けたあの日、甘いのは私だってことを突きつけられた。


 火の海と化した都市の中で、キルトは暴走した。


 力の渦に飲まれたキルトに対し、私は必死に静止を呼び掛けた。


 だってそれは、キルトが最も嫌うことだったから。


 けど、私の声は届かなかった。


 他のみんなが必死に動いて、間者を追い返すことは出来た。


 あの時、役に立たなかったのは私だけ。


 本当に弱いのは、私なんだ――。






 ◇◇◇◇◇






「あなたが、キルトを知ったように語らないで!」


 私は思わず、声を荒げた。


 目の前にいる彼女オリーは、驚いたように目を見開いて固まる。


「エ、エノディアさん……?」


 瞬きもしないでじっと見つめていると、彼女はおずおずと口を開いた。


 彼女が戸惑うのも無理ない。


 私が彼女へ向ける“この感情”は、一方的で、理不尽なもの。


 何度も飲み込もうとした。


 けど、この感情はどうしても消えない。


「なんで……?」


 ほとんど空気のような声で呟く。


「はい?」


 彼女が、聞き返すように尋ねてくる。


「どうして?」


 私は、自分の肩を強く抱き締めた。



 ――どうして、()()()()()()()()



「エノディアさん、どうしたんですかッ?」


 固まっていた彼女が、血相を変えて走り寄ってくる。


「体調が悪いんですかッ?」 


 彼女は私と後ろを何度も振り返り、困ったような顔をしながら慌て出す。



 なんで、この子なの?



 声が、顔が、あの時の光景が、彼女へのに嫉妬の炎を燃え上がらせる。



 どうして、私じゃないの?



 私には、キルトを止める力がない。


 私には、キルトを抱き締めてあげられる体を持ってない。


 一緒に居ようと言ってくれたキルトのことを、私じゃ支えてあげられない。


 なのに、キルトは塞ぎ込んでいた彼女を抱き締めた。


「危ないッ!」  


 自分で自分が嫌になりながら身を捩ってると、彼女の絶叫が響き渡る。


 直後、私の体が強い力で締め付けられた。


「かはぁ」


 全身を襲う痛み。骨が軋み、絞られるように口から空気が漏れ出る。


 首だけを動かして振り返ると、濃い獣臭を振りまく猿の魔獣が視界に入った。


 目が合った猿の魔獣は、ニタリと気味の悪いに笑みを浮かべ、薄く開けた口の端から涎を垂らす。


 背筋に、冷たい汗が流れる。


 久しく忘れていた、生命の危機。


「に、逃げて!」


 彼女に視線を向け、出来る限りの大声で叫ぶ。


 みんなとは、そこまで離れてない。


 走って助けを呼びに行けば、私も助かるかもしれない。


 しかし、彼女は予想外の行動を取った。


 足元に落ちていた木の枝を拾い上げると、不格好な構えを取ったのだ。


「な、何してるの? 早く逃げて!」


 彼女は涙目になり、小刻みに体を震わす。


 それでも、逃げようとはしない。


「あなたじゃ、何もできないでしょ! それより、早く――」

「もう嫌なんです! 私の周りで誰かが傷つくのは!」


 涙を流し、顔をしわくちゃにして尚、彼女は木の枝だけは決して下げない。


(あ……)


 ふと、キルトから聞いた話を思い出す。


 彼女の天賜は、皇国が手放したくない力。そして彼女は、あの襲撃はそんな力を持った自分がいたから起こったのだと思い込んでるのだと。


(一緒……)


 私と彼女は、似た境遇なのだ。


 そう思った瞬間、私の中で燃え盛っていた嫉妬の炎がまるで息を吹きかけられたかのようにふっと消えた。


「今助け――きゃッ!」


 彼女は猿の魔獣へ飛びかかったが、容易に躱され、逆に捕まってしまう。


 獲物を二体も捕まえたからか、猿の魔獣は笑みを深めた。


 首を掴まれた彼女は、苦しそうにしながらそれでも私を助けようと暴れる。


「大丈夫だよ、()()()


 そんなオリーに、私は穏やかな口調で声をかけた。


「え?」


 突然落ち着いた私に、オリーが間抜けな顔をする。


 もう大丈夫。だって、気付いたから。


 ものすごい速さでこっちに向かってくる気配に。


 思わず顔を綻ばせてしまう中、遠くで爆発するような音が聞こえた。


 直後、一瞬の突風を感じかと思えば、猿の魔獣が塵となる。


 体を解放され、地面へ落ちる私を優しく受け止める優しい手。


「エノ! 大丈夫かッ?!」


 ゆっくりと見上げると、心配そうに私を見下ろすキルトの顔があった。


(駄目だよ、キルト。私より先に、オリーを心配しなくちゃ。アルシェに言われてでしょ。忘れたの?)


 キルトは、真っ先に私のもとへ駆け寄ってくれた。


 一番最初に私を心配してくれた。


(しょうがない。私があとでフォローするか)


 心の中でダメ出しつつ、私は込み上がってくる嬉しさを静かに噛みしめた。

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