第20話 魅惑×誘い
体内の火は、千差万別。
大きさ、色味、揺らぎ方が個々で違う。
つまり一度でも目にしていれば、火だけで人物が分かるのだ。
俺の声が静寂に包まれた森に響いた直後、ガサガサと草木を踏みしめる音と共に火がゆっくりと近づいてきた。
「キルト君……?」
太い幹の木から、驚いたように目を点にしたルナンさんが姿を現す。手には弓が握られており、早々に声をかけてよかったと内心で安堵する。
「どうも」
軽く会釈すると、ルナンさんは冷静さを取り戻したのか、嬉々とした微笑みを浮かべた。
「まさか、こんなところで再会するとは……元気そうだね、キルト君。また会えて嬉しいよ」
ルナンさんは手を挙げて後ろにいる人たちを制した後、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。
薄暗い森の中から、ルナンさんは日の当たる場所へ出てきた。口調や余裕を感じさせる所作は相変わらずだが、今回は瞳に隠し切れてない“希望”が宿っていた。
「もしかして、僕に会いに来てくれたのかな?」
「いえ、ちょっと用事がありまして」
「……そうかい。残念だ」
俺が直ぐさに否定すると、ルナンさんは声音は変えず、だが本心で残念そうに眉尻を下げる。
そのまま目の前までやって来たルナンさんは、俺に微笑みかけ、手を差し出してきた。
「お久しぶりです。ルナンさんも元気そうですね」
俺は間を置かず、握手を交わす。しかし、挨拶に答えたはずなのに、ルナンさんは浮かべていた笑みを消してじっと俺を見つめてきた。
「ん? 何か?」
疑問に思い問いかけると、ルナンさんは真剣な面持ちのまま口を開いた。
「キルト君は、日本人なのかい?」
「なッ……嵌めました?」
一瞬の驚きが過ぎ去った後、この世界の常識を思い出す。
「気を悪くさせてしまったのなら申し訳ない。まぁでも、今ので確信が持てたのも事実だね」
「俺のこと、前から疑ってたんですか?」
「かもしれない、というレベルだけどね」
「どうして?」
手を放し、尋ねる。
「キルト君の力は、規格外だったからね。僕らに対しても、まったく嫌悪感を抱いてないのもそうだ」
そこまで言うと、ルナンさんが一旦話を区切る。生まれた極わずか間。この間は、次に話すことが一番の根拠という証。
「なにより、獣人たちや森の賢者……ああ、森の民と言った方が通じるかな。彼らがキルト君に何もしてない。彼らは、かつて勇者に仕えていた者たちなんだ。だが、人族に故郷の森を燃やされてここへ逃げてきた。そんな彼らが、人族であるキルト君の侵入を許すはずがない」
ルナンさんの説明は、イリアさんの言っていたことと齟齬がない。それはつまり、イリアさんとルナンさんは少なからず敵対し合っている間柄ではないということになる。
「その話、さっきイリアさんに聞きました」
「彼女のことも知っているんだね」
俺がイリアさんの名前を口にすると、一定の輝きを保っていたルナンさんの火が燃え上がった。
燃え上がるルナンさんの火光は、今まで見てきたモノの中で一番濃く、そして黒かった。
「キルト君は、神を信じてるかな?」
「まったく信じてないです」
「はは、即答だね。僕はね、たった今確信したよ」
ルナンさんの語気が、興奮を隠せずに上がる。
「日本人であるキルト君と僕が、この広い世界の片隅で再び巡り合った。これはきっと、神の思し召し。運命だ。そう、まるで日本人である勇者と森の賢者が手を取り合ったように。キルト君、どうか君の力を貸してくれないだろうか?」
言い得て妙だと思ってしまった。
ルナンさんは、知らずに核心を突いている。
だからか、思わず笑ってしまった。
「『神の思し召し』そう、かもしれないですね」
「そうさ。キルト君、お願いだ。僕には君が必要なんだ」
再び、ルナンさんは手を差し出してくる。
その手を見つめながら、神の思惑について考えようとした。
(いや……)
だが、アルシェの言葉を思い出した。
(アイツは神。思考を割くだけ無駄、か)
手に向けていた視線を、ルナンさんの顔に移す。
「俺だけじゃ決められません。一回、持ち帰ってもいいですか?」
「構わないよ。袖にせず、前向きに考えてくれてありがとう。嬉しいよ」
身長差があるからか、ルナンさんはずっと上目遣いで俺を見つめている。潤んだ大きな瞳は、光を反射して輝き、わずかに小首をかしげる姿は、まるで成長期前の性別が曖昧な少年のようだった。
「それにしても、キルト君との逢瀬はやはり心が弾むね」
「なんなんですか、それ……」
見た目は確かに少年。いや、美少年だ。しかし、言動は大人の男性のそれだった。
「もしかして、俺を口説いてるんですか?」
若干気まずくなり、冗談を言ってやり過ごそうとした。だが――、
「ああ、そうさ。僕は、キルト君と初めて会った時に一目惚れしたのさ」
「あぁ~……」
俺の目を見つめながら恥ずかしげもなく堂々と言ってのけるルナンさんに、思わず言葉にならない声を漏らしてしまう。
「はは、すまない。冗談さ」
真剣な表情を浮かべていたルナンさんは、サッと雰囲気を弛緩させる。
「でも、運命だとは本気で思っているよ?」
「もういいですって。明日、この場所に、この時間でいいですか?」
「ああ。キルト君」
日時を取り決めると、ルナンさんがまた真剣な表情を浮かべ直した。
「仲間と話し合うのなら、僕が何に協力して欲しいのか知っておいた方がいいだろう。今から――」
「必要ないです」
力強い声で、ルナンさんの話を遮る。
「どうしてだい?」
不思議そうに、それでいて興味深げな笑みを浮かべながらルナンさんが問いかけてくる。
確かに、ルナンさんに協力するのなら話を聞いておくことは必要不可欠だ。
だがそれは、あくまで常人の範疇に収まる者に限る。
「それこそ、運命だからです」
俺は、抑えていた体内の火を開放する。その瞬間、はるか遠くで魔獣や魔物の遠吠えが上がり、周囲の木々――森全体がざわめき出す。
「ルナンさん、俺からも一つ確認させてください。俺の力を求めるということは、世界の常道から外れることになります。その覚悟がありますか?」
おそらく、今ルナンさんが立っているところが瀬戸際。そこから一歩でも俺の方に歩み寄ったら最後、神の舞台に上がってしまう。
「常道から外れる、か。魂が震える響きだね。僕の悲願は、まさに修羅の道の先にある」
声音は平坦。いや、機械的とさえ思える。だというのに黒い火は轟々と燃え盛り、瞳の光は煤のように黒く、冷たい笑みを浮かべていた。
「そうですか……」
胸の奥で、泡沫のような寂しさが弾けた。
俺が火を抑えると、ルナンさんは一度咳払いをした後、穏やかな口調でみたび手を差し出してきた。
「それじゃあ、キルト君。また明日」
「はい。それ――」
別れの言葉を最後まで口にできなかった。
状況を理解し、慌てて後ろを振り返る。
「ん? どうしたんだい?」
ルナンさんが不思議そうに尋ねてくるが、返事を返す余裕はなかった。
なぜなら、エノが忽然と姿を消していたから――。




