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第19話 宗教観×無神論者

 屋敷の玄関ホールに降り立つと、ダイ達が迎えてくれた。


「キルト」


 先頭に立つダイが、声をかけてくる。ダイの声音。アカリとオリーの真っすぐな視線は、言外に墳墓について尋ねていた。


「後だ。イリアさんにも話さないといけない」

「そうか……そうだな」


 ダイは一瞬だけ視線を下へ向けた後、納得した。


『また貴様か』


 ふと、男性の声が玄関ホールに響く。


 俺が外にいるなら、黒穴を開いておくことで屋敷内にいる者も外の景色を見ることができる。だが、今は俺も屋敷にいるため景色は見れず、会話だけを聞くしかできない。  


『貴様、何度言えば理解する? ここは我々の森だ。踏み入るな』

『申し訳ございません』


 剣呑な声の持ち主に対し、イリアさんは素直に従う。


『待て。あれも撤去しろ』


 外の音が止まる。


『……失礼します。婆や』


 暫しの沈黙の末、イリアさんが何も答えずに去ろうとした。


『待て! いつまでも、我々の森に異物を放置するな! 森が穢れる!』


 黒穴から一触即発の気配が伝わってくるが、争うような物音は聞こえてこない。おそらく、ニンフを警戒しているのだろう。勇者がイリアさんを守るために作った製霊の迎撃能力も高いはずだ。


 イリアさんは、このまま安全な場所へ離れることになっている。俺たちはしばらく屋敷内で待機し、合流する算段になっていた。


 森の中で人族がうろついていたという情報が広まったら、小島周辺が荒らされるかもしれない。誰とも鉢合わせないよう一時間以上時間を置いた後、俺はイリアさんのもとへ向かった。


「イリアさん、お待たせしました」


 少し開けた場所に、イリアさんと婆やと呼ばれた人物が待っていた。


「いえ、婆やとゆっくり話すことができました」


 そう言って、イリアさんは微笑みを浮かべる。


「では、イリア様。私は下がっておりますので」


 隣に立っていた老齢の森の人は、俺に「失礼致します」と頭を下げた後、森の奥へと消えていった。


「イリアさん、さっきの人たちは?」


 無関係の人がなくなってすぐ本題に入るのもどうかと思い、一先ず先ほどの人たちについて尋ねる。


「あの者たちは、別の氏族の者たちです」

「別の氏族?」

「はい。我々は、氏族ごとに別れて生活しております。正しい数は私も把握してませんが、それぞれの氏族には領域があります。そして、他氏族と関わること、他氏族の領域に踏み入ることは絶対にしません」


 イリアさんの話を聞き、やって来た人が敵対的だった理由が分かった。


「それって、まったく関わらないってことですか? 例えば、隣の領域の氏族となら友好関係を築いてるとかは?」


 ご近所付き合いとはまでは言わないが、命を脅かす存在がいるこの世界ならば助け合った方が互いにメリットがあるはず。


 視線をイリアさんに向けるが、彼女は小さく首を振った。


「いえ、まったく関りを持ちません。たとえ目の前に瀕死の者が倒れていたとしても、助けることは決してしません」

「どうして?」

「それが正しいと教えられて生きてきたからです。我々は、長き時を生きられる種族。数百年を生きるからこそ、規律と理性で以って積み上げた尊厳を遵守する。“己を律せられぬ者、それすなわち人に非ず”。我々に唯一共通されている教えです」


 イリアさんが、ふと顔を上げる。


「キルト様」


 重なり合っている葉々の隙間、青空に鎮座する太陽に顔を向けたままイリアさんが俺の名前を呼んだ。


「はい?」

「レオガルドでは、神は太陽にいる。間違いありませんか?」

「はい、そう言われてます」

「我々……人族の言い方で言えば、森の民の考えは違います。神は、はるか昔に現身から解放され、すべての樹木に宿ったと言い伝えられています。神が宿る森で暮らし、実る果実を食べ、枝木を道具として用いる。森の民はいわば、神をその身に宿して生きているのです」


 ゆっくりと視線を下げたイリアさんは、俺に顔を向ける。


「宿った神に背かぬよう、ただひたすらに教えに盲信する。そうすれば、必ずや神のご加護を受けられる。あの者たちは、そう思っているのです」

「だから、森が穢れるって……」

「はい。あの者たちにとって、父と母の墳墓は異物。怒るのも無理はありません」


 そう言ったイリアさんの声が、かすかに沈む。


「あの、どうしてあの場所に墳墓を? イリアさんの話だと、イリアさんの……レフコス氏族の森に墳墓を建てた方が揉め――ッ!?」 


 自分で口にしている途中で気付いた。そうしたくとも出来なかったことが起こったのではないか、と。


「我らの森は、人族によって滅ぼされました」


 イリアさんの冷たい風のような言葉に、心が激しくなびく。


「……もしかして、イリアさんのお母さんは……」

「はい。私を逃がすために犠牲になりました。……この世界を救った父。教えを守っていた母。ですが、母は無残にも殺され、私も人族に捕まり、拷問を受けた。私は……私は、どうしても神を信じられない」


 絞り出すようなイリアさんの言葉を聞き、俺は目をつぶり、深く息を吐く。


 瞼の裏に浮かぶ、純白の管理者の顔。


 あいつは、レオガルドを救うために日本から朝日怜雄《勇者》を呼んだ。それは確かに、世界を守るための行動だ。


「あの者たちは、魔族の侵攻を生き延びられたのも森《神》が守ってくれたからだと思っているのです。私は、それが許せない。キルト様? 私は間違っているのでしょうか?」


 他者の政治思想に口を出すつもりも、ましてや意見する権利もない。分かっている。分かっているが、心に芽吹く感情は止められない。


 人一人を救えないで何が神か。あらゆる期待、奇跡を起こしてこその神なのだ。


「奇遇ですね。俺も、神なんかこれっぽちも信じてません。それに話を聞いて思ったんですけど、あの人たちなんかムカつきますね?」


 レオガルドに平和が訪れたのは、紛れもなく勇者の功績だ。それを偶像崇拝のような、抽象概念のようなモノのおかげだと思っているあの人たちに苛立ちを覚えた。


 俺の発言が予想外だったのか、イリアさんが固まる。


「ふふ、ですね」


 だがすぐに、弾んだ声を漏らし、嬉しそうに微笑んだ。


「なら、本当の英雄――勇者が何を残したのか話しますね」


 ダイたちも呼び、俺は墳墓で読んだ手紙について話し始めた。


 すべては話せない。


 嘘を吐きたいわけではないが、日本へ帰る術がないこと、勇者が残したスマホについてはどうしても言えなかった。


「――……これで全部です」


 すべてを話し終えた後、それとなくみんなの顔色を窺う。


 ダイは地面の一点を見つめ、静かに話を受け止めていた。アカリとオリーは、安堵した表情を浮かべていた。俺は二人に、「日本へ帰る術式が残されていたため、一から準備すれば皇国を頼らずとも日本へ帰れる。ただし、準備にそれなりの時間が必要」と説明した。


(やるしかないな……)


 人知れず、三人を日本へ帰す覚悟を抱く。


 最後に、イリアさん。


 静かに話を聞いていたイリアさんは、口を閉じて動かない。 


 スマホ以外はすべて話した。


 勇者は死して尚、イリアさんと母親であるリリーさんを気にかけていたこと。そのために、貴重な魔石と魔術式を残したことを話した。


「……申し訳ございません。少し、時間をいただけないでしょうか?」


 長い沈黙の末、イリアさんは時間が欲しいと懇願してきた。


「大丈夫ですよ。どうします? 屋敷に戻りますか?」

「いえ、森にいさせてください」

「分かりました」


 俺は、屋敷に待機していた小夜ちゃんを呼び出す。


「イリアさんの護衛をお願い。一人にさせてあげたいから、あんまり近づかないで」

「分かりました」


 小夜ちゃんが一緒にいれば、イリアさんは安全だ。


「さてと、エノ。ここに瞬間移動ワープ地点を作るから頼むわ」

「オッケー」


 いつでも勇者の墳墓に駆け付けられるように、ここにも瞬間移動地点を作っておくことにした。


 さっそく取り掛かろうとした時、エノが横を向いて固まっているのに気付いた。


「ん? どうした、エノ?」


 釘付けになっているエノの視線を辿ると、そこにはアカリとオリーの二人がいた。


「ううん、何でもない。さ、イリアが戻ってくる前に終わらせちゃおー!」

「お、おお……そうだな」


 深い森の中ならば、人目を気にする必要はない。今いる開けた場所に瞬間移動地点を設けることにした。もう慣れた作業だ。手早く魔術式を設置し終えた。


「うし、終わり。んじゃ、エノ。頼むわ」

「まっかせなさい。キルトより早く終わらせるから」

「無理無理」

「は? みてなよ!」


 俺の肩から勢いよく羽ばたくエノ。


 エノの邪魔にならないよう静かに離れ、うねった木の根に腰掛ける。


「ん?」


 意気込んで作業するエノを眺めていると、また気配探知に反応があった。


「エノ!」

「何? 邪魔する作戦?」

「ちげぇって。向こうがこっちに気付いたから、一旦中止だ」


 俺は腕でバツを作り、エノに中断するように声をかける。


「ううん、私は残ってやっとくよ」


 エノは視線を上に向けて考え込んだ後、このまま続行すると言ってきた。


「いや、エノ一人になるのはマズいだろ?」

「一人って言っても、そんなに離れないでしょ?」

「まあ……」

「なら平気だよ」


 そう言って、エノは作業に戻ってしまう。


「……何かあれば大声出せよ」

「はーい」


 心配ではあるが、周囲に魔獣や魔物の気配はない。エノの言う通りそこまで離れるつもりもないため、俺一人で出迎えることにした。


 少しだけ森の中へ踏み入り、向かってくる者を待つ。


 この森に足を踏み入れた時から、こうなるのではないかと思っていた。


 この再会は、言うなれば次章の幕開けになるだろう。


 そしてそれは、決して明るい未来ではない。


「悩み、傷つき、それでも歩み続ける者。その心は獅子のように雄々しく、その命は太陽のように輝き、人々の希望を育む……か」


 勇者の謳を口ずさむ。


「俺なんかが、希望になるのか……」


 分からない。


 だが、立ち止まらないと決めたのだ。


 俺は、俺であろう。


 きっとそれが一番、漆黒の管理者(アイツ)を喜ばせるはず。


 これから先、何度も弱音を吐いてやる。


 何度も悩んでやる。


 でも、俺にはみんながいる。


「やれることを、やりたいことをやるだけだ」


 物思いに耽っていると、気配が目の前に迫った。


 攻撃してくる前に、俺は声をかける。


「お久しぶりです、ルナンさん」

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