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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第18話 遺産×三種

 黄金の箱は、その大きさとは裏腹に内寸が異常に狭かった。箱の大部分を占めているのは、分厚い側板。外気を遮断し、中に収めている物の劣化を防ぐためだろう。鉄塊のような蓋をズラし、箱の中へ目を落とす。


「これは……」


 箱の中に入っていたのは、折り畳まれた黄色っぽい紙だった。


 細長い植物の繊維を格子状に編んで形成された紙が二枚。触ると「パリパリ」と音が鳴る紙を慎重に開くと、そこには日本語で文章が記されていた。


「『日本の方へ』……俺らに宛てた手紙なのか」


 勇者がイリアさんへではなく、日本人に向けて書き連ねた手紙。


「『まず、謝罪させてほしい。貴方は、私が生み出した召喚魔術で異世界へ飛ばされた。本当に申し訳ない。もしかしたら、貴方は日本へ戻る術を求めてこの手紙を読んでいるのかもしれない。結論から言う。日本へ帰る術はない』」 


 魔石の明かりが、暗い空間で揺らぐ。


「やっぱりか……」


 残酷な現実を突きつけられても、心は平静さを保っていた。


 脳裏に浮かぶ、純白の管理者の顔。


 日本へ帰還する術がないということは、純白の管理者から聞かされていた。


 勇者は、純白の管理者の魔法を模倣し、魔術を生み出した。召喚魔術もそう。異世界へ移送された際の魔法の痕跡を基に、勇者が魔術式で再現したのが召喚魔術。


 しかし、召喚魔術には重大な欠点があった。


 それは、片道切符だということ。


 勇者は、日本へ戻れないことを了承したうえで世界を渡ったのだ。


「ったく。アンタはよくても、こっちは迷惑だっつうの……」 


 召喚魔術のせいで、人生は激変した。日本へ帰れない事実には動揺しないが、つい勇者への不満を零してしまう。


 深く溜息を吐き、手紙の続きに目を通す。


「『この世界へ訪れた際、貴方には特別な力を授かっているはずだ。もしかしたら、世界を渡れる力を授かっているかもしれない。その場合、召喚魔術の術式が必要になるだろう。手紙の下に術式を記述しておきます。最後にもう一度、私のせいで貴方の人生を狂わせてしまった。心よりお詫びしたい。すみませんでした』……これだけか?」


 手紙を読み終えると、すっきりとしない感覚に苛まれた。


「この手紙を残すためだけに、こんな場所を作ったのか?」


 何とも言えない違和感を抱きつつ、紙をめくって二枚の手紙に目を落とす。


「ッ!?」


 二枚目の手紙を読んだ瞬間、散らばっていた点と点が一本の線で繋がる。


 千年の時を経て尚、残された空の墳墓。


 当たり障りのない手紙の内容。


 触れられていない人物。


 二枚目の手紙は、たった一行だけ書かれていた。



 ――“名を唱えよ”



 今更、誰のなどとは思わない。  


「イリアンソス・エナス・レフコス」


 静寂に包まれた空間に唱えた名前が響く。


「ん?」


 反響が消えた後、黄金の箱が発光し出す。


 眩い金色の輝きに目を細める。


 光はすぐに弱まり、箱の側面に魔術式が浮かび上がった。そして、「ガコッ」と何かが外れる音が箱内部で鳴り、隠し戸棚がゆっくりと飛び出した。


 隠し戸棚に収納されていたのは、また手紙。手紙の下には、魔石と本、そしてスマホが収められていた。


「マジ、か……」


 ケースに入れられていないスマホ。


 稲妻のような衝撃が、全身を駆け巡る。


 勇者がこの世界に降り立ったのは、千年前。そのため、勝手に勇者は千年前の人物だと思い込んでいた。


 震える手でスマホを手に持ち、裏側を見る。


「なッ!?」


 自分の目で見たものが信じられず、思わず声を漏らしてしまう。


「一世代前……」


 胸中が、言葉にできない感情で埋め尽くされる。


 思考が働かない。


 だが、本能が手を動かし、手紙に目を通し出す。


『この手紙を読んでいるということは、()()()かイリアが貴方を信用したということ。なら、僕も本音を書こうと思います』


 初めて聞く“リリー”という名前。ただ、容易にその人物が誰なのか察することはできた。


「このリリーって人が、イリアさんの母親か」


 再び、手紙を読み進める。


『本当なら、僕に頼み事をする資格はありません。でも、お願いです。どうか、二人を気にかけてくれませんか? リリーは、孤独だった僕を救ってくれた。イリアは、繋がりのない僕に希望をくれた大切な家族なんです。お願いです。どうか、どうか二人を守ってください』


 締めくくられた最後の一行は、かすかに震えていた。


『一緒に入れている物は、貴方の好きに使ってください。二人が信用した貴方を、僕も信用します』


 ふと、魔石に目を向ける。


「すげぇ」


 ディープブルーの色をした魔石。一目見ただけで、内包された魔力の多さが分かる。純然たる魔素の塊。鉱石型のこの魔石は、魔族が保有していた魔石以上の物だった。


 次に本に手を伸ばし、ページをめくる。本来目次が書かれる箇所には、勇者の言伝が書かれていた。


「『この本には、僕が考案したすべての魔術式を残しておきます』……なんだ、これ……」


 本には、多種多様な魔術式が記載されていた。攻撃魔術、防御魔術、魔術道具、果ては兵器に至るまで多岐に渡っている。そのどれもが、今のレオガルドでは到達していない領域の物ばかりだった。


 試しにいくつかの魔術式を読んでみると、身震いがした。


 レベルが違う。ここに記載された魔術式を公表すれば、レオガルドの文明は今以上に飛躍する。魔物は脅威ではなくなり、国家間の移動も快適さを求めることになるだろう。だが――、


「こんなの、広められるわけない」


 この本の知識は、諸刃の剣。ひとたび世に広めてしまったら最後、もう後戻りはできない。文明と文化の全面戦争になる。


「じゃあ、このスマホは……」


 手紙には、スマホを知らない人物を考慮し、図解付きで丁寧な説明が記されていた。説明部分は読み飛ばし、最後の文を読む。


「『このスマホには、僕とリリーの写真と動画を保存してます。僕らの思い出の場所、結婚式の映像、イリアへ向けた誕生日メッセージ。全部、一緒に居てあげられないイリアへ残したモノです。どうか、イリアに見せてあげてください。よろしくお願いします』……朝日怜雄(れお)


 朝日怜雄は、世界を救った。


 戦争を知る昔の人ではない。


 自分と同世代の人がだ。


 たった一人で異世界へ渡り、魔族と戦った。


 大怪我をしたことがなかった人だったかもしれない。


 人を殴ったことがなかった人だったかもしれない。


 でも、やりきった。


 まさしく、勇者。


 聞いていた話のはずなのに、この手紙を読んだ後では受け取り方が全く違う。


 顔も知らない勇者に対し、深い尊敬の念を抱かずにはいられない。


「クソ……」


 だからこそ、胸中穏やかではいられなかった。


 爪が食い込むほど、拳を強く握り締める。


 勇者から託された想いを、叶えてあげることはできない。 


 しかもだ。勇者によって金色の夜明けを齎された者たちの末裔が、イリアさんの光を奪った事実。


 一瞬、イリアさんを堕天させることを思案する。しかし、すぐに無理だということを察してしまう。


 イリアさんは、勇者の娘なのだ。その身に、純白の管理者()の力を宿している。そんな人に通じるわけがない。なにより、気高いイリアさんが堕天することを受け入れるわけがなかった。 


 物静かな空間に佇み、己の無力さに身を震わす。 






 ◇◇◇◇◇






 ここでの用は済んだ。


 墳墓を後にする。


 一先ず、勇者が残した三種の遺産はそのままにしておいた。下手に持ち出すと、劣化が進んでしまいかねない。保存するために建てられたここに安置しておくことのが一番いいはずだ。


 結界を抜け、みんなの元へ戻る。


「キルト」


 俺が墳墓から出て来るや否や、ダイが声をかけてきた。


 その表情、雰囲気はどこか物々しいモノだった。


「どうし――」


 尋ねようとした瞬間、探知範囲内に数人の気配を感じ取った。


 こちらへ真っすぐ向かってくる気配に、ある程度の状況を察する。


 ダイに頷き返すと、黒穴を出現させた。


 アカリとオリー、ダイが次々と黒穴へ飛び込んだ後、イリアさんに声をかける。


「イリアさん」

「私は残ります」


 気配の方向を見据えるイリアさん。


 ここは、深い森林部。気配は赤色で、魔族や魔物ではない。おそらく、向かって来ているのは森の民か獣の民だろう。


「わかりました。なら、岸へ運びますね」


 岸へ渡ると、イリアさんを降ろしてもう一度黒穴を出現させる。


「イリアさん。俺らも話を聞いててもいいですか? もちろん、バレないようにします」


 外界と黒穴を繋げておけば、イリアさんに気付かれずに盗み聞きすることはできる。ただ、後ろめたいことはしなくなかった。


「構いません」

「ありがとうございます。何かあったら、すぐ呼んでください」


 イリアさんへ声をかけた後、俺も黒穴へ飛び込んだ。

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