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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第16話 日本×島

変更前:イリアンソス・エナス・ガラージオス

変更後:イリアンソス・エナス・レフコス

変更しました。

 次の日。さっそくイリアさんが指し示した地図の場所――森の奥地へと赴いた。


 森の中では車椅子は押せないため、イリアさんは屋敷の中で待機してもらっている。


『あとは、そのまま真っ直ぐ進んでください』

『分かりました』


 イリアさんと会話を切り、改めて眼前に拡がる深い森を見据える。


「ねぇ、キルト?」


 タイミングを見計らっていたであろうエノが、おもむろに声をかけてきた。


「ああ、分かってる」


 エノが何を言いたいのか、すぐに分かった。


 それでも行くしかないのだ。


 俺は深呼吸をした後、歩き出した。


 太陽の光が届かないほどの暗い森。本来であれば恐怖を駆り立てられるだろが、俺にとってはむしろ心地よい場所だった。


「ん?」


 暫く歩いていると、あるモノに気付いて足を止めた。


「……生活圏に入ったな」

「なんで分かるの?」


 俺の呟きに、肩に座るエノが不思議そうに尋ねてくる。


「ここ。足跡がある」


 俺はしゃがみ込み、足跡を崩さないように気を付けながら落ち葉を手で払う。


「ほんとだ」


 ある程度落ち葉を払うと、エノもようやく足跡を認識した。


「良く気付いたね」

「伊達に森の中を走ってないからな。……足跡は一人分か。小さいな。見回りか?」


 残されている足跡は一定で、周囲に争った形跡も見られない。進んで来た方向に足跡が残されてないことから、おそらくこの付近が際なのだろう。


「妙だな」


 俺は立ち上がり、注意深く周囲を見回す。


「何が?」

「生活感がない。この暗さは別として、道が作られてないのは変だ」


 森の中で集団が生活を送る場合、自然と過ごし易い環境が出来上がるはずだ。獣の民――グンやキバナシさんたちがそうだった。住居を築くために森を切り開き、邪魔な木は切り倒していた。


「まだ端だからか? いや、森の民だから?」


 整備されていない森について思考を巡らせていると、探知範囲内に数人の気配を感じ取った。


「気付かれたな」


 真っ直ぐこちらに向かってくる気配たち。


『イリアさん、向こうが俺たちの存在に気付いたみたいです』

『でしたら、私を外に出してください。私が話を付けます』


 言われた通りイリアさんを呼び出すと、彼女は数秒固まった後、ゆっくりと深呼吸する。


「懐かしい?」


 エノが、優しい口調でイリアさんに声をかける。 


「はい」


 イリアさんは僅かに口角を上げ、万感の思いを込めて答えた。


 当たり前だ。


 数か月ぶりに故郷へ帰ってきたのだ。


 イリアさんの後ろ姿を、口を結んで静かに見つめる。


 目を潰され、手足を切り落とされても尚、イリアさんは弱音や怨み言を吐いたことは一度もなかった。


 強く、気高く、そして美しい。


 その姿はまるで、研ぎ澄まされた刀のよう。


 彼女に対して畏敬の念を抱いていると、前方で草木を踏む物音がした。


 目だけを動かして確認すると、木陰に身を隠しながらこちらを窺う四人の人影が見えた。全員、手には弓が握られている。だが、ただちに攻撃を仕掛けてくるような気配はない。


 緊張感が漂う中、四人の気配に気付いたイリアさんがおもむろに口を開いた。


「婆や」


 鈴の音のような美声が、静寂に包まれた暗い森に響く。


「…………イリア、様?」


 長い沈黙を経て、一番奥に居た森の民の女性が目を見開いて一言だけ呟く。その声音には、疑問と驚愕が多分に含まれていた。


「イリア様……」


 次の一言をきっかけに、瞬く間に四人の中で驚愕が伝播し、徐々に理解が追いついていく。そして――、


「貴様ッ!」 


 四人は俺に向けて怒号を発し、弓を構える。


 射殺すような眼差しを俺に向け、木製の弓のしなる音が緊張感を膨れ上がらせていく。


 だが、俺の心は凪のように穏やかだった。


 たとえ四人に射抜かれようが、その程度では死なないと分かっているからだ。


 俺は身構えることはせず、直立不動のまま動かなかった。


「止めなさい」


 いつ矢が放たれてもおかしくないほど殺意が膨れ上がった時、わずかに怒気を込めたイリアさんの一言が場を制した。


 膨れ上がっていた殺意に、困惑が混じる。


「弓を下げなさい」 


 もう一度イリアさんが声を発した瞬間、殺意が完全に霧散した。


(ふぅ……良かった)


 正直、イリアさんの姿を見て乱心することも覚悟していた。手荒な真似はしたくなかったため、言葉だけで四人が武器を収めてくれたことに人知れず安堵する。


「このお方は、キルト様。私の恩人です」


 イリアさんが凛とした声でそう言うと、四人が木陰から姿を現す。


 俺は不用意な発言は控え、姿を現した四人をそれとなく観察する。


 森人は、色素の薄い色白い肌をしていて、耳が尖っていた。背は高く、手足も長い。艶やかな緑色の長髪が美しく、容姿も整っている。


(婆やって言ってたけど、全然そうは見えないな)


 全員女性だが、皆、若々しい見た目をしていた。


 今度は、一番後方に立つ獣人へ目を向ける。


 おそらく、目の前にいるのは狼の獣人。


(どういうことだ?)


 目の前の獣人は、グンやキバナシさんとは風貌が違う。例えるなら、グンやキバナシさんが獣ベースの獣人だとすると、眼前に立つ獣人は人間ベースの獣人なのだ。


 獣人について考察していると、森人――婆やと呼ばれ者が震える声で喋り出す。


「イリア様……そのようなお姿に……申し訳ございません」


 直後、森人たちが悲痛な表情を浮かべ、崩れ落ちるようにその場に跪く。


「婆やせいじゃないわ」 

「ですが……」

「今はそれより、キルト様を()()()へお連れするために帰ってきたの」


 イリアさんが言った直後、頭を下げていた森人たちが一斉に頭を上げる。


「もしや……?」


 何かを察したかのような呟き。その呟きに答えるように、イリアさんははっきりと告げた。


「ええ。キルト様は、日本人です」


「「「「ッ!?」」」」


 四人が目を見開き、息を呑んで固まる。


「そ、それは、事実なのですか……?」


 暫しの硬直の後、婆やと呼ばれた森人が驚愕した表情を浮かべたまま絞り出すようにイリアさんへ確認する。


「ニンフが敵対していないのが、何よりの証拠でしょう?」


 イリアさんの言葉に反応するかのように、ニンフが俺の周囲を漂い出した。ゆらゆらと蝶のように羽ばたき、やがてニンフは俺の肩に止まる。


 それが決定的だった。   


 四人は跪いたまま俺に向き直ると、勢いよく頭を垂れた。


「先ほどのご無礼、お許しください!」


 婆やと呼ばれた森人は、額を地面に擦り付けるほど頭を下げ、上擦った声で謝罪してきた。


「あ……えっと、気にしてませんので、頭を上げてください」


 状況が呑み込めずに混乱する中、とりあえず頭を上げるように答える。そして、答えるを求めるようにイリアさんへ視線を向けた。


「イリアさん」

「キルト様、あと少しだけお待ちください。婆や、()()()できる?」


「お任せください」


 森人が頭を上げると、力強い返事を返す。


 他の者たちも、力強く頷き返した。


 その返事に満足したイリアさんは、さっそく移動しようとした。その間際、真剣な面持ちを浮かべていた森人が目尻を下げて柔和な表情を浮かべた。


「遅くなりましたが、お帰りなさいませ、イリア様」


 その顔、その声は従者ではなく、子を出迎える親のようだった。


「ただいま」


 投げかけられた優しい言葉をゆっくりと嚙み締めたイリアさんは、口角を上げて朗らかに笑った。 






 ◇◇◇◇◇






 俺は、眼前に広がる光景を目の当たりにして思わず息を呑んだ。


 それはまるで、神域のようだった。


 深い森の奥地に忽然と現れたのは、底まで見通せるほど澄んだ湖。燦燦と降り注ぐ太陽光を反射し、水面がキラキラと輝くさまに目を奪われる。そんな湖の中央には、色とりどりの花が咲き乱れる小島が浮かんでいた。


 あそこが目的の場所だと、一目で分かった。


「ん?」


 イリアさんが、ごくごく少量の魔力を湖へ放つ。すると、湖の底が輝き、小島へと続く飛び石が水面に浮かび上がった。


「キルト様、飛び石をお渡りください。平気かとは思われますが、湖に落ちないよう気を付けてください」

「分かりました。失礼します」


 俺は頷くと、椅子ごとイリアさんを抱えた。


「少しの間、暴れないでくださいね」


 イリアさんに注意した後、俺はできるだけ椅子を揺らさないように気を付けながら飛び石を渡り出す。


 水面に浮かび上がった飛び石は、まるで地面に敷かれているかのように安定感があった。


 音はしない。


 波も立たない。


 ここは、世界から隔絶された空間なのだ。


(これは……)


 飛び石の表面に、びっしりと細かな字で魔術式が刻み込まれている。


 おそらく、飛び石の裏面にも術式が刻み込まれているのだろう。


 イリアさんの口ぶりからして、飛び石以外の方法で湖を渡ろうとすれば、何かしらの魔術が発動する可能性が高い。


 つまり、この小島はイリアさんでなければ上陸できない場所なのだ。


(結界か)


 風に揺れる薄いベールのような結界。


 危険は感じられない。


 臆することなく、小島に足を踏み入れる。


「暖かい」


 結界をすり抜けると、暖かな空気と花の甘い香りに包まれた。


「綺麗」


 小島を埋め尽くすほどの無数の花々に、エノが感嘆の声を上げる。


「だな。これ、桜か?」


 小島を取り囲むように生えている樹木。ひらひらと舞い散る桃色の花は、日本で慣れ親しんだ桜によく似ていた。


「正しい名は違います。ですが、我々は桜と呼んでいます。キルト様、中央へ」


 言われるがまま中央に向かって歩き出すと、五分もしないうちに切り出した大きな石を組んだだけの入口が見えた。


 ここが目的地だろうと思い、入口の前でそっとイリアさんを降ろす。


「キルト様。私をここへ連れて来ていただき、ありがとうございます」

「いえ。ここが日本と関係がある場所なんですか?」

「はい」


 イリアさんが頷く。


「分かりました。ただ話す前に、ダイたちも呼んでいいですか? みんな日本人です」

「どうぞ。皆様には聞く権利がございます」


 あらかじめ屋敷に待機してもらっていたダイたちを呼び出す。


「お願いします」


 俺の言葉を聞き、イリアさんは普段以上に背筋を伸ばすと静かに語り始めた。


「私の本当の名は、イリアンソス・エナス・レフコス。母は、レフコス氏族の族長の娘。そして父は、千年前、この世界を救った勇者です」 


 静寂に包まれる中、誰かの息を呑む音が聞こえた。 


「ここは、父と母が眠る墳墓です」

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