第15話 笑顔の裏×独白
短めです。
長く伸びる影。微かに冷たさを帯び始めた風。揺れる草木。天を見上げると、空一面が夕焼けに染まっている。
「もう無理か」
ホリィとの約束で、暗くなる前に島へ帰らなければならない。
視線を森へ向けると、ちょうどエノが俺の方へ飛んできた。
「たっだいま~!」
エノは満面の笑みを浮かべながら、俺の肩に着地した。
「さ、帰ろ」
彼女は肩の上で回転し、流れる動作で腰かける。ワンピースの裾を綺麗に直すと、俺に顔を向けて声をかけてきた。
「ん? どうしたの?」
俺が黙って見つめていることに気付いたエノが、小首を傾げる。
「あ、いや、エノ……あんま、一人で行動するなよ?」
エノはここ最近、俺から離れて行動することが増えた。時間にして五分ほどだが、それでも危険な行動である。
「ちょっとキルト、乙女に言わせないでよ。お花を摘んでたの」
だが俺の遠回しな忠告に対し、エノは「きゃー」と騒ぐだけだった。
「そうか」
俺はエノから視線を外して返事を返し、黒穴を出現させる。
エノは、いつもと同じように笑い、いつもと同じように喋っている。
あの日以来、必死で“いつもの自分”を演じていた。
本心では、打ち明けて欲しい。
だが、簡単に話せないことがあるのも痛いほど理解できる。
歯がゆくとも、待つしかないのだ。
彼女から打ち明けてくれるのを。
黒穴を潜ると景色が一変し、カルデラに囲われた島に降り立つ。
「きーと!」
島に降り立った直後、前方からホリィの声が響いた。
「ん? ホリィ?」
花が咲いたような笑顔を浮かべ、ホリィが走り寄ってくる。
「キルトにぃ、お帰りー!」
ホリィの手をしっかりと繋いだアルクが、元気のいい声をかけてくる。
「おかえりなさいませ、キルトさん」
「マーレイさんも……」
二人を見守るように、マーレイさんが深々と頭を下げてきた。
「ただいま?」
普段、ホリィたちはログハウス付近で遊んでいる。どうして瞬間移動地点にいるのか不思議に思っていると、察したアルクが答えてくれた。
「はは、あのね、ホリィがちゃんとキルトにぃが帰ってくるか見張りたいって聞かなくて」
アルクが苦笑いを浮かべながら、ホリィを見つめる。
ホリィは握られていない手を俺へと伸ばし、パタパタと懸命に走っていた。
「あ~、まぁ、仕方ないか」
俺も苦笑いを浮かべ、両手を広げる。
アルクがそっと手を離すと、ホリィは満面の笑みを浮かべながら俺の体をギュッと抱きしめる。
「きーと、ちかまえた」
「ただいま、ちゃんと帰ってきたぞ」
俺が優しい手つきで頭を撫でてあげると、ホリィは嬉しそうにその場で飛び跳ねる。
「んじゃ、帰って飯にするか」
「うん、お腹すいたー」
「空いたー」
アルクが快闊な声でそう言うと、ホリィも真似するに腹に手を当てた。
ホリィを肩車して、みんなでログハウスへ向かう。
「あ、そういえばキルトにぃ」
隣を歩いていたアルクが、思い出したかのように俺を見上げながら声をかけてきた。
「ん?」
「イリアさんが、キルトにぃと話したいって」
「イリアさんが?」
◇◇◇◇◇
食事を終えた後、俺はイリアさんの元へ向かう。
「イリアさん」
扉をノックすると、部屋の中から美しい鈴の音のような声音が聞こえてきた。
「どうぞ」
俺は返事を受け、静かに扉を開ける。
小さな暖色の明かりが一つだけ灯った室内。車椅子の動線を確保するため家具が端へ寄せられた部屋の中央に、姿勢よく座ったイリアさんが待っていた。
「失礼します」
イリアさんの前に、椅子が一脚置かれていた。腰を据えて話し合いがしたいのだと瞬時に察し、椅子に腰かける。
椅子に座ると、木の軋む音が物静かな部屋に響く。
「キルト様、お呼び立てして申し訳ございません」
目が見えないイリアさんは、椅子の軋む音で俺が着席したことを察し、頭を下げてきた。
「いえ、それで、俺に話したいことって言うのは?」
俺が早速本題を尋ねると、イリアさんが真剣な面持ちで口を開く。
「実は、連れて行っていただきたい場所があるのです」
真剣な雰囲気を纏ったイリアさんは、重々しい口調で懇願してきた。
その声音から、彼女にとってとても大事な要件であることが理解できた。
イリアさんは森の民だ。きっと、目的の場所は森の中にあるのだろう。だが、彼女は皇国に手足を切り落とされ、車椅子での移動を余儀なくされた。連れて行って欲しいと願い出るのは何ら不思議ではない。しかし――、
(なんで、わざわざこんな場を設けたんだ?)
こんな場を設けなくとも、アルクと一緒にいる時に願い出てもいいはずだ。実際、今までなんか入用がある時はそうだった。
ふと、視線をイリアさんに向ける。彼女はブランケットをかけた太腿に手を重ね、静かに俺の返事を待っていた。
今更、イリアさんを疑うなんてことはしない。
「大丈夫ですよ。どこに行きたいんですか?」
俺が快く快諾すると、イリアさんが口角が僅かに動いた。ただそれも僅かな間で、すぐにイリアさんはまた頭を下げる。
「ありがとうございます。……ですが、申し訳ございません。明確な場所を口頭でご説明することは出来ません」
「あ、ああ、そうですね。えっと、何か目印を教えてもらえれば――」
すでに、レオガルド全土に瞬間移動地点は設置し終えていた。地図もあるため、おおまかな場所さえ教えて貰えれば連れて行ける。だが――、
「申し訳ございません。ここでは申し上げられません」
俺が言い切る前に、イリアさんが言葉を遮ってきた。
「どういう意味ですか?」
「申し訳ございません。ですが、キルト様……いえ、日本に由縁のある場所でございます」
予想外の言葉に、俺は息を呑む。
「どうして……?」
イリアさんには、まだ俺が日本人だということは伝えてない。しかもイリアさんは、この世界の言語ではなく、日本語で“日本”と言ったのだ。
(罠か?)
一瞬、イリアさんが皇国の間者という可能性を疑った。しかし、イリアさんの所作や品のある自尊心がすぐに疑念を払拭する。
「すべてを、その場でお話します」
動揺して固まっている中、凛としたイリアさんの声が俺の心を震わした。
無視してはいけないと、直感が囁く。
いや、もっと別のモノ。
それはまるで、漆黒の管理者が俺の進むべき新たな道を提示しているかのようだった。
「わかりました」
俺は深く息を吐くと、イリアさんの提案を受け入れた。




