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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第14話 人間×ただいま

 「単純だな……」


 一人で屋敷の廊下を歩きながら、体調の変化に呆れる。


 訓練場で思いの丈を洗いざらい吐き出してから、あれだけ重かった身体が軽い。


 人前で、しかも異性に寄り添ってもらいながら泣く。冷静になった今思い返すと、羞恥で頬が熱くなる。だが、みんなは俺を馬鹿にすることはなかった。それどころか、みんなとの関係が深まった気がする。


 アルシェは、俺との距離が心理的にも物理的にも近くなった。


 ラルフさんは、俺を見る目が変わった。


 ヴァルグさんは、俺を好敵手として再認識した。


 一夜さんは加勢しなかったことを謝罪し、俺が本音を打ち明けたことを喜んだ。


 小夜ちゃんは、懸命に俺のことを励ましてくれた。


「エノ……」


 ただ一人。エノだけが、俺から距離を取った。


 アルシェと一緒に残ると言った時のエノの顔を思い返す。思い詰めたあの表情は、魔族の実験施設で別れを告げた時と同じだった。 


「チッ」


 ずっと一緒に居てくれたのに、俺はエノのことを見ていなかった。だから、なぜエノが思い悩んでいるのか検討もつかない。


 声をかけようとしたが、アルシェに目で制された。


「ったく、ダメだな」


 自省しつつ、二階へ上がる。


 物音一つしない屋敷にいるのは、たった一人。


 その人物の部屋に辿り着くと、一度深呼吸した後、静かに扉をノックする。


「オリー、俺だ」


 アルシェは、言ノ葉(オリー)と二人だけで話せと言った。しかもだ。今までのような発言の制限は一切なし。本当の俺の言葉で、彼女と語り合うようにと言ってきたのだ。


 監視していた小夜ちゃんによれば、言ノ葉は憔悴してはいるが早まった行動を取る気配はないとのことだった。


 ノックの音が廊下に響くが、返事はない。


 予想はしていたため、ドアノブを握り締める。


「悪いな」


 謝罪の言葉を口にし、ドアノブを壊す。「ガチャ」と破壊音が鳴り、閉ざされていた扉が開く。


「入るぞ」


 明かりの灯ってない暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱えて座り込み、微動だにしないオリーの姿が目に付いた。


 一点を見つめるオリーは、頬がやつれていて、目の下には濃い隈。一目見ただけで、彼女が抜け殻になっているのだと分かる。


 俺は、ゆっくりとした足取りでオリーの前に進む。


 オリーの眼前にまで移動すると、床に膝を着き、目線を合わせる。


 俯き、光のない瞳。眼前に俺が居るのに、オリーはまったく反応を示さない。


 オリーの今の状況は、ついさきほどまでの俺そのもの。


(今度は俺が……)


 俺は驚かさないよう、ゆっくりとオリーの手を取る。


 彼女の細い手は、氷のように冷たい。そんな手を優しく握りながら、オリーの目を真っ直ぐと見つめて静かに語り出す。


「オリー、聞いてくれ……――」






 ◇◇◇◇◇






 二時間後――。


「どうだ? 久しぶりの外は?」


 隣にいるオリーへ声をかける。


 オリーは空を見上げ、降り注ぐ日差しに目を細める。体全体で日光の暖かさ感じ取った後、大きく空気を吸い込んだ。


「うん、気持ちいい」


 俺に顔を向けたオリーは、清々しい顔で小さく微笑む。


「そうか」


 俺も笑顔を返し、並んでログハウスへ向かう。


 道半ばのところで、ログハウスの扉が勢い良く開き、アカリが飛び出てきた。


「織ちゃんッ!」


 少しやつれたアカリは、血相を変えて視線を彷徨わせる。そしてオリーを見つけるや否や、階段を駆け降りだす。


「行ってやれ」


 そう声をかけると、オリーは「うん」と小さく頷き、駆け出した。


 オリーには、まだ闇がある。


 それが何なのかは、俺には分からない。


「簡単には話せない、よな」


 俺もすべてを話すのには抵抗があり、何より怖かった。正直に打ち明けて、拒絶されるのを恐れたのだ。


 走っていくオリーの背中を見つめる。


 オリーにはまだ時間が必要で、話す相手は俺でなくていい。


 一方で、俺はその時が来たのだ。


 オリーとの話し合いは終わった。残る人物は、あと一人。


 向こうも、俺が顔を出したことで察しているはずだ。


 ゆっくりとした足取りで二人の元へ向かい、アカリの後を追うようにログハウスから出てきたダイに声をかける。


「ダイ、話がある」

「分かった」


 ダイは真剣な表情を浮かべ、俺の顔を見つめながら了承した。


 アカリとオリーも、二人だけで話がしたいだろう。


 俺たちもそうだ。


 ログハウスへは向かわず、まだ切り開かれてない森の奥へ入っていく。暫く無言のまま進むと、僅かに開けた場所に倒れた倒木を見つけた。


 おあつらえ向きな場所だと思い、俺は倒木に腰かける。すると、ダイは何も言われずとも隣に座った。



 それから、俺はすべてを話し出した。



 魔族に体を改造されたこと。



 人を殺したこと。



 ホリィは殺した夫婦の子どもだということ。



「――……これで全部だ」


 木漏れ日が差す森に、静寂が訪れる。


 周囲の木々から葉音が鳴り、心地良い風が肌を撫でた。


 話す際、ダイの方を見れず、地面に咲いた一凛の白い花を見つめて語った。それでも、ダイは俺の話に言葉を挟まず黙って聞いてくれた。


 問題はここからだ。


 心の中で深く息を吐き切ると、意を決して俺はダイの方へ顔を向ける。


 ダイは神妙な面持ちで、俺を見つめていた。


 瞳には、嫌悪感や忌避感は宿ってない。


 僅かに強張っていた心が緩む。


 口を閉ざしているダイは、俺の話を聞いて、何も思い、何も考えているのか。


 俺は急かすことはせず、ダイが口を開くのを黙って待つ。


「…………すごいな」


 長い時間をかけたダイは、感心したように呟いた。


「すごい?」


 ダイの瞳は揺らぐことはなく、瞳孔の変化もない。つまり、ダイは本心で呟いたのだと察する。


 俺が言葉を反芻すると、ダイは空を見上げて目を細めた。


「俺もな、昔、他人の想いを背負ったことがある。って言っても、キルトと比べたらしょうもないことだけどな」

「そうなのか?」

「ああ、でも、俺は耐えられなくて逃げた」


 ダイは過去を思い出すかのように、遠い目をしながら語り続ける。 


「全部が嫌になったんだ。なんでこんなことをしてるのか、誰のためにしているのか……ってな。それで結局、全部放り投げた」


 そこまで語ると、ダイは再び俺に向けた。


「でも、キルトは逃げずに向き合った。すごいな」


 ダイの真っ直ぐな眼差しと真っ直ぐな言葉を受け、思わず視線を逸らす。


「フッ、結局俺も耐え切れなかったけどな。それに、俺は人間じゃないからな。だから、鈍感だったのかもしれない」


 気恥ずかしさから、視線を逸らして自虐してしまう。


「……確かに、キルトは正義じゃないかもな」


 心臓が縮み上がる。


 事実だ。


 ただ事実を言われただけ。


 覚悟してたはず。


 思考を止め、気付かれないよう拳を握り締めて微かにざわつく心を鎮める。


 俺が何も言葉を返せずにいる中、ダイは付け加えるように言葉を紡いだ。


「……けど、悪にも堕ち切れない。良いことと悪いことの間でフラフラする、どっちつかずの中途半端などこにでもいる至って普通の人間だよ」


 息を呑む。


 体の中で「ドクンッドクンッ」と心音が木霊し、じんわりと胸の奥が温かくなっていく。


「……ありがとな」


 噛みしめるような俺の呟きは、それでも確かにダイへ届いた。






 ◇◇◇◇◇






 昼下がりの暖かな日差しが射し込む部屋。ソファーの上で安らかに眠っていたホリィの目もとが動き出す。閉じられた瞼の動きは、目覚める合図。


「ん……」


 ホリィは、ゆっくりと目を開ける。


 瞼を何度も開閉させながら、ホリィは外界の情報を処理していく。


「ッ!?」


 暫くして、ホリィは隣に座っていた俺に気付いた。


「きぃと……?」


 じっと俺を見つめながら、ホリィがか細い声で呟く。


「おはよう」


 俺は微笑み、穏やかな口調で声をかけた。


 ホリィは真ん丸の目を見開き、上体を起こして俺に手を伸ばす。


 穢れを知らない小さな手。


 俺は一瞬だけ躊躇った後、ホリィに手を差し出した。


 ホリィは夢見心地のまま、それでも必死に俺の手を握る。



 ――やがて、



 ホリィの眉間に皺が寄っていく。


 おでこや口元にも見る見るうちに皺が寄っていき、ついには大声を上げて泣き出す。


「うぁあああ――!」


 幼い泣き声が、部屋中に響き渡る。


 服の裾を両手でギュッと握りしめ、頭を俺に押し付けるホリィ。


 それは、全身全霊の抗議だった。


「ごめん、ホリィ……」


 寂しい想いをさせてしまった罪悪感を抱く反面、込み上がってくる嬉しさに抗えない。 


「ただいま」


 俺は、泣きじゃくるホリィを優しく抱きしめた。

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