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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第13話 本音×涙

 ()()、日が昇った。


 訓練場に幽閉されてから、三度目の朝日を浴びる。


 雲一つない空は、青色と橙色、そして金色のグラデーションが美しく、訓練場を覆っている水の膜も朝日を反射して輝いている。


 清々しい朝――だというのに、俺は息も絶え絶えの状態で地面の上に伏していた。


 汗と土汚れが皮膚の上で混ざり、泥水になって肌を伝う。鼓動がうるさく、地面に手をついて鉛のように重い体を支える。


「よお、もう終わりか?」


 頭上から、ラルフさんの声が聞こえた。


「早く俺らを倒さねぇと世界を壊せねぇぞ?」 


 ラルフさんとヴァルグさんは、交代しながら襲いかかってきた。魂を鎧に定着させているラルフさんは、疲労という概念がない。ヴァルグさんが休息を取っている間は、ラルフさんと戦い続けた。


 休息や食事はもちろん、睡眠も一切取らない。尋常ならざる力を得た俺もさすがに限界に達し、とうとう地面に倒れ込む。


「ハァ……ハァ……」


 ジッとしているのに、呼吸が落ち着かない。


 視界が歪み、体が浮つく。


 疲労が溜まったから?


 違う。言い訳だ。


 俺は、現実から目を背けてる。


 疲弊した体よりも、吐き気を催すほどの焦燥感に圧し潰されそうなのだ。


 俺は、ここで三日も時間を無駄にした。


 その事実が、ただただ怖い。


「オラ、立て。さっさと続きをやるぞ」


 ラルフさんの普段通りの声音。


「待て、ラルフ。次は私の番だろ?」

「は? 俺だぞ」

「お前は今まで戦ってた。私の番だ」

「それは、お前が休んでたからだろうが。まだ俺の番だ」


 ラルフさんとヴァルグさんの何気ない会話。


 二人は、この戦闘を楽しんでいる。


 声を上げることも動かなくなることもなく、超速で傷は再生し、命を脅かす反撃をする俺は二人に取って絶好の相手だろう。


 何も背負わず、何の重責もない二人。だから自分たちの都合を優先し、俺を邪魔しているにもかかわらず楽しめる。


 二人の楽しげな会話を聞いていると、沸々とした怒りが込み上がってきた。


「…………なんだよ……」


 地面に爪を立て、土を握る。


「……ざけんな……」


 ずっと我慢してた。


 いや、ラルフさんは俺に問いかけていた。


 殺すか、世界を壊すかの二択を。


 だが、俺は答えを出さなかった。


 悶々とした感情を引き摺り、答えを先延ばしにした。


 ホリィの命が掛かっていると分かっているのにだ。


 その結果、時間を無駄にしてしまった。


 分かっている。


 悪いのは俺。


 元凶は俺。


 すべて俺が悪い。


 分かってる。


 分かっているが、怒りが収まらず、腹の底が熱くなっていく。


 それほど限界だった。だから、込み上がってきた怒りを二人にぶつけてしまう。


「なんだって言うだよッ!」

  

 顔を伏したまま、絶叫する。


 力が入った腕が小刻みに震え、激情のままに地面を殴りつけた。


 二人の声が止んだ。


 それを機に、俺は顔を上げる。


 俺のことを見つめてくる二人を睨みながら、力の限り叫ぶ。


「みんなで、俺の邪魔しやがって!」


 世界を壊すことを協力して欲しかったのか?


 必死に止めて欲しかったのか?


 改心させて欲しかったのか?


 みんなから「辛いな」だとか、「一緒に考えよう」と言って欲しかったのか?


「ざけんなよ!」


 制御できない感情の波が、飛沫を上げて荒れ狂う。


 自分でも何を言っているのか、何が言いたいのか分からない。


 それでも、喚き散らし続ける。


 癇癪、逆切れ。傍目から見たら、無様で、滑稽な姿だろう。だからか、ラルフさんとヴァルグさんは何も言わずに俺を見つめていた。


「おい、キルト」

 

 ふと、ラルフさんが声をかけてきた。


 大きくはない声量だったが、よく通る力強い声で、俺は口を閉ざしてしまう。


「まだ声は聞こえてるか?」


 唐突な問いかけに、思考が停止する。だが直後、ラルフさんが何について尋ねているのかに気付く。


「あ……」


 確かに、ずっと消えなかった黒い声が聞こえなくなっていた。


 耳を塞いでも聞こえ続けた、囁くような、闇底から響くような黒い声。


「その面だと、もう聞こえてねぇみてぇだな」 

 

 呆気に取られ、口を開いたままの状態でラルフさんに尋ねる。


「どうして……?」

「ん? どうしてって、俺が声のことを知ってるかって意味か? それとも、何で聞えねぇのかって意味か?」

「え……あ……」

「おめぇは一人じゃねぇってことだ」


 ラルフさんの言葉を、真っ白になっている頭の中で咀嚼する。ゆっくりと。時間を掛けて意味を理解するように。


「あ」


 そうだ。ずっと俺と一緒に居てくれた人がいた。


 顔を向けると、彼女と目が合った。


 久しぶりに見た彼女の顔は、消え入りそうなほど儚い顔をしていた。


「エノ……」


 彼女が、ラルフさんたちに伝えていたんだ。


 だから、こんな場を設けた。


 胸の奥で滞留していたモノが、ゆっくりと解けていく。


「でも、なんで声が……」


 俺のか細い呟きに対し、ラルフさんは力強い声で答えてくれた。


「それは、お前自身が生み出してたんだよ」

「俺が?」

「そうだ。いいか、お前は全部を背負いこんだ。一人で背負いきれもしねぇのに、背負う必要もねぇモンも全部まとめて向き合おうとした。だから、()()()()


 迷いのない言葉。 説得力のある声音。静かになった訓練場に響くその低い語りは、俺の心すらも揺さぶる。


「何に、ですか……?」


 ラルフさんは、俺を真っ直ぐ見据えて告げる。


「キルト、お前は“死”に喰われたんだよ」

「死に、喰われた……」


 感情を吐き出したからか、心に余裕が生まれていた。そのため、すんなりとラルフさんが教えてくれた答えについて考える。


 黒い声は、都市での惨劇から聞こえるようになった。


 いや、もっと前だ。


 この世界に来てから、死が身近になり過ぎた。


 死の気配、死の音、死の温度。死には、いくつもの形がある。


 様々な死に触れ、この手で死を齎してそのことを知った。


 どうして、死が身近なのか?


 それは、俺が人間じゃないから。


 漠然と抱いていた想い。


 その想いこそが、ラルフさんの『死に喰われた』ということではないのか。


 自分が出した現状の答え。これが本当に正しいかどうかは分からず、胸の奥も未だに晴れてはいない。だが、どこか納得している自分もいる。


「……でも、じゃあ、俺はどうすれば……」


 しかし、漆黒の管理者は待ってはくれない。


 俺の力ではどうすることも出来ない状況なのだ。


「お前なぁ、俺の話聞いてねぇのか?」


 深いため息を吐くように、ラルフさんは呆れる。


 その意味が分からず、答えを求めるようにラルフさんを見つめた。


「お前は一人じゃねぇって言ったろ」


 ラルフさんがそう言うと、足音が聞こえた。静かで、軽く、優雅な足取りが。


「キルトさん」


 鈴の音のような綺麗な声。


「アルシェ……」


 見上げると、俺の眼前にアルシェが毅然とした態度で立っていた。降り注ぐ日差しを浴び、彼女は後光が差している。


「キルトさん。神のことは忘れて下さい」


 琴音のような声に、一瞬だけ聞き入ってしまう。


 甘く、魅惑されるような言葉。


 何も考えず、その言葉を心が受け入れてしまいそうなる間際、頭が現実を直視する。


「ダメだ。それじゃあ、アイツが赦さない」


 アイツは、ずっと俺を見てる。


 この世界(舞台)を、特等席で。


 目を見開きアルシェを見つめると、彼女は小さく頭を振った。


「相手は、神。対策の仕様などありません。であれば、思考を割くのは負担にしかなりません」


 そう言うと、アルシェが一歩近づいて来る。 


「思考を止めるわけでありません。私たちは、神ではないのです。故に、理想を追い求め続ければ、いつかは闇堕(破滅)してしまいます。ですが、私たちは人間。理想(太陽)なき世界では、誰も歩めない。私たちは理想を抱き、最善を尽くしながら歩み続けるのです」

「歩み続ける……」


 俺が歩む道は、どこに辿り着く道なのだろうか?


 眩い未来ではない。


 その道を歩むことは、俺にはもう赦されない。


 血生臭く、陰惨で、地の底のような場所こそが俺には相応しい。


(………………嫌だ……)


 この期に及んで、心がざわつく。


 罪という重さ、罰という十字架に蓋をされていた等身大の本音。



 ――本当に、俺だけが悪かったのか?



 突然、異世界に召喚された。


 魔族に引き渡され、体を改造された。


 そして体を操られ、人を殺した。


 俺は抵抗した。


 俺は自死を選んだ。


 でも、どうすることも出来なかった。


 本当に、俺だけが悪かったのか?


 奥底に押し込めていた感情の発露。


 憤るような心の声が、全身に響き渡る。


 罪から目を背ける行為。


 地獄の底を歩む恐怖。


 自己嫌悪と恐怖で雁字搦めなり、胸が苦しくなる。


 そんな時だった。


 ふと、肩に暖かな温もりが伝わる。


「大丈夫です」


 穏やかな声音が、俺を優しく現実に引き戻す。


「ずっと一人だった私に、キルトさんは手を差し伸べてくださった。それだけではありません。傍に居てほしいと言ってくださいました。その言葉で、私がどれだけ救われたか分かりますか? 私は、キルトさんに救われたのです。ならば、今度は私があなたの力になりたい」


 アルシェは地面の上にしゃがみ込むと、俺を優しく抱きしめた。


「キルトさん、一人で抱え込まないでください。思いの丈を吐き出してください」


 優しい言葉、アルシェの体温が体を通して心に伝わったからか、無意識に涙ぐんでしまう。


「あッ」


 俺は咄嗟に涙を堪えた。


 拳を力一杯握り締め、目を見開きながら地面の一点を見つめる。


「我慢しないでください」


 耳元で聞こえた声は、力が込められていた体を包み込む。


 アルシェはそっと体を離し、優しい眼差しで俺を見つめてくる。 


 小さく微笑み、目で訴えてくるアルシェ。


「ダメだ。俺にはそんな資格が……」


 奥歯を噛みしめ、込み上がってくる熱いモノを必死に飲み込む。だが――、


「涙を流して罪や罰が薄れると言うのなら、私がずっとキルトさんを見ています。キルトさんの行いが、振舞が、言葉が過去を忘れていないかを。だから、安心して泣いてください」

 

 アルシェは、俺の手を包み込んだ。

 

「俺は……俺は……」


 もう、我慢出来なかった。


 止めどなく溢れ出てくる熱い涙。


 俺は声を押し殺し、アルシェに体を預けて泣き出した。

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