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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第12話 乖離×解放

 魔術は、想像によって生み出され、魔力によって創造される。


 ヴァルグさんの全身が、刹那の光に包まれた。


 想像と創造の交境(アウレオラ)


 集約されていた火光は体外へ放出され、魔力となってヴァルグさんの想像を創造すべく形を変えていく。



 ――それは、巨大な狼の頭だった。



 形成された狼は、月光のように輝き、霊魂のごとく朧げに揺らいでいる。


 大きい。


 俺を容易に丸呑みできるほどに。


 そして、圧倒的な殺意。


 半透明にもかかわらず、体を圧し潰すような威圧感を放っている。


 逃げられない。


 必ず、弱腰の俺を追いかけてくるだろう。


 防げない。


 あの牙は、ヴァルグさんの意思そのものだ。


 決して、折れないだろう。


 具現化を終えた巨大な狼の頭部は、一度唸りを上げると、俺の命を噛み砕かんと大口を開けて向かってきた。


 俺を食いやすいよう、狼の頭部は横向きに倒れる。


 咢が迫ってくる中、本能が脳を無視して反射的に避けようと体を動かす。


 だが、体は痺れて動かない。


 剥き出しになっている牙が地面に触れる。その瞬間、地面が鋭く削り取られた。


 牙の威力を目にして、身と心が冷え、命が縮む。


 唯一許されているのは、思考のみ。


 生き残るべく、高速で思考を巡らす。しかし――、


 回避不能、死。


 防御不能、死。


 外傷と再生許容範囲、死。


 貴重な数秒を使って導き出した答えは、すべて死だった。



『壊せ――』



 心の奥底から響く黒い声。


 破滅を齎しかけない声。


 しかし、選択肢はもう残ってなかった。


「うぉおおおお!」


 黒紫色の筋繊維を肥大化させる。


 皮膚が破け、衣服すらも破けて尚、上半身の筋繊維を肥大化させた。


 次の瞬間、狼の頭部が俺の体に噛みつく。


 左右から挟まれるような強い圧がかかり、「グチュッ」肉が食い千切られる音が体の内側に響く。


「うッ」


 圧迫され、息が出来ない。


 それでも黒紫色の筋繊維を肥大化させ続け、肉の鎧で命を守る。


 毛ほどでも気を緩ませたら、牙は俺の命を貫く。 


 生死を分かつ数秒。


 やがて、狼の頭部は煙のように消え、訓練場に静寂が訪れる。


「フッ、まさか食い千切れない肉があるとはな……」


 僅かに疲弊した様子のヴァルグさんが、一言呟く。


 体を解放され、地面に落ちる。


「ハァ……ハァ……」


 地面に手を付き、乱れた呼吸を整えながら、不要になった黒紫色の筋繊維を体から切り離す。


『壊せ――』


 また、黒い声が響く。


 しかもだ。黒い声は先ほどよりも力強く、全身に響く波紋のようだった。


 直後、声に呼応するかのように体の奥底から力が漲ってくる。


 激しく巡る血流。


 頭の先から足の先まで、焼けるように熱い。


 壊したい。


 俺を邪魔する存在を。


「ッ!?」


 片隅に追いやられた理性が、破壊衝動を抑制する。


(ダメだッ!)


 委ねてはいけない。


 この高揚感に似た感覚は、まやかし。


 待っているのは、殺戮だ。


 理性と激情の狭間の中で心を鎮めようとしていると、駆け寄ってくる足音が聞こえた。


 視線を向けると、ヴァルグさんが追撃をしかけようと迫って来ていた。


『壊せ――』


 再び黒い声が響いた直後、意識が離脱し、体が独りでに動いた。


 地面の上にしゃがみ込んだ姿勢のまま、大腿筋が急速に膨れ上がる。


 そしてヴァルグさんの攻撃範囲に入る直前、足が地面を蹴った。


「ッ!?」


 虚を突かれたヴァルグさんは、目を見張り、減速する。その隙に、俺の方からヴァルグさんに接敵した。


 俺が眼前に降り立つと、ヴァルグさんが反射的に動き出す。だが、もう遅い。跳躍した勢いを乗せた左拳を、無防備を晒したヴァルグさんの腹部に叩き込む。


 硬く、それでいて毛皮の柔らかい感触が拳に伝わる。この毛皮は、鎧。左拳はその奥、本体にダメージを与えるべく抉るように腕を振り抜いた。


「カハッ」


 ヴァルグさんは吐血し、体をくの字に曲げて吹き飛ぶ。そのまま壁に激突したヴァルグさんだったが、倒れることなく地面の上に立つ。


「そうだ! それでいい! 私と殺り合えッ!」


 大口を開けて叫ぶヴァルグさんは、全身から闘志を滾らせ、全身の毛を逆立たせる。


「ラルフ! 私ひとりでやる! 邪魔するなッ!」


 ヴァルグさんがそう叫んだ後、俺に向かって疾走してきた。


 俺の体も、迎え撃つべく駆け出す。


 訓練場の中央、両者がぶつかり合う。


「ガァアアア!」


 先に仕掛けたのは、ヴァルグさんの方だった。 


 両の拳を固め、連打を繰り出して来る。


 白い毛皮を纏った剛腕が、風切り音を鳴らしながら幾重の軌跡を描く。


 俺の体は、回避を選択しなかった。


 瞬時に、両腕を肥大化させる。そして、白い連打に対抗するべく黒い猛打を繰り出す。


 白と黒の拳が、 訓練場に飛び交う。


 ヴァルグさんも俺も、一切避けず、防御もしない。足の裏を地面に密着させ、殴られればそれ以上の威力で殴り返す。


 急所や技術、駆引きなどは存在しない。


 ただただ、拳の応戦。


「アァアアアア!」


 ヴァルグさんが、雄叫びを上げる。


 右わき腹、左胸、左太腿、右肩、顔面。俺の体の至る所に衝撃が走り、どこを殴られたのか理解が追いつかなくなっていく。


 衝撃が体に走る度に、骨が軋み、視界が点滅し、息が止まる。


 手数は、ヴァルグさんに軍配が上がった。だが、俺は痛みを感じず、超速再生がある。一方で、ヴァルグさんは強靭な肉体を持ってはいるが確実にダメージは蓄積していた。


「ちッ」


 数百、数千を超える拳を打ち込まれたヴァルグさんは、舌打ちを鳴らすと後方へ飛び退いた。 


 諦めた――わけではない。


 退いたヴァルグさんは、天井に向かって跳躍した。


 天井には、水の膜が張ってある。


 空中で身を翻したヴァルグさんは、今度は水の膜を蹴った。跳躍に次ぐ跳躍。地面、水の膜、さらには壁すらも蹴る。


 ついには、ヴァルグさんの姿が残像になった。


 縦横無尽に跳ね回り、爆発に似た着地音が俺を取り囲む。


 ヴァルグさんの速度に翻弄されていると、突然、危機感知が全身に駆け巡る。


 すぐに体は防御姿勢を取ろうとしたが、研ぐような鋭い風切り音が聞こえ、背中に鋭い衝撃が走った。


 反射的に後ろを振り返るが、そこには誰も居ない。


 また危機感知が発動し、風切り音が聞こえた。と同時、今度は右足が斬られる。膝から下が両断され、バランスを崩して倒れ込む。


 かまいたちのような飛ぶ斬撃――この技は、ヴァルグさんの攻撃。しかも以前より、斬撃は鋭く、威力や速度も増している。


 先ほどから常時発動している危機感知を、意識の外へ除く。


 危機感知は正常に発動している。だが、攻撃地点の正確な位置は把握できず、高速で移動するヴァルグさんに対しては役に立たないからだ。


 体は極めて冷静だった。


 呆けることなく、地面との間に空間を作るようにうつ伏せになる。


 その後、思い切り空気を吸込み始めた。


 斬撃が俺の命を狩ろうと絶えず降ってくるが、頭部だけを手で防御し、それ以外の部分は黒紫色の筋繊維を硬化させて防ぐ。


「挽肉にしてやる!」


 頭上から、ヴァルグさんの勇ましい声が聞こえた。


 空気を吸い込み続けながら、斬撃の雨の攻撃感覚を計る。


 斬撃は四方から飛んで来る。その鋭利な斬撃を亀のように耐え、計測した時間は約四秒。反撃するには十分な時間だった。


 限界まで空気を吸い込み終えると、タイミングを見計らって素早く上体を起こし、大声を張り上げた。


「あぁああああああああああああああッ!!!」


 水の膜に覆われた訓練所に、耳を劈くような金切り声が鳴り響く。


 声の振動で水の膜全体が小刻みに震え、逃げ場のない閉ざされた空間内で轟音が反響する。


 その後に襲ってくるのは、水の中に潜ったかのような鈍った世界。うるさいくらいの耳鳴りが頭の中で響き、一時的に感覚が鈍る。


「ぐぅ」


 後方から呻き声が聞こえた。振り返ると、苦悶した表情を浮かべたヴァルグさんが地面に片膝を着いていた。平衡感覚を失っているのか、片手も地面に着き、頭をフラつかせながら俺を睨んでいる。


 今度は、ヴァルグさんが致命的な隙を見せた。


 止めを刺すべく、体が動き出す。だが――、


「させっかよ!」


 ヴァルグさんと俺の間に、一筋の雷が落ちる。


 轟くような稲光が走った後、濛々と土煙が立ち込める中心にラルフさんが立っていた。


「ヴァルグ、交代だ」


 ラルフさんは顔を向けずにそう言うと、俺に槍先を向けた。


「おい、キルト。今度は俺だ」


 ラルフさんの言葉を聞き、意識が揺らいだ。

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