第11話 雷×白狼
二人が同時に掛け声を発した後、ヴァルグさんが一歩前へ出た。
「ラルフ、お前が後ろだ」
俺を見据えたままヴァルグさんが呟くと、ラルフさんは僅かに肩を竦める。
「ったく、分かったよ」
ゆっくりとした足取りで、ヴァルグさんは俺の正面に移動する。
ヴァルグさんは、俺から視線は逸らさない。それどころか、瞬き一つせずに俺を見据えていた。
一歩、また一歩距離が縮まる毎に緊張感が増していく。
俺は静かに、頭の中で攻撃範囲を測る。
体長、腕の長さ、一度戦った際の記憶などをもとに算出していく。
そうして導き出した答えは、約三メートル。
そこまで迫ったら、ヴァルグさんは何かしらの攻撃を仕掛けてくるだろう。
(クソ……)
仕方なく、俺も臨戦態勢を取ろうとした。
だが突然、直立体勢のままヴァルグさんが《《跳ねた》》。
「ッ!?」
予想外の行動に、一瞬思考が止まった。その間に、ヴァルグさんは腕を振りかぶった状態で目の前に降り立つ。そして地面に着いた左足を軸足にし、跳躍した勢いを乗せた右拳を突き上げてきた。
俺は反射的に、両腕を交差させて防御する。
「んぐッ」
全身に響く重い一撃。ヴァルグさんの鉄塊のように硬い拳は、防御した腕の骨を砕き、さらに俺の体を浮かび上がらせた。
「ガァアアア!」
衝撃のせいで視界が点滅する中、ヴァルグさんの咆哮が響き、直後、腹部に食い込むような衝撃が走る。
「がはッ」
空気を吐き出し、体がくの字に曲がって後方へ吹き飛ぶ。
周囲の景色が高速で流れ、何かにぶつかった。
(……水?)
ぶつかった衝撃から一拍遅れて冷たい感覚が背中越しに伝わり、壁に激突したのだと察した。
「ッ!?」
降り注いでいた日差しが陰る。
視線を上げると、ヴァルグさんが追撃を仕掛けようと跳躍していた。
後ろは壁。素早く目線を左右に振った。
僅かだが、右側の方が広い。
極々僅かな逡巡の後、壁を蹴って右側へ飛ぶ。
「逃がすかよッ!」
しかし、ラルフさんの大声が響いたかと思えば、一本の稲光が俺の体を貫く。
「がッ」
雷の小刀は体の自由を奪い、その隙に、ヴァルグさんが空中で無防備になっている俺を蹴り飛ばす。
訓練場中央へ蹴り飛ばされ、地面にぶつかり、水切りのように跳ねる。
跳ね終わっても勢いは止まらず、地面の上を何度も転がった。
全身が余すことなく土塗れになって、ようやく体が止まる。
「おい、キルト」
平衡感覚が狂う中、それでも地面に手を付いて上体を起こしていると、ヴァルグさんが鋭い言葉を浴びせてきた。
「なんだ、そのザマは?」
刃のように鋭利で、冷たい声には静かな怒りが込められている。
「無抵抗の者を攻撃するのは、戦士として恥ずべき行為だ。お前は、私を愚弄してるのか?」
「……してません。そもそも、俺は二人と戦う気がありません」
狼の毛皮を被ったヴァルグさんと視線を合わす。
力強い瞳には、怒りと同じ、もしくはそれ以上の失望が宿っていた。
「力を持つ者は、相応の責務がある。さあ、立て。そして、本気でやれ。真正面からぶつかり、私を負かしたあの時のように」
「俺は、戦いません……」
俺はそう呟き、力なく顔を伏せた。
殺し合えるわけがない。
虚ろな目で地面を見つめていると、ヴァルグさんから「ギリッ」と歯ぎしりする音が鳴った。
「ラルフ、交代だ」
「あ? もういいのか?」
「ああ、考えがある」
「……そうか」
二人が短いやり取りを終えると、ラルフさんがゆっくりとした足取りで近づいて来るのが音で分かった。
「そうやって拗ねててもいいがよ、避けねぇと死ぬぞ?」
ラルフさんがそう言った直後、金属音が鳴り、危機感知が発動した。
「クソ……」
俺は咄嗟に後ろへ飛ぶ。
すると入れ替わるように、跳躍していたラルフさんが俺が居た場所に槍を突き刺す。
「は! やる気がなくても、死にたくはねぇようだな!」
ラルフさんは素早く槍を地面から引き抜くと、今度は接近戦を仕掛けてきた。
「ダラ!」
槍の重量、背丈の高さを利用した上段からのたたきつけ。
俺は連撃に備え、右斜め後ろへ低く飛び退く。
その間も、片時も槍から目は離さない。
目と鼻の先で槍先が通り過ぎるその最中、槍全体に雷が纏わされていることに気付いた。
まず間違いなく、触れれば体が硬直してしまう。
槍が地面にたたきつけられる。
その重量、腕力が相まって槍先は地面にめり込む。
「オラ、上手く避けねぇと痺れっぞ!」
ラルフさんは間髪入れず、俺の左わき腹に目がけて槍を振った。
防御不可の攻撃。
俺はまた、後方へ下がろうとした。だが――、
突如、右足の甲に衝撃が走る。
「なッ!?」
一瞬だけ視線を落とすと、一本の雷の小刀が突き刺さっていた。
先ほどまでラルフさんが投擲していた雷の小刀よりも、一回り小ぶり。そのサイズのせいか痺れは一瞬で引いたが、回避するタイミングを奪われた。
「喰らえ!」
力強い掛け声と共に迫ってくる槍。
瞬きせずに槍を凝視していると、時間が引き延ばされ、思考だけが高速で巡った。
今ラルフさんが使っている騎槍は、闘技場で使用していた物とは別物。より太く、八角形をした黒鉄の鋭角。
背筋に悪寒が走る。
漠然としていた死が、その輪郭を現わにして背後に纏わりつく。
怖い。
ホリィを守れないことが。
二人との誓いを破ることが。
ホリィの笑顔が浮かぶ。
『壊せ――』
心の奥底が渦巻き、また黒い声が聞こえた。
声はいつもと同じ。
そのはずなのだ。
なのに、「力を与える」そう囁いているように聞こえた。
奥歯を噛みしめ、意識を現実に引き戻す。
何かが、声に耳を貸してはいけないと叫んだのだ。
「ちッ」
槍はもう眼前にまで迫って来ていた。
咄嗟に、その場にしゃがみ込む。
「甘めぇ!」
だがその行動は、ラルフさんの思うつぼだった。
ラルフさんは槍の軌道を素早く変え、地面に突き刺す。そして、槍を軸に飛び上がりながら体を回転させると、右前肢と右後肢で蹴りを繰り出してきた。
しゃがんだ状態のまま、両腕に力を入れて防御姿勢を取る。
金属の硬い感触が、両腕を通って全身に伝わった。
「ぐッ」
歯を食いしばり、足にも力を入れて踏ん張る。しかし、しゃがんだ状態では踏ん張りが利かず、呆気なく空高く蹴り飛ばされた。
(――ッ)
胸中に込み上がる違和感。
防御した腕は微かに痺れているが、骨は折れていないのだ。
ラルフさんの体は、鉄の塊。その体から繰り出された回転蹴りであれば、もっと威力があるはずではないか……?
視線をラルフさんに向けると、槍を地面に突き刺し、再び火光を両の掌に集めていた。
それを見て理解した。蹴りの目的は俺にダメージを与えることではなく、空中に蹴り飛ばすことだったのだ。
案の定、ラルフさんは俺に向かって何かを投げつけるように右腕を振った。
(雷の、石?)
飛んできたのは、無数の雷の礫だった。
間を置かず、ラルフさんは左腕でも雷の礫を投げてくる。
視界を埋め尽くす、眩い雷。
(避けられ――)
次の瞬間、雷の礫を全身で浴びる。
百の雷撃が、全身を襲う。
一つ一つの衝撃と威力は大したことはない。だが、問題はその数。雷撃による硬直は断続的に続き、戦闘において致命的な隙を生んだ。
「ラルフ、どけ!」
怒号のようなヴァルグさんの声が響き渡る。
ラルフさんが素早く離脱すると、両腕に火光を集約させたヴァルグさんの姿が見えた。
ヴァルグさんは両の掌で獣の口を形作ると、獲物に狙いを定める。
空間が圧縮され、周囲の音が消えていく。
そんな中で、俺は幻影を見た。
「狼……」
心臓が、小さく跳ねる。
「≪白狼の魔牙≫」




