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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第10話 狂乱の赤×リベンジ

 ホリィの寝言を聞いた日から、胸の奥に靄がかかった。


 禍根を孕んだような黒い靄は、鈍重な鉄のように重い。そして何より、焼けるように熱いのだ。


 その黒い靄から声が聞こえる。


「壊せ――」と。


 耳を塞いでも無駄だった。


 闇の底から響いてくるような低い声は、決して止まない。


 何をだと問うても、声はただ「壊せ」と繰り返すだけ。


 もう、自分で答えを出すしかない。


 そして導き出した答えは、“神託”だった。


 白黒だった世界に、()が加わる。


 混じりけのない色鮮やかな赤が。


 赤が混ざった世界を眺めていると、前方に都市が見えた。


 これこそが正しい答えだと確信する。


 あとは、実際に赤く染め上げるだけ。


 都市を見据えたまま、一歩踏み出そうとした。


 だがその間際、エノが声をかけてきた。






 ◇◇◇◇◇






「ほら、島だぞ。話せよ」


 島に降り立ったと同時、肩に座っているエノに話しかける。


 エノは、唐突に「島へ行って」と懇願してきた。


 何度理由を尋ねても、エノは頑なに島へ行ってから話すとしか言わない。


 ここ最近、何故かエノはずっと俯き、口数が減っていた。


 そんなエノからの願い。


 正直、断ろうと思った。


 道草を食えば、また惨劇が起こるかもしれない。


 しかしだ。思い詰めたようなエノの瞳。記憶よりも輝きを失っているような瞳を、俺は無視することが出来なかった。


 悩んだ末、五分だけだと約束した後、俺は島へ戻ることにした。


「あっち……」


 エノは、訓練場を指差す。


「なんで訓練場に?」

「ここだと、ホリィに聞かれるかもしれない」


 俺の問いに、エノは小さな声で答える。


 俯いているせいで表情は窺えないが、その雰囲気から何を言っても無駄だと悟った。


 仕方なく、言われるがままに訓練場へ向かう。


(クソ……)


 訓練場へと続く踏み固められた道を歩いていると、嫌な記憶――実験施設の闘技場の記憶が蘇る。


 奥歯を噛みしめることに集中し、早歩きで進む。


 俺もエノも喋らないまま、丸太を組んで造られた観音開きの門に辿り着く。


 この門は、ホリィやアルクが勝手に入れないようにわざと重くしてもらった。


 扉に手を置くと、掌にざらつきと微かに湿った感触が伝わる。そのまま片腕だけの力で門を前へ押すと、「ミシッ」と丸太の軋む音が鳴り、扉がゆっくりと開いていく。


 扉が開いていくと、少しずつ中の様子が見えてくる。ゴツゴツとした岩壁、慣らされた土の地面、屋根がないため日の光が訓練場内を明るく照らしていた。


「ん?」


 そんな訓練場の中央に、ラルフさんが立っていた。


「おお、やっと来たか」


 ラルフさんも俺に気付いたのか、片手を上げて挨拶してきた。


「どういうことだ?」


 状況が飲み込めず、エノに問いかける。だがエノは、何も答えず、顔すら向けずに肩の上から羽ばたいた。


 羽根が風に舞うように、エノは力なく飛んでいく。そして、壁際に立っているアルシェの肩に着地した。


「アルシェまで……」


 訓練場に漂う違和感。


 それはまるで、罠に嵌められたような感覚に近かった。


「久しぶりだな、キルト。取りあえず、入ってこいよ」


 ただそんな違和感とは裏腹に、ラルフさんは普段通りの気さくに招いてくる。


「そう、ですね。久しぶりです。それで、これは一体? 俺、やらないといけないことがあるんです。その、用件を――」

「だから、話すからこっち来いっての」


 長居は出来ないため、訓練場には入らずに要件を尋ねようとした。しかし、ラルフさも詳しいことは話ずに手で招いてくる。


 僅かに苛立ちを覚えつつも、鼻から空気を吸って頭を冷やした後、ラルフさんへ近づく。


「それで、俺に一体何の用ですか?」


 この状況からして、ラルフさんから何かあるということなのだろう。そう判断し、改めてラルフさんに尋ねる。


「おう。リベンジさせてもらうと思ってな」

「リベンジ?」

「そうだ」


 ラルフさんは肯定すると、背中に背負っていた槍の柄を握る。


「俺はよ、負けっぱなしは性に合わねぇんだ」


 巧みな手さばきで槍を手の中で回転させ、石突き部分を地面に置いた。


「時間がねぇんだろ? おら、さっそく始めっぞ。構えろ」


 ラルフさんからの唐突な再戦の申し出。だが――、


「冗談は止してください」


 俺はさらに苛立ちを募らせながら、冷ややかな眼差しをラルフさんに向ける。


「失礼します」


 軽く頭を下げ、訓練場から去ろうと踵を返す。


「…………何の真似だ、アルシェ?」


 低い声を出しながら、アルシェを睨み付ける。


 いつの間にか、訓練場の内側に水の膜が張り巡らされていた。


 天蓋のような薄い水の膜。透き通っていて、日光が屈折して輝くさまは幻想的だが、暴走した俺を拘束することができるほど強固な水の牢。


 今確信に変わった。俺はまんまと誘い出され、捕まったのだと。


「申し訳ございません」


 アルシェは、眉尻を下げながら謝罪の言葉を口にした。


 全身が、一気に熱くなっていく。


 わざわざ時間を作り、出向いた結果がこの仕打ち。


 燻っていた苛立ちに引火し、頭に血が上る。


「一体、何な――」


 感情の赴くままに、怒声を上げようとした。だがその瞬間、危機感知が全身を駆け巡った。


「なッ!?」


 思いも寄らぬ場所での危機感知。冷や水を浴びせられたかのような衝撃に、体温が急速に下がる。


 だからか思考が働き、咄嗟に横へ大きく飛び退けた。


 湿った土の上を転がっている最中、視界の端に眩い光を捉え、直後、耳を劈くような轟音が鳴り響く。


 眩い光、大気を震わす轟音、そして焼け焦げた匂い。すべて覚えがあった。


「上手く避けたな」


 大音量を聞いたあと特有の圧迫するような無音に響く、あっけらかんとした声音。


 地面の上に片膝を着いたまま、声のした方――ラルフさんに目をやる。


「よお、思い出すな?」


 ラルフさんは、槍で肩を叩きながら語る。


「あん時もよ、お前は無抵抗だったな。んで、俺らは一方的に攻撃した」


 ラルフさんの話を聞き、その後の結末を鮮明に思い出してしまう。 


「けどよ、お前には効かなくて、その後――」

「止めて下さいッ!」


 俺は大声を張り上げ、ラルフさんの言葉を遮った。


「一体、何なんですか? 俺は、こんなことしてる暇はないんです!」


 膝に手を置いて立ち上がり、大口を開けて叫ぶ。


「俺はやらないといけないことがあるんです!」

「ああ、聞いたぞ。世界をぶっ壊そうとしてんだろ?」

「そうです。だから、邪魔しないでください」


 俺がそう言った直後、ラルフさんの纏う空気が変わった。


「……俺はよ、勇者願望も、英雄願望も持ってねぇ。けどな、世界を壊すって聞いて『はいそうですか』って言えるほど部外者でもねぇんだよ」


 低い声を発しながら、ラルフさんは槍の切っ先を俺に向ける。


「お前は世界を壊してぇ。俺は世界を壊す気がねぇ。意見が食い違ったぞ、どうする?」


 ラルフさんの周囲の空気が揺らぎ出す。


 揺らぎは徐々に小刻みな振動へと変化し、ついには「バチンッ」と渇いた音と共に火花を散らした。


「本当に世界を壊してねぇなら、俺一人くらい殺ってみろよ? それが出来ねぇなら、世界なんて壊せるわけがねぇ」


 雷と化した殺気を纏うラルフさんが、左腕を振りかぶる。



(……来るッ)



 臨戦態勢を取ろうとした刹那、ラルフさんが腕を振るった。


「ッ!?」


 辛うじて目で追えた。


 ラルフさんの腕から飛来してくる雷の小刀を。


 俺は反射的に、体を捻って雷の小刀を躱す。


 切っ先鋭い雷の小刀は、雷光の軌跡を描きながら俺の体を通り過ぎる。その数秒後、後方で雷鳴が轟く。


「おら! どんどんいくぞ!」


 ラルフさんは大声が発し、次々と雷の小刀を投擲してくる。


 俺は、回避するべく外縁を走り出す。


「クソッ、何でこんなことに……」


 結局、戦闘は始まってしまった。


 戦闘を回避する方法があったのではないか。


 漆黒の管理者がまた罰を与えるのではないか。


 心が、自省と恐怖で満たされる。


 このまま時間を無駄にしていれば、今度はホリィが居るこの島で惨劇が起こるかもしれない。


「ダメだ……」


 心が萎縮し、一瞬、足から力が抜けた。


「ボサっとしてんじゃねぇ!」


 ラルフさんの怒声が響いた。


 頭でそう思った直後、視界が白く染まり、右わき腹に衝撃が走る。


「ぐッ」


 全身を駆け巡る痺れ。体が硬直し、雷の小刀が直撃したのだと察する。


「おい、キルト。テメェ、俺を舐めてんのか?」


 目だけを向けると、ラルフさんは槍を地面に刺し、全身から怒気を放って立っていた。


「一度殺せた俺なら、適当にやっても殺せるって思ってんのか?」


 鎧の顔のため表情に変化は起こらないはずなのに、ラルフさんが俺を睨んでいると錯覚してしまう。それほどまでの濃い殺気。


「ち……違い、ます……。そんなこと思ってません」

「なら、本気でやれ」


 そう言いながら、ラルフさんは両腕を振りかぶる。


「待ってください! 俺は、ラルフさんを殺す気なんてッ!」

「世界を壊してぇんだろ?」


 ラルフさんのドスの利いた声に、思わず言葉を詰まらせる。


「俺一人殺せねぇヤツが、世界を壊せると思ってんのか?」

「それは……」

「俺を殺せねぇなら、ホリィが死ぬぞッ!」


 ラルフさんは声を張り上げた後、今度は両腕で雷の小刀を投擲してきた。


 俺を射抜かんと向かってくる稲光。それはさながら、雷の流星群。


 俺は再び駆け出し、小刀を躱す。


「オラ!」


 ラルフさんはがむしゃらに投擲しているわけでなく、俺の動きを予測し、攻撃してくるのだ。


(強くなってる)


 火光の移動速度、小刀の形成速度、火の大きさ。すべてが、あの時よりも遥かに向上している。鎧の体となって、まだ一年にも満たないはずなのに。


「……けど、なんでだ?」 


 ラルフさんは攻撃し続けてはいるが、俺と距離を詰めようという気配が見られない。


(作戦を立ててる? 俺の動きを把握して、チャンスを窺ってる……?)


 確かに雷の小刀の威力は上がっているが、俺を殺せるほどではない。


 それは、先ほど直撃した際にラルフさんも把握済み。


 なら、どうしてか。


 訓練場を縦横無尽に駆けながら、思考を巡らせる。


 ラルフさんは大雑把な性格だが、戦闘に関しては合理的に攻めるタイプ。


(今は、俺の動きの癖とか、速度を把握しようとしてる段階か?)


 そう考えれば、距離を保って攻撃してくることにも納得がいく。


 あの時もそうだった。


(だったら、速度をランダムして混乱させてやる……――ッ!?)


 思わず息を呑む。


 無意識に、戦闘に対して前向きになっていた。


「ん?」


 ふと、ラルフさんが攻撃の手を止めた。


 衝撃の余韻を引きずりながら、俺も足を止める。すると――、


「もう始めてるのか?」 


 突然、どこか不機嫌そうな声が響いた。


 釣られて視線を向けると、そこにはヴァルグさんが立っていた。


「ヴァルグさん、どうしてここに?」


 俺の問いに対し、ヴァルグさんは何も答えずにラルフさんに歩み寄っていく。


「やっと来たか」

「私を待つんじゃなかったのか?」

「んな、キレるなって。ただ準備運動をしてただけだっての」


 状況が飲み込めず、二人のやり取りを呆然と見つめる。


「ホラ、とっととやんぞ」

「貴様が言うのか?」

「オイ、キルト!」


 未だに納得していない様子のヴァルグさんを無視し、ラルフさんは俺に声をかけてきた。


「こっからが本番だ。俺とヴァルグ、二人でお前を殺しにいくぞ」


 ラルフさんがそう言った直後、再び雷の殺気を纏う。


 ヴァルグさんも白い狼(イクス)の毛皮を被り、戦人化する。


 二度目の戦人化は、明らかに違った。


 燃え盛る炎のように猛々しく、凶暴な殺気。


「「いくぞ」」


 空気を震わす二人の殺気に当てられ、俺の危機感知が明確な命の危機を告げた。

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