第7話 堕落×美しい子
「キルトさん、良かった」
屋敷に戻ると、扉の前で姿勢よく立っていたアルシェが出迎えてくれた。
「……いい?」
アルシェの前に立ち、真っ直ぐ顔を見つめながら尋ねる。
「世界を敵に回すには、何から壊せばいい?」
俺の言葉を聞き、アルシェの瞳が揺らぐ。
「キルトさん……」
「早く教えてくれ。皇国か? 教国か? 帝国……全部壊せば、世界は壊れるか?」
再度尋ねると、数秒の沈黙の後、アルシェの顔付きが変わった。
「まずは、瞬間移動地点をすべて設置し終えるべきです。それから……――」
アルシェの指示で、ダイとアカリを島に移した。
オリーだけは、屋敷に残す。
その意図は分からないが、アルシェの指示だ。
俺と違って、間違いないはず。
「エノ」
指示を聞き終えると、視線をアルシェの足元へ落とす。
エノは何故か、鳥籠の中に居る。
「…………」
一切、エノは反応を示さない。
「エノ!」
圧を込めた声が、静まり返った玄関ホールに響く。
彼女は俯いたまま何も言わず、ゆっくりと鳥籠の中から出て、俺の肩へ座る。
「行ってくる」
アルシェに呟き、俺は屋敷を後にした。
頭に薄い膜が張ったような感覚が消えない。だからか、思考が鈍り、五感も精彩さを欠く。
だが、止まらなかった。
漆黒の管理者の顔が頭から離れない。
風音は吐息に聞こえ、日差しは体温に感じ、落ちる影が微笑みに見える。
漆黒の管理者は、片時も俺から目を離してはいない。
俺のすぐ傍に居るのだ。
忘れていた。
アレが、神だということを。
俺は、漆黒の管理者の恩寵を得てしまった。
“美しい子”。
対面した際、アイツが俺をそう呼んだ。
道化のことだと思った。
だから、抗えると思った。
本当に、馬鹿だった。
俺は、操り人形だったのだ。
アイツは、千年ぶりに手にした操り人形でどう遊ぶか?
戦争?
……違う。
アイツが好むのは、もっと過激で、苛烈な演目。
剥き出しの感情が木霊し、死臭が漂う狂劇だ。
なら、俺は役を演じ切ろう。
舞台は再び、人類が繁栄したレオガルド。
勇者は、不在。
すべての人たちは、ギャラリーであり、エキストラ。
演題は、聖戦の再現。
ふと、地平線が金色に輝き出す。
澄んだ空気、清々しい自然の香り、心地良い温度。
良い日だ。
……さあ、平和な世界を壊そう。
血の海の中で、苦しみながら。
俺の苦悶の表情は、アイツの嗜好。
絶望の底で上げる俺の絶叫は、アイツの性感帯。
俺は、アイツを絶頂させる愛玩具。
勇者が世界を金色に染め上げたように、俺の手で世界を血で紅く染め上げよう。
内に向けていた意識を外に向ける。
白黒に見える世界を見据え、より黒い闇に向かって走った。




