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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第6話 もう一つの願い×吠える

 暗い森の中、背丈ほどの草木を掻き分けて進む。


 アルシェによれば、ダイたちに怪我は無く、混乱に乗じて都市から逃げ出した後、近くの森林に隠れているとのことだった。


 黙々と歩くこと十分、開けた場所に出る。


 静寂に包まれた空間の中心、三人の姿が目に入った。


 震える肩を抱き、小さく丸まっているオリー。


 オリーに寄り添い、優しく抱きしめるアカリ。


 そして、口を固く結びながら二人の傍に立ち、じっと俺を見つめてくるダイ。


「キルト……」


 掠れた声で、ダイが呟く。


 俺に向けられる瞳は、“畏れ”を宿していた。


 ダイを見つめたまま、俺は一歩近づく。


 その際地面に落ちていた枯れ枝を踏んでしまい、「パキッ」と渇いた音が鳴る。


 何気ない小さな音だった。だが、この場においては空気を一変させるほどの大きな音だった。


「ッ!?」


 音を聞いたダイの肩が跳ねた直後、表情を強張らせながら擦るように一歩後ろへ下がる。


「……あッ、違……」


 きっと、本能による反射的な行動だったのだろう。


 思考が追い付いたのか、後退したことに気付いたダイは、慌てて弁明しようとするが言葉を詰まらせる。


 音のない闇夜の森で唯一、月明かりに照らされている三人。


 俺は、冷たい深淵の中。


 それはまるで、人間との隔たりを現わしているように思えた。  


「……オルガンさんは?」


 三人を護衛するように、一夜さんと小夜ちゃんが立っている。ところが、オルガンさんの姿が見当たらない。火を探ってみても、周囲には居なかった。


「キルト殿」


 ふと、低い声に名前を呼ばれる。


 声がした方へ顔を向けると、俯いたまま微動だにしないエノの傍に淡い光が漂っていた。


「オルガンさん……」


 その姿を目にして、すべてを理解した。


 喪失感に襲われ、胸が締め付けられる。


「キルトさん、一先ず屋敷へ」


 アルシェの冷静ながらも気遣う声が、夜の静けさを優しく震わす。


「ああ」


 指の爪が食い込むほど拳を握り締め、言われるがままに黒穴を出現させる。


 明かり一つ無い森から一転、眩い灯りの満ちる玄関ホールへと降り立つ。


 ダイたちは、何も言わずに自室へ向かって行った。


 三人の背中を暫しの間見つめた後、玄関ホールの階段に力なく腰かける。


「キルト殿」


 三人が居なくなったのを見計らい、オルガンさんが再び声をかけてきた。


 視線を向けると、エノの傍に漂っていた魂が徐々に人型へと形を変えていく。


「申し訳ございません」


 完全に人型になったオルガンさんは、開口一番、深々と頭を下げながら謝罪を口にした。


「願いを聞き届けていただいたにもかかわらず、私は……」


 頭を下げたまま、オルガンさんは体を震わす。


「……果たせなかったんですか?」


 実験施設から出て行く際、オルガンさんは「果たさなければならないことがあります」と言い、俺たちについて来た。


 俺の問いかけに、オルガンさんがゆっくりと顔を上げた。


「いいえ。キルト殿のおかげで、今度こそアイツを止めることが出来ました」


 オルガンさんはそう口にすると、天井を見上げた。


 釣られて視線を上げると、眩い光で視界が白く滲んだ。






 ◇◇◇◇◇






「キルト殿……」


 黒紫色の筋繊維に埋もれ、小山の如き姿に言葉を失う。


 筋繊維が脈動する度に、大気が震える。


 いや、違う。


 まるで世界が、キルト殿を恐れているかのようだった。


 尋常ならざる力の中心点。そこから発せられる振動は、心すらも揺らし、生物としての差を身体に刻み込んでくる。


 下人や外民、果ては、人ならざる者たちにすら敬意をもって接する。そんな青年が、理性なき暴力の化身となってしまった。


 原因は、大柄の男(アイツ)


 今は、アルシェ殿が咄嗟に発生させた濃い霧で姿は見えない。だが、探し求めたアイツが目と鼻の先に居るのだ。


「オルガン様、行ってください」


 混迷の中に佇んでいると、ふいに切っ先鋭い刃のような言葉を突きつけられた。


 刃の主は、アルシェ殿。


「し、しかし、キルト殿が……」


 決着を付けたいという思いは確かにある。反面、このままキルト殿を放ってはおけないという思いが交錯し、歯切れの悪い言葉を口にしてしまう。


「オルガン様」


 だがそんな半端な私に、アルシェ殿は青よりも蒼い氷のような瞳を向けてきた。


「キルトさんを想うのであれば、行ってください。そして、必ず生きて帰って来てください」

「生きて、帰って……」


 キルト殿は、()()姿()となった私を人として扱ってくれる稀有な方だ。きっと私が命を落とせば、キルト殿は悲しむだろう。


「わかりました」


 心の中でキルト殿に必ず戻ると誓い、私はヤツの元へ向かった。


「オルガン、やっぱり居たか」


 マントを脱ぎ捨てた私を見て、ヤツは笑みを浮かべた。


「俺と一緒に来い!」

「断る」


 私は地面を蹴った。


 黒紫色の筋繊維を肥大化させ、ヤツの顔面に殴りかかる。


「なんでだ? 俺に付いてくれば、叶うんだぞ?」


 ヤツは避けも逃げもせず、掌で受け止めた。


「いい加減、目を覚ませ。それは、子どもの夢だ」

「違う! 今の俺は、皇女の近衛兵だ!」


 拳を振り払ったアイツは、目を大きく見開きながら必死に私を説得してくる。


「忘れたのか? 一緒に伝説になろうって誓ったことを。俺は叶えた。勇者が興した都市で、その血筋の皇女に選ばれた」

「その皇女が、お前と私を魔族に引き渡した張本人だ」


 両腕を肥大化させ、殴打の連撃を繰り出す。


「だからどうしたッ? そのおかげで、俺は最強に成れたんだ! 俺は、伝説になるんだ!」

「無関係な大勢の人間を殺して、なにが伝説だ!」

「関係ない! 有象無象の命は、伝説を築くための礎だ!」


 ヤツは私の拳を防ぐだけ、防戦一方だ。だが、拳から伝わってくる。ヤツには、大したダメージを与えられていないということが。


 それでも、いや、だからこそ、私は攻撃の手を緩めない。


 同じ魔族に改造され、同じ力を手にしたのだ。


 ならば、勝敗を分かつのは信念。


 先に屈服した方が負ける。


「オルガン!」


 業を切らしたのか、ヤツは腕を折り畳み、突進してきた。


 私は攻撃を止め、横へ飛んで躱す。


 ヤツは砲弾のような速度で私の横を通り過ぎ、霧を巻き上げながら建物に激突した。


 音を立てて建物が倒壊する。


 霧のせいで被害のすべては把握できないが、巻き込まれた者たちの悲鳴が上がった。


「うるせぇ!」


 悲鳴をかき消す怒声が鳴り響いた直後、霧に映った巨大な腕が瓦礫ごと周囲の命を薙ぎ払った。


 風圧と共に、血の匂いが私に届く。


 死が漂う静けさ中、ゆっくりとした足取りでヤツは近づいて来る。


 身構えながら霧に映る影を見据えていると、ヤツは私と顔を見合わせてすぐに大口を開けて叫んだ。 


「俺と来い! 歴史に名を残すんだ!」


 利己的な願望。


 本当に、ヤツにとって人命は取るに足らないモノになってしまったのだろう。


(大違いだな……)


 ふいに、キルト殿が浮かんだ。


 彼は、苦しんでいる。


 人の命と向き合い、その重さと価値に。 


「……そうだな、確かにお前は歴史に残るだろう。災厄を齎した、忌むべき魔族としてな」


 ヤツは伝説にはなれない。


 あまりにも軽く、あまりにも浅い。正真正銘、子どものままなのだ。


 きっと、私の考えが鏡のように瞳に映っていたのだろう。


 私と目が合った瞬間、ヤツは俯き震え出した。


「違う……俺は伝説になるんだ。勇者を越える伝説に……」


 ヤツの両腕が「グチュグチュ」と激しく蠢くかと思えば、さらに肥大化していく。


「お前には、無理だ」


 私がはっきりと断言した直後、ヤツは目を吊り上げた。


「なら、パトリシア様の命令を……お前の後ろにいるガキを殺して証明してやる」

「させない」


 それだけは絶対に。


「試作体のお前が、本気を出した俺を止められると思ってるのか?」

「お前が一度でも私に勝てたことがあったか?」


 私が挑発すると、ヤツの拳が赤く輝き出す。


 灼熱のような赤い拳からは薄い煙が立ち昇り、陽炎が立つ。


「いくぞ!」

「来い!」


 拳と拳が衝突する。


 次の瞬間、赤と黒の想いが火花を散らし、空気が裂けた。






 ◇◇◇◇◇






「――……再生の限界を越えたヤツの体は、溶けるように崩れ落ちた後、黒い塵となって死にました」


 オルガンさんは、最高傑作体()を生み出す過程で作られた。いわば、試作体。性能だけを追求したため、オルガンさんには皮膚がなく、黒紫色の筋繊維が剥き出しの状態。


 そして、大柄の男。ヤツもまた、試作体に過ぎなかった。


「一体、あの男は?」


 魔族に改造され、命と引き換えにしてまで大柄の男に固執する理由が気になった。


「幼馴染です」


 オルガンさんは、遠い記憶を呼び起こすかのように落ち着いた声で答える。


「私も、ヤツもどこにでもいる子どもでした。勇者の伝説に心を躍らせ、二人そろって歴史に名を残すと誓い合いました」


 懐かしそうな、悲しそうな目で、オルガンさんはここではない彼方を見つめる。


「ですが、私たちは凡人でした。警守になれず、壁の外へは一生でられない。本当にショックでした。ですが、それも子どもの時の話。時間が経つにつれ、私は現実を受け入れました」

「でも、大柄の男は……」

「はい、受け入れませんでした」


 俺の言葉に、オルガンさんが頷く。


「ある日の夜、私は偶然見てしまったのです。どこからか捕まえてきた小動物を、笑いながら殺しているところを……。幼馴染ならば、止めるべきでした。ですが、家業を継ぐための修行を言い訳に、私はヤツから距離を取りました」


 懺悔するように呟いたオルガンさんは、おもむろに顔を伏せた。だが、直ぐに顔を上げて続きを語り出す。


「子どもの時の夢などとうの昔に忘れ、日々を忙しく過ごしていたあの日。突然ヤツが私の前に現れて、子どもの時のような笑みを浮かべて言ってきたのです。『抜け穴を見つけた』と」

「抜け穴?」

「ええ。ヤツは、壁の補修を生業にしている者と親しくなり、ずっと好機を窺っていた。ずっと、叶わぬ夢を追い求めていたのです」


 オルガンさんが、両手を見つめる。


「後悔しました。自分だけ夢を諦めるだけはいけなかった。共に誓いを立てた者として、ヤツにも夢を諦めさせなければならなかった。私はあの日、壁の外へ出た後、今度こそヤツと向き合うと決めました。ですが、私たちは魔族に捉えられてしまった……」


 語り終えたオルガンさんが、俺を真っ直ぐに見つめてきた。


 普段のがらんどうな瞳ではない。


 覚悟を決めた、強い意志を宿した燦々と輝く瞳。


 オルガンさんは、おもむろに俺の前で跪く。


「キルト殿。すでに願いを聞き届けいただいた身であることは、重々承知しています。ですが、もう一つ聞き入れていただきたい願いがあります」 

「願い?」


 俺が言葉を反芻すると、オルガンさんは力強く頷く。


「はい。体をいただきたいのです。私はまだ、キルト殿に恩を返せていない。どうか、あなたの歩む道を共に歩かせてください」


 かつてエノは、死者の魂は現世への未練によって留まると言っていた。  


 未練を果たしたオルガンさんが円環に還らないということは、本心なのだろう。


「……分かりました。最高の体を用意します」

「ありがとうございます」


 オルガンさんは、本心で俺の力になりたいと言ってくれた。


 辛うじて形を保っている心に、暖かな感情が微かに灯る。


 それが良くなかった。


 思考をする余裕が生まれてしまったのだ。


 オルガンさんがエノの魔石に帰って行った後、アルシェに声をかける。


「アルシェ。アイツ等が、どうやって居場所を把握したのか分かったのか?」


 突然の襲撃。俺たちは、無作為に都市を選び、後を追えないよう万全の対策を打っていた。なのに皇女は、狙いすましたかのように居場所を特定したのだ。


 あの時、アルシェはダイの天賜を用いて探ろうとしていた。


 返事を待つ最中、彼女の表情が僅かに曇る。


「アルシェ……」


 その反応は、真実を知っている顔だった。


 嫌な予感がした。


「…………メレオパトリシアが信託を授かった、と」


 アルシェの声が頭に響いた直後、思考が止まって世界が空白になる。


 だがそれは、衝撃による刹那の錯覚。


 数秒後、甲高い耳鳴りがする。


 うるさい耳鳴りは五感を消し去り、止まっていた思考が再び働き出す。


 血の流れる音が、空白に響き渡る。


「あ……」


 視界が、赤く染まっていく。


 俺は、理性が残っているうちに扉に向かって走り出す。


 後ろから聞こえたアルシェの声を振り切り、黒い穴に飛び込む。


 移動した先は、魔族の実験施設が建てられていた孤島。


 空を見上げると、満天の星空に浮かぶ月が鎮座していた。


「ふざけるなー!」


 腹の底から怒声を吐き出す。


 幻想的に輝く月を睨み、全身に力を込める。


「テメェの仕業か!」


 漆黒の管理者(アイツ)の光悦とした表情が浮かぶ。


「俺を、あの場所に呼べ!」 


 夜空に向かって咆哮を上げるが、越えは届かずに暗い海に落ちていく。


「ぶっ殺してやるッ!」


 満身の力を込めた両拳を、地面に叩きつける。


 全身が脈打つ。


 身体が熱い。


「クソがーーーーーッ!!!」


 烈火の如き激情が、穏やかな海原に空しく木霊した。



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