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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第四章
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第3話 間者×宿敵

 エノの調査の結果、大柄の者が一人で通路を進んでいるとのこと。そして残りの四人は、建物の屋根の上を移動しながら大柄の者を囲むように並走しているらしい。


 相手の陣形が分かっているのなら、近づくのは容易。


 まだ姿を隠している者が居る可能性があるが、これ以上は埒が明かず、機を逃しかねない。


 最大限警戒しつつ、慎重に接近する。


『屋根上は視線が通りやすいので、通路を進んでいる大柄の者を追ってください』

『分かった』


 アルシェの指示を受け、屋根上に居る者の視界に入らないよう注意しながら通路を駆ける。


「ッ!?」


 西地区に足を踏み入れたと同時、探知範囲内に五人が入った。


『アルシェ、大柄のヤツは魔族だ』


 都市内に点在する無数の赤い火。大小様々な火が揺らぎ灯る中、異彩を放つ轟々と燃える青い火。


「皇国が……どうして? バレないようにしてたのに……なんで……?」


 理解できない状況を前にして、無意識に速度を落とし、思考の海に潜ろうとした。


『キルトさん』


 だが、アルシェの声が頭に響き、俺の意識を引き留めた。


 消して大きくはないが、芯の通った声。


 俺は思考を止めたまま、アルシェの声に耳を傾ける。


『キルトさん。今は、どうして我々の居場所が特定されたのかではなく、あの者たちの目的を明らかにすることに思考を割くべきです』

『あ、ああ……』

『他の者の火も青いのですか?』

『いや、大柄のヤツだけだ』

『青い火を宿した者と共に行動する集団。皇国の間者、もしくは魔族の可能性が高い。キルトさん。接触する前に、相手の素性を知れたことは大きいです』


 俺が混乱していることを察しているのか、アルシェの口数は普段よりも多い。彼女の気遣いに、俺は情けなさが沸き上がりつつも、徐々に冷静さを取り戻していく。


(今は目の前のことに集中しろ……)


 深く息を吐き、思考を切り替える。


『助かった、ありがとな』

『お力になれたのなら、嬉しいです』


 アルシェのおかげで冷静になった後は、監視の者たちの死角で、且つ、大柄の者の動向を伺える路地裏に入って二人を呼び出す。


「ダイ、アイツだ。ここから覗き見れないか?」


 路地裏から僅かに顔を覗かせながら、俺は数百メートル前方、マントのフードを深く被った大柄の者を指差す。


「無理だ、遠すぎる。……見えるのか?」

「何んとなくな」


 目を見開いて驚くダイに対し、俺は適当に返事を返す。


 今いる場所なら距離が十分に離れており、声を聞かれることはない。それでも用心のため、声量を抑えてアルシェに声をかける。


「これからどうする?」


 アルシェは一瞬だけ黙ると、ダイを見つめた。


「ダイ様、天賜の発動条件をお教えてただけないでしょうか?」

「条件は二つあります。まず、顔全体をはっきり認識すること。メガネ程度なら問題ないです。もう一つは、顔を五秒間見つ続けること。目線を動かす、瞬きをする程度なら問題ないですが、顔の向きを変えたら見れません」


 鋭い眼差しのまま微動だにしないアルシェは、さらに追求する。


「発動できた場合、どの程度覗き見れるのですか?」

「その時に考えていた思考だけが見れます。例えば、本をパラパラめくって、適当に開いたページを読む感覚に近いです」

「目を離せば無効に――」


 正直、策略の立案には力になれるない。そちらはアルシェとダイに任せ、俺は大柄の者の一挙手一投足を注視する。


(デカいな……)


 身長は、三メートルを優に超えていた。頭からマントを被っていて顔は見えないが、袖口から伸びる太い手首からして逞しい体付きをしていると推測できる。


「どこに向かってるんだろう?」


 肩に座るエノが、疑問を口にする。


「この先は、商業エリアか」


 五人は、未だに止まる気配はない。 


 これ以上距離が開くと、さすがに俺も視認することができなくなる。二人に、移動を提案しようと大柄の者から視線を切ろうとした。



 ――その時だった。



 大柄の者が、足を止めたのだ。


「アルシェ」


 俺は大柄の者を見据えたまま、名前を呼ぶ。


 聞えていた二人の会話が止まり、アルシェが俺の隣にやってくる。


 瞬きせずにじっと見つめていると、大柄の者が羽織っていたマントを脱いだ。


「人?」


 姿を現したのは、赤髪をオールバックにした三十代くらいの男。


 青い火を灯していたことから、魔族だと思い込んでいた。だが、肌の色は日に焼けたような浅黒で、額に角も生えていない。


 僅かな逡巡の後、一夜さんや小夜ちゃんが浮かんだ。


 二人は、皇国の間者として改造された。


「やっぱり、アイツ等は皇国の」


 ついに、皇女が接触を図ってきた。


 皇女の顔が浮かび、燻っていた火が再び燃え上がるかのように胸の奥が熱くなっていく。


「妙だな」


 静かに臨戦態勢を整えていく中、ダイの怪訝そうな声が聞こえた。


「何がだ?」


 顔は向けず、ダイに問いかける。


「間者が、顔を晒すなんてはおかしい」

「それはおそらく、キルトさんを炙り出すためでしょう」


 ダイが口にした疑念に対し、もうすでに答えに辿り着いたであろうアルシェが答えた。


「俺を?」

「……なるほど、そういうことか」


 アルシェの発言の真意が分からずにいると、ダイが納得したように呟く。


「どういうことだ?」


 俺が再び問いかけると、数秒の沈黙の後、ダイが説明する。


「俺とアカリ、オリーはしばらく皇国に居た。その間に顔を覚えれただろうし、なんなら似顔絵を描く時間もあったはず。けど、キルトは召喚された日に居なくなったから、記憶が曖昧になっててもおかしくない。それに、偽名とか、変装してることとかも加味しないといけない。そんな状況で、都市の中から人一人を見つけ出すのはほぼ不可能だ」


 ダイの説明を黙って聞いていたアルシェが、タイミングを見計らって説明を引き継ぐ。


「ダイ様の言う通りです。そのような状況下で打てる有効な手立ては、我々が知り得ているだろう情報を開示し、反応を見定めること。屋根上の者たちはそのためでしょう。そもそも()()にとって、我々がこの場にいるのは完全に予想外なのです」


 アルシェが「皇女」という言葉を口にしてくれたことで、ようやく俺も理解できた。


 ダイは記憶が曖昧になっているのではないかと推察したが、違う。皇女は、俺の顔を覚える必要がなかったのだ。


 何故なら、俺は魔族の実験施設から一生出てこれるはずがなかったのだから。


「要は、アイツは俺を誘い出すための撒き餌ってことか」

「はい。ですが、我々はすでに相手の素性も目的も把握しました。これは、情報戦に置いて圧倒的です」 

「そうか」


 俺はエノに「見張っててくれ」と頼んだ後、振り返ってダイに声をかける。


「ダイ、もう戻れ」


 アイツ等の目的は判明した。


 もうダイが危険を冒す必要はない。


「いや、まだ」


 ただ案の定、ダイは屋敷へ戻ることを渋る。


「言ったはずだぞ?」

「けど……ッ、まだアイツ等がどうやってキルトの居場所を知ったのか分かってない。俺がそれを探る。だからッ」


 忙しなく目線を動かしたダイは、ハッとした表情を浮かべ、早口で捲し立ててきた。


「ダメだ」


 俺は意識的に思考を塞き止め、ダイを真っ直ぐに見つめながら提案を拒否する。


「…………」


 提案を拒否されたダイは、唇を噛みしめ、拳が震えるほど強く握りしめた。


 だがそれでも、なかなか首を縦に振らないダイ。


 もう強制的に屋敷を送ろうかと考え出した時、エノに「キルト」と名前を呼ばれながら肩を叩かれる。


 俺はすぐにダイから視線を切り、大柄の男に向き直った。 


「何やってんだ?」


 大柄の男は、大通りの真ん中で立ち尽くし、周囲にいる人たちを見回していた。その不可解な行動に、周囲に居る人たちは怪訝そうな表情を浮かべて距離を開ける。


 やがて、大柄の男が俺たちの方へ顔を向けた。


「ん?」


 堀が深く、巌のような顔付きをしている大柄の男。


 男の顔を見た途端、既視感を抱く。


 既視感の正体を探るべく記憶を辿ろうとした時、思わぬ人物が声をかけてきた。


『キルト殿』


 その声を聞いた瞬間、浮かんだ顔と既視感が一致する。


『オルガンさん』

『私を出してください』

『じゃあ、アイツが』


 オルガンさんが俺について来た理由は、倒したい相手が居たからだった。


 俺はすぐに、アルシェに確認を取る。アルシェは、感情的に行動しないこと、俺とアルシェの言うことを絶対に守ることを条件に了承した。


 路地裏に、三メートルを越えるオルガンさんを呼び出す。


「キルト殿、感謝します」


 マントのフードを深く被ったオルガンさんは、低い声で一言だけ呟くと押し黙る。


 その巨躯から受ける存在感も然ることながら、オルガンさんの体から微かに殺気が漏れ出ていた。 


 俺は気を取り直し、ダイを屋敷へ送ろうとした――が、


「テメェ等ッ!」


 野太く、大気を震わすような叫び声が響き渡る。


「誰も動くな。勝手に動いたら、殴り殺す」


 有無を言わさぬ暴虐的な厳命。


 木霊していた声が止むと、大通りの時間が止まった。


 誰も動かない。誰も喋らない。大通りは、不気味なほど静まり返る。


 従順に従っているわけではない。


 驚愕による硬直。


 ただ、一人また一人と生命の危機に直面していることを理解して顔を青くさせる。そして、小刻みに体を震わせながら銅像に徹していく。


 その状況に満足したのか、大柄の男は横に向き、何かに向かって怒鳴りつけた。


「中にいるヤツ、全員出て来いッ!」


 角度的に見えないが、大柄の男はどうやら立ち並ぶ商店の一軒に向かって声をかけていた。


「キルトッ」


 声を押し殺しながらも、ダイが焦ったように声をかけてくる。


「ダイ、状況が変わった。早く、屋敷に――」

「アイツは、黒薔薇の宿の前に居る!」


 俺の言葉を遮るように、ダイが告げた。


 一瞬、頭が真っ白になる。


 唾を飲み込んだ後、再び働き出した頭で都市内図を思い描く。


 視界に映る情報をもとに都市内図を描くいてみると、確かに大柄の男は黒薔薇の宿の前に立っていた。


「あ……」


 指摘されるまで気付かなかった。


 都市内は馬車でしか移動しておらず、行動範囲は限られていた。


 地理に疎かったのだ。


 明らかな失態。


 平静を務めていた心が、激しく動揺してしまう。


 動揺は体にも伝播し、背中に冷たい汗が流れる。


「早くしろッ!」


 再び大柄の男の怒号が響くと、宿の中から親父さんやお袋さん、親父さんの祖父に、そして宿泊客だろう数人の男たちが怯えたような足取りで出てきた。


「ヤバいッ!」


 俺は三人の姿を目にした途端、飛び出そうとした。


「いけません」


 そんな俺の腕を掴む細い手。


「アルシェ」


 腕を掴んだのは、アルシェだった。


「離してくれ! 出て行かないと、アイツが……親父さんたちが!」


 焦燥感に駆られる中、昨夜の出来事が駆け巡った。


 夕食の最中、ローズがやって来て、それをいつものようにお袋さんが揶揄い、親父さんとレシピについて語り、部屋の隅にいる祖父が水を差して来る。


 そんな楽しかった記憶が。


 力づくで腕を振り払おうとしたが、アルシェの細腕は決して俺の腕を離さない。睨むように目で訴えかけても、アルシェは顔色一つ変えずに視線を交えてきた。


「感情のままに赴けば、皇女の思うつぼです」

「けどッ」

「向こうも、何かしらの策を用意しているはずです。今キルトさんの素性が露見してしまえば、最悪の場合、他の都市での交易も難しくなってしまいます。そうなればホリィは、キルトさんが理想としている生活を送れなくなるかもしれません」


 アルシェは俺の目を見つめながら、ホリィの名を口にした。すると、沸き立っていた心が、まるで冷水を浴びせられたかのように急激に下がっていく。


「今は辛抱の時です」


 そうアルシェが言うと、エノも声をかけてくる。


「私もちゃんと見張っとくから」 

「……分かった。けど、アイツが何かしようとしたら」

「はい。その時は、全員を助け出しましょう」


 アルシェは力強く答えると、小さく微笑む。


 俺は拳を握り締め、視線を大柄の男に向け直す。


 大柄の男は、親父さんたちを一ヵ所に集め、問い質していた。


 静寂に包まれていること、そして大柄の男の声が無駄に大きいことから、会話を聞くことが出来た。


「お前が店主か?」

「は……は、い」


 大量に汗をかき、上擦った声で答える親父さん。それでも、震えて縮こまるお袋さんを背中に隠していた。


「泊ってる客は、これで全員か?」

「い、いえ、もう一組おります」

「そいつ等は、今どこに居る? 正直に言え」

「商談すると言っていました」


 親父さんが答えると、大柄の男は視線を宿泊客に移す。


 その中から、俺と同年代くらいの男性へ歩み寄る。


「オイ、テメェがそうか?」


 漠然だが、反応を見るのに適した問い。


 同年代の男は、恐怖のあまり口も利けない様子だった。さらには、精神が限界に達したのか、糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまう。


「チッ、ハズレか。オイ、今居ねぇヤツの名前を教えろ!」


 大柄の男は苛立ったように舌打ちをし、その鬱憤をぶつけるように親父さんを凄みながら声を張り上げた。


 おそらく、大柄の男からしたら僅かな怒気だったはず。だが、その身体は魔族に改造されているのだ。


 間近で怒気を浴びた親父さんも、気絶してしまった。


 大柄の男は気絶した親父さんを見下ろしていたかと思えば、突然真顔になり、足元に目を落とす。


「おい」


 足元をじっと見つめていた大柄の男は、親父さんを抱き支えているお袋さんに一言声をかける。そして、おもむろに足元を指差した。


 意図が分からず、俺は目を凝らし、指差された足元を見る。初めは何も見えなかったが、ふとした瞬間、日が反射にして地面にある黄色い水溜まりに気付けた。


 そしてその水溜まりは、近くに立っていた大柄の男の黒い靴を完全に浸食していたのだ。


 考えなしに、釣られて下を見てしまった。


 それが、間違いだった――。

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